第11話「エグゼクティブプロデューサー」
翌週、Nexus Liveの会議室には、私を含めて六人が集まっていた。
制作、プロモーション、配信運営、法務、経理。それぞれの担当者が一人ずつだ。
テーブルの中央には、例の資料が置かれていた。何枚もコピーされ、あちこちに付箋が貼られていた。
「デザインは、正直に言って文句なしですが……」
制作担当が三面図を持ち上げた。
「これ、生成AIで作られていますよね」
「本人もそう言っていました」
私が答えると、制作担当は資料をテーブルへ戻した。
「やっぱりですか。見栄えはかなりいいです。配色もまとまっていますし、シルエットも強い。うちが今まで扱ったデザインの中でも、上の方だと思います」
「私も同感です」
プロモーション担当が頷いた。
「深紅の髪と金色の目は、一枚絵でも目を引きます。首元の黒も効いていますね。立ち姿がいいので、動かしたときにも映えるタイプです」
「ただ、このままモデル用の原画にはできません」
制作担当が、正面図と側面図を交互に指した。
「正面と側面で、細かい装飾の位置が少し違っています。髪の束も、背面まで追うとつながらない部分がある。服の構造も、見えていないところは推測で補うしかありません」
「つまり?」
「元の印象を残したまま、キャラクターデザイナーに描き起こしてもらう必要があります。誰が見ても同じ形で描けるように設定を整理して、そこからパーツ分けとモデリングに入る形ですね」
私は資料へ目を落とした。
神代は、この三面図を完成品として持ち込んだ。
それを描き直す必要があると伝えたとき、どんな反応をするだろう。
「大きく変える必要はありますか」
「いえ。核になっている部分は残せます」
制作担当はすぐに答えた。
「髪の色、目の色、チョーカー、全体のシルエット。このあたりは触らない方がいいでしょう。直すのは、実際に動かせる形へ整えるための部分です」
「分かりました」
私は資料を閉じかけ、もう一度開いた。
「次に神代様が来られたとき、私から説明します。元のデザインを否定する話ではなく、動かすために必要な工程だと伝えましょう」
「お願いします」
制作担当が頷いた。
「出資元そのものは問題ないんですか」
法務担当が書類をめくった。
「福岡の資産運用会社です。実態はあります」
私は手元の調査資料を開いた。
「税理士からの紹介です。登記も決算書も確認済み。資金の出所にも、現時点で問題は見つかっていません」
「弊社への出資が五億円」
経理担当が確認するように言った。
「それとは別に、この企画にかかる制作費と運用費は、神代様が全額負担する。そういうお話でしたね」
「はい」
「でしたら、支払いの流れは確認しておく必要があります」
経理担当は手元のメモへ視線を落とした。
「神代様が制作会社へ直接支払うのか、こちらを通して精算するのか。請求先や発注者が曖昧なままだと、後で処理に困ります」
「権利関係もですね」
法務担当が続けた。
「元のキャラクターデザインを誰が所有するのか。描き直したデザインやモデルの権利をどう扱うのか。活動を終了した場合、このキャラクターを誰が使えるのか」
「そのあたりは、次回まとめて確認しましょう」
私は答えた。
「こちらで論点を整理しておいてください。神代様の意向を聞いたうえで、契約案に落とし込みます」
「分かりました」
法務担当がメモを取る。
「先に条文を固めるより、その方がいいでしょうね」
「五億を出して、議決権は要らない。経営にも関与しない。そのうえ、この企画の経費は別に持つ」
配信運営の担当者が、確認するように並べた。
「条件だけ聞けば、こちらに都合が良すぎますね」
「そうなんです」
私は指先で資料の端を押さえた。
「そこが、私には引っかかっています」
「何か要求されたんですよね。このキャラクターをデビューさせろ、と」
「要求は、それだけです」
「収益の配分は?」
「まだ決めていません。本人は回収について、ほとんど関心がないようでした」
「では、どうしてここまで?」
私は少し間を置いた。
「あの人、事業として考えていないんです」
「は?」
「楽しそうだから。それだけなんですよ」
会議室が静かになった。
私は神代との会話を、そのまま伝えた。
市場規模や競合を踏まえた事業計画もない。何年で回収するかも考えていない。作っている時間が楽しかったから、動かしてみたくなった。
説明しながら、改めて異様な話だと思った。
「……それ、何か問題ありますか」
プロモーション担当が首をかしげた。
「金は出る。経営には口を出さない。制作費まで向こう持ち。理想の出資者に聞こえますけど」
「要求がない人間ほど、後から何を言い出すか分からないでしょう」
法務担当が静かに言った。
「口を出さないという話も、契約に落とすまでは口約束です」
「そこはお願いします」
私は頷いた。
「ただし、何もかも縛ればいいという話でもありません。あの人の企画ですから」
「最終決定は誰が持ちますか」
制作担当が尋ねた。
私は資料の中の少女を見た。
「あの人に残すしかないでしょう」
「声の選考もですか」
「最終候補までは、こちらで絞ります。その中から選ぶ権利は神代様に持ってもらう」
「大丈夫ですかね」
配信運営担当が腕を組んだ。
「声の好みだけで決められても困りますよ。配信適性や継続性は、素人には判断できないでしょう」
「だから、最終候補まではこちらで選ぶんです」
私は答えた。
「神代様が誰を選んでも、タレントとして成立するところまで絞る。そのうえで、このキャラクターに誰の声を入れたいかは、企画を持ち込んだ本人に決めてもらう。それが妥当でしょう」
誰もすぐには反論しなかった。
「肩書きはどうしますか」
経理担当が言った。
「単なる出資者のままだと、どこまで神代様の承認が必要なのか、制作現場が迷います。予算を出して、最終選考にも参加するなら、企画上の立場を明確にしておくべきです」
「エグゼクティブプロデューサーで」
私が答えると、制作担当が顔を上げた。
「その肩書きなら、最終承認権まで持たせることになりますよ?」
「デザインとキャスティングについては、神代様に持ってもらいます」
「配信方針まで口を挟まれる可能性があります」
「そこは、こちらで線を引きます。何も聞かずに、金だけ出してくださいというわけにもいきません」
私は椅子の背に体を預けた。
「こちらが必要な意見は聞く。ただし、制作上の判断まで好きにさせるつもりはありません」
「無理難題を言ってきたら?」
「私が説得します」
迷わず答えた。
「神代様との窓口は、基本的に私が引き受ける。現場へ直接指示はさせません。要望はこちらで一度受け、実現できるものとできないものを整理する」
制作担当は、まだ納得しきれない顔をしていた。
「本当に説得できますか。あの額を出している人ですよ」
「できなければ、私の責任です」
私は一人ずつ顔を見た。
「それでいいでしょう?」
短い沈黙のあと、制作担当が息を吐いた。
「代表がそこまで言うなら」
「契約上の権限についても、神代様へ確認しましょう」
法務担当がメモを取った。
「承認が必要な項目と、現場へ直接指示できないこと。この二つは明確にしておいた方がいいですね」
「お願いします」
「では、企画を受けるということで?」
私はもう一度、テーブルの中央に置かれた三面図を見た。
生成AIで作られた、まだ誰の手にも整えられていない少女。
声もなければ、名前すら仮のものだ。
それでも、この場にいる全員が、すでに彼女を商品として、タレントとして、これから生まれる何者かとして見始めている。
「……受けます」
私は資料を閉じた。
「次回確認する内容を整理してください。デザインの件は、私から神代様へ説明します」
誰かがメモを取る音がした。
会議はそれで終わった。
部屋を出ながら、私は資料の中の女の子をもう一度見た。
この子の姿を、これから誰が描き直すのか。
この子の声を、誰が持つことになるのか。
そして、その最後の決定を下すのが、あの人だということ。
その意味を、神代ユウイチが理解しているとは、どうしても思えなかった。




