連れを浚われる
「ゴブリンの宝を根こそぎ奪いに行く」
ジュディアがゴブリンの洞窟で何をするかを聞いてきたので、俺はそう答えた。
「根こそぎって、最深部までいくつもり? あかんよ、二人きりじゃ戦力が足りひん」
「大丈夫、危なくなったらすぐ引き返すさ」
俺はあからさまな死亡フラグを立てつつ、ジュディアと共にゴブリンの洞窟へ向かった。
ゴブリンの洞窟はラグナから歩いて1時間程のところにある。
現実的に考えると、首都の近くに魔物の洞窟なんてあって良いのかと思うが、頻繁に冒険者達が狩りをしているので問題は無いようだ。
だがゴブリンの洞窟は深部に行けば行くほど強力なゴブリンの変異種が現れる。
最深部のキングゴブリンは、上級の冒険者でも手こずるほど強力なモンスターである。
レベル30に満たない二人で勝てる相手ではない。
ジュディアはそのことを知っていたが、突っ走る俺を止めきれない。
彼女は鞄の中の転移石を確認し、いざとなればすぐに逃げ帰るための準備をした。
「得物は弓だったよな、じゃあ俺が松明を持って先に進むから、警戒しつつ後ろからついてきてくれ」
ジュディアにそう伝える。
俺は彼女が頷くのを確認すると、ズンズンと入り組んだ洞窟を進んでいく。
「ちょ、ちょっち、警戒はどうしたんや!?」
ジュディアが非難の声をあげる、いかん、焦り過ぎてしまった。
俺はスピードを落とすが、てくてくと洞窟を進んでいく。
ジュディアは注意するのも疲れたのか、黙って俺についてきてくれた。
「きーっ、きー、きー、きーっ!」
ゴブリンの鳴き声が聞こえる、侵入者である俺達に気づいたようだ。
ジュディアが弓を構える、俺は変わらずてくてく歩く。
「なあ、警戒・・・しなくてええんか?」
ジュディアが早足で俺に近づき、不安そうに尋ねる。
「大丈夫、ちゃんと警戒してるよ、後ろの方は大丈夫か?」
俺がそう彼女に尋ねると、彼女は俯き、肩がふるふると震えだす。
どうしたんだろう?
ジュディアの顔を覗き込む。
すると彼女はばっと顔を上げて
「こんなに速くちゃ、警戒なんてできるかあほぉ!」
俺の耳元で怒鳴る、
「のわー!」
「「「「きー、きー、きーっ、きーっ」」」」
俺が耳を抑えると同時に、近くのゴブリンが一斉にこちらに感づく。
前方からも後方からも10を超えるゴブリンの群れが近づいてくるのが見える。
「ごめん、やってもーたわ・・・」
ジュディアは申し訳なさそうな顔でこちらを見たあと弓を構える。
数が多くても所詮は普通のゴブリン、20や30程度なら引くまでもない。
だが俺は好感度を上げるためにも一頑張りすることにした。
「かがんでろ、頭上げんなよ」
弓を構えるジュディアの頭を押し付けしゃがませる。
背に抱えたGMソードを引き抜く。
「え? あんた何を・・・」
ゴブリンが前方と後方から同時に襲い掛かってくる。
ジュディアの眼が瞑られる。
「よっ、ほっ、っと」
俺は軽く力を込めて前方と後方それぞれ一度ずつ横薙ぎした。
ブワッ
一陣の風がジュディアの短い金髪を揺らす。
ぼとぼとぼとっ
30体は居たゴブリン達の腕が落ちる。
「ぎぎゃー! ぎゃ、ぎゃぎゃー!」
ゴブリンの悲鳴が聞こえる、落ちた自分の腕を見て悲鳴をあげているようだ。
そして腕を確認しようと肘を曲げたゴブリンから順に
体が横滑りする。
ゴブリン達は落ちる体を押さえようとするが、抑えるのに使う手は既に地面の上。
なすすべもなく体が落ち、ゴブリン達は眩い光を出して消えた。
ジュディアが何もいなくなった通路を眺めて呆然と言う。
「あんた・・・強かったんやね」
その後から、ジュディアはてくてくと無警戒で歩く俺に従順に着いてくるようになった。
これぐらいの敵の強さなら警戒するほどでもないことに気づいたのだろう。
いざとなれば強いことがわかった俺もいる。
さて、ゴブリンの洞窟もそろそろ中盤である。
ゴブリンシャーマンやシャーマンロードと言った上位種が出始める階層だ。
そろそろかな、俺は急に立ち止まる。
一応後ろを警戒していたジュディアが俺にぶつかる、彼女の鞄に手が当たる。
「なにかあったん?」
「いや、そろそろゴブリンの上位種が出る階層だから、流石に警戒しようと思ってな」
そう言うと、ジュディアは顔を引き締める。
俺は警戒する振りをしながら洞窟を進む。
急に開けた空間に出る。
暗闇のなか、ギラリと光る数百対の目。
モンスターハウスだ!
頭のなかにBGMが流れる。
俺は咄嗟に後ろから着いてきているジュディアを部屋からドンッと突出す。
「モンスターハウスだ、流石にこの数は不味い。俺が奴らを引き付けているからお前は逃げろ」
彼女にそう伝え、背から剣を抜き放つ。
「そんなんあんたが死んでまうやんか! ウチ転移石持って来とるさかいそれで逃げたほうがええ!」
ジュディアは鞄の中の転移石を出そうとする。
「え、無い・・・何で!?」
がさごそと鞄の中をかき混ぜるが転移石は見つからない。
「いいから早く逃げろ、ゴブリンなんかに捕まったら死ぬだけじゃすまないぞ!」
ジュディアの顔が青ざめる。
俺はぼそりと何かを告げる。
聞き取れなかったジュディアは聞き返す
「え、今なんて?」
「気にするな、早く行け!」
彼女は申し訳なさそうに俺を見ると、通路の後ろに向かって走り出そうとする。
だが、足が動かない。
「あれ、なんで、なんで動かへんの・・・」
ジュディアが焦る。
大広間の入り口で剣を構えていた俺は体をビクリとさせる。
「麻痺は、不味い・・・」
動けないジュディアが俺を心配する。
「あかん、ゴブリンシャーマンのパラライズや!」
「い、い・・・から、に、げ、ろ!」
俺は辛そうにジュディアに告げる。
ジュディアは必死に体を動かそうとしているが、表情が焦るばかりで体は動かない。
麻痺にかかったらしい俺に多数のゴブリン達が押し寄せ、俺は横に倒れる。
入り口で敵を抑えていた俺が倒れたことで、横をすり抜けてゴブリン達がジュディアに近づく。
「いやや、来んといてぇ・・・」
ジュディアが涙目になりながら叫ぶ、彼女の体は動かない。
だがゴブリン達はそんなことは気にしない。
大型の上位種であるホブゴブリンがジュディアを肩に担ぎ、洞窟の奥へ進んでいく。
「いやぁ、離しぃ、離しぃや!」
動けないジュディアは、口で抗議をすることしかできない。
「くそ、あとで必ず、必ず助けに行くからな!」
俺はジュディアに叫ぶ。
彼女の返事を待たずに、ホブゴブリンは洞窟の奥に消えていった。