これがお前の理想郷だよ、人間(三)
女は、それなりに料理ができた。
だから材料を手に入れて、女に作らせることにした。
生ごみは……誰も回収してくれないから、処理に困ったが……。まあ住めなくなったら引っ越せばいい。俺たちはどこに住んでもいいのだ。
*
俺の生活は、まあまあ充実していると言えた。
肉塊を殺す。
メシを食う。
女を抱く。
その繰り返しだが。しばらくは飽きそうになかった。人間が二人いればゲームもできる。いや人間じゃないかもしれないが。
その日、俺たちはレストランでディナーをとった。
まあ作ったのは女だが。
「お待たせしました」
「うん」
ハンバーグ定食。
誰が肉を加工しているのかは考えないようにしよう。ちゃんとスーパーに陳列されていたのだから問題あるまい。ここでは正常性バイアスをフルに働かせていないと頭がおかしくなる。
女は、雑貨屋で手に入れた安いコスプレ衣装を着ている。
袖のない水平の服。ヘソは出ているし、スカートも短い。元ネタは分からないが、気に入ったので着せた。飽きたら別のを着せる。
「まあ食べようぜ」
「はい」
女はハンバーグをナイフで小さく切って、口元へ運ぶ。
かわいい唇だ。
お世話のときによくお世話になっている。
思い出すだけで食事どころではなくなってしまう。
「ごめん、先に一回お世話してもらえる?」
「えっ?」
「待ってたら暇でさ」
「はい……」
ムリにでも笑顔を作って応じてくれる。
絶対にノーとは言わない。
お清楚なお口を見せつけるのが悪い。
*
メシはさめてしまったが、まあ、仕方ない。
腹が減っていればうまく感じるものだ。
俺が食事を終えても、女はまだのたのた食べていた。まあ、彼女も仕事をしたわけだから、ここはおおらかな気持ちで待ってやるとしよう。
俺にも酒を飲むというミッションがある。
「はぁ。生きてるって感じがする」
「……」
「しない?」
「します」
返事が遅い。
こっちは独り言を言ってるわけじゃないんだから。
銘柄も年代も分からない赤ワイン。
渋いだけのような気もするが。まあアルコールが入っているんだから、酔っ払うという目的は果たせる。
「あの、人間さま。あまり深酔いしないようお願いしますね」
「なんで?」
お世話だけでなく、お説教までしてくれるのか?
余計な機能はいらないのだが。
女はそれでも頑張って笑みを浮かべている。
「その、私は戦えませんので。怪物に襲われても、人間さまに守ってもらうしかないので」
「いや、そんなことかよ。大丈夫だって。俺、いままで死んだことないから」
「はい……」
そうだ。
こいつは余計なことを考えず、ニコニコしていればいい。
女のけなげな笑顔を眺めていると、じつに酒が進む。俺の行動に一喜一憂しやがって。
俺はグラスのワインを飲み干して、テーブルに置いた。
「はぁ……。染みるぅ……」
「……」
「君も飲む?」
「いえ」
いいよ。
俺は他人に酒を強制するほど愚かじゃない。
もしかしたら飲みたいかもしれないと思って聞いただけだ。
それにしても、話題を振ってるのはずっとこっちではないだろうか。
会話したくないのか?
この口はお世話以外に使い道がないのだろうか。
「前から気になってたんだけど、君のその人間さまって呼び方さ」
「はい」
「どうにかなんない?」
「ご希望があれば、変更しますが」
察しの悪い女だ。
変更して欲しいから言っているのに。
「だからさ、変えてって言ってんの」
「たとえばどのように?」
人をイライラさせているのに、笑顔でそんなことを言ってくる。
へらへら笑ってればいいというものでもないだろう。
「じゃあ、ご主人さまでいいよ」
すると彼女は、やや困惑したように眉尻をさげた。
「申し訳ありません。私にはすでにお仕えしているマスターがおりまして……」
「は?」
「できれば別の呼び方にしていただければ」
俺がマスターでいいだろもう。
けど、そういえばずっと聞いてなかったな。
彼女の言うマスターとやらの存在を。
「えーと、マスターってのはどんなヤツなの? ま、たぶん世界をこんなふうにしたヤツなんだろうけども」
「はい」
「はいじゃなくてさ。もっと教えてよ」
この様子じゃ、撃ち殺して別の女に聞いたほうが早いかもしれない。
これでもじゅうぶん辛抱強く耐えたのだが。
女は小首をかしげながらも、やはり笑みを浮かべたままだった。
「私もよく知らないんです」
「でも、君はそいつの言葉を伝えるための巫女なんでしょ?」
「はい」
「なんかないの? まだ一回もその言葉とやらをもらってないんだけど」
「まだなにも」
「そう」
時間のムダだな。
だとしたらこいつの存在意義はなんなんだ?
都合のいい「お世話」係か?
まあいい。
言いたいことがないのなら、こちらも好きにさせてもらう。
*
少し酔っていたが、肉塊を撃ち殺すのに支障はなかった。
もし世界が俺を殺したいのなら、もっとヤバいのを用意してくれないとムリだろうな。射撃の腕は日に日にあがっている。こちらが有利になる一方だ。もしこれがゲームならクソゲーでしかない。
「いまのヘッショ、見た? ヤバくない?」
「はい、凄かったです」
「君は幸せだよな。強い男に守ってもらえてさ」
「はい、幸せです」
「自力で生きる力もないのにさ」
「はい、おっしゃる通りです」
全肯定だ。
表情がひとつしかない人形みたいに見えてきた。
いまどきAIだってバリエーションのある対応をするだろう。
いわば機械以下だ。
お世話以外に役に立たない。
*
そんな生活が続いたある日――。
俺は女に起こされて目をさました。
「ん? なに? なんかあったの?」
もしくだらない用事だったら、死んでもらうことになるんだが?
「マスターから伝言があります」
「なに?」
「来て欲しい場所があるようです」
「はい? 来て欲しい? なんかあるの?」
「重要なことが」
嫌な予感がした。
いや、まあ、この世界をどうこうしたマスターのことだ。もし俺を殺すつもりなら、別にいつどこででもできるはず。ということは、俺はその場に行くことが、本当に重要なんだろう。
「もしバックレたらどうなるの?」
「分かりません。けど、従ったほうがいいと思います」
「マジか。え、それっていますぐ?」
「今日中であれば大丈夫だと」
なら、いま起こさないで、起きてから説明して欲しかった。
しかし心臓がドキドキしてもう眠れそうにない。
俺は深い溜め息をついてから、なんとかベッドを抜け出した。
たぶんだが、殺すつもりではないと思う。
けど、だったらなんなんだろう?
この世界を極めた俺を、人間の次の段階、たとえば神にでもしてくれるのか?
まあ、それくらいしかなりようがないのだが。この女のお世話が終わるのだとしたら、それはあまり嬉しくない。
*
シャワーを済ませて外に出たとき、すでに朝日が路地裏まで照らしていた。
時刻は十時少し前。
指定された場所は、公園だった。
天気がいいから俺は半袖にした。
女もついてきた。コスプレではなく、最初に会ったときの布を巻いただけの衣装。それがこの女の正装なんだろう。肩も背中も大きく出している。だけどいまはお世話をさせる気分ではなかった。
肉塊を射殺しながら道を進む。
気を紛らわせるように。
俺は強い。
恐れることはない。
*
公園で朝日を浴びていたのは、やはり布を巻いた若い男だった。
金髪のショートヘアで、目つきの鋭い、獰猛な笑みの男。顔は整っているが、アイドルというほど甘い顔立ちではない。むしろマネキンに殺意を搭載したような、冷徹な印象を受けた。
「やっと来たな」
好意的な態度には見えなかった。
俺は構えなかったが、銃を手につかんだ。
「あんたがマスターか?」
「そんなワケないだろ。ただのメッセンジャーだよ。カラスみたいなものだ」
だとしたら派手な髪のカラスだ。
日の光を受けて、サラサラの髪がシルクのような純白にも見える。
「伝言があると?」
「お前はもうこの世界を十分に極めたよな?」
「おそらく」
「じゃあ、次の段階に進むときだ」
やはりそうか。
一連の出来事は、俺を神に昇華させるための儀式だったのかもしれないな。
男は大きな口でにぃっと笑った。
「お前が肉塊って呼んでるヤツいるよな? アレになってもらう」
「は? はい? 肉塊? なんで?」
さすがにジョークだろ。
絶対にありえない。
俺があの醜い肉塊になるなんて。
男は肩をすくめた。
「だって、もうじゅうぶん楽しんだだろ?」
「勝手に決めてもらっては困る……」
「だけどお前に決定権はないんだ。マスターがすべてを決定する」
いやいやいや。
いやいやいや。
いやいやいや。
待ってくださいよ。
「いや、あのー、どういう理屈で?」
「知るかよ。そういう決定なんだ」
「理解できない」
「でもお前、最初は受け入れてただろ。そんでじゅうぶん過ぎるほど楽しんだだろ? それは永遠じゃない。卒業するときが来たんだ」
「卒業って。いや。だから。マスターと直接話がしたいんだが」
すると彼は眉をひそめた。
「直接? 人間ごときが? 勘違いにもほどがあるだろ」
もうダメだ。
こいつじゃ話にならない。
「マスター! 聞いてください! 誤解です! 俺はなにも悪いことしてません!」
天に向かって声を張った。
ヤツは絶対に俺を見ている。
この声も届くはずだ。
だが、返事はなかった。
どれだけ待っても。
男はくすくすと笑った。
「やっぱイヤなんだな。どいつもこいつも同じようなリアクションしやがって。けど、どうにもなんないからさ」
「うるさい! お前は本当にマスターの使者なのか? 偽物かもしれないだろ!」
銃を構えた。
この距離なら当たる。
当たるはずだった。
もし、銃がちゃんと動けば……。
しかし銃は、まるでアイスクリームみたいにどろどろに溶けて、指の隙間からこぼれ落ちてしまった。あっけなく。数秒で。目をやると、足元に銀の液体が溜まっていた。
男はふっと笑って告げた。
「それがマスターの意思だよ」
「なんで……」
男は俺の問いには答えず、手をこちらへかざしてきた。
俺を肉塊に変えるつもりか?
いや、違った。
男の五本の指から放たれた光は、鋭い刃となり、女に襲い掛かった。次の瞬間、女は糸の切れた人形のように、手足と頭部を胴体から切断され、バラバラになって地面に落ちた。
出血がひろがってゆく。
「うわぁっ」
「そいつは用済みだからな」
「な、なんで……」
「次はお前の番だ。選ばせてやるよ。俺のタイミングでやるか、お前のタイミングでやるか」
「待て! 待て待て待て待て! 待って! お願いだから!」
俺は土下座していた。
勝てない。
足がガクガクして逃げ切る自信もない。
もううずくまってお願いするしかない。
男の声は冷静だった。
「許すとかそういう問題じゃないんだよ。どちらにせよ実行されることなんだから」
「待って……」
「そう落ち込むなって。挽回のチャンスはあるんだから」
「はっ? えっ?」
「お前が怪物になったあとで、新しい人間がやってくるだろ? そいつから銃を奪うんだ。それでまた人間に戻れる」
銃を奪う――。
ああ、そうだったのか。
あいつらは、俺から銃を奪いたかったのか。
だから短い腕を伸ばして、必死で近づいてきたのだ。
どう考えてもムリなのに。
「けど、意識があるのは最初のうちだけ。もたもたしてたら、脳まで浸食されて完全に怪物になるからな」
「嫌だ……嫌だぁ……お願いだからぁ……」
「話になんないから、こっちのタイミングでやるぞ」
「待ってってぇ……ムリだってぇ……」
だが、俺の願いが通じなかった。
体の内側でなにかが起こった。
かと思うと、全身がひしゃげて、肉が盛り上がってきた。自分の体がどうなっているのかは分からない。分かりたくなかった。分かり切ったことなのに。
上半身が重すぎて、俺は土下座のまま動けなくなった。自分の体重で膝が折れそうだ。
「じゃ、説明した通りだから。せいぜい頑張れよ」
「うぅ……」
もう、まともな声もでなかった。
俺は肉塊だ。
勝者から、敗者に転落したのだ。
理由も分からないまま。
(続く)




