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終 -Endpoint-  作者: 不覚たん


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8/11

これがお前の理想郷だよ、人間(八)

 その日は普通にタコパをし、トラブルもなく就寝した。

 問題が起きたのは、その翌朝だ。


「じゃ、お兄さん、デート行こうか」

 ツバキがそう切り出したのは、応接室で朝食をとっている最中のことだった。

 デート……。

 そんな悠長なことをしている余裕はない、というのもあるのだが。

 俺は、余計な行動をして、ツキを刺激したくはなかった。彼女がどう思っているのかはともかく。


 誰も返事をせずにいると、ツバキはこう続けた。

「ツキちゃんはお留守番しててね。これはあたしとお兄さんだけの約束だから」

 するとツキは、目を丸くしたまま、眼球だけをこちらに向けてきた。

 呪いの人形を彷彿とさせる動きだ。


「そんな約束してたっけ?」

 俺は余裕ぶってコーヒーをすすりつつ、そう尋ねた。

 朝食は、トーストに目玉焼きをのせたもの。インスタントだがコーヒーもある。手配はすべてツキがやってくれた。俺とツバキはただ待っていただけ。


 ツバキは悪戯っぽい笑みだ。

「したじゃん、約束。え、なに? すっぽかす気?」

「マスターについて教えてもらう約束ならしたが」

「それだよ、それ。マスターと連絡ついたからさ。説明のために出かけたいの。でもあたし一人で外危ないじゃん? だからついてきて欲しいの。ダメ?」

 小首をかしげて聞いてくる。

 こいつも男を堕落させるのが得意な女かもしれない。

「ダメではない」

「じゃあ決まり。ちょっと休んだら行こ?」


 まあ、マスターの意図を知るのは大事だが。

 本当にいいんだろうか?


 ツキはすっと立ち上がった。

「では後片付けは私がしておきますね」

「よろしくー」

 ツバキはどういうつもりなのか気軽に言う。


 俺は慌てて立ち上がった。

「待った。後片付けは分担制にしようと思ってるんだ」

「なぜですか?」

 ツキも首をかしげた。

 ただし、以前のような愛想笑いはない。おそらく彼女にとっては最大限に不満を示す「無表情」を見せている。

「君に依存したくない」

「よく分かりません。お世話をするのが使命なのに」

「使命のことはいったん忘れてくれ」

「忘れる? 使命を? 待ってください。それは私にとって、生きる意味そのものなのです。忘れるなんて……」

 なんだよそれ。

 マスターが死ねと言ったら死ぬのか?

 いや、まあ、死にそうだな、普通に……。


「違う違う。じゃあこう考えて欲しい。俺も家事をやりたい。これでどうだ?」

 もちろん本心ではやりたくない。

 だが、ツキにすべてを任せていると、完全に依存してしまう。善人ぶってるわけじゃない。永遠に依存できるならまだしも、また数日したら必ず別れることになるのだ。損得だけ考えても、最終的にマイナスだ。ダメージが大きすぎる。それは前回イヤというほど学んだ。

 俺はできるだけ彼女に依存したくない。


「分かりません。私の使命を否定されているようで……」

 ツキはまだ無表情だ。ずっと愛想笑いを見せられるのもキツいが、ここまで愛想を消されてもつらい。もう彼女の顔を見るのがつらい。


「分かった。じゃあ今日は君に任せる。けど次からは……。また話し合おう」

「はい……」

 何度聞いたか分からないこの不服そうな返事。

 意外と頑固なところがある。

 ムカついているわけじゃない。むしろ哀しいのだ。彼女にも事情はあると思うし、困らせているとも思う。問題は、彼女の事情と、俺の事情が、見事にバッティングしてしまっていることだ。マスターとか言うヤツは、よほど意地の悪い性格をしているに違いない。


 *


 家事をすべてツキに任せて、俺とツバキは二人で出かけた。

 キラキラした朝空。

 人の活動がないせいか、都市部なのに空気が清浄に感じられる。


 朝なんて好きじゃなかったのに、こんなに気分よく受け入れられるようになるなんて。

 だから、きっと朝が悪いわけじゃなかったのだ。

 朝を忌むような生活を、俺が勝手に送っていただけ。いや、勝手とはいうが、ほかに選択肢なんてなかっただろう。この件に関しては、俺は俺を責める気にはなれない。


「目的地はどこなんだ?」

「公園だよ。ちょっと行ったところ」

 彼女の頭には地図でも入っているのだろうか。

 どこに行けばいいのか完全に理解している。


 見かけたら即射殺してやろうと思っていたのに、肉塊には遭遇しなかった。

 あいつらにも休日はあるのだろうか。

 いや、俺のときはなかった。休日も、平日もない。あるのは永遠の彷徨だけ。

 射撃のチャンスがない以上、紐で背にくくりつけたクッションも出番がなくなる。


 広めの公園に出た。

 子供たちがサッカーできそうなくらいのスペースがある。

 肝心の子供はいないが。


 ツバキは迷いなく歩を進めた。

 だが、あるところで足を止め、急にキョロキョロし始めた。

「えっ? あれっ?」

「どうした?」

「んー、でも話が違うじゃん。どういうこと?」

「どういうことなんだ?」

 ツバキは顔をしかめながら、地面を見つめていた。そこには銀色の指輪が落ちている。もっと別のものが見つかるはずだったのか?


 ツバキは服の裾がめくれないように抑えながら、その場にしゃがみ込んで指輪をつまんだ。

「まーいいんだけどさ」

「事情を説明してくれないか?」

「まず、これをつけるでしょ?」

「うん?」

 彼女は指輪をはめた。

 それから……なぜかじっとこちらを見つめて「ま、そうなるよね」と一人で納得。


「え、なにが? 俺にも分かるように教えてくれよ」

「いいよ。これつけてみて」

 ツバキはぐりぐりしながら指輪を外し、こちらへ差し出してきた。装飾はないものの、幅広のリングだからゴツく見える。

 俺はそいつを受け取って装着してみた。サイズに問題はない。可変式なんだろうか。

「つけたらどうなる?」

「ちょっと待ってね。あたしのこと見てみて。なんか見えない?」

 見える。

 頭上に謎のメーターが。


「な、なんだこれ……」

「好感度だよ。相手が自分をどう思ってるか分かんの。いま見えてるのは、あたしの感情だね」

「バラついてるな」

 五本の棒からなる棒グラフ。

 だが、数字も文字もない。色がついているだけ。見方が分からない。

「赤が殺意」

「はい?」

「青は哀れみ、白は親しみ、ピンクは性愛、で、オレンジが信頼」

「……」


 な、なんだこいつは……。

 性愛だけがバチクソに高いんだが……。


「ねえ、どうなってる?」

 ツバキは顔を近づけてきた。

 白い布を巻いただけの体で。肩と背中をさらして。


「いや、まあ……。これを手に入れたかったのか?」

 なんとか話題をそらさなければ。


 だが、ツバキは無邪気な笑みを向けてくる。

「お兄さん、なに焦ってんの?」

「急にこんなことになったら焦るだろ、普通」

「どうせ性愛の高さにビビってるんしょ? 言っておくけど、さっき見たとき、お兄さんも性愛だけ高かったかんね?」

「……」

 こちらの要求を否定しない薄着の女がいたら、そうもなる。

 大事なのは、その感情から目をそらさず、適切にコントロールすることだ。


「お兄さんが知りたかったのって、未来がどう分岐するかってことだよね? 確かに、審判が来たらお兄さんは怪物になるよ。でも、審判の前に別ルートに入れば、怪物にならなくて済むんだ」

「別のルート?」

「あたしらの殺意を半分以下にたもつこと」

 殺意……。

 たしか赤いメーターだったな。ツバキの殺意は半分以下だ。というか、ほぼ存在しないレベル。俺を殺したいとは思っていないということだ。


 ん?

 じゃあ前回は、ツキの殺意が半分を上回っていたということか?

 まあそうかもしれない。

 こちらの意見を拒否せずなんでも受け入れてくれるからといって、あまりに横柄にやり過ぎた。もっと配慮すべきだったのだ。


 ツバキはニヤリと笑った。

「でも大変だよ? お兄さんについてる巫女があたしだけならまだしも、もう一人いるんだから」

「たぶん大丈夫。今回は配慮する」

「ホントかなぁ?」

 からかっているつもりか?

 今回はさすがに紳士的に振る舞うつもりでいる。正直なところ、自分が肉塊になりたくないというのもある。だがそれとは別に、俺はもうツキの傷つく姿を見たくなかった。

 肉塊になって地べたを転がっていたとき……。そしてツキに足を治してもらったとき、俺は心の底から反省したのだ。もう二度とこの子に嫌われたくない、と。


 ふと、ツバキが体を近づけてきた。細く見えるのに、ぷにっとしている。

「でさ、こっからが本題なんだけど」

「な、なんだよ……」

「もう分かってると思うけど、べつにあたしらが仲良くなっちゃダメってことはないんだよね」

「それは……まあ……そう……だけど……」

 つまり、遠慮する必要はないということだ。

「あたし、誰かに必要とされたいの」

「うん……?」

「ぎゅってされたい」

「うん……」

「お兄さんは? どう?」


 *


 こんなの、堕落するに決まっている。

 ツバキは小柄な体ですべてを受け止めてくれた。積極的で、愛らしくて、自分からこちらを欲してくれた。


 ベンチで待っていると、身だしなみを整えたツバキが女子トイレから戻ってきた。

「えへへ。なんか照れるね」

「うん……」

 うんではない。

 こんな対応しかできない自分が気持ち悪い。


「でも、どう? べつに殺意なんて増えてないでしょ? だから我慢しなくて平気なんだって」

 愛らしい笑みを向けてくれる。

 もし最初に出会ったのが、ツキではなくツバキだったら、俺は肉塊にならずに別ルートに入っていたかもしれない。俺が出会うべきは、彼女だったのではないかとすら思えてくる。


 いや、ダメだな。

 こういう思考回路だから致命的なミスをするのだ。

 冷静にならなければ。


 ツバキはすぐ隣に腰をおろした。

「でも、お兄さんよかったよ。あたしすぐ負けちゃうからさ。優しくしてくれるとすぐ好きになっちゃう」

「そ、そう?」

「うん。だって、こっちがダメになると、もっとムキになって攻めてくる男とかいるじゃん? ああいうのちょっとなぁ……。こういうのって、お互いが気持ちよくなるためにするもんじゃん? なのに、自分だけって」

「まあ、そうかも」

 よく分からないから、適当に話を合わせておこう。


「あー、でも久しぶりに頭ぽわぽわになちゃった。楽しかったね?」

「そ、そうだな」

「いっぱい動いたら、お腹すいちゃった。なんか甘い物食べたいな」

 こてんと頭をあずけてくる。

 甘え上手というか。

「じゃあ、帰りにコンビニでも寄ってこうか?」

「そうしよ」


 なんだろう。

 もしかして、俺が求めていた人生って、こういうものだったんじゃ……。


(続く)

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