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終 -Endpoint-  作者: 不覚たん


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6/11

これがお前の理想郷だよ、人間(六)

 服はすぐに手に入った。

 登山用の動きやすくて頑丈な服。道具も使いやすいようベストも着用した。ポケットがたくさんあるから便利でいい。


 人間の身体は久々だから、動くたびに違和感があるが。

 まあそのうち慣れるだろう。


 ツキはずっとついてくる。

 長い黒髪をハーフツインにして、短いスカートで。ゆっくんの趣味だろうか。クソ。許せねぇ。最高にかわいいことは認めるが……。


「なあ、もう別行動にしようぜ」

「えっ?」

 困惑した表情でこちらを見つめてくる。

 媚びたようなツラだ。

 捨てないで欲しい、みたいな態度を露骨に出してくる。


「いや、君のことが嫌いで言ってるんじゃないんだ。むしろその逆で。俺はまともに自制できるような立派な人間じゃないからな。君といると間違いなく堕落する」

「で、でも、私、ほかに行く場所が……」

「場所は自分で見つけてくれ」

「ダ、ダメです。私の使命は、人間さまをお世話することなんですから」

「その使命は強制なのか?」

 俺がそう尋ねると、彼女は泣きそうに瞳をうるませた。

「強制って……。そういう考えは……」

 そういう考え自体がダメなのか。

 マスターとやらは、彼女にとっては神のような存在なのかもしれないな。

 俺にとっては神ではないが。

 つまり、彼女にとっての教義は、俺にとってはどうでもいい誰かの作文でしかないのだ。共有することは難しい。


「なら、別行動じゃなくてもいい。けど、一定の距離は保つこと」

「お世話、させてくれないんですか?」

「あのなぁ。落ち着いて考えてみてくれよ。そのお世話とやらで俺が堕落したら、八つ裂きにされるのは君のほうなんだぞ?」

「人間さまが、堕落しなければいいのでは……」

「それがムリだと言ってるんだ」

 こんな女が至近距離でお世話してきたら、どう考えても堕落するに決まっている。俺の統計では100パーセントそうだ。

 まあ、それが俺にとってのマイナス査定にならないのなら、遠慮するような話でもないのかもしれないが。なんならこいつが、好きで八つ裂きにされている可能性だってある。


「で、でも私……。人間さまのお世話する以外、なにも……」

「あー、分かったから。いったん、どこかで落ち着いてから話そう」

 いまは路上だ。

 肉塊に襲われる可能性もある。

 襲われたところで負けるはずもないが。問題は、銃を発砲すると、居場所を知られてしまうということだ。


 もちろん今回は消音についても考えている。

 持ち歩いているクッションに銃口を押し当てて撃つのだ。

 これで完全に音を消せるわけではないが、いくらかは抑えられる。どちらにせよ肉塊に居場所を知られるのは避けられないが、範囲はいくらか狭くなる。

 本当は段ボールで囲って濡れたタオルもかぶせるほうがいいらしいが。携帯性を考えると常備するのは難しい。


 俺は歩を進めながら女に告げた。

「おそらく次は、ゆっくんとやらも俺を殺しに来るだろう。火で殺されたのだから、火での報復が選択肢に入ってくるはず。君だったらどう対策する?」

「え、私、ですか? 分かりません」

 考えた上で分からないのか、考えもせずに言っているのか。

 まあそこは責めるまい。

 彼女の使命は人間のお世話であって、作戦の立案ではないのだから。

「近寄らせないことだよ」

「どうやるんですか?」

「つまり、学校でも病院でもいいから、鉄柵のある場所を家にするんだ。もちろん内側から施錠する。そしたらあいつらは、建物に近づくこともできないわけだから」

「えー、凄い。頭いいんですね」

 手を合わせてまっすぐにこちらを見つめてくる。

 ダメだ。

 これを真に受けていては堕落する。


 初回は、肉塊にはまともな知能などないとタカをくくっていた。

 それでもなんとかなったのは、単に運がよかったからだろう。

 だが今回は、間違いなくゆっくんが俺の命を狙ってくる。他の肉塊も、もしかしたらバカのフリして俺の成功を眺めていたかもしれない。敵は至るところにいる。


 だが、それは本題ではない。

 なんとか生き延びたところで、審判とやらは必ずやってくるのだ。すると、いかにお行儀よく生きていたとして、俺はまた肉塊にされてしまう。

 今回はそこをなんとかしたい。


 マスターは俺たちに一連のルールを開示していない。これはクソだ。基準も示さず他人になにかを強いるヤツは例外なくクソと言っていい。そこは譲れない。

 まあ泣き言を言ったところで、情報が開示されるわけではないので、いま分かっていることをベースに考えるしかないのだが。


 世界に人間は一人だけ。

 人間を堕落させる巫女が派遣される。

 やがて審判が来て人間は怪物にされる。

 別の人間がやってくる。


 いったい審判とはなんなのだろうか?

 人間はなにを審判されているのか?


 金髪の言葉によれば、人は「必ず」怪物になるのだという。つまり怪物になるのは既定路線。その上で、他のなんらかの要素を見られていると考えるべきだろう。そうでなければ審判などという名称になるまい。条件分岐がないのだから。


 いや、分岐はしている、か。

 人間が堕落しているならば、という条件を満たした場合、巫女が八つ裂きにされるのだから。

 だとすれば、彼女たちにとっては、とばっちりもいいところだろう。なんの罪もないのだから。まあ「ない」というのも俺の価値観でしかないが。


 ダメだな。

 情報が少なすぎる。

 現状ではなんの結論も出せない。


 *


 裏通りを歩いていると、ゲート付きの建物を発見できた。

 たぶんなんらかの宗教施設だろう。ブロック塀で囲まれており、鋼鉄のゲートがある。自動車三台分の駐車場があり、その先にコンクリートの建造物。

 大きすぎず、小さすぎず、まあまあ使いやすそうだ。

 俺はゲートにしがみついて、なんとかよじ登り、駐車場に着地した。

 女は棒立ち。


「えっ? あの……私のこと、置き去りにしませんよね?」

「君はのぼれないのか?」

「ムリですよ、こんなの……」

 試しもしないで言うんだな。

 こっちは命がけのサヴァイヴをしているのに、一人だけ姫プとは。

「カギを見つけてすぐ戻る。それまでなんとかやり過ごしてくれ」

「ど、どうすれば……」

「幸運を祈る」


 俺はこれから宗教施設に入り込んで、カギを入手しないといけないのだ。

 ちょっとしたアドベンチャーだ。

 中に肉塊がひしめいているかもしれない。


 *


 建物は施錠されていたが、銃でなんとかできた。

 中は無人だったし、カギもすぐに見つかった。

 女は鉄柵にしがみついてぷるぷる震えながら待っていた。本当にかわいい。守りたくなる。だからこそ距離を取らねばならない。きっと俺の命を奪うのは肉塊ではない。この女だ。


「ほら、入りなよ」

「はいっ!」

 けなげにこちらへ駆け寄ってくる。

 地雷ファッション通りの模範的な対応だ。


 俺は鋼鉄のゲートを閉ざすと、そのまま施錠した。

 肉塊は、このゲートを突破できない。火を放とうとしても……まあ近くの植木を燃やすくらいしかできないだろう。それも延焼しないとは言い切れないが……。

 あるいは水鉄砲などで、建物にガソリンをぶちまける方法もあるだろう。それでも少量なら耐えられる。あくまで少量なら。大量のガソリンで夜通しやられたらどうなるか分からない。ドローンまで使われたら、完全にアウトだ。肉塊の手でも、もしかしたら操作できるかもしれない。

 まあそのときはそのときだ。

 そこまでやられたら受け入れるしかない。


「わあ、ここが私たちの新しい家なんですね」

「君は上の部屋を使ってくれ。俺は下を使う」

「えっ? はい……」

 寂しそうな顔をしやがる。

 使命でやっているだけの癖に。

 ここで勘違いしてこの女を好きになると、あとで痛い目を見る。それは分かっている。分かっているのに……。


 宗教施設とはいうが、ほぼオフィスだった。

 しかし給湯室はあるし、シャワールームもあった。おそらく身を清めるためのものだろう。

 二階には簡易的な宿泊施設もある。そこは女に使わせる。俺は一階のソファで寝る。


 というわけで、ソファに腰をおろすと、女も隣に腰をおろしてきた。

「なぜ隣に座るんだ?」

「あ、ごめんなさい。ダメですか?」

「いや、いいけど。せめて一人分あけて欲しいな」

「はい……」

 ああ、つらい。

 そんなに哀しそうな顔をしないでくれ。

 ウソでも苦しくなってしまう。


 前回は最高だった。なにも考えなくてよかった。俺は彼女を愛していたし、彼女も表向きはそれに応えてくれた。だが、すべては虚構だったのだ。彼女はそんなことを望んでいなかった。俺が勝手に勘違いしていただけで。

 いや、愛していた、というのはウソだな。都合よく体を使っていただけだ。本当に愛しているのなら、彼女の望むものを与えなければならなかった。ところが、俺は俺の幸福しか考えていなかった。それが彼女の幸福であると勝手に決めつけていた。実際は自分が気持ちよくなっていただけなのに。

 俺には誰かを愛する資格がない。

 まずはクソ野郎であることをやめなければ。


 くぅ、と、腹の音が鳴った。

 俺のじゃない。

 彼女は愛想笑いを浮かべていた。

「ご、ごめんなさい。次からは気を付けます」

「気を付けてどうにかなるもんじゃないだろ。腹が減ってるのか?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと鳴っちゃっただけですから」

 クソが。

 たとえウソだろうが演技だろうが策略だろうが、俺がこの手の女に勝てるわけがないのだ。こっちはまともに女と接したこともないのだ。小細工もすべて通用する。なぜならザコだからな。意地を張っても仕方がない。彼我の戦力を見誤ると、損害が拡大する。現実を受け入れなければ。


「ちょっと出かけてくるよ。なにか食べたいものは?」

「だ、大丈夫ですから!」

「君が大丈夫でも、いずれ必要になるんだ」

「じゃあ一緒に行きます!」

 一緒に?

 また姫プするのか?

 まあかわいい女の子が一緒なら、シンプルに嬉しいが。


「分かった。一緒に行こう。銃を持ってるのは俺だけだが、君には周囲を警戒するという重要な役割を与える。俺たちは、互いを助け合うチームだ。対等な関係の」

「対等にはなれません」

「なぜ?」

「私は、あくまで人間さまのお世話をするために……」

 またそれか。

 俺を堕落させようとする悪魔め。


 俺は言葉をさえぎって告げた。

「黙れ。チームだ。ナメたこと言ってると死ぬぞ。俺たちは男と女の関係じゃない。命がけのサヴァイヴァーなんだ。それを理解した上で行動してくれ」

「でも……」

「でもじゃない。準備のできていないものは置いていく。二者択一だ。ここに残るか、一緒に来るか、選んでくれ」

「一緒に行きます……」

 また泣きそうな顔をする。

 俺だってイヤなんだよ。厳しくしたくない。嫌われたくない。またあの甘ったるいだけの生活に戻りたい。でも、それはムリなのだ。理解して欲しい。


 今後も、外出するたびにこうなるのだとしたら……。

 長くはもたないかもしれない。


(続く)

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