第31話「WHO’S NEXT?」
マリナのデビューまで、3週間ほどとなった頃。
渋谷駅前の大型街頭ビジョンで、Nexus Liveの広告が流れ始めた。
人の波が途切れることなく行き交う交差点。
ビルの壁面を覆う大きな画面に、Nexus Liveのロゴが映し出される。
軽快な音楽とともに画面が切り替わり、所属ライバーたちが次々と姿を見せていった。
それぞれの名前と姿が、短い時間の中で鮮やかに紹介されていく。
やがて広告は終盤に入り、画面いっぱいに1人の少女が映った。
天城レイナ。
Nexus Liveを代表するライバーの1人だった。
天城レイナの姿が消える。
ビジョンを見上げていた若い女性が、再び歩き出そうと視線を落とした。
その直前、画面が暗転する。
『WHO’S NEXT?』
白い文字が浮かび、短い効果音とともに消えていく。
「……え?」
深紅の長い髪。
高い位置で結ばれたポニーテール。
金色の瞳。
これまでNexus Liveのどこにも姿を見せていなかった少女が、天城レイナの次に大きく映し出される。
画面に浮かんだ名前は、
マリナ。
女性の足が止まった。
「……なによこれ!!」
周囲を歩いていた何人かが、驚いて振り返った。
女性は集まった視線にも気づかないまま、ビジョンへ背を向けた。
人の波をかき分けるように、その場から足早に立ち去っていく。
その背後でマリナの姿が消え、所属ライバー全員が並ぶエンドカードへと切り替わった。
『Nexus Live――次のステージへ』
*
それから2週間。
マリナのデビューまで、あと1週間。
「梓ちゃん、来たよ」
NEST東京オフィスで、桐生がノートパソコンの画面を指さした。
「来たって?」
「公式の告知動画。さっき公開された」
「あ、もうですか?」
梓は桐生の隣へ寄った。
画面にはNexus Live公式チャンネルに投稿されたばかりの動画が表示されている。
「見る?」
「見ます」
桐生が再生ボタンを押した。
音楽が流れ、Nexus Liveのロゴが現れる。
構成そのものは、少し前から流れている街頭ビジョンの広告と似ていた。
所属ライバーが1人ずつ紹介されていく。
梓も、この1か月で名前と顔を覚えた人が増えていた。
次々と画面が切り替わる。
所属ライバーの紹介が終わると、画面が暗転した。
『WHO’S NEXT?』
白い文字が浮かび、短い効果音とともに消えていく。
代わって現れたのは、見慣れない少女だった。
明るい色の髪。
軽やかな印象のショートボブ。
その下に名前が表示される。
『彩瀬アリア』
「アリアちゃん!?」
梓が思わず声を上げた。
「え?」
桐生が隣を見る。
「知り合い?」
「はい。声優のオーディションで何度も一緒になってて……」
梓は画面から目を離せない。
「この前も電話したばっかりです」
「へえ」
桐生も改めて彩瀬アリアを見る。
画面の中でアリアが笑った。
わずかに首を傾ける。
髪が揺れ、表情が滑らかに変わる。
桐生が小さく目を細めた。
「……これ、矢野さんだね」
「やっぱりそうですよね」
「うん。見たら分かる」
マリナとはまるで違うデザインなのに、細かな動きの作り込みにはどこか共通するものがあった。
梓はまだ信じられないまま、彩瀬アリアの名前を見つめる。
ふと、少し前に交わした電話の内容が蘇った。
『じゃ、先に行ってて』
『私もすぐに追いつくから』
「……これのことだったんだ」
「ん?」
「いえ」
動画はまだ続いていた。
彩瀬アリアの姿が消える。
少しの間を置いて、画面が暗くなった。
そして新人枠の最後に現れたのは、深紅の長いポニーテール。
金色の瞳。
マリナだった。
画面いっぱいに映し出されたマリナが、静かにこちらを見る。
最後に大きく名前が表示される。
『MARINA』
マリナの姿が消えると、所属ライバー全員が並ぶエンドカードへ切り替わった。
『Nexus Live――次のステージへ』
最後にロゴが現れ、動画は終了した。
「……新人枠の最後、本当にマリナなんですね」
梓が小さく呟いた。
「そうだね」
自分がそこにいることが、まだ少し不思議だった。
天城レイナをはじめとする先輩たちのあとに、新人のアリア。
そして新人枠の最後に、自分が演じるマリナ。
その並びを見ているだけで、胸の奥が落ち着かない。
その時。
テーブルの上に置いていたスマートフォンが震えた。
「ん?」
梓が手に取る。
画面に表示された名前を見て、目を瞬いた。
西山アリア。
「……噂をすれば」
「アリアちゃん?」
「はい」
梓は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『見た?』
開口一番、楽しそうな声が聞こえてきた。
「見たよ! アリアちゃん、何あれ!」
『何あれって何よ』
「彩瀬アリア!」
『うん。私』
「びっくりしたんだけど!」
『ふふ。驚いた?』
「驚くよ。この前、何にも言ってなかったじゃん」
『言えなかったの。今日まで情報解禁されてなかったから』
「あ……」
梓は少し前の電話を思い出した。
「じゃあ、この前言ってた『すぐに追いつく』って……」
『そういうこと』
「これのことだったの?」
『うん』
「アリアちゃんもオーディション受けたの?」
『受けてないよ』
「え?」
思わず聞き返す。
『私はちょっと別』
「別って?」
『そこは内緒』
「なにそれ」
『言えるのは、彩瀬アリアとしてNexus Liveからデビューするってことまで』
「怪しい……」
『守秘義務です』
「急に仕事の顔するじゃん」
電話の向こうでアリアが笑った。
『まあ、そういうことだから。これからは同じ事務所だね』
「そうだね……」
梓も思わず笑う。
「なんか変な感じ」
『私も』
「声優のオーディションでは何回も一緒になったのにね」
『今度は同じところからVTuberだもんね』
「ね」
『しかもマリナの方が先にデビューするんでしょ?』
「うん。1週間後」
『じゃあ、先輩後輩だ』
「え?」
アリアの声色が変わった。
わざとらしく丁寧な声になる。
『これからよろしくお願いします』
一拍。
『せ、ん、ぱ、い』
「……絶対楽しんでるでしょ」
『ふふっ』
「もう」
『ちゃんと先に行っててよ』
梓は少しだけ黙った。
前にも聞いた言葉。
けれど、今度はその意味が分かる。
「うん」
自然と笑みが浮かんだ。
「待ってる」
『じゃあね、先輩』
「だからそれやめてって!」
楽しそうな笑い声を残して、電話が切れた。
梓はスマートフォンを耳から離し、小さく息を吐く。
「仲いいんだね」
隣で聞いていた桐生が笑った。
「まあ……長いので」
梓はもう一度、再生を終えた画面へ目を向けた。
彩瀬アリア。
そして、マリナ。
1週間後。少しだけ先で、アリアを待っていよう。
*
一方、その頃。
とある配信部屋。
モニターには、先ほど公開されたNexus Live公式チャンネルの告知動画が映っていた。
彩瀬アリアの紹介が終わり、画面いっぱいにマリナの姿が映し出される。
女性は黙ったまま、その姿を睨みつけていた。
「……は?」
動画はまだ続いている。
だが、マリナの名前が表示されたところで、女性はマウスを乱暴に動かし、ブラウザの戻るボタンを叩くようにクリックした。
Nexus Live公式チャンネルの画面へ戻る。
モニターから光が消える。
女性は椅子を蹴るように立ち上がった。キャスターが床を滑り、椅子が背後の壁へぶつかる。
そのまますぐそばのベッドへ倒れ込み、枕に顔を埋めた。
ベッド脇に置いていたスマートフォンが震えた。
画面に表示されていたのは、担当マネージャーの名前だった。
女性はしばらく着信を無視していたが、鳴りやむ気配がない。苛立ったままスマートフォンを掴み、通話ボタンを押した。
「……何?」
『あ、今ちょっといい? 今後のアバターについて、大事な連絡があるんだけど——』
「今それどころじゃないんだけど!」
『え、ちょっと待って。これ、ちゃんと聞いておいてもらわないと——』
最後まで聞かず、通話を切った。
すぐにメッセージの通知が届いたが、内容を確認する気にもなれない。女性はスマートフォンを伏せると、再び枕へ顔を埋めた。
「何なのよ、あの2人!!」
拳でマットレスを叩く。
「なんで新人2人が、私たちのあとに出てくるのよ! なんでマリナが最後なのよ!!」
勢いよく身を起こし、掴んだ枕を壁へ投げつけた。
「ふざけんな!!」
誰に聞かせるでもない怒声が、配信部屋に響き渡っ




