第14話:安らぎの境界線
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不浄の森での実習を終え、アレスは学園の厳重な結界に守られた保護施設――ルナの待つ部屋へと戻った。
部屋に入る直前、アレスは腰の『インフェルノエンブレイド』を魔法の布で厳重に包み、クローゼットの奥深く、ルナの目が届かない場所に隠した。この禍々しい剣が放つ気配を、妹に悟らせるわけにはいかない。
「……ただいま、ルナ」
アレスが声をかけると、奥の部屋からパタパタと足音が響き、ルナが飛び出してきた。
「お兄ちゃん! おかえりなさい!」
ルナはアレスの胸に飛び込む勢いで抱きついた。鼻先をアレスの制服に埋め、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「……ルナ、離せ。汗臭いぞ」
「いいの。お兄ちゃんが、無事で帰ってきた匂いだもん。……あ、でも……」
ルナがふと鼻を鳴らし、窓の外を鋭く睨んだ。
「……なんだか、お兄ちゃんから少しだけ『怖い匂い』がする。それに……変な『虫』がついてる。暗くて、じめじめした影の匂いがする女の人」
アレスは内心で妹の鋭すぎる感覚に戦慄した。
(……ノエルか。あいつも俺を探っているのか)
その頃、訓練場の隅では、三人の少女たちがアレスの部屋を見上げていた。
「……間違いないわ。あの消失現象、魔力を熱に変える効率が理論値を越えていた。ヴァルフレアの秘術、あるいは――」
分厚い魔導書を指でなぞりながら呟くのは、理論派のリーネだ。
「理屈はいいよ。私はあの『音』が気に入らない。風を切り裂く音すらさせずに標的を消した。……あいつ、弓兵の私より間合いの管理が完璧だわ」
風使いのサキが、獲物を狙う鷹のような目でアレスの部屋を睨む。
「……殺気。……じゃない。あれは、もっと深い『空洞』の匂い」
影に溶けていた隠密のノエルが、微かに肩を震わせた。彼女だけは、ルナが放った無意識の「敵意」を肌で感じ取っていた。
◇
夕食の後、アレスが窓の外を眺めていると、ルナが隣にやってきて外を指差した。
「ねえ、お兄ちゃん。あそこの人たち、さっきからずっとお兄ちゃんを見てるよ。……お兄ちゃんのことを、あんな汚い好奇心で汚さないでほしいな」
ルナの瞳から光が消え、暗く粘り気のある独占欲が部屋に満ちる。アレスはカーテンを閉め、ルナの頭を撫でた。
「……気にするな。ただのクラスメイトだ」
「……お兄ちゃん。……今日は一緒に寝てくれる?」
以前のように「怖いから」という理由ではない。彼女の瞳には、兄を外の世界から引き剥がし、自分だけのものにしたいという熱が混ざり始めていた。
「……今日は自分のベッドで寝ろ。俺も疲れている」
「えー、ケチ。……じゃあ、せめて髪の毛、撫でて?」
ルナはアレスの隣に座り、ちょこんと頭を預けてくる。
アレスはその頭を大きな手で撫でながら、クローゼットの奥に隠した「呪い」の気配を、自身の魔力でさらに封じ込めた。
(……この温かさを守るために、俺は修羅になる。あの剣も、力も、お前には決して触れさせない)
その誓いを嘲笑うかのように、クローゼットの奥で漆黒の剣が、一度だけ「キィ……」と金属の鳴るような幻聴をアレスの脳内に響かせた。




