466話 「雪女の起源を尋ねて」
466話 「雪女の起源を尋ねて」
春の柔らかな陽射しが灯台荘の白い壁を優しく照らす午後。
詩織さんが残してくれたノートをめくりながら、凛はふと手を止めた。 「雪女の灯火」の民話は、ただの物語ではなかったのかもしれない——。
凛はフサエさんのところへ行き、熱いほうじ茶を淹れてもらいながら尋ねた。 「フサエさん……雪女の話は、本当に昔からあったんですか?
ただの民話じゃなくて……もっと、深い起源があるんじゃないかって」 フサエさんは目を細め、遠い記憶をたぐるようにゆっくりと語り始めた。
雪女の灯火 〜その起源〜むかし、この岬の灯台がまだ木造で、油ランプだけだった頃——
江戸時代末期、1850年代のことだという。当時、灯守をしていたのは「雪乃」という若い未亡人だった。
夫は漁師で、激しい冬の嵐の夜に海で消息を絶った。
雪乃は悲しみに暮れながらも、灯台の灯を消さなかった。
「夫が、いつかこの光を頼りに帰ってくるかもしれない」
そう信じて、毎夜、凍える指でランプの油を注ぎ続けた。ある特に激しい吹雪の夜、灯台の扉を叩く音がした。
雪乃が恐る恐る開けると、そこに立っていたのは若い男——
夫の船で一緒に漁をしていた「清吉」という漁師だった。
清吉は船が難破した後、奇跡的に泳ぎ着き、ほとんど凍死寸前だった。 雪乃は清吉を灯室に運び込み、残り少ない薪で火を起こし、
体を温め、粥を食べさせた。
一晩中、二人は語り合った。
清吉は夫の最期の言葉を伝えた。
「雪乃を……よろしく頼む……灯台の灯を、消すなと」 その夜、雪乃は初めて自分の孤独を誰かに打ち明けた。
清吉は静かに聞き、こう言った。
「光は、死んだ者のためにだけ灯すんじゃない。
生きて帰る者のために、生きている者のために灯すんだ」 翌朝、吹雪が止んだ後、清吉は村へ戻り、雪乃のことを村の人々に語り広めた。
雪乃はその後も灯台を守り続け、
老いてからも若い灯守たちに「雪女の灯火」の物語を語り継いだという。 やがて雪乃は静かにこの世を去ったが、
その死の直前、彼女は最後にこう言ったと伝えられている。 「私はもう、夫を待つのではなく、
誰かがこの灯を必要とする夜のために、灯し続ける」 それ以来、この灯台荘では冬の吹雪の夜に特に光が強く輝くとされ、
「雪女の灯火が、誰かを呼んでいる」と言われるようになった——。
凛はフサエさんの話を聞き終え、胸が熱くなった。
眼鏡の奥で涙が滲む。 「雪乃さん……雪女は、ただの悲しい未亡人じゃなかったんですね。
失った痛みを抱えながらも、誰かを招き入れる強さを持っていた……」 フサエさんは優しく頷いた。
「そうじゃよ。凛ちゃんが今、しようとしていることそのものじゃ」 凛はノートを手に取り、震える筆で新しい詩を書き留めた。
雪女の起源
雪乃という名の女は 夫を海に奪われ
凍てつく灯台で 一人 油を注ぎ続けた
吹雪の夜 清吉という命が 灯を頼りにやって来たとき
彼女は扉を開け 温もりを分けた 失った光は 胸の奥に
生きる光は 外へ招く
それが 灯台の真の役割 私は 雪乃の後を継ぐ者
守るだけでなく 呼ぶ者
悠真さんの遠い旅も
湊くんの帰る道も
この春に この灯台に 招き入れる




