第5話:紅の終焉
それは、あまりにも突然に訪れます。
これまで積み重ねてきた穏やかな日常。
守りたいと願った、かけがえのない時間。
そのすべてが、一夜にして崩れ去るとしたら――。
第5話では、アレスの運命を大きく変える
「喪失」と「覚醒」が描かれます。
彼が手にしたのは力か、それとも――。
どうか、この“終焉”の瞬間を見届けてください。
それは、あまりに唐突な終焉だった。
穏やかな月明かりが、突如として赤黒い「魔」の波動に塗り潰された。
深夜の静寂を切り裂き、庭から響いたのは聞いたこともない不快な爆裂音。そして、父・レオニスの切迫した叫び声だった。
「アレス! エリシアとルナを連れて裏から逃げろ!!」
寝室から飛び出したアレスが見たのは、炎に包まれ崩れ落ちる愛すべき我が家と、中庭に立つ一人の「怪物」だった。
黒い装束を纏い、冷酷な笑みを浮かべる男。あの日、王都ですれ違ったあの男だった。
「……ようやく見つけたぞ。未来の天敵、ヴァルフレアの血脈をな」
「父上!!」
駆け寄ろうとするアレスを、レオニスの背中が制する。
「来るな! ……アレス、お前はルナを守るんだ。いいな!!」
それが、父との最後の会話になった。
男が指先をわずかに振るうだけで、レオニスの放った渾身の火球が霧のように掻き消える。驚愕に目を見開く父の胸を、漆黒の衝撃波が無慈悲に貫いた。
「あなた!!」
母・エリシアが絶叫し、崩れ落ちる父のもとへ駆け寄る。だが、男の追撃がその背を容赦なく引き裂いた。
「お父さん……! お母さん……っ!!」
背後で震える妹・ルナ。
アレスは立ち尽くしていた。身体が小刻みに震え、一歩も動けない。前世の記憶があろうと、今の自分は魔法すら扱えない、無力な六歳の子供に過ぎないのだ。
(動け……動けよ、俺……!!)
目の前で、父が、母が、物言わぬ骸へと変わっていく。
男は優雅に、しかし氷のように冷たい動作でフードを脱ぎ捨てた。
「我はルシフェル・プライド。世界をあるべき姿へと還す組織――『ワールドエンド』が幹部、“傲慢”を司る者だ」
ルシフェルは、虫を見るような冷徹な目でアレスを見下ろした。
「世界は我の前に跪く“べき存在”だ。ヴァルフレアの血脈も、このゴミのような屋敷も、すべては我が理想の礎となれ」
ルシフェルが右手を掲げると、周囲の魔力が渦を巻き、すべてを消滅させるほどの破壊の光が集まった。
死を覚悟したその瞬間――アレスの胸の奥で、じりじりと燻っていた『熾火』が、爆発的な咆哮を上げた。
「……やめ、ろ……」
ドクン!!
心臓が焼け付くような衝撃。アレスの意識が真っ白に染まる。
その瞬間、アレスを中心に、光すら飲み込む「漆黒の波動」が球状に広がった。
ドォォォォォン!!
「……なっ!? なんだ、この力は……!? 我が魔力を、不遜にも“無”に還したというのか……!?」
ルシフェルは驚愕に目を見開いた。
彼が放った絶大な魔力が、アレスの放つ黒い波動に触れた瞬間、パリンとガラスのように砕け散り、霧散したのだ。
アレスは意識を失ったまま、立ち尽くしている。その右手からは、禍々しい影のような何かが溢れ出し、周囲の空間を侵食していた。
「魔法ではない……。理そのものを否定しているのか? ……不愉快な力だ」
ルシフェルは吐き捨てるように言うと、アレスの底知れない「異質さ」にわずかな警戒を覚え、闇の中へ消えていった。
「ヴァルフレアの生き残りよ。その絶望の中で、精々我が名を刻んでおくがいい」
◇
夜が明ける頃。
アレスが目を開けると、そこには焼け崩れた屋敷の残骸と、泣き疲れて眠るルナの姿があった。
そして、二度と動かない父と母。
「…………ぁ………………」
救えなかった。
二度目の人生、今度こそ守ると誓ったのに。自分に残されたのは、正体不明の忌まわしい力と、守るべき小さな妹だけ。
アレスは冷たくなったルナの手を強く握りしめ、天を仰いだ。
涙は出ない。ただ、胸の奥で燻る黒い熾火だけが、静かに、そして確実に温度を上げていた。
(ワールドエンド……ルシフェル・プライド。貴様らだけは、絶対に許さない。この手で、必ず地獄へ引きずり落としてやる)
六歳の少年の瞳に、絶望を超えた深い復讐の火が灯った。
この日から、アレスとルナの、二人きりの過酷な旅が始まる。
第5話、ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、物語における大きな転換点となる回でした。
アレスが守ろうとした日常は崩壊し、
父と母を失うという決定的な喪失を経験します。
そして同時に発現した、謎の「黒い力」。
これはこれまでの“熾火”とは異なる、
より本質的で危険な何かです。
敵として現れたルシフェル・プライド、
そして組織「ワールドエンド」。
彼らの目的、そしてアレスの力との関係は、
今後の物語の大きな軸になっていきます。
また、アレスの中で芽生えたのは
「守る覚悟」だけではなく、
明確な“復讐心”です。
この感情が彼を強くするのか、
それとも破滅へ導くのか――。
ここから、物語は一気に過酷な道へと進みます。
次回からは、ルナと二人きりの旅が始まります。
ぜひ引き続き見守っていただけたら嬉しいです。




