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第3話 静かな日常

第3話です。


今回は少し落ち着いた日常回になります。

アレスの内面と、家族との時間に注目です。

王都からヴァルフレアの領地へと戻って数日。

 あの日、魔法学園で体験した出来事は、まるで白昼夢のように遠く感じられていた。

 

 だが、右手のひらに残る、あの剣の熱さだけは消えない。

 インフェルノエンブレイド。

 すべてを無に還す地獄の炎を宿した、呪いの器。その存在が、アレスの胸の奥に冷たい違和感となって沈んでいる。

 

 ◇

 

 ヴァルフレア邸の朝は、眩しいほどの光に満ちていた。

「……また、同じ朝か」

 目覚めたアレスは、天井を見つめて小さく吐息をつく。

 前世の彼が渇望してやまなかった「誰かに必要とされる日常」が、ここにはある。

 

「おはよう、アレス。王都から帰ってきてから、少し顔色が優れないわね? 疲れているのかしら」

 母・エリシアが、朝食の準備をしながら柔らかな微笑みを向ける。

「おはようございます。……大丈夫です。ただ、少し考えごとをしていただけですから」

 アレスは努めて明るく振る舞った。

 

 そこへ、元気な足音とともに妹のルナが現れた。

「お兄ちゃん! また難しい顔してる!」

「してない。ルナ、朝から騒ぐなよ」

「うそだ! お兄ちゃん、最近ずっと上の空なんだもん!」

 

 ルナが頬を膨らませて食卓についても、アレスの心は晴れなかった。

 父・レオニスが、新聞から目を上げてアレスを見る。その瞳には、息子への隠しきれない期待が滲んでいた。

 

「アレス。……校長から、後追いで連絡があった。お前、あの剣を抜いたそうだな」

 父の言葉に、アレスの肩が微かに跳ねる。

「……はい」

「流石は我が息子だ。私が手続きを終えて戻った時、校長の様子が妙だと思ったが……まさか、あれほどの名剣がお前を選ぶとは。ヴァルフレアの血が、類まれな炎の才能を与えたのだろう」

 

 レオニスは満足げに頷く。父にとって、息子が名誉ある剣に選ばれたことは、一族の誇りであり、明るい未来の象徴だった。

 だが、アレスには言えなかった。

 あの剣に触れた瞬間、頭の中に流れ込んできたおぞましい破壊衝動。自分の理性が、内側から食い破られていくような恐怖。

 父が期待しているのは「偉大な炎の導き手」であり、自分の中に宿ったのは「すべてを無に還す地獄」なのだ。

 

(父上……あれは、そんな綺麗なものじゃないんだ。あれは、魔法ですらない……)

 

 期待に応えたい自分と、真実を告げてこの安らぎを壊したくない自分。

 アレスは無理に笑みを浮かべ、「入学までに期待に応えられるよう頑張ります」と、心にもない嘘を重ねるしかなかった。

 

 ◇

 

 昼下がり。

 アレスは庭で、ルナの魔法訓練に付き合っていた。

「見てて、お兄ちゃん! ……えいっ!」

 

 ルナが小さな手を懸命に伸ばすと、指先にぽっと小さな火が灯った。

 不安定で、風が吹けば消えてしまいそうな、けれど温かくて優しい“普通の炎”。

「できた! お兄ちゃんもやってみてよ!」

「……俺は、まだいい」

 

 アレスは、その火を見つめながら拳を握りしめた。

 今の自分にはわかる。もし自分が今ここで魔法を放とうとすれば、それはルナのような温かな灯火ではなく、この庭の緑も、妹の笑顔も、すべてを消滅させる黒い奔流になってしまうだろう。

 

 自分は、この幸せな風景を壊す「異物」なのだ。

 

「お兄ちゃんってば、ケチ!」

 ルナは不満げに家の中へ走り去っていった。

 一人残された庭で、アレスは空を見上げる。

 

 雲ひとつない青空。

 それなのに、一瞬だけ、耳鳴りのような不協和音が響き、空気が震えた。

 王都で見かけた、あのフードの男の歪な笑みが脳裏をよぎる。

 

(何かが、近づいている)

 

 根拠のない、けれど絶対的な焦燥感。

 アレスは自分の胸の奥で、じりじりと燻り続ける熱を確認するように強く手を当てた。

 

「……燃えてる」

 

 守りたい。この温もりを、この無知なまでの平和を。

 たとえ、そのために自分一人が嘘をつき続け、理性を削り続けることになっても。

 

 夜のとばりが下り、静寂が屋敷を包む。

 その魔の手が、すぐそこまで迫っていることを、アレスはまだ本能でしか感じ取れていなかった。


読んでいただきありがとうございます!


今回はアレスの日常と葛藤を中心に描きました。


ぜひ続きも読んでいただけると嬉しいです!

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