第8話:王都の陽光と揺れる心
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数週間の旅を経て、アレスとルナはようやく王都アストラリアの巨大な城壁の前に立っていた。かつて父レオニスと訪れた時とは違う。今は、身分を隠した逃亡者としての再訪だった。
アレスは慎重だった。ヴァルフレアの家紋が入った金貨は足がつく恐れがあるため、事前に闇市で足のつかない硬貨へと換金し、偽造された身分証も用意した。二人は王都の中でも比較的高級で、セキュリティが厳重な宿に長期間の滞在を決めた。
「ふかふかのベッド……お兄ちゃん、これ、夢じゃないよね?」
案内された部屋に入るなり、ルナがベッドに飛び込んだ。森や廃屋での野宿が続いていた彼女にとって、清潔なシーツと石鹸の香りは、失われた日常そのものだった。
「ああ。これからはここで、ゆっくり牙を研ぐことができる」
アレスは窓の外を見つめ、静かに答えた。
数日後、二人は気分転換を兼ねて王都の散策に出かけた。活気あふれる市場、魔導具が並ぶ商店街、そして遠くに見える巨大な魔法学園の塔。
「お兄ちゃん、見て! あのリボン、私に似合うかな?」
「そうだな。……ほら、これでもつけておけ」
アレスが何気なく手に取った赤いリボンを買って手渡すと、ルナは顔を真っ赤にして、宝物のようにそれを胸に抱えた。
アレスにとっては、妹を元気づけるための些細な贈り物に過ぎない。しかし、ルナにとっては「この世界で唯一の味方から贈られた誓いの証」として刻まれていく。
その帰り道、アレスはふと足を止めた。
華やかな大通りから一本入った路地裏。そこから漂う、あのルシフェルの波動に近い、不快な魔力の残滓。
(……やはり、この街の『影』に潜んでいるな。ワールドエンドの協力者が)
アレスの手が、無意識に腰の鉄剣の柄に触れる。
「お兄ちゃん……?」
不安げに覗き込むルナの頭を、アレスは強引に撫でて歩き出した。
「なんでもない。……帰るぞ、ルナ」
その夜。
宿の窓から見える夜景を眺めていたアレスが寝支度を整えようとすると、ルナが隣のベッドから潜り込んできた。
「……お兄ちゃん、一緒に寝てもいい? 暗いと、あの日の火事を思い出しちゃうの……」
六歳の妹にそう言われては、突き放せない。アレスがスペースを空けると、ルナは腕の中に潜り込み、ぎゅっとしがみついた。
「お兄ちゃん、あったかい……」
「暑苦しいよ、ルナ」
淡々と答えるアレスの頭にあるのは、復讐のための修行計画のことばかりだ。しかし、至近距離で見つめるルナの瞳は、兄に向けるものとしてはあまりに熱っぽく、潤んでいた。
(お兄ちゃんに、私以外の女の子が近づいたら、どうなっちゃうかな……)
幼い少女には不釣り合いなほど冷めた独占欲。彼女の中で、兄への依存心は急速に「執着」へと変質していた。
「ねえ、お兄ちゃん。……私がお嫁さんになれるくらい大きくなっても、ずっと一緒にいてくれる?」
「……お前が一人前になるまでは、面倒を見てやるよ。ほら、早く寝ろ」
アレスはあくびをしながらルナの頭を叩き、目を閉じた。
妹の恋心にこれっぽっちも気づいていない兄と、その鈍感さに唇を尖らせつつ、腕の中の幸福に酔いしれる妹。
王都の静かな夜。
窓の向こう、闇に沈む魔法学園の塔を見つめながら、アレスは誓う。
この平穏を脱ぎ捨て、修羅の道へと踏み出す「その日」まで、あとわずか。
復讐へのカウントダウンが続く中で、二人の歪で純粋な関係だけが、密やかに、深く育まれていた。




