魔法の申し子
第六十八話
これはフリエナがユキマルたちと出会う一か月ほど前のことだった。
フリエナはいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。
「それじゃフリエナ、行ってらっしゃい。」
これから出かけるのは、『学樹』という学校のような場所である。
とは言ってもヒト族が想像するような場所ではない。
年齢は三歳~百歳までとばらばらで、行きたいときに行って帰りたいときに帰っていいのだ。
学ぶことも、言語や算術などではない。
森との共存の仕方や、エルフ族の伝統やしきたりだ。
それでも楽しいからフリエナは毎日かかさず通っている。
「あ、それと、里の外には出ちゃだめよ?」
最後にフリエナの母、カリーンが付け足す。
フリエナはこの文言を聞き飽きていた。
「はいはい。行ってきます。」
と、毎朝お決まりのキャッチボールをし、玄関を開ける。
そしてそのまま勢いよく走り去ってゆくのだった。
・・・・
・・
さて、ああは言ったものの子供の好奇心は抑えられない。
フリエナは家を出てすぐに里の外へ続く門へと向かった。
登校中の寄り道なんて他のみんなもやっている。
などと言う言い訳で自分を納得させるフリエナ。
門の正面に立つ。
どうやらここから先は結界がないらしい。
『学樹』では、ここエルフの里『フェアドラド』には目に見えない強力な結界が張ってあると習った。
その結界は外部からの攻撃だけでなく、内部での暴力行為をも防いでくれるらしい。
十四年間生きてきたが、その実感はない。
「外ってどんな場所なんだろう.....。」
開いた門から外の景色は見える。
別に里の内外で何かに区切られているわけではない。
それでも里外に足を踏み出すのと、ここから見ているだけではなにかが違うのだ。
フリエナは外に出たかった。
でも両親にはそれを禁止されている。
長老たちにもだ。
エルフ族に里を出てはいけないなどという決まりはない。
フリエナだけが、特別に外出を禁止されているのだ。
その理由は──
「私が『魔法の申し子』だから.....。」
エルフ族には数千年に一人、下手したら数万年に一人、『魔法の申し子』という子が生まれる。
それは魔法を全属性扱えるという稀有な存在であった。
それだけではない。
『魔法の申し子』は例外なく、天才的な魔法のセンスを持ち合わせているのだ。
そのことから、エルフ族の族長には『魔法の申し子』が選ばれていた。
最も実力のあるものが一族を統べる、至極真っ当なことだ。
それゆえ、誰も反対することなく、エルフ族は『魔法の申し子』を族長に選び従ってきた。
つまり、フリエナは時期族長なのだ。
しかし、その席に着くのもまだ先の話。
彼女はまだ十四歳で少なくとも数百歳は成長しなければならない。
そしてそれまで一切の危険から遠ざけるため、辛いこととは理解しつつも、長老はフリエナの結界外への外出を禁じた。
「......つまんないの...。」
そんなことを考えていると、エルフの商人が横を通り過ぎて行った。
そしてそのまま門を出て、外の世界へと消えていく。
フリエナはそれを、羨ましそうに見届けるのだった。
「ちょっとくらいなら.....。」
エルフの里の門は『フェアドラド大森林』の入り口にある。
門を出た先に広がるのは地平線だ。
普通ならば、そこに何かがあるとは想像しないだろう。
しかしさっき商人が去っていったように、地平線の向こうには何かがある。
『学樹』で世界は球体なのだと学んだ。
だから地面が途切れているように見えるのだと。
少しでいいから、この門を少しでいいから超えて......その先の景色が見たい。
気づくと体は動き出していた。
ドッ!
あと一歩で外に出れるところまで来たが、何かにぶつかり止められることとなる。
「いたっ!」
数歩後ろに下がり、何にぶつかったのか確認する。
「フリエナ様、ダメですよ。」
それはトイガだった。
城壁の上から、フリエナのことを発見して咄嗟に飛び降りたのだ。
「いいんですか?もうすぐ『学樹』が始まってしまいますよ?皆勤賞を狙っていたのでは?」
「わ、わかってるわよ!」
慌てて走っていくフリエナ。
それを見届けるトイガ。
「.......」
実はトイガは長老たちからフリエナを護衛する密命を受けていた。
エルフの里最強の男として、フリエナを守る義務があるのである。
「いいんですか?もっと強く注意しなくて?」
城壁の階段を下りてきた部下がトイガに尋ねる。
「いや、俺たちはあんな小さな子に我慢させてんだ。どの口で注意する?むしろ、謝るべきだろう。」
「...確かに、それもそうですね。」
これにはエルフ族である以上納得せざるをえなかった。
フリエナはみんなの未来なのだ。
こうして外出を禁止しているのも、結局は大人たちのエゴなのである。
「仕事に戻るぞ。」
トイガがそう言うと、二人は階段を昇って行ったのだった。
・・・・
・・
『学樹』に着くと、いつもいる生徒たちはすでに席に座っていた。
席と言ってもイスではない。
輪切りにした丸太だ。
座り馴れているからか、なんだかんだ言ってこれが一番しっくりくる。
「それじゃあ、今日は『迷宮』について話します。」
真ん中に講師的ないろいろ教えてくれる人が立ち、その人を囲って座る。
これが『学樹』の教育スタイルだ。
「『迷宮』ってあのでっかい門だろ?」
「あーあれか!」
「僕は一回開いたのを見たことがあるぞ。」
などと口々にする生徒たち。
「みんなさすがに知ってるわね。そう、あのキラキラな門が『迷宮』です。あの門は百年に一度しか開かないんですよ。」
得意げに教える先生。
「へ~」
「ねえ先生?なんで、百年に一度しか開かないの?」
「うーん。それはわからないわ。『迷宮』についてはわからないことの方が多いの。ただ、エルフ族がここに定住する何百万年も前から存在しているということだけはわかってるわ。」
「へ~」
何百万年。
ここまで来ると、エルフ族といえど長すぎると感じる年月である。
「ちなみにこの中に『迷宮』が開く年に行われる式典を知っている人はいますか?」
先生の問いかけに対して、数名の生徒が手を上げる。
「お、結構な人が知ってますね。そう、『フェアドラド開門式』です。その日は『迷宮』に挑戦するためにたくさんの人がこの里に押し寄せます。そして実は『フェアドラド開門式』が行われるのがなんと、今年なんですよ。」
「おお!」
「本当に?!」
次々に喜びを口にする生徒たち。
百年に一度の式典を見れることを知り、嬉しくなったのだ。
しかし、フリエナは違った。
他の生徒と違い、一人真面目な顔をしていたのだった。
・・・・
・・
その日の夕飯にて、フリエナは考え事をしていた。
『フェアドラド開門式』とは自分と無関係な話ではない。
なぜならエルフ族の掟では、族長になる者は『迷宮』を一度攻略する義務があるからだ。
それは簡単なことではない。
『迷宮』には様々な困難が待ち受けている。
それも命がけの困難だ。
それらをすべて乗り越えてやっと族長になれるのだ。
なれるなどと前向きな言葉を使ってはいるが、結局は強制だ。
別にフリエナが族長になりたいと言い出したわけではない。
大人たちが勝手に決めて、あたかもフリエナ自身の選択であるかのようにことを進めているのだ。
どうせ死にはしない。
私には護衛が付くだろうし、今までもそうだったらしいから。
そうは思っても、何もできないフリエナ。
来る『フェアドラド開門式』まではただただ時間が流れていくのであった。
・・・・
・・
翌日、フリエナは魔法の練習をしていた。
エルフの里には数名の魔術師がいる。
実はエルフという種族は、種族別でいうと、最も魔法に長けている種なのだ。
そして、魔術師適正持ちが生まれる割合も、多種族と比べて多かった。
ゆえにフリエナは幼いころから魔法の英才教育を受けていたのである。
それもこれも大人たちが決めたことだ。
「それで?今日は何を見せてくれるの?」
エルフの魔術師に聞くフリエナ。
「そうですね.....『エアークッション』なんていかがでしょう?」
「また防御魔法?」
フリエナはうんざりしていた。
自分には魔法を全属性扱える才がある。
それが、いろいろと不自由を強いられている自分に対する唯一のアドバンテージのはずだ。
しかし、この魔術師たちは攻撃魔法を一切教えようとしない。
その理由はわかっていた。
「フリエナ様。攻撃魔法を結界内で行使することはできません。それに危険です。フリエナ様にもしものことがあったら....。ですので教えることはできないのですよ。」
と魔術師が申し開く。
理解はできても納得はできないフリエナであった。
「つまんないの....」
誰にも聞こえない声で小さく呟くフリエナ。
そしてそのまま魔法の練習を再開するのであった。
・・・・
・・
帰りにまた門へと寄る。
少し暗くなってきて、人通りも少ない。
今なら、門を出てもばれないのかな.....。
なんて考えたりするが、今日は行動に移すつもりはない。
時期に日も沈むだろう。
暗ければ、見たい景色も見えないはずだ。
だから、門を背にして帰ろうとした。
その時だった──
あれ....あの大きな影、なんだろう....?
空に馬ほどの大きさの影が見える。
暗くて何なのかはわからないが、大きな翼を見るに、ドラゴンなのではないかと推測した。
そして、問題は別にあった。
「た、助けてくれ....!」
通りかかったエルフの商人が襲われていたのである。
フリエナは周りを見わたした。
助けてくれる大人を探したのだ。
しかし、ここで思いなおす。
いつもは大人たちに文句を垂れているくせに、こう時に限って助けを求めるのは違うのではないかと。
私がやるんだ。
そうしてフリエナは門の外へ飛び出た。
「土魔法『マッドウォール』!!!」
荷物を背負って走る商人の後ろに泥の壁を作る。
あまり遠くには作れないため、ギリギリまで近づくこととなった。
そのためドラゴンがフリエナを認識する。
ギャオオオオオ!!!
甲高い鳴き声を上げて、『マッドウォール』を粉砕するドラゴン。
そしてそのまま標的はフリエナに変わった。
しかし、動揺することなくそれを逆手に取るフリエナ。
門と自分が直線状にならないように移動し、待ち構える。
「風魔法『エアークッション』!!!」
突撃してきたドラゴンの軌道を風圧で変える。
それにより、ドラゴンは結界に衝突することとなったのだった。
この隙を見て、結界内に逃げ込む商人。
フリエナはそれを横目に確認し、自身も門へと向かった。
しかし、そう簡単に逃がしてもらえる相手ではなかったようだ。
結界に衝突したドラゴンはものの数秒で起き上がった。
「うそでしょ....!」
道が塞がれた。
今度はドラゴンが門の前に来てしまったのだ。
どうすればいいの....?
悩むフリエナ。
果たしてここからの打開策があるのだろうか?
答えは行動に移さない限り、出ない。
が、下手に動くわけにもいかない。
フリエナは身動きが取れなくなった。
・・・・
・・
さて、そんなフリエナをドラゴンに乗り、上空から観察する男が一人。
「ほお、あれが例の.....」
にっと笑い手綱に手をかける。
その男の名はザグス。
『西方奴隷商』の幹部ザグスだ。
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