白い空間で
コポコポと、お茶を入れる音がする。それに促されるようにそっと目を開くと、白が目に入った。
(ここどこだっけ…)
僕は確か、面接落ちて、ライから逃げて、海について、それで…
跳ね起きる。僕は死んだはずだ。あの高さで生きているはずがない。
あたりを見回すと、どこまでも白い空間が上下左右に広がっていた。
「ぁ、起きた??」
後ろから声がしてバッと振り返ると、声のもとを確認する前に頭がぐらついた。
「おっと、まだ勢いよく動いたら駄目だよ。」
先程と同じ声の持ち主が僕を抱き留める。ゆっくりと顔をあげると、そこには、20代前半位の茶髪を持った青年がいた。
「すみません…あなたは…?」
「ああオレの事、分からないか…」
彼は、少し悲しそうに顔を歪めた。
「どこかで、会いましたか?」
「んーん。会ってないよ。」
ゆるりと首を振られてしまえば、それ以上問い詰める事はできなかった。
「オレはイルアって言うんだ。ついでに言えば、天使。」
そう言って彼は、大きな羽を片方だけひろげてみせた。
「天、使?」
彼にどう接するべきか分からず、とりあえず床に膝をついて、頭を垂れた。
「すみません、天使と知らず、無礼な真似を…」
「いやいや、そんなにかしこまらないで!?」
アワアワと彼は、僕の身体を起こす。
「天使の事言ったのは間違いだったかな……取りあえず、そんな事しなくていいから!」
「ですが…、」
「俺も居心地悪いしさ、ね?」
「そういうことなら…わかりました」
「よし、じゃあここに座って。」
指さされた椅子に座ると、彼も目の前に座って僕に紅茶の入ったカップを差し出した。
「さてと、君がここに来た理由なんだけどね。」
彼の顔が真剣なものに変わる。こうみると、とても綺麗な顔だ。
「君は、どうやって死んだ?」
「…海に、飛び込んで自殺しました。」
「そう。自殺したね。」
彼は、そう言って口に紅茶を含んだ。白い喉がそれを嚥下する。
「自殺した人は、普通、何らかの罰が与えられる。けど、ある一定の条件を満たした人は、チャンスが与えられることになってるんだ。」
「条件?」
「例えば、生前、行いが良かったとか、誰かをまもったとか、親と満足できる程の生活を送れなかったとか。」
最後の条件に身体が揺れる。
「チャンスっていうのは、違う世界でしばらく生きること。ちなみに、しばらくっていうのは、人によって一年だったり、一生だったりする。」
イルアは息を吐いて頬杖をついた。
「そのチャンスをちゃんと生かせて、神に許されたものは、もう一度元の世界で生きられる。まあ、数年位時間が進んでるかもしれないけどね。」
そっと手を差し出された。
「このチャンスを受けるか受けないかは、君次第だよ。」
この手を取ればチャンスを受ける事になるらしい。
答えは、決まっている。
「ごめんなさい、無理です」
そう言うと彼は至極驚いたようだった。
「どうして?訳をきかせて?」
「僕はもう、生きていたらだめなんです。迷惑になるばかりで……守って貰った両親には凄く申し訳ないです。それでも…」
「チャンスを生かせたら、一つ願いが叶う。これでも?」
「願いは一つじゃ、足りませんから。」
椅子から立って頭を下げる。
「お気持ちだけうけとります。僕は地獄でもどこでも行きます。ありがとうございました。」
彼もすっと椅子から立ち上がった。
そして、腕を僕に伸ばすとそのまま抱きしめる。
「な、何するんですか!?」
「駄目だ…君は、そっちに行かないで…」
切実そうな声に胸が締め付けられる。
「お願い、生きて…」
その声と共に視界が光に覆われた。眩しくて目をつむると、何故か、意識も遠のきはじめる。
ぼーっとする思考の中名前を呼ばれた気がした。
「夜虹…」
何故だか、その声は酷く懐かしく感じるものだった。




