表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終 -Endpoint-  作者: 不覚たん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/11

これがお前の理想郷だよ、人間(四)

「うー、うー」


 俺は街をさまよいながら、天に呼びかけている。


 助けて。

 許して。

 神さま……。


 バランスが不安定だから、すぐに転ぶ。

 そして転んでしまうと、自力では起き上がれない。壁や柵の助けが必要になる。幸い、転倒のダメージは少ない。分厚い腹で着地するからだ。ただし息が持たない。少し動くとぜえぜえする。


 銃はどこだ?

 人間はどこだ?


 首と胴体が合体しているから、キョロキョロするのも容易ではない。


 いや、ありえないだろ。

 なんなんだこの重たい体は。

 これからずっと肉塊として生きるのか?

 そして英雄気取りの人間に、遊び半分で撃ち殺されるのか?


 ふざけるんじゃねーよ……。


 俺の人生、なんだと思ってんだよ。

 俺がなにか悪いことをしたのか?

 したならしたでいい。

 せめて説明してくれ。

 納得できない。

 許せない。


 悪魔め……。


 少し前まで最高だった。

 俺はこの世界の王だった。英雄だった。やろうと思ったことはなんでもできた。醜い肉塊を好きなように殺せた。キレイな女もいた。すべてが俺のものだった。


 でも……。


 そうだ。

 どれも俺がみずからの力で入手したものではなかった。

 銃も、女も、マスターとやらが用意したものだ。俺はそれを自分の所有物みたいに使っていただけだ。

 なにもかもが借り物。


「うー、うー」


 それでも、こちらに選択肢があったとは思えない。

 銃は自衛のために必要だった。

 女だって……俺がお願いして来てもらったわけじゃない。勝手に来て、勝手にお世話を始めたのだ。

 俺はなにも悪くない。

 動物として当然の反射をしただけだ。

 たとえば、まぶしい光に目をつむったら、それだけで罪となるのだろうか?

 もしそれを罪だというのなら、悪いのは神のほうだ。自分でそうなるよう仕組んでおいて、実際そうなったら地獄に突き落とすのだから。


「うー、うー」


 誰か。

 誰か俺の声を聞いてくれ。

 俺をここから救い出してくれ。


 神さま……。

 さっき言ったのはウソです。

 神さまはなにも悪くありません。

 悪いのは悪魔です。

 悪魔のせいでこうなっているのです。

 だから助けて……。


「うー、うー」


 日が暮れてゆく。

 視界が効かなくなってくる。


 何度か肉塊とすれ違ったが、完全に目がイッていた。

 まともなのは俺だけだ。

 いや、かつて俺から銃を奪おうとしていた個体もいたのだ。たぶんだが、そいつにはまだ自我がある。手を組めないだろうか。ムリか。結局は奪い合いになるのだ。銃はひとつしかない。


 こんなに重たい体で、人間を追い回すなんて不可能だ。

 相手は素早いだけでなく、銃まで持っている。

 チャンスがあるとすれば、そいつが初めてどこかに現れて目を覚ました瞬間だろうか。まだ状況を理解していない。銃の扱いにもなれていない。すぐにパニックを起こす。考えうる最良の条件がそろっている。


 出現地点はどこだ?

 もしかして、公園?

 だとしたら、さっきの公園で待ち伏せするのが最良の選択だったのでは……。


 クソ、ずいぶん移動してしまった。

 いまから引き返すのは重労働だ。


 なぜ俺はこんな……よく分からない場所に来てしまったのだろうか。

 どこをどう来たのかも分からない。

 ショックで頭がどうにかなってしまっている。


 ああ、このまま脳を浸食されて、身も心も肉塊になってしまえたら……。

 なにも考えずに済むなら、それでいいじゃないか。

 なにも考えずに済むなら……。


 *


 どうやら立ったまま眠っていたらしい。

 便利な体だ。

 まあ確かに、棒立ちしている肉塊を何度も見かけた気がする。あれは眠っていたのか。単に無気力なのかと思っていたが。


 ともかく、公園だ。

 どこかの公園にいなくては。

 可能性は低いかもしれないが、それでも、なにもしないよりはいい。


 ん?


 視界の端に、なにか素早く移動するものを見つけた。

 人間だ!

 走っている!

 向こう側の歩道!

 ああ、すぐに追いつきたいが、車道は車で埋め尽くされている。そして俺の体は、それを乗り越えられない。

 眺めているうちに、男の背はどんどん遠ざかっていった。

 とても追いつけそうにない。


 はぁ。

 チャンスなんてないも同然じゃないか。


 待ち伏せもできない。

 走っても追いつけない。

 近寄れば撃たれる。


 ただ、逃げた方向だけは把握できた。

 そいつはそこで安全地帯を見つけて、定住するかもしれない。


 出入りする瞬間、そいつは最大限の注意を払う。

 そして食料を調達する道すがら、ずっと警戒している。

 最初の数日はピリピリしている。隙がない。


 やがて肉塊との戦いに慣れたそいつは、少し余裕を得る。

 肉塊が、たいした脅威でないことを知るのだ。

 練習と称し、面白半分に殺し始める。

 このとき近づくのは危険だ。


 では、そのあとは?

 たぶんマスターから女が派遣される。

 女のために張り切って殺し始める。

 危険度が高い。


 俺にチャンスはないのか?


 否。


 そいつはやがてみずからの力を過信し、余裕をぶっこき始めるだろう。

 外で飲酒に及ぶなどの愚かな行動をとる。

 俺が独自に算出した統計によれば、100パーセントの確率でそうなる。


 銃は油断はできないが。

 それでもチャンスがあるとすれば、この時期だろう。


 つまり……いまは「待つ」しかない。

 もちろんただ待つ必要はない。

 情報を集めて、策をアップデートしながら待てばいい。

 一口に情報といっても、得られるものは限られている。ヤツの住居。周辺の地形。生活サイクル。できれば癖や趣味なども。とにかく行動に影響を与えそうなものはすべて、知れるだけ知っておく必要がある。


 できればダイエットもしておきたいところだが。

 肉塊は食事を取らなくても死なないようだから、やるだけムダだろう。自動車の中に閉じ込められた肉塊は、どう考えても食事をとっているように見えなかったが、豊満な肉体を維持し続けていた。


 フィジカルは改善できない。

 改善できるのはメンタルのみ。


 よく考えるんだ。

 見た目はどうあれ、俺は人間なのだ。つまり、道具を使って戦うことができる。いやまあ、以前のように道具を使える体じゃないから困っているのだが。しかしモノをつかむことはできる。なんならパワーだけは以前よりある。

 できることが減ったんじゃない。

 できることが変わっただけだ。

 いや冷静に考えれば、減っていると言わざるをえないが。いいのだ。いまはあくまでポジティブに考えよう。


 *


 ヤツの住居を特定するのは……まあバカみたいに大変ではあったものの、不可能ではなかった。

 ヤツは肉塊を見ると発砲する。

 そして発砲すると音が鳴る。

 この人のいない街で、デカい音を立てるヤツはすぐに目立つ。

 俺は毎日慎重にその音を聞き、徐々に距離を詰めていった。

 音だけで正確な位置を割り出すのには苦労したが。最終的に特定できたのだからまあよかった。時間をかけすぎたせいで、すでに女連れだったのも……まあ隙を産み出す材料としては歓迎すべきだろう。


 ヤツが住み着いているのはタワーマンションの最上階。

 なぜかエレベーターは問題なく稼働しているから、何階だろうと不便なく暮らせているようだ。

 ヤツはかなり狡猾だ。自分は部屋にいたまま、食料の調達は女にやらせている。おかげで接触のチャンスがない。


 女は丸腰だから、肉塊に襲われて死ぬかもしれない。だがもし死んだところで、別の女が派遣されてくる。男にとっては痛くも痒くもないというわけだ。

 最低のクズ野郎だ。


 いまにして思えば、俺の態度もクソそのものだったが。

 そのクソにも劣るド畜生がいるとは思わなかった。世界は広い。どんな分野でも、一位になるのは難しい。それがたとえ最下位争いだとしても。


 俺は道路を挟んでマンションの向かいから、じっと様子をうかがい続けた。

 少し背の高いバンに身を隠して。


 さっき女が外出した。

 男の動きはない。

 なんとかして男を引きずり出したい。


 さて、どう攻略すべきか?

 この手の正解は一つではない。

 もっと言えば、目的さえ果たせるのなら、最善の策である必要すらない。

 銃さえ手に入ればいい。他はどうなろうと構わない。


 んー、しかし……。

 あの女、ツキによく似ている気がする。彼女は公園で殺されたはずだから、別人だとは分かっているのだが。

 視力がよくないせいで、いまいち断定できない。

 あの巫女は、マスターがそのときどきで作っているらしい。だから何度も作っているうち、手癖で似たようなのを作ってしまうだけなのかもしれない。絵を描くとき、なにも考えないでいると、似たような絵になるのと同じ現象だ。たぶん。


 いや、いまは女のことはどうでもいい。

 男をどうにかしなければ。


 すでに店を回ってスタンガンやら催涙スプレーやらは確保した。拳銃は手に入らなかったが、代わりにクロスボウは用意できた。

 とにかく外に出てくれれば、殺せる状態になっている。

 待つか……。


 いや、時間は俺の味方じゃない。

 あまり時間をかけすぎれば、俺は思考を失う。それがいつなのかは不明だが。

 それに、あの男だって、いつまでもこの世界で好き放題できるわけじゃない。いつかは俺みたいに肉塊に変えられる日が来る。もしそうなればイチからやり直しだ。


 少し急いだほうがいいかもしれない。

 たとえば女を捕まえて、家に帰さないようにする。そしたら男は外に顔を出すくらいはするだろう。もし女のことを心配をしていなかったとして、それでも食料は調達する必要がある。俺たち肉塊と違って、あいつらは食わないと死ぬからな。

 となると、女をターゲットに含めるのは悪い選択肢じゃないかもしれない。


 俺も愛する女を失ったのだ。

 お前も同じ苦しみを味わうがいい。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ