ユキマルの生い立ち
第八十二話
まずはどこから話そうか。
両親が事故で亡くなったり、じいちゃんに預けられたりと、一生の開幕からなかなかに波乱な人生を送ってきた俺、夜宮幸丸だが、物心がついてからの初めての記憶はじいちゃんとの会話だったと思う。
「小僧!お前は悔いのない人生を送れよ!」
じいちゃんはなかなかになかなかな性格をしていた。
熱血とも、ぶっきらぼうとも違う。
そもそも人間の性格なんて一言で表せないのは当たり前っちゃ当たり前なのだが、それでもじいちゃんは人一倍変わった性格をしていたと思う。
「いいか、わしゃぁ未練しかない!このまま人生に幕を閉じると思うと無念じゃ!」
と腹の底から出た元気な声で言う。
この頃は難聴が悪化してきたのもあるが、それにしても元気だったなぁと思い返す。
「わかったよじいちゃん、わかったから。」
安楽椅子に座りながら演説するじいちゃん。
それに対し、洗濯物をたたみながらどこか気だるげに返事をする当時小五の俺。
それもそのはず、この会話は今のでうん百回目だ。
もう五回ぐらい聞いたあたりで数えるのは諦めた。
ちなみにじいちゃんは生涯を通してボケなかった。
つまりこれだけ繰り返し言ったのは、俺にそのことをどうしても伝えたかったからだろう。
そのおかげか、今もこうして俺の中に根付いている。
「いいか、人は心のどこかで人生はやり直せると思いこんどる。確かにちょっとしたミスや失敗なら次に成功すればいいだけかもしれん。しかしじゃ、人生を使った決断、例えば生涯をかけて追う夢や時の流れとともにできなくなること、それらは決してやり直せない。」
「........」
「わしもこの年になって気づいたことじゃ、小僧にはまだ早いかもしれん。しかし、すぐに気づくことになるぞ。」
「.......わかったよ。」
この時は適当に流しつつも、片耳ではちゃんと記憶していたのかもしれない。
なぜなら、のちにじいちゃんの言っていたことはしっかりと身に刻まれるからだ。
・・・・
・・
高二の冬。
その頃は、学校から帰る途中毎日病院に通い詰めていた。
病床に横たわるのは、今にも死にそうなじいちゃん。
なぜか意識だけははっきりとあるが、身体を自由に動かせない本人にとってそれは苦痛でしかないだろう。
「小僧、悔いのない人生を送れと言ったはずだろう、こんな死にぞこないのところに毎日くるな!」
前よりは弱々しいが、それでも覇気は健在だ。
じいちゃんの言葉に少しムスッとする。
「だから、俺も後悔しないように毎日通い詰めてんだよ!!」
反抗期真っただ中なこともあってか、少し強めに言い返す。
それでも、お互い本心は理解しているからか、ここから喧嘩につながったことはなかった。
「.......医者にはあと数日だと言われた。」
しばらくの沈黙ののち、じいちゃんはそう言った。
正直、だろうなとは思った。
むしろ今まで良く生きてくれたとまで。
だから覚悟はしていた。
「........そう。」
嘘だ。
覚悟を決めたなんて鏡の前で言い聞かせはしてきたが、結局ようやく絞り出せたのはたったの二文字だけだった。
「じゃあ、俺も家に帰って晩飯食うから。」
「おう、飯はちゃんと食えよ。」
「ああ。」
病室の扉に手をかける。
横にスライドさせたとき、普段よりやけに重く感じたのは気のせいだろうか?
それは今になってもわからない。
「まあ、気が向いたらまた会いに来てくれ。どうせあと数回じゃ。」
天井をじっと見つめながらじいちゃんが言う。
「ああ.......また明日。」
これがじいちゃんとの最期の会話だった。
・・・・
・・
【確かに君は複雑な人生を送っているようだね。】
テーブルを挟んで向かいに座る青年が言う。
「そうかもな。でもこんくらいこの世界じゃいくらでもある話だろう?」
魔物、魔王軍、その他さまざまな危険がはびこるこの魔法と剣の世界では、誰かとの別れなんて日常茶飯事だ。
ギルドとかで休憩していたら、誰かの不幸話なんて嫌でも耳に入ってくる。
そんな世界なのだ。
【.....まあ、不幸は比べるものじゃないってことさ。】
青年が言う。
【それでこの後はどうなったんだい?君が祖父の死を乗り越えた出来事もあるんだろう?】
「ああ、でも意外とあっさりしていて、おもしろくもないぞ?」
【面白さに期待はしてないさ、とりあえず聞かせておくれよ。】
「そうだな......」
俺は再びあの時のことを思い返した。
・・・・
・・
じいちゃんの死を引きずったのは三日ほどだった。
というのもこんなにあっさりと乗り越えられたのにもわけがある。
それはじいちゃんの遺書だ。
それには荒々しい字でこう書かれていた。
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小僧、わしの死を引きずっておる暇などないぞ。
後悔のない人生を送るにはその時々の決断をしっかりしろ。
それでも迷うというなら好奇心に身を任せろ。
己の心の導く方を選ぶのじゃ。
それがたとえ失敗であっても、苦難な道であってもこれだけは言える。
お前は後悔しない。
だから、なにも恐れるな、突き進め。
停滞のみが失敗じゃ。
安心しろ、わしの孫ならできる。
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これは啓発本かなんかだろうか。
死に際の老人が書いたというよりは、人生最盛期のサラリーマンが書いたかのような内容だ。
しかし、書いてあることには取り入れるべき点もあった。
後悔する前に決断しろ。
後悔は先に立たないと誰かが言った。
ならば自分で選んだ方が納得できるのは真理だ。
そして、その時の判断材料になるのが好奇心。
これもまた俺の性格とあっているかのように思う。
「......っふ。」
思わず笑みがこぼれてしまった。
あれだけ後悔がどうの言っていたじいちゃんの筆跡からは、最後に病室で見たあの表情からは、そんなもの微塵も感じられなかったからだ。
ポトッポトッと大事な手紙に水滴が落ちる。
おっと古い家だから雨漏りだろうか。
それにしては外が静かだ。
聞こえてくるのは夜鳥の鳴き声だけ。
やけに物静かだ。
体が熱い。
熱でも出したのだろうか?
最近は冬の寒さが洒落にならなくなってきている。
その割に体長は悪くない。
視界がゆがむ。
顔に力が入る。
手紙を持つ手に力が入る。
ポトッ
再び水滴が落ちてきた。
頭で手紙を覆っているのになぜだろう?
ああ、本当に。
変わっていて、難しいことばっか語る人だったけど。
俺を育ててくれて、俺を愛してくれて、俺に生き方を教えてくれた。
だから、俺からの気持ちはこれしかない。
「.......ありがとう......じいちゃん......!!!」
その日の枕はやけに湿っていたのを覚えている。
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