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第17話:氷解と火花

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ルナが教室に現れたあの日を境に、アレスを取り巻く空気は劇的に変わった。

 相変わらず無愛想ではあるものの、女子生徒たちは「ルナちゃんの優しいお兄ちゃん」としてアレスを微笑ましく眺めるようになり、男子生徒たちも、アレスの意外な一面を知って、恐る恐る言葉をかけるようになっていた。

 放課後。第二訓練場で一人、剣の素振りをしていたアレスの元に、二人の影が近づく。

 水属性のリヴァインと、地属性のグラウスだ。

「……何の用だ。また妹の話なら、他を当たれ」

 アレスは動きを止めず、冷淡に言い放つ。だが、リヴァインの返答は以前のような鋭い拒絶ではなかった。

「……入学してすぐの、あの魔法測定。あの時の炎が、どうしても頭から離れないんだ」

 リヴァインが、自嘲気味に口元を歪めた。

「あんな針のように細く、密度の高い炎……ただの才能じゃない。想像を絶する回数の反復訓練と、実戦に近い経験がなければ、あそこまで魔法を『削ぎ落とす』ことはできない。……認めよう。僕は君の力を侮っていた」

「俺もだ」

 グラウスが腕を組み、一歩前に出る。

「正直、お前の放つ殺気は今でも好きになれん。だが、あの妹を前にしてうろたえるお前を見て、確信した。……お前はただの血に飢えた化け物じゃない。守るべきもののために、その牙を研ぎ続けてきた男なんだな」

 グラウスは重厚な地属性の魔力を掌に宿し、真っ直ぐにアレスを見据えた。

「俺は守る者として、お前という強大な壁を越えたい。……一度、俺たちの魔法を受けてみろ。手合わせ願いたい」

 復讐のためだけに牙を研いできた彼にとって、同世代から「対等な研鑽」を求められるのは、前世を含めても初めての経験だった。

「……ふん。お遊びに付き合う暇はないが、しつこくされるのも面倒だ」

 アレスが腰の剣を鞘ごと構えた。

「おおっ、始まったぞ!」「アレスがやる気だ!」

 訓練場の端で見ていたクラスメイトたちが色めき立つ。そこにはカイルやミナ、ジャックの姿もあり、さらにリーネたちは真剣な面持ちでその一挙手一投足を注視していた。

「リヴァイン、右は任せる!」

「指示するな。……氷界、展開!」

 リヴァインの氷槍が弾丸のような速度でアレスを襲い、同時にグラウスが地面を隆起させてアレスの回避路を塞ぐ。二人の天才による、容赦のない挟撃。

 だが、アレスは魔法すら使わず、最小限の歩法と鞘を用いた打突だけで、それらをすべて叩き落としていった。

「……嘘でしょ。あの流動的な動き、無駄な筋収縮が一切ないわ」

 リーネが、震える手で魔導書にアレスの動作を記録する。

「……速い。剣を抜かずにあれなら、抜かれたら私は反応すらできない」

 サキが、悔しそうに自分の弓を強く握りしめた。

 数分後。肩で息をする二人に対し、アレスは平然としたままだった。

「……お前たちの魔法は美しいが、綺麗すぎて『殺気』が足りない。……次は、殺す気で来い」

 突き放すような言葉。だが、リヴァインは満足げに、グラウスは不敵に笑った。

「……次は、そうさせてもらう。アレス」

 認め合った者たちにしか通じない火花。

 アレスの孤高の壁は、こうして「絆」という名の形に変質し始めていた。

 ◇

 その様子を木の上から眺めていたレヴィアは、一人で静かに笑みを浮かべていた。

「……いい風景だね。アレス、君の牙がいつか彼らを傷つけるのか、それとも守るのか。……楽しみだ」

 一方、遠く離れた保護施設で、ルナは窓を開け、夜風に吹かれていた。

「お兄ちゃん……今、楽しそう」

 兄の心が自分以外の場所で満たされていく。それは誇らしく、けれど、毒のようにルナの胸を締め付けた。

「いいんだよ。お兄ちゃんが、寂しくないなら……。でも、一番最後は、私のところに戻ってきてね」

 彼女の独り言は、暗い夜の闇に吸い込まれて消えた。

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