第23話:暴食を貫く牙
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廊下の残党を蹴散らしたアレスたちは、地を幾重にも揺らす重苦しい魔力の震源地――大食堂へと辿り着いた。扉を蹴破った瞬間に鼻を突いたのは、鉄臭い血の匂いと、何かが「咀嚼」される不気味な音だった。
「ひっ、あ、あああ……っ!」
悲鳴の主は火属性のカイルだった。彼は壁際に追い詰められ、ジャックがボロボロになった盾で必死に彼とミナを庇っている。だが、彼らが対峙している存在は、人間とは呼べない異形の少年だった。
「……あは、足りない。全然足りないよ。もっと、もっと『魔力』を頂戴」
食堂の中央、積み上げられた机の山の上に座り、何かの肉を貪っていた少年が顔を上げる。その口元は赤く染まり、瞳には底なしの飢餓感が宿っていた。
少年は、アレスたちを値踏みするように見回すと、不気味に口の端を吊り上げた。
「あ、君たちが新しい『エサ』? 丁寧に応対してあげるよ。ぼくはワールドエンド、大罪を司る七人の一人――“暴食”のグラトニーさぁぁぁああ! さあ、君たちの命、全部ぼくの胃袋に捧げてよ!」
その宣言と共に、食堂の空気が凍りつく。幹部を名乗る少年の周囲には、生命力を吸い取られ、枯れ木のように干からびた生徒たちの無惨な姿があった。
「カイル! ミナ!」
グラウスが叫び、地面から巨大な岩の槍を突き上げる。だが、グラトニーは愉快そうに大口を開けると、その巨大な岩塊を一口で飲み込み、満足げにゲップを漏らした。
「……嘘だろ。僕たちの魔法が、掠りもしないのか……!?」
続けて放たれたリヴァインの氷結魔法も、レヴィアの放った雷撃も、グラトニーの周囲に展開された不可視の「胃袋」に吸い込まれ、霧散していく。
「……魔法が効かないなら、これだ。ルナ、そこで待ってろ」
アレスはルナの手を離すと、魔力を一切練らず、純粋な「身体能力」だけで地を蹴った。
超高速の接近。鞘に納めたままの剣を棍棒のように振り抜き、グラトニーの脇腹を捉える。
ゴッ!!
「……痛い。痛いなぁ。魔法じゃない『力』は、あんまり美味しくないんだよね」
グラトニーは顔を歪めながらも、異様な再生能力でダメージを無効化する。アレスは打突、回し蹴り、鞘による斬撃を叩き込む。魔力を吸い続ける怪物に対し、肉弾戦こそが唯一の対抗策だった。
だが、グラトニーの身体から放たれる「吸引力」が、次第にアレス自身の生命力さえも外側へ引きずり出し始める。
「あは、面白い! でもね、もうお腹ぺこぺこなの。いただきまーす!!」
グラトニーの口が異常な大きさに広がり、アレス自身を一点に吸い寄せた。
「お、お兄ちゃん!!」
ルナの悲鳴が響く。アレスは足を踏ん張るが、魔力の重力に抗えない。
グラトニーの暗黒の口がアレスを飲み込もうとした、その刹那。
アレスの右手が、ついに『インフェルノエンブレイド』を完全に引き抜いた。
「――お前の腹には、こいつは重すぎるはずだ」
抜刀。鞘から溢れ出したのは、闇よりも深い**「漆黒の炎」**。
グラトニーは、それが絶望の種火であるとも知らず、いつものように「食べよう」と口を広げた。
「あぐっ……な、なに、こ……れ……!? 熱い、あついあつい!!」
食べたはずの黒い炎が、グラトニーの内側から爆ぜた。魔力を喰らうはずの身体が、逆に「無」に侵食されていく。再生は止まり、丸々と肥え太っていた身体が、まるで枯れ葉のようにボロボロと崩れ始めた。
「食べられない、これ、食べちゃダメなやつだぁぁぁ!!」
断末魔の叫びと共に、グラトニーの姿は灰すら残さず消滅した。
後に残ったのは、静まり返った食堂と、漆黒の剣を握りしめたまま膝を突くアレスの姿だけだった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
アレスの右腕が、炎の代償として赤黒く焼け爛れる。激痛に耐え、彼は震える手で剣を鞘に納めた。
「アレス! やったな!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、いつもと変わらない眩しい笑顔のレヴィアだった。彼はアレスの肩を力強く抱き、自分のことのように喜びを爆発させる。
「やっぱり君は僕の最高の相棒だよ! ありがとう、アレス!」
「……よせ、暑苦しい」
毒づきながらも、アレスは払いのける力を込めなかった。
リヴァインが「ふん、手柄を譲ってやっただけだ」と不器用な労いの言葉をかけ、グラウスが力強く頷く。助けられたカイル、ミナ、ジャックの三人も、涙を拭いながらアレスの周りに集まってきた。
(……一人では、辿り着けなかった。……こいつらとなら、この地獄も越えられるかもしれない)
アレスの心に、初めて「信頼」という名の、温かな熾火が灯った。
ルナが泣きながらその身を寄せ、仲間たちの祝福の輪がアレスを包み込む。
戦いの後の、奇跡のような幸福な静寂。
この絆が、永遠に続くと誰もが信じて疑わなかった。




