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 勉強は順調に進んでいた。

 今日は地理の時間。


 自分の住んでいる国、それから領地のことを中心に学ぶ。山々の位置、川の流れ、城や村の配置。貴族として最低限押さえておくべき知識らしい。


 でも、ひとつだけ条件をつけた。

 「マーリエ、お願い。家族のことは、話さないで」


 マーリエは一瞬、悲しそうな顔をした。

 けれど、私はすぐに首を振る。


 血の繋がった人達――父や母、それから祖父母や遠縁の親戚――彼らは、私にとっては一度も話したことのない人、ただの他人だ。


 もし家族になるのだとしたら、人づてではなく、会話によって知りたい。文字通り、言葉を交わして家族になりたいのだ。

 そして、もし家族になれないのだとしたら、それを知るだけで私は寂しくなる。

 だったら、知らない方がマシだ。


 マーリエは静かに頷く。目にわずかに寂しさが滲むのを、私は見逃さなかった。

 それでも彼女は口を閉じ、教科書の地図に視線を戻す。


 でも、心のどこかで私は“家族のこと”をまったく知らないわけではない。

 だから、少しだけ、教えてやることにした。


 「だけどね。マーリエ。」

 私は小さく微笑んだ。


 「私も、家族について知っていることはあるんだ」


 マーリエの瞳が、少し驚きで大きく開かれた。


 「私の父は……厳格で、でも、私を殺さない程度には、私を愛している。

 母は、失神するほどの苦痛に耐えて、私を産んでくれた。

 まあ、父は母に、私は死産したと伝えると言っていたから、もう忘れているかもしれないけれど」


 マーリエは言葉を失い、手元の羽ペンを軽く握りしめたまま止まった。

 私の声は落ち着いている。悲しくもない、怒りでもない。ただ、事実を淡々と伝えているだけだ。


 「私はね、記憶力が良くて、生まれた時に見た父と母の姿を覚えているんだ」


 小さな手で地図の端をつまみながら、私は続ける。

 父の威厳のある顔、厳しい眉の下にわずかに光る優しさ。

 母の蒼白な顔、痛みに歪む表情、そしてその中で必死に私を抱こうとする腕の力。


 「忘れないんだ。あのときの二人の顔は。きっと一生忘れられない」


 マーリエの目には、理解と驚きが交じった光が揺れていた。

 でも、口はまだ開かない。多分、私の言葉の重さを理解しきれていないのだろう。


 「だからね。家族の話は、人づてに聞く必要はないの。

 会話で知ることも、知らないことも、どちらも私の自由にしたい」


 小さな胸を膨らませて、私は再び地図に目を戻す。

 川の流れ、森の濃淡、城塞の形――この世界は、知らないことばかり。

 でも、それは悪くない。


 知らないことを知る喜び、そして知っていることを選ぶ自由。

 私には、両方がある。


 マーリエは深く息を吐き、ゆっくり頷いた。

 その瞳には、私に対する信頼が、ほんの少しだが確かに光っていた。


 ――家族のことも、世界のことも、私が決める。

 そう心の中で繰り返しながら、五歳の私の勉強は今日も始まった。


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