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そろそろ結構大きくなったので、勉強が始まった。
早くね? って最初は思ったけど、どうやらこの世界では五歳くらいからゆっっくり学んでいくのが普通らしい。貴族の子どもってのは大変だな。
まあ、私は貴族の“責務”を果たす必要はないんだけど。父上も私に跡を継がせる気はない。というか、そもそも息子として数えられているのかすら怪しい。
だから、勉強が始まるって聞いたとき、変な話だけど、ちょっと嬉しかった。
だって、今まで本当に暇だったんだ。
マーリエと話したり、部屋の隅に生えてきたカビを数えたり(マジで暇だった)……そんな日々。
新しいことを学べるっていうのは、それだけで刺激的だ。
この閉じた世界で「やることが増える」って、想像以上にありがたい。
さて、最初にやるのは――言語の勉強だ。
「レン様、こちらの紙に、私が書いた文字を真似してみましょうね」
マーリエが差し出したのは、見慣れたインク壺と羽ペン。そして、いつもは絵を描くために使っていた厚めの紙。
……文字。
この世界の文字は、なんというか……見たことがない形をしている。角ばっていて、でも少し丸みもあって、ひとつひとつが模様のようだ。ぱっと見は芸術作品みたいなんだが、単語の構成とか文法とかを見ていると、どうも英語あたりに似ている気がする。
よかった。男性名詞とか女性名詞とかがない。あのトラウマがまた来るのかと思ったが、ひと安心だ。
“Le soleil est masculin”とかいう意味のわからん呪文を覚えさせられた前世を思い出して、ちょっと震えた。あんな地獄は二度とごめんだ。
「レン様、お上手ですよ」
マーリエが覗き込んで言う。
いやいや、褒めすぎだろ。まだ線がガタガタだ。
けど、こうやって誰かに見られながら何かをするのって、久しぶりかもしれない。前世の記憶が残ってるせいか、こういう時間が妙に落ち着く。
それにしても――紙に文字を書くって、面白い。
前世でも勉強は好きじゃなかったけど、こうして一から「知らない世界の言葉」を覚えるのは悪くない。
むしろ、少しずつ自分の世界が広がっていくような気がする。
……そういえば、絵を描くようになったのも偶然だった。
ある日、マーリエが「坊ちゃま、退屈していらっしゃるでしょう?」って言って、紙とインクを持ってきた。
最初は“何に使えばいいんだこれ”って思ったけど、描いてみた。
ぐしゃぐしゃの線。
でも、描いてる間は時間が早く過ぎる気がして、気づいたら一枚、また一枚。
前世じゃ絵心なんて壊滅的で、美術の授業が地獄だったのに、この世界ではなんかうまく描ける気がする。
いや、たぶん暇すぎて集中力が上がっただけだ。
けど、上手く描けたときの達成感は本物だ。
あれから絵を描くのは、わたしにとってちょっとした“趣味”になった。
風景とか動物とか、たまにマーリエの顔も描く。マーリエは「まぁまぁ!」って嬉しそうに笑うけど、内心たぶん似てないと思ってる。うん、気づいてる。
それでも、褒めてくれる人がいるって、悪くない。
新しい文字を覚えて、少しずつ読めるようになっていく。
知らない言葉が意味を持つ瞬間が、楽しい。
暇つぶしで始まったことなのに、気づけば“生きる支え”みたいになってた。
……この先、どうなるか分からない。
でも、もしこの勉強が“外の世界”に出るための第一歩になるなら。
それは、悪くない未来だ。




