↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
売れない声優の私が、なぜか大富豪に見初められました。  作者: つきしろえにし
第一章 それぞれの選択
PR
11/45

第11話「エグゼクティブプロデューサー」

翌週、Nexus Liveの会議室には、私を含めて六人が集まっていた。


 制作、プロモーション、配信運営、法務、経理。それぞれの担当者が一人ずつだ。


 テーブルの中央には、例の資料が置かれていた。何枚もコピーされ、あちこちに付箋が貼られていた。


「デザインは、正直に言って文句なしですが……」


 制作担当が三面図を持ち上げた。


「これ、生成AIで作られていますよね」


「本人もそう言っていました」


 私が答えると、制作担当は資料をテーブルへ戻した。


「やっぱりですか。見栄えはかなりいいです。配色もまとまっていますし、シルエットも強い。うちが今まで扱ったデザインの中でも、上の方だと思います」


「私も同感です」


 プロモーション担当が頷いた。


「深紅の髪と金色の目は、一枚絵でも目を引きます。首元の黒も効いていますね。立ち姿がいいので、動かしたときにも映えるタイプです」


「ただ、このままモデル用の原画にはできません」


 制作担当が、正面図と側面図を交互に指した。


「正面と側面で、細かい装飾の位置が少し違っています。髪の束も、背面まで追うとつながらない部分がある。服の構造も、見えていないところは推測で補うしかありません」


「つまり?」


「元の印象を残したまま、キャラクターデザイナーに描き起こしてもらう必要があります。誰が見ても同じ形で描けるように設定を整理して、そこからパーツ分けとモデリングに入る形ですね」


 私は資料へ目を落とした。


 神代は、この三面図を完成品として持ち込んだ。


 それを描き直す必要があると伝えたとき、どんな反応をするだろう。


「大きく変える必要はありますか」


「いえ。核になっている部分は残せます」


 制作担当はすぐに答えた。


「髪の色、目の色、チョーカー、全体のシルエット。このあたりは触らない方がいいでしょう。直すのは、実際に動かせる形へ整えるための部分です」


「分かりました」


 私は資料を閉じかけ、もう一度開いた。


「次に神代様が来られたとき、私から説明します。元のデザインを否定する話ではなく、動かすために必要な工程だと伝えましょう」


「お願いします」


 制作担当が頷いた。


「出資元そのものは問題ないんですか」


 法務担当が書類をめくった。


「福岡の資産運用会社です。実態はあります」


 私は手元の調査資料を開いた。


「税理士からの紹介です。登記も決算書も確認済み。資金の出所にも、現時点で問題は見つかっていません」


「弊社への出資が五億円」


 経理担当が確認するように言った。


「それとは別に、この企画にかかる制作費と運用費は、神代様が全額負担する。そういうお話でしたね」


「はい」


「でしたら、支払いの流れは確認しておく必要があります」


 経理担当は手元のメモへ視線を落とした。


「神代様が制作会社へ直接支払うのか、こちらを通して精算するのか。請求先や発注者が曖昧なままだと、後で処理に困ります」


「権利関係もですね」


 法務担当が続けた。


「元のキャラクターデザインを誰が所有するのか。描き直したデザインやモデルの権利をどう扱うのか。活動を終了した場合、このキャラクターを誰が使えるのか」


「そのあたりは、次回まとめて確認しましょう」


 私は答えた。


「こちらで論点を整理しておいてください。神代様の意向を聞いたうえで、契約案に落とし込みます」


「分かりました」


 法務担当がメモを取る。


「先に条文を固めるより、その方がいいでしょうね」


「五億を出して、議決権は要らない。経営にも関与しない。そのうえ、この企画の経費は別に持つ」


 配信運営の担当者が、確認するように並べた。


「条件だけ聞けば、こちらに都合が良すぎますね」


「そうなんです」


 私は指先で資料の端を押さえた。


「そこが、私には引っかかっています」


「何か要求されたんですよね。このキャラクターをデビューさせろ、と」


「要求は、それだけです」


「収益の配分は?」


「まだ決めていません。本人は回収について、ほとんど関心がないようでした」


「では、どうしてここまで?」


 私は少し間を置いた。


「あの人、事業として考えていないんです」


「は?」


「楽しそうだから。それだけなんですよ」


 会議室が静かになった。


 私は神代との会話を、そのまま伝えた。


 市場規模や競合を踏まえた事業計画もない。何年で回収するかも考えていない。作っている時間が楽しかったから、動かしてみたくなった。


 説明しながら、改めて異様な話だと思った。


「……それ、何か問題ありますか」


 プロモーション担当が首をかしげた。


「金は出る。経営には口を出さない。制作費まで向こう持ち。理想の出資者に聞こえますけど」


「要求がない人間ほど、後から何を言い出すか分からないでしょう」


 法務担当が静かに言った。


「口を出さないという話も、契約に落とすまでは口約束です」


「そこはお願いします」


 私は頷いた。


「ただし、何もかも縛ればいいという話でもありません。あの人の企画ですから」


「最終決定は誰が持ちますか」


 制作担当が尋ねた。


 私は資料の中の少女を見た。


「あの人に残すしかないでしょう」


「声の選考もですか」


「最終候補までは、こちらで絞ります。その中から選ぶ権利は神代様に持ってもらう」


「大丈夫ですかね」


 配信運営担当が腕を組んだ。


「声の好みだけで決められても困りますよ。配信適性や継続性は、素人には判断できないでしょう」


「だから、最終候補まではこちらで選ぶんです」


 私は答えた。


「神代様が誰を選んでも、タレントとして成立するところまで絞る。そのうえで、このキャラクターに誰の声を入れたいかは、企画を持ち込んだ本人に決めてもらう。それが妥当でしょう」


 誰もすぐには反論しなかった。


「肩書きはどうしますか」


 経理担当が言った。


「単なる出資者のままだと、どこまで神代様の承認が必要なのか、制作現場が迷います。予算を出して、最終選考にも参加するなら、企画上の立場を明確にしておくべきです」


「エグゼクティブプロデューサーで」


 私が答えると、制作担当が顔を上げた。


「その肩書きなら、最終承認権まで持たせることになりますよ?」


「デザインとキャスティングについては、神代様に持ってもらいます」


「配信方針まで口を挟まれる可能性があります」


「そこは、こちらで線を引きます。何も聞かずに、金だけ出してくださいというわけにもいきません」


 私は椅子の背に体を預けた。


「こちらが必要な意見は聞く。ただし、制作上の判断まで好きにさせるつもりはありません」


「無理難題を言ってきたら?」


「私が説得します」


 迷わず答えた。


「神代様との窓口は、基本的に私が引き受ける。現場へ直接指示はさせません。要望はこちらで一度受け、実現できるものとできないものを整理する」


 制作担当は、まだ納得しきれない顔をしていた。


「本当に説得できますか。あの額を出している人ですよ」


「できなければ、私の責任です」


 私は一人ずつ顔を見た。


「それでいいでしょう?」


 短い沈黙のあと、制作担当が息を吐いた。


「代表がそこまで言うなら」


「契約上の権限についても、神代様へ確認しましょう」


 法務担当がメモを取った。


「承認が必要な項目と、現場へ直接指示できないこと。この二つは明確にしておいた方がいいですね」


「お願いします」


「では、企画を受けるということで?」


 私はもう一度、テーブルの中央に置かれた三面図を見た。


 生成AIで作られた、まだ誰の手にも整えられていない少女。


 声もなければ、名前すら仮のものだ。


 それでも、この場にいる全員が、すでに彼女を商品として、タレントとして、これから生まれる何者かとして見始めている。


「……受けます」


 私は資料を閉じた。


「次回確認する内容を整理してください。デザインの件は、私から神代様へ説明します」


 誰かがメモを取る音がした。


 会議はそれで終わった。


 部屋を出ながら、私は資料の中の女の子をもう一度見た。


 この子の姿を、これから誰が描き直すのか。


 この子の声を、誰が持つことになるのか。


 そして、その最後の決定を下すのが、あの人だということ。


 その意味を、神代ユウイチが理解しているとは、どうしても思えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。