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売れない声優の私が、なぜか大富豪に見初められました。  作者: つきしろえにし
第二章 VTuber・マリナ、始動。
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第25話「TEAM マリナ」

第二章スタートです!

デビューまでは、もう少しだけ準備期間が続きます(汗)

気長にお付き合いいただけると嬉しいです。


Xにて、登場キャラクターのビジュアルを掲載しています。

興味がありましたら、プロフィールから覗いてみてください。

Nexus Liveの会議室の扉を開けた瞬間、梓は足を止めかけた。


 これまで使っていた応接室より、ずっと広かった。


 長机を囲むように黒瀬と何人ものスタッフが座り、一番奥には神代の姿もあった。


 見覚えのある矢野のほかに、知らない顔が三人いる。


 ヴォイス・リンクでの六年には、もう区切りをつけた。


 ホテルにも、今月いっぱいで辞めると伝えている。


 どちらも自分で決め、自分の口で伝えた。


 ホテルの勤務はまだ残っている。それでも、もう戻るための場所として考えるのはやめた。


 扉の向こうにいるのは、これから一緒にマリナを作っていく人たちだ。


 そう思うと、急に緊張が込み上げてきた。


「おはようございます」


 梓が頭を下げると、いくつもの声が返ってきた。


「おはようございます」


「よろしくお願いします」


「では、始めましょう」


 全員が席についたところで、黒瀬が口を開いた。


「本日は、マリナプロジェクトの第一回制作会議になります」


 資料を確認しながら続ける。


「中村さんとは初対面の者もおりますので、まずは改めて担当者の紹介から始めましょう」


「はい」


「まずは私から。Nexus Live代表取締役の黒瀬凌太です。マリナプロジェクトでは、制作・運営全体の統括を担当します。改めて、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 最初に立ち上がったのは、見覚えのある細身の男性だった。


「Live2Dのモデリングを担当している矢野豊です」


 ぼさぼさの髪を申し訳程度に整え、落ち着かなさそうに視線を泳がせている。


「中村さんとは、オーディションのときに一度……」


「はい。覚えてます」


 梓が答えると、矢野が少しだけ頭を下げた。


 最終オーディションの日。


 硝子の向こう側にいた人。


 そして終わったあとに、


 ――演技、とても良かったです。


 そう言ってくれた人だった。


「外部から、Live2D周りを手伝っています。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 矢野が座ろうとした、そのときだった。


「え、ちょっと待ってください」


 声を上げたのは、少し離れた席に座っていた若い男性だった。


「矢野さんって、あの矢野さんですよね?」


「朝比奈ルルのモデルを作った矢野君だよ」


 神代が代わりに答えた。


 矢野の肩がわずかに縮む。


「うわ、マジか」


 若い男性は目を輝かせ、さらに身を乗り出した。


「俺、あのモデルの動き、めっちゃ見てましたよ。髪の揺れ方とか、顔振ったときの追従とか」


「新井」


 黒瀬が短く止めた。


「自己紹介が先です」


「あ、すんません」


 男性は慌てて姿勢を戻す。


「配信システム周りを担当してます。新井颯大です」


 二十代後半くらいだろうか。


 立ち上がると、思っていたより背が高い。金髪のツーブロックはサイドと襟足だけが黒く、片耳には小さなリングピアス。黒いパーカーのラフな服装も相まって、第一印象だけなら少しチャラそうなイケメンだった。


「機材とか配信ソフトとか、配信の裏側の技術関係はだいたい俺です。何かトラブったら呼んでください」


 一拍置いて笑う。


「まあ、呼ばれんようにするんが仕事なんですけど」


 矢野の名前を聞いたときの食いつき方を見る限り、技術の話になるとかなり熱くなる人らしい。


 その軽い調子に、張っていた空気が少し緩む。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 次に立ち上がったのは女性だった。


「配信企画とプロモーションを担当する藤田由香です」


 二十代後半くらいだろうか。


 肩にかかる焦げ茶色の髪は、毛先が外向きに整えられている。耳元で揺れる細長いピアスと淡い色のブラウスもよく似合い、大人っぽい華やかさのある女性だった。


「中村さんの得意なことをマリナらしい企画に落とし込んで、それをどう見せ、どう知ってもらうかまで考える担当です」


 はきはきした声で続ける。


「中村さんの魅力も、マリナの魅力も、ちゃんと外に届けられるよう頑張ります。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 最後に、一人の女性が立ち上がった。


「桐生美咲です」


 新井や藤田とは、また少し雰囲気が違う。


 栗色の長い髪を一つに束ね、白いシャツの袖を肘までまくっている。すらりとしたパンツスタイルは活動的で、立ち上がる動きにも迷いがない。


 きびきびした印象なのに、表情は柔らかかった。


「私の担当は、中村さんです」


「……私?」


「はい」


 桐生が笑う。


「中村さんの専属マネージャーになります」


「専属……」


 思わず聞き返した。


「スケジュール管理、現場への同行、Nexus Liveとの連絡。何か困ったことがあれば、まず私に言ってください」


「はい」


「仕事のことでも、それ以外でも大丈夫です」


 桐生は少し身を乗り出した。


「これから一番近くで動くことになると思いますので。よろしくお願いしますね」


「……よろしくお願いします」


 自分だけのマネージャー。


 その言葉が、妙に引っかかった。


 ヴォイス・リンクにいた六年間、白川はずっと自分を見てくれていた。


 けれど、白川が担当していたのは自分一人ではない。


 何人もの若手を抱え、その中の一人が梓だった。


 今度は違う。


 自分のために動く人がいる。


 まだ、うまく実感できなかった。


「あ。それと一つだけ」


 桐生が思い出したように言った。


「中村さん」


「はい?」


「恋人は、当分作らないでくださいね」


「……え?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「ええっ!?」


 声が裏返った。


「い、いません! 今もいませんし、そんな予定も全然……!」


「あはは。なら大丈夫です」


「桐生」


 黒瀬が眉間を押さえた。


「初対面で何を言っている」


「大事なことですよ?」


「言い方を考えろ」


「ちゃんと説明しますって」


 桐生は笑ってから、梓へ向き直った。


「半分は冗談ですけど、半分は仕事の話です。VTuberは演者側の私生活が思わぬ形で表に出ることもあります。そこだけは、これから少し意識してください」


「……はい」


 梓はまだ熱の残る頬を押さえた。


 神代が奥の席で笑っている。


 目が合った。


 なぜか慌てて目を逸らしてしまった。


「では、中村さんも一言お願いします」


「は、はい」


 黒瀬に促され、梓は立ち上がった。


 全員の視線が集まる。


「中村梓と申します」


 一度息を吸った。


「まだ分からないことばかりで、ご迷惑をおかけすることもあると思います」


 少しだけ迷ってから続ける。


「でも……マリナを、ちゃんと生きた子にできるように頑張ります」


 頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 拍手が起きた。


 思っていたより温かい音だった。


 顔を上げると、新井も藤田も桐生も笑っている。


 矢野だけは相変わらず少し俯き気味だったが、それでも小さく拍手をしていた。


「そして」


 黒瀬が神代へ目を向ける。


「改めてになりますが、本プロジェクトの発起人であり、エグゼクティブプロデューサーの神代様です」


「どうも、神代悠一です」


 神代が軽く手を上げた。


「肩書きは立派なんですけど、俺自身はこの業界の素人なんで」


「神代様」


 黒瀬がすぐに口を挟む。


「先日もお話ししましたが、もう少し自覚を持ってください」


「はい」


 スタッフの間から小さな笑いが起きた。


「まあ、企画は考えます」


 神代が言い直す。


「ただ、思いついたものを勝手に中村さんへ持っていくと怒られるので、まず黒瀬さんに出します」


「その認識で結構です。採用したものは藤田と詰めてください」


「分かりました。予算も勝手に増やしません」


「当然です」


「……厳しいなあ」


 また笑いが起きた。


 梓もつられて笑う。


 契約のときに聞いた話が、もうルールとして動き始めている。


 少しだけ安心した。



     * * *



「では、顔合わせも済みましたので」


 黒瀬が資料を閉じた。


「まずは現在の制作状況を確認します」


「はい」


 答えたのは矢野だった。


 矢野がノートパソコンを操作する。


 会議室前方の大きなモニターが切り替わった。


 黒い画面。


 数秒後。


「……あ」


 梓の口から、自然に声が漏れた。


 マリナがいた。


 深紅の髪。


 金色の瞳。


 黒いチョーカー。


 オーディションで何度も見た姿。


 同じはずなのに。


 まるで違って見えた。


「現状、完成一歩手前くらいです」


 矢野が小さく説明する。


「基本的な動きはほぼ入ってます。ただ、ポニーテールの揺れと、チョーカー周りの見え方がまだ納得いってなくて。そこはもう少し調整します」


「動かしてもいいですか?」


「はい」


 新井が梓の前へトラッキング用のカメラを置き、素早く接続を確認する。


「大丈夫です。いけます」


 画面を見る。


 マリナがこちらを見ている。


 梓はゆっくり首を傾けた。


 画面の中のマリナも首を傾ける。


 その瞬間。


「……!」


 深紅の髪が、さらりと肩を流れた。


 顔の動きと同時に揺れるのではない。


 一瞬遅れてついてきて、毛先がふわりと揺れ、静かに収まる。


 梓は反対側へ首を傾けた。


 また髪が流れる。


「すごい……」


 思わず呟いた。


「髪、本当にさらさらしてる」


 矢野が少しだけ顔を上げる。


「そこは、かなり調整しました」


「こんなに動くんですね」


「動かしすぎると逆に不自然になるので。その辺は結構……」


 矢野が言葉を探す。


「重さがあるように見えるくらいにしてます」


 梓は画面から目を離せなかった。


 少し身体を左右に揺らしてみる。


 上半身の傾きに合わせて、肩や衣装もわずかに動く。


 髪の先まで、自分の動きが伝わっていく。


 オーディションのときのマリナは、確かに動いていた。


 けれど今は。


 そこにいる。


 そんな感覚の方が近かった。


 梓がゆっくり瞬きをした。


 マリナも瞬きをする。


 一瞬だけ、まぶたが半分ほど閉じた。


 そこで梓は気づいた。


「……半目でも、可愛い」


「はい」


 矢野が小さく答える。


 もう一度瞬きをしてみる。


 途中で目を細める。


 少し眠そうな顔になる。


 それでも変ではない。


 むしろ、少し気の抜けた表情までマリナらしく見えた。


「瞬きの途中で止まっても、なるべく崩れないようにしてます」


 矢野がモニターを見ながら続ける。


「どの瞬間でも、できるだけ可愛く見えるように」


「……すごい」


「でしょう!」


 なぜか神代が一番嬉しそうに声を上げた。


「ほら! 半目でも可愛い!」


 梓は思わず笑った。


「本当ですね」


「神代様」


 黒瀬が口を挟む。


「そこだけを確認する会議ではありません」


「分かってますよ」


「先ほどから半目しか言っていませんが」


「髪もすごいと思ってます」


「そうですか」


「本当ですよ?」


 会議室にまた小さな笑いが起きた。


 梓はもう一度モニターを見る。


 画面の中で、マリナも同じように笑っていた。


 その笑顔を見た瞬間。


 胸の奥が、少しだけ熱くなった。


 これから自分は、この子になる。


 誰かが描いた設定を演じるだけではない。


 この子の声として、表情として、ここから先を一緒に作っていく。


 画面の中のマリナが、もう一度瞬きをした。


 ほんの一瞬、半目になる。


 今度は、それすら失敗には見えなかった。


 梓は小さく笑った。


 やっぱり、可愛かった。

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