65話 私の記憶
日めくりカレンダー
きみのきおくは
いたみだけではありません。
だれかをてらした
ちいさなひかりも
しずかにのこっています。
65話 私の記憶
灯台荘の廊下を、初夏の風が静かに通り抜けていく。
https://suno.com/song/e804d396-19ba-4a20-8772-c43ea1c6bfeb
その風に触れたとき、私はふと、昔の記憶が胸の奥で揺れた。
若い頃から、心が重くなる日々が続いていた。
朝、布団から起き上がるだけで精一杯の時期もあった。
ある日、体に大きな負担がかかる出来事があり、
手先が思うように動かず、歩くことすら難しい日が続いた。
「これは自分のせいだ」と、何度も自分を責めてしまった。
少し落ち着いた頃、私は駅のホームを見守る仕事を始めた。
朝と夕方、行き交う人々の流れの中で、
目や耳に不自由さを抱える方々と出会った。
白い杖を持つ方が、ホームの端に気づかず近づいてしまうことがある。
耳が聞こえにくい方が、周囲の変化に気づけず危険な場面になることもある。
そんな「見えにくい危険」が、日常の中に静かに潜んでいた。
私は少しずつ手話を学び、
「大丈夫ですか」と手の動きで伝える練習を重ねた。
ある雨の日、車いすを利用する方が濡れた床で滑りそうになったとき、
私はそっと後ろから支え、
点状ブロックの内側を意識しながらゆっくり誘導した。
言葉がなくても、視線が合うだけで安心が伝わる瞬間があった。
別の日、耳が聞こえにくい方から
「線路に落ちそうになったけれど、誰かが声をかけてくれて助かった」
と手話で伝えられたことがある。
その小さな“見守り”が、命につながることもあるのだと知った。
灯台荘の住人たちを書いていると、
あの頃の記憶が静かに重なる。
文子さんや慎一さんが抱える“見えない痛み”は、
あのホームで出会った人たちの姿とどこか似ている。
心が沈む朝も、体が思うように動かない日も、
誰かにそっと見守られていると感じるだけで、
胸の奥に小さな灯りがともる。
灯台荘の物語は、
大きな奇跡を描くものではない。
ただ、遠くからでも届く小さな光を、
誰かと分け合う物語だ。
もし今日、あなたが少しだけ生きづらさを抱えているなら、
どうか無理をせず、
灯台荘の住人たちのように、
誰かと小さな視線や言葉を交わしてみてほしい。
あなたの日常に、
ほんのりとした灯りがともりますように。
そして灯台荘とともに、
私もこれからゆっくり歩いていきたい。
夏の光が少し強く感じる日も大丈夫です。
そっと目を細められたなら、それだけで十分です。
あなたのペースで、ゆっくり季節を迎えてください。
この物語は、いつでも静かに灯っています。




