第20話:夕暮れの贈り物
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王都の喧騒を離れ、アレスは学園の保護施設へと戻った。
手に持っているのは、今日一日付き合わされたレヴィアたちとの「思い出」を少しだけ分けたような、小さな包みだ。
「……ただいま、ルナ」
扉を開けると、そこには窓辺で膝を抱え、沈みゆく太陽を見つめていたルナがいた。
「お兄ちゃん! おかえりなさい!」
駆け寄ってくるルナの笑顔はいつも通り眩しい。けれど、アレスの鋭い感覚は、彼女の瞳の奥に、ほんのわずかな「寂しさ」の色を見逃さなかった。
「……遅くなって悪かったな。街で少し買い出しに付き合わされて」
「ううん、大丈夫。……あ、お兄ちゃん。なんだか、今日のお兄ちゃん、いつもより少しだけ雰囲気が柔らかいね。……それに、お昼に会ったあの女の子の匂いが、少しだけ移ってる」
ルナがクンクンと鼻を鳴らし、アレスの袖を掴む。アレスは内心で、サキがリボンを強引に奪い取った一瞬の接触をルナが嗅ぎ取ったことに戦慄した。
「……そうか? 別に、いつも通りだ」
アレスは平静を装いながら、買ってきた包みをルナに差し出した。
「ほら、これ。……お前に似合うと思って」
ルナが震える手で包みを開けると、中から出てきたのは、透明感のある青い石があしらわれた、繊細な銀のブローチだった。ルナの瞳と同じ、どこか静かで深い青色をしている。
「……綺麗。これ、お兄ちゃんが選んでくれたの?」
「ああ。……変なやつらに、余計なものを勧められたが、これが一番いいと思った」
サキが派手なリボンを推し、リーネが効率的な魔導ブローチを勧めたのをすべて無視して選んだ一品だった。
ルナはブローチを胸に抱きしめ、幸せそうに目を細める。だが、その直後、彼女はポツリと呟いた。
「……お兄ちゃん、今日は『友達』と一緒だったんだよね。リヴァインさんとか、レヴィアさんとか……。窓から見てたもん。……お兄ちゃんが、私の知らない顔で笑ってるのを」
アレスは言葉を失う。
自分ではいつも通り無愛想に振る舞っていたつもりだった。だが、ルナの目には、アレスが「復讐者」ではなく、一人の「少年」として過ごしていた時間が、残酷なほど鮮明に映っていた。
「……お兄ちゃんに、私以外の世界ができるのは、嬉しいよ。……本当だよ?」
ルナは無理に笑顔を作って見せる。
「でもね、なんだか、お兄ちゃんが遠くに行っちゃうみたいで……少しだけ、怖くなっちゃったの」
アレスは、妹の小さな肩がわずかに震えているのに気づき、大きな手で彼女の頭をそっと撫でた。
「……馬鹿なことを言うな。俺の世界は、ここにある。お前を一人にすることなんて、二度とない」
アレスの言葉に、ルナは「うん……」と小さく頷き、彼の腕の中に顔を埋めた。
だが、その安らぎの時間は、腰に隠した『インフェルノエンブレイド』が放つ微かな「振動」によって遮られた。
(……まただ)
窓の外、夜の帳が降りる学園の敷地内。昼間に感じたあの「ドロリとした不快な魔力」が、今度は明確な殺意を孕んで膨れ上がっていた。
「お兄ちゃん……?」
ルナもまた、兄の腕の中で顔を上げ、窓の外――誰もいないはずの暗闇を睨みつけた。その瞳には、恐怖ではなく、自分の聖域を侵そうとする者への、剥き出しの敵意が宿っている。
復讐を誓った兄と、兄を独占したい妹。
二人の閉じられた世界を切り裂くように、王都の地下から伸びた“楔”が、今、ついにその牙を剥こうとしていた。




