第39話「静観の眼BOX」
最近、自分ではこの作品が面白く書けているのか分からなくなることがあります。
もしよければ、「好きな回」「好きなキャラ」「印象に残った場面」など、皆さんがこの作品をどう感じているのか教えていただけると嬉しいです。
一言だけでも大歓迎です。何卒よろしくお願いします~!
配信開始の少し前。
「お疲れ様です~」
玄関からNEST東京オフィスへ入った梓は、靴を脱ぎ、そのままリビングへ向かった。
リビングでは、神代、藤田、美咲、新井の4人がテーブルを囲み、揃ってハサミを動かしていた。
「……何してるんですか?」
梓が近づこうとすると、美咲がすぐに片手を上げた。
「梓ちゃん、ストップ」
「え?」
「こっち来ちゃ駄目よ。質問見えちゃうでしょ」
「それ、今日の配信で読むマシュマロですか?」
「そうよ。届いたマシュマロは私たちで全部確認してるから、変な質問は入ってないわ。安心して」
「分かりました」
言われて、梓はその場で足を止めた。
テーブルの上には、細長く切られた紙が何枚も並んでいる。
その横で新井が、また1枚をハサミで切った。
「いや、配信の手伝いは分かるんすけど、俺まで紙切るんすか~」
「新井君もマリナチームなんだから当然でしょ」
藤田は紙から目も上げずに返す。
「こういうんは宣伝担当の仕事ちゃいます?」
「ステッカー貼るの手伝ってくれたじゃん」
神代が言うと、新井は手を止めた。
「神代さんが貼ると、なんか箱の中心からズレてて気持ち悪かっただけですよ」
「文句言いながら一番綺麗に切ってるけどね」
美咲の一言に、新井は自分の手元を見た。
「……気になるんすよ、曲がってると」
梓は少し離れたところから、その作業を眺める。
藤田は紙から目を上げないまま、説明を続けた。
「選んだものは全部印刷したの。梓ちゃんには中身を見せずに、配信中にランダムで引いてもらおうと思って」
「なるほど……」
「で」
神代がテーブルの脇に置いていたものを持ち上げた。
「そのために作りました」
黒い箱だった。
四角い段ボールの全面に黒い紙が貼られ、正面中央には金色の静観の眼。
上面には丸い穴が開いている。
そして、その穴の縁だけが妙に目立つ黄黒の虎テープでぐるりと囲まれていた。
梓が目を瞬く。
「……これ、作ったんですか?」
「はい」
神代は箱を両手で持ち、梓の前へ高く掲げた。
「テレレレッテレー! 静観の眼BOX~!」
妙に間延びした声までつけた、どこかネコ型ロボットを彷彿とさせる道具紹介だった。
「……その出し方、やりたかっただけちゃいます?」
新井が呆れたように言ってから、箱の正面を指さす。
その指先を追うように、梓も箱の正面へ目を向けた。
箱の正面には、金色の静観の眼が貼られている。
黒い紙には微妙に手貼りらしい歪みがある。
それなのに、正面の静観の眼だけは妙に完成度が高い。
「……可愛いですね」
「可愛い?」
美咲が箱を見る。
もう一度見る。
「……可愛くはないでしょ?」
藤田と新井も、ほとんど同時に箱へ視線を落とした。
誰も頷かなかった。
「え、可愛いですよ」
梓は箱へ少し近づく。
「静観の眼もですけど、この手作りっぽい感じとか」
「虎テープ付いてますけどね」
新井が言う。
「そこも含めて」
「……梓ちゃん、結構独特ですね」
藤田がぼそりと言った。
梓は気にした様子もなく、丸い投入口を眺めた。
「でも、なんでここだけ虎テープなんですか?」
「切ったところが危なかったんで」
「神代さん」
美咲が箱を見ながら言った。
「抽選ボックスって普通に売ってますよ?」
「いや、売ってるのは知ってるけど」
「黒い抽選ボックス買って、ステッカー貼るだけでもよかったんじゃないですか?」
「……」
神代が止まった。
新井が横から顔を覗き込む。
「今気づいた顔してますやん」
「いや、これはこれで味があるから」
神代は箱を抱え直した。
藤田が投入口を見る。
「というか、切り口も黒のテープでよくないですか?」
「……分かりづらいから」
神代が小さく答える。
「危険箇所……」
「……危険箇所?」
新井が眉を寄せた。
「何?」
「いや、意味は分かるんすけど……用語がもう工場なんすよ」
「な、何言ってんの。俺、投資家だよ、新井く~ん」
「投資家なら虎テープ貼らないで、抽選ボックス買うと思いますよ」
藤田の一言に、神代が再び黙った。
「……正論ですやん」
「いや、これはこれで味があるから」
神代は箱をテーブルへ戻した。
どうやら虎テープを剥がす気はないらしい。
梓はそんな箱をもう一度眺めてから、神代を見た。
「あの」
「はい?」
「これ、今日使い終わっても防音室に置いといていいですか?」
「え?」
「なんか、気に入っちゃって」
美咲が梓と箱を交互に見る。
「本当に気に入ってるんだ……」
「可愛いじゃないですか」
「だから、そこが分かんないのよ」
神代は一瞬ぽかんとしていたが、やがて少し嬉しそうに笑った。
「いいよ。じゃあ置いとこうか」
「ありがとうございます」
「ほら、分かる人には分かるんですよ」
神代が胸を張る。
「いや、作った本人と中村さんだけですやん」
新井のツッコミに、藤田が吹き出した。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「ああ、たぶん俺の荷物だ」
神代はそう言って立ち上がると、そのまま玄関へ向かった。
しばらくして、廊下の向こうから声が飛んでくる。
「新井君、ちょっと手伝ってくれる?」
「はいはい、今行きます」
新井が玄関へ向かい、ほどなくして神代と二人、それぞれ大きさの違う段ボール箱を抱えて戻ってきた。
「また買ったんですか……」
美咲が呆れたように、二つの箱を見比べた。
「空気清浄機兼加湿器。こっちの小さい方は防音室に入るサイズで、大きい方はリビング用」
「2台も必要ですか?」
「ほら、梓ちゃんは声が仕事でしょう。それに藤田さんたちも、打ち合わせやら何やらで1日中喋るじゃないですか。誰かが喉をやられてからじゃ遅いかなって」
「だから、全員が使えるようにリビングにも1台ですか」
「梓ちゃんのところだけだと、文句を言われそうだからね」
「誰が文句を言うんですか」
梓が困ったように笑った。
新井は床に置いた箱を見下ろし、嫌な予感がしたように眉をひそめた。
「それで、これ誰がつけるんですか?」
神代が黙って新井を見る。
「いや、俺はやりませんよ。便利屋ちゃいますからね」
「……」
神代は床の箱を見下ろし、少し考え込むように口を閉ざした。
「新井君、ちょっとこっち来て」
「なんですか。そない肩組まんでも聞こえますって」
神代は新井の肩へ腕を回し、そのまま少し離れたところへ連れていった。
「二人で何してるの?」
美咲が訝しげに、肩を組んだ二人を見る。
その隣では、藤田がハサミを動かす手を止め、二人をじっと見つめていた。
「神代さんが攻めで、新井さんが受け……この組み合わせ、ありかも」
「何の話?」
「いえ、何でもないです」
藤田は何事もなかったように、紙を切る作業へ戻った。
その間に神代は、新井の肩を抱いたまま、身体の陰で懐から小さな封筒を取り出していた。
少し離れたところにいた梓には、封筒のようなものが一瞬だけ見えた。
新井は訝しげに、その中身を確認する。
「……任せてください。機材班の誇りにかけて、責任を持って設置させていただきます」
さっきまでの拒絶が嘘のように、新井は胸を張った。
「何をもらったんですか?」
梓が尋ねると、新井は何事もなかったような顔で封筒をズボンのポケットへ押し込んだ。
「いやいや、何ももろてないですよ」
「封筒みたいなの、見えましたよ」
新井の視線が一瞬だけ泳いだ。
「何ももろてません。中村さんの喉を守るためですから。機材班として当然ですよ」
言い終わるや否や、新井は工具バッグからカッターを取り出し、大きい方の段ボール箱のテープを切り始めた。
先ほどまで設置を嫌がっていたとは思えないほど、迷いのない手つきだった。
「封筒?」
美咲が眉を上げ、神代へ顔を向ける。
「買収されてるじゃない!」
「してない……してない。ね! 新井君」
「されてません!!」
新井はカッターを持っていない方の手で、勢いよく親指を立てた。
「何よ、その親指は……」
美咲が呆れた顔で、突き出された親指を見た。
「……余計に怪しくなりましたけど」
梓が二人を見比べると、神代と新井は揃って視線を逸らした。
「さあ、設置しますよ。配信前に動作音まで確認せなあきませんからね」
新井は何事もなかったようにカッターを走らせ、段ボール箱を開けていった。
それから新井は、2台の空気清浄機兼加湿器を手際よく箱から取り出した。
フィルターを包んでいた袋を外し、給水タンクや付属品を一つずつ確認していく。
小さい方は防音室へ運び、大きい方はリビングの壁際へ。どちらも吸気口を塞がないよう、壁から少し間隔を空けて設置した。
最後に電源を入れ、防音室の機械は強さを切り替えながら、マイクに動作音が入らないかまで確認する。
「強運転やと音拾うかもしれませんね。配信中は自動か静音にしといた方がええです」
「分かりました」
梓は防音室に置かれた小さな機械を見てから、神代へ向き直った。
「神代さん、ありがとうございます。私だけじゃなくて、皆さんが使う分まで」
「気にしなくていいよ。梓ちゃんの声も、ここで働くみんなの喉も大事だからね」
設置を終えた新井は、2冊の取扱説明書を手にリビングへ戻ってきた。
「桐生さん、藤田さん。これ、取説です。加湿機能を使う前に目ぇ通しといてください」
新井が二人へ取扱説明書を差し出した、そのときだった。
ズボンのポケットから、白い封筒が滑り落ちた。
「あ!!」
新井が慌てて手を伸ばすより先に、美咲が封筒を拾い上げる。
そのまま取り返そうとした新井の手を、美咲はひょいと身体を引いてかわした。
「ちょ、桐生さん、それ返してください!」
「これが、さっきの封筒ね」
美咲が封筒の中を覗く。
そこには、折り目のない1万円札が3枚入っていた。
「3万!?」
美咲の声が、リビングに響く。
「設置作業だけで!?」
「ちょっと、もらいすぎじゃないの?」
美咲が、封筒の中の3万円と新井を交互に見た。
「1台1万5千円で、2台だから3万円……」
神代が指を折りながら説明すると、美咲はしばらく黙り込み、ゆっくりと新井へ顔を向けた。
「……言うわよ」
「え?」
「黒瀬さんに言うわよ。業務外の仕事で、神代さんから報酬を受け取ってたって」
「えぇ……」
新井の顔が、分かりやすく引きつった。
「黙っててほしかったら、今度タカノフルーツパーラーで、藤田さんと梓ちゃんと私にパフェを奢りなさい」
「3人分ですか!?」
「嫌なら黒瀬さんに言うけど?」
「奢ります! 奢らせていただきます!」
新井が慌てて了承すると、美咲は満足そうに封筒を差し出した。
「……俺はないんだな」
神代が、誰に言うでもなく小さく呟く。
「神代さんも一緒に行きましょうよ」
梓がすぐに声をかけると、神代は分かりやすく表情を明るくした。
「いいの?」
「もちろんです。みんなで行きましょう」
「あの……もしかして、神代さんの分も俺持ちですか?」
「俺は自分で払うよ」
「よかった……」
「何を安心してるの。新井君は私たち3人分だからね」
「分かってますよ……」
こうして新井は、3万円の入った封筒を泣く泣くズボンのポケットへ戻すのであった。




