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今日は、礼儀作法の授業が始まった。
もちろん、ビジネスで使うような“ただのマナー”ではない。これは上流階級の作法、格式高く、優雅で、時に形式に縛られすぎるほどの作法だ。
お辞儀の角度、立ち方、座り方、手の添え方、言葉の選び方、目線の配り方。ひとつひとつに意味があって、それを正しく理解することが“教育”であり“品位”なのだそうだ。
……とはいえ、頭の隅にどうしてもチクッとした疑問が浮かぶ。
『それって今後使うのか? 他人と会わないのに?』
もちろん、すぐに無視する。いいんだ、暇つぶしには丁度いい。
地図の勉強よりも、文字の練習よりも、体を使う作法は単純に楽しい。背筋を伸ばして、呼吸を整えて、腕や手の位置を意識する。
――そして気づく。
今世の体は、かなりの美少年だ。姿勢ひとつで映える。
鏡の前で、背筋を伸ばし、手を組んで立ってみる。
鏡に映った自分――まるで精巧な人形のような美少年がそこにいた。
ふと、吹き出しそうになる。
ぶっちゃけ、姿が前世と違いすぎて、自分の体だとは思えないのだ。
この地下室で、閉じ込められた状態で、こうして鏡に向かう自分を見て――完全にナルシストみたいな感想を抱いている。
でも、それは嫌な感覚じゃない。むしろ、悪くない。
そして、思う。
地下に閉じ込められる原因になった、黒髪と赤い目。
この二つの特徴が、自分にあまりにも似合っている。
最初は気味悪いと思ったが、今では嫌いになれない。
むしろ、かっこいい。
鏡の前で微笑む自分に、ほんの少しだけ照れながらも、胸の奥で認める。
――うん、これは好きだ。
赤い瞳が光を受けて微かに輝く。黒い髪は背中まで垂れ、動かすたびに影を落とす。
この体で、閉ざされた地下室の中で何をしようと、誰も文句は言えない。
心の中で小さく笑い、私は姿勢をもう一度正す。
礼儀作法は確かに“上流階級の知識”だ。だが、今の私にとっては、姿勢を整え、美しい自分を確認するだけの遊びだ。
鏡に映る赤髪と黒髪の少年――いや、私自身――に向かって、密かに心の中で誓う。
「地下でも、閉じ込められても、楽しむことはできる」
そう。美しい体、美しい姿勢、美しい所作。
閉じ込められた空間の中でも、自分だけの世界は確かに広がっている。




