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目を開けた瞬間、いつもの柔らかい声が聞こえた。
「おはようございます。レン様。お誕生日おめでとうございます。」
ぼんやりと瞬きをして、天井の魔導灯の光を見上げる。朝って言っても、ここは地下だから日差しなんて入らない。それでもこの部屋の明かりの調整はマーリエの習慣で、一定の時間になると“朝”の光量になる。今日も例によってそれだ。
……で、今なんて言った?
「お誕生日おめでとうございます」
はぁ。そうか。わたし、五歳になったのか。
一応、喜んでおこう。Happy birthday to me。パチパチパチ。
「ありがとう、マーリエ。」
そう言うと、マーリエはいつもよりほんの少し目を細めて笑った。皺だらけのその顔に、心からの喜びがにじんで見えた。
「まぁ……お礼まで言ってくださるなんて。レン様も、もうすっかりお兄様ですねぇ。」
情が湧いたんだろう。最初の頃は“悪魔の子”を見るような怯えた目だったのに、今ではこんなに優しい笑顔を向けてくれる。……少しだけ、胸の奥があたたかくなる。
「プレゼントを持ってきました。」
「ん? 持ってきました?」
首をかしげながら扉の方を見る。マーリエがにこにこと手招きすると、扉の向こうから何か大きなものが滑り込んできた。
――でっか。
思わず目を瞬かせた。見た瞬間、それがベッドだと分かった。しかも、でかい。いや、ほんとにでかい。大人二人は余裕で寝られるサイズ。
「執事長にご相談して、やっとベッドを買い換えてもらったんです。申し訳ございません、遅くなってしまって。」
マーリエが少し頭を下げながら言う。
そう。実は、わたしは今まで床で寝ていたのだ。絨毯の上に、ブランケット一枚。いや、寝られないことはない。ブランケットはマーリエがくれたものだし、厚手で案外快適だった。けどなぁ……五歳にもなって、寝返り打つたびに床に腕をぶつけるのは正直しんどかった。
「昨夜、執事長に魔法でこっそり運んで貰いました。これでベッドで寝れますね。」
マーリエが嬉しそうに言う。
ああ、ようやくか。
……いや、待てよ。
父の奴、完全にわたしの存在を忘れてるな。
備品の買い替え? そんなの一度もされていない。赤子用のベッドなんて、とっくにサイズオーバーだっつーの。あの野郎、ほんとに自分の息子を“悪魔の実験体”かなんかと勘違いしてるんじゃないか?
「執事長、許してくれたんだ。」
「ええ。そのために少し横領めいたことをしたそうですが。」
「……そう。」
思わず苦笑が漏れる。横領って。あの真面目な執事長がそんな真似を……。でも、そこまでしてくれたってことは、執事長も少しは情を持ってくれてるってことか。
マーリエは手をすり合わせながら、誇らしげに言った。
「それにしても、なんでこんなに大きいの? 部屋のベッドの五倍はありそうなんだけど。」
「次にベッドの買い換えを許してくださるか分かりません。ですから、レン様が大人になっても使える物にしたかったのです。」
ああ、なるほど。そういうことか。
この部屋は、閉じた世界だ。新しい物が来ることはめったにない。わたしの成長だって、父にとっては“想定外”だろう。
だから、マーリエなりの工夫なんだ。
「そっか。ありがとう。」
そう言うと、マーリエは嬉しそうに小さくうなずいた。
新しいベッドに触れてみる。分厚いマットレス、ふかふかの布団。天蓋なんてないけど、布の香りは新しい。地上の匂いが少し残っていて、それが懐かしいような気さえした。
マーリエが寝具を整える音を聞きながら、わたしは思った。
――たぶん、この部屋で暮らしていくしかないんだろうな。
でも、せめてこの五歳の誕生日は、ちゃんと喜んでおこう。
ベッドに寝転がると、体がすっぽり包まれる。これまでの冷たい床とは違って、温かさがじんわりと背中に広がった。
「どうですか?」
「うん。……最高だ。」
マーリエが、まるで自分の孫を見るような顔をして笑った。
たぶん、彼女にとってはそれだけで十分な“報酬”なのだろう。




