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終 -Endpoint-  作者: 不覚たん


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7/11

これがお前の理想郷だよ、人間(七)

 裏通りを進んだからか、肉塊とは遭遇しなかった。

 無人の街。

 だけど路地裏というのは、以前からだいたいこうだったと思う。街の機能は表通りに集中しているし、人もそこを通る。なんなら肉塊もそうだ。人だったころの習性かもしれない。


 俺たちは周囲を警戒しながら散策を始めた。

 どこかにコンビニかスーパーがあるはずだ。

 俺が先頭に立ち、彼女は後ろ。女は三歩さがって歩け、という意味で俺が先行しているのではない。単に俺が前衛を担当し、彼女が後衛を担当しているというだけの話だ。


「あのー、ツキさんよ……」

「はい」

 俺が振り向きもせずに声をかけると、彼女はかいがいしく追いついてきた。フォーメーションが崩れてしまうのだが……。

「まだ、ちゃんと謝ってなかったと思って。ごめんなさい」

「えっ? なんですか急に……」

「前回の俺は、ちょっと……いや、かなり身勝手過ぎた。その件については、本当に申し訳なく思ってる」

「なんで謝るんですか? なにも気にしないでください。私の使命は、人間さまのお世話をすることなんですから」


 逆にサイコパスか?

 嫌だったから俺を拒絶したんじゃないのか?

 使命ならなんでもいいのか?

 それはそれで怖いのだが。


「とにかく、前回みたいな関係はやめにしよう」

「前回って?」

 言わせたいのか?

 本当にサイコさんなのか?

 俺はあえてスルーして、こう続けた。

「君には君の都合があるとは思うけど……。今回は、ちょっと違う感じで行かせてもらおうと思ってる」

「はい……」

 なんだか分かっていないような生返事。

 不安そうな表情でこちらを覗き込んでくる。体を傾けると、長い髪がサラサラゆれて愛らしく見える。俺はもうこの女を好きになりたくないのに。


「俺が言いたいのはそれだけ。まあ、次の審判までよろしく頼むよ」

「はい……」

 やはり釈然としない表情。

 なんとお思っていないのだろうか?

 そんなワケはないのに。


 *


 誰が仕入れて誰が店頭に並べているのかは知らないが、店にはまともな食料が並んでいる。まるで誰かの「こうだったらいいのに」を具現化したみたいに。

 買い物客のつもりなのか、店内には肉塊どももいた。俺は買い物をするまえに、まっさきにそいつらを射殺した。バカのフリをして、中身が人間の可能性もある。幸い、店内での発砲は、あまり外に音が響かない。遠慮なく殺せる。


「今日はなにが食べたいですか? 煮魚? ハンバーグ?」

「君の食べたいものでいいよ」

「それがいちばん困ります……」

 二人並んで商品を選んでいると、まるで恋人同士みたいだ。

 ぜんぜん違うのに。

 そもそも、俺はこういう感想を抱いて、ひとりで浮かれてしまうからダメなのかもしれない。些細なところから勘違いがエスカレートするのだ。彼女は使命でやっているだけ。俺はそれに巻き込まれているだけ。それ以上の関係ではない。


 *


 商品はカートごと拝借した。

 金も払っていない。

 他の人類が絶滅したのをいいことに、やりたい放題だ。


 そう。

 街のすべては、唯一の人間が自由にできる。

 なにをぶんどってもいい。

 どの建物に入ってもいい。

 壊してもいい。


 本来なら「その代わり、管理も一人でしなければならない」となるところだが。管理は謎の力で実行されている。スーパーも、コンビニも、雑貨屋も、水道も、発電施設も、なにもかもが正常に稼働している。

 この状況は、俺にとってあまりに都合がいい。

 俺というか、たった一人の「人間さま」にとって。


 *


「タコパ、楽しみです」

「ピーナッツ入れると意外とうまいんだよね」

「そうなんですか」

 肉塊に遭遇することなく、俺たちは自宅へ戻った。

 ゲートを閉じて施錠して、中に入る。


「あ、おかえり。遅かったじゃん」

 誰かいた。

 そいつは白い布を巻いただけの格好で、応接室のソファで横になっていた。テーブルには茶まで置かれている。まるでこいつの実家のように。


 俺は銃を構えなかった。どう見ても巫女だ。ツキとは似ていない。そいつは黒髪だが、肩まであるかどうかというショートヘア。気の強そうな顔立ち。小柄。

「分かってると思うけど、あたし、新しい女ね。ツバキ。よろしくぅー」

 よろしくではない。

 俺は溜め息にならないよう、静かに息を吐いた。

「えーと、つまり……。どういうこと? まさか、ツキさんの代わりに?」

「違う違う。お兄さん、二週目でしょ? だから女も二人目が来たの。分かるじゃん、それくらい」

「分からない。事前になんの説明も受けていない」

「なんか買ってきたの? 甘いのある?」

 こいつ……。


 ツキは袋をあさった。

「チョコレートでよければ」

「お、いいじゃんいいじゃん。で、名前は? まだ聞いてないんだけど」

「ツキです」

「知らない子だね。最近生まれたばっか?」

「はい……」

「じゃ、あたしのほうが先輩だ? あー、いいからいいから。気ぃ遣わないで。あたしそういうの気にしないタイプだから。まあ座んなよ」

 お前の自宅ではない。


 ツバキはチョコを一人でむさぼりながら、こう続けた。

「あー、でも新人ちゃんかぁ。じゃあ、なんも分かってないでしょ? なんかマスターに言われた通りにやりゃいいみたいな? 分かるぅ」

「マスターのお言葉は絶対です」

「ま、別に逆らう必要はないけどさ。真面目にやったところで、べつになんもないから。ほどほどにやんなよ。ほどほどにね。あんまムリしてももたないから」

「……」

 ツキは、露骨にツバキを警戒していた。

 直感的に怪しんでいるというよりは、マスターのことを悪く言われてカチンと来ている感じか。


 俺は向かいのソファに腰をおろしつつ、しいて話題を変えた。

「なぜまた女性なんだ? 俺が男だから?」

 するとツバキはふっと鼻で笑った。

「お兄さん、本気で言ってんの? お兄さんの好みが女だからでしょ? もし男が好きなら男が来てるよ。お兄さんの性別は関係ありませーん。実際、こっちもどっちでもいいしね。女同士ってことも何回もあったし。ま、あたしのことはさ、そっちの一号みたいに使ってよ。それがあたしらの『使命』だからさ」

 そう言ってさめた茶をずびずびとすすった。

 じつにやさぐれている。


 しばらく会話が途切れると、ツバキはキョロキョロと俺たちの顔を交互に見た。

「えっ? もしかしてあたし、二人の邪魔してる?」

「いや、そんなことはないよ。仲間が増えるのは歓迎だ。人が増えれば、できることも増えるし」

「おー、三人でヤりたい感じ? お兄さん、欲張りだなぁ」

「そういう意味ではない」

 この女たちは、どうあっても人間を堕落させるつもりなのか。


「あたしさぁ、体ちっちゃいじゃん? だからやべー男にモテんだよね。なんか子供服とか着せられるし。ウサ耳とかもあったなー。あれはキモかったわ。あ、でもお兄さんが望むならウサ耳つけるよ。でもウサ耳って、激しく動いてるとズレてくんだよね。ズレたほうが興奮する変態もいたけど。そう考えると人間ってヤバいよね」

 クソ。

 想像だけで堕落しそうになってしまう。

 なんとかこいつの口をふさがなくては

「これからタコパするんだけど、君もどう?」

「え、食べる食べる。っていうか、参加しないって選択肢はないでしょ。そんなんされたら泣くからね、あたし」

「じゃあ、準備するから、手伝って欲しいんだけど」


 するとそのとき、立ち上がろうとする俺の肩を、ツキが抑えた。

「準備は私がします。人間さまは座っていてください」

 彼女の手には、少し力が入っていた。絶対に立たせないぞという意思が感じられる。

「いや、でも言っただろ。これからは対等にやっていくって。主従みたいな関係はやめるんだ」

「私の使命は、人間さまのお世話をすること。それを決めたのはマスターです。私はそのお言葉に逆らうつもりはありません」

「一緒にやるくらいいいじゃないか」

「座っていてください。私たちには、それぞれ役割があるんです。お世話を取り上げられたら、私は存在意義を失います」

 そのために産み出された彼女にとっては、それがアイデンティティのすべて、ということか。

 同じ条件で生み出されたはずの先輩は、そうでもないようだが。


 ツバキはまた鼻で笑った。

「やりたいならやらせとけばいいじゃん。こんな立派な優等生がいて、マスターもきっと嬉しいと思うよ。ねぇ?」

「……」

 返事はできない。

 マスターとやらがなにを考えているのか、俺には分からないからだ。


 ツキはカートを押しながら、ひとりで部屋を出た。

 部屋には、ツバキと二人きりになった。


 俺は大きく呼吸をした。

 巫女が増えると思っていなかったから、俺のプランはすべてが組み直しになってしまった。まあプランといっても、ツキに嫌われないよう、なるべく紳士的に振る舞うという程度のものだが。


「ねえ、あの子なんなの?」

 ソファに横になったまま、ツバキが尋ねてきた。

 あまりいい印象は抱かなかったらしい。

「許して欲しい。少し繊細なんだ」

「なんかあったわけ?」

「なにも」

 説明する義理はない。

 きっとこじれる。


 ツバキは遠慮なく鼻で笑った。

「なにも? え、ヤってないの?」

「な、なにを……?」

「元気な男と女が二人でさ。しかも女の側には拒否権がないんだよ? そしたら絶対始まることがあるじゃん?」

 ある。

 というか、俺にはあった。

「そうだけど。その件で、俺はかなり反省してるんだ」

「なに反省って? え、もしかしてヤりかた分かんなかったとか? あたしが教えたげよっか?」

「余計なお世話だ」

 俺はこの話を打ち切りたかったのだが、彼女はなぜかニヤニヤしながら食いついてきた。

「溜まってんじゃない?」

「うるさい」

「我慢したっていいことないよ? あたしもそういう嫌いじゃないし。あ、それともアレかぁ? 嫌われるのが怖いんだ?」

「……」

 それは否定できない。

 俺はこれ以上、ツキに嫌われたくない。いや、これ以上、彼女に苦痛を味わわせたくないというほうが正確か。過去をなかったことにはできないから、せめてこの先は負担をかけずにやり過ごしたい。


 ツバキはまだニヤニヤしている。この状況を楽しむかのように。

「ふんふんふんふん。はいはいはいはい。なーほーなーほー。なーほーね。はいはい。てことは、やっぱアレの出番かな」

「アレとは?」

 彼女の態度から察するに、ダメなフラグがビシビシ立っている気がする。

 嫌な予感しかしない。

「人間にとっては夢のような道具だよ。くれるかどうか、あとでマスターに問い合わせとくね」

「道具? 代償になにを差し出すんだ?」

 俺がそう尋ねると、彼女はぷっと笑った。

「代償っ!? ないない。なんもないから。こんなんゴネたもん勝ちなんだから。ゴネ得よ、ゴネ得。むしろマスターは、あたしらがいろいろするの待ってんだよね。だから遠慮なんてすることないの」

 なんだそれは?

 そんなことが許されるのか?


 俺はあまりにバカみたいだとは思ったが、いっそ尋ねてみることにした。

「マスターは、俺たちになにをさせたいんだ?」

「いや別に。希望とかないと思う。こっちがやったことに応じて、機械的に振り分けてるだけだから」

「振り分け? 俺の未来には分岐があるのか?」

「それ聞きたい?」

「もちろん」

 もったいぶらずにすべての情報を提供して欲しい。

 これから一緒にタコパする仲じゃないか。


 ツバキは満面の笑みだ。新しい玩具を見つけた子供のような。

「じゃ、それを教えるかどうかは、明日決めようね」

「明日? なぜ今じゃないんだ?」

「いいからいいから。こっちにも段取りってものがあるの。けど、はぁ、これからお兄さんが情報欲しさに、あたしにどう接してくるのか楽しみだよ。ワクワクすぎて漏れそう」

 漏らすな。

 サディストなのか?

 ただ性格が悪いだけならまだしも、なんらかの優位性を確信した上で言っていそうなのが怖い。


(続く)

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