『神武』『クラウ・ソラス』
第六十話
ドルドの背中を剣が貫く。
それは『西方奴隷商』の幹部、スファードが突き刺したものだった。
先ほどドルドによって真っ二つにされたスファードだったが、どうやら生きていたらしい。
不思議なことに体が何もなかったかのように修復している。
「キッヒッヒ。ざーんねん。油断したねえ。」
そう言ってドルドから『神武』を奪い取ろうとするスファード。
「油断したのは貴様だ。」
ブシュ!
再び真っ二つに切り捨てられるスファード。
そして背中から剣を引き抜きほっぽり捨てるドルド。
「はあ?」
スファードはドルドが『勇者』であることを知らなかった。
それゆえにたかが老いぼれ一人と高をくくっていたのだ。
それが今回の油断へとつながっていた。
一方、ドルドがスファードを甘く見ていたのもまた事実。
今しがた斬った傷も嘘みたいに再生した。
「『固有スキル』だな?」
「キッヒッヒ。そりゃそうでしょうよ。それよりあんたはなぜ背中を刺されて無事なわけ?」
互いに探りを入れるドルドとスファード。
これから始まる戦いでは、先に相手のからくりを攻略した方が有利をとれるのである。
「別に隠すことではないから言ってやろう。私は『勇者』だ。だから人類である貴様には決して傷つけることができない。」
相手の戦意を折るために情報を開示するドルド。
実際この手は有用だ。
これまでに何度かこれを使ったことによって戦いを回避できたことがある。
しかし、今回は違った。
「そうかいそうかい、そりゃやってみなきゃわかんないよな。」
スファードはキッヒッヒと笑うと、今度はコートの中から金属製の鞭を取り出した。
実はスファードのコートの内側にはいろいろなものが入ってる。
ドルドが見えた範囲だと、ナイフや弓矢などもあったぐらいだ。
「キッヒッヒ!!!」
不気味な笑みを浮かべながら鞭を振り回すスファード。
一見力任せに見えるが、実際はかなり洗練された動きであることをドルドは見抜いていた。
「避けれるもんなら避けてみなあ!!!」
ヒュッ!!
音速の鞭がドルドに迫る。
スファードの狙いは顔面だった。
理由はシンプルに急所だからだ。
それに金属製の鞭が音速で人間に当たったら傷がつく程度じゃすまないだろう。
頭部ははじけ飛ぶ、もしくはその場で粉砕されるはずだ。
だからこれは必殺の一撃のはずだった。
しかし──
「なに....?!」
絶対に直撃するはずだった鞭はドルドの手前で止まった。
「ミーの一撃を止めた?どうやって?!」
ドルドは無表情のまま剣を抜く。
「今度はそっちの番ってわけね。それなら.....って──」
動かねぇ....!!
スファードは困惑していた。
手に持ってる鞭が空中に固定されたままびくとも動かなくなったのだ。
なんだ?
物を固定する能力かあ?
それとも物の動きを止める能力なのか?
いずれにせよもうこの武器はダメだな。
様々な考察がスファードの脳内をめぐる。
どれも可能性としてあり得たが、なんとこのうちのどれでもないことを直後、知らされることとなる。
「なんだあ?」
それは些細な変化から始まった。
なんとドルドの目の前で止まっていた鞭の先端がゆっくりと引き始めたのだ。
どういうことだ?
生き物じゃあるめえし蛇みたいに後退できるかよ、鞭が!
しかし、実際それは起きていた。
なんとドルドに至る前の軌跡を、鞭は戻っていたのだ。
「じいさん、まさかあんたの能力は、巻き戻しかあ?」
「惜しい。」
ドルドがそう言うと、鞭の巻き戻る速度は一気に加速した。
「ってまさか、このままだと──」
自身のおかした失態に気づき、すぐさまその場を離れようとするスファード。
しかしそれを許すドルドではない。
先ほど抜いた剣を構え、スファードの逃げ道をふさぐ。
「先ほどは随分と振り回していたな。」
「クソ!!」
うろたえるスファード。
そして巻き戻る鞭。
「ミーは死なねぇがしっかり痛てぇんだぞ!!!」
ザキン!!ザキン!!ザキン!!ザキン!!
グシャ!!グシャ!!グシャ!!グシャ!!
「ああああああああ!!!!」
悲痛な悲鳴とともに鈍い金属の音と、生々しい肉が切れる音が聞こえる。
スファードは先ほど自身で振り回した鞭の軌跡にズタズタに引き裂かれていた。
「はあはあ、ちくしょう、”ストック”はいくつ減った...?」
ちぎれた腕などが再生してる中、吐き捨てるように言うスファード。
ドルドはその言葉を聞き逃さなかった。
ストック....。
ということは奴には残機があるということか。
ならばこのまま押し切ればいずれ勝負はつくだろう。
と実に論理的な考察をしていたのだ。
「なんだよあんたのふざけた能力は!!!」
今度は勢いよく鞭を振るスファード。
しかし結果は同じであった。
「当たらねぇ....!!!」
再び鞭は空中で停止したのである。
そしてこれこそがドルドの強みであった。
その能力<<可逆>>は端的に言うと”動きを巻き戻す能力”であった。
例えば敵が剣を振り下ろしてきたとする。
それを、自分に当たる前に剣の動きを巻き戻せば、空中で停止したように見えるのだ。
このことからドルドに物理的攻撃が当たることはまずないのである。
それに<<可逆>>の真骨頂は他にある。
それは相手の『スキル』までをも反転させることができる点だ。
つまり、相手が身体強化系の『スキル』ならば、身体弱体化系の『スキル』にしてしまえるということだ。
しかし、これにはいくつか条件があった。
まず初めに、対象が自分より弱いということ。
弱いとは具体的にいうとレベルなどだ。
しかし、これは大した問題ではなかった。
なぜなら『勇者』であるドルドにとって『魔王』を除く人物は”弱い”に該当するからだ。
そして、もう一つの条件が、敵の『スキル』が『スキル』単体で機能することだ。
つまり、何か、または誰かを巻き込んで効果を発揮する『スキル』には使えないのである。
わかりやすい例で言うと、ロスウィンやラストの『固有スキル』だ。
二人の能力は人の操作に長けており、これはまさしくドルドの<<可逆>>の対象外である”誰かを巻き込む系の『スキル』”であった。
そして、面倒くさいことにスファードもその条件に当てはまっていた。
まず初めにドルドは相手の能力を再生系、不死身系、現実改変系のどれかだと推測した。
しかし先ほどの発言から、残機があることが発覚し、考えを改めた。
そこで、試しに相手の『固有スキル』の反転を試みたが、失敗に終わった。
つまりスファードのスキルは、スファード自身以外を介入させた能力なのである。
「なるほど、魔獣....だな?」
ドルドはある結論にたどり着いていた。
それは、スファードの本職は魔獣使いであり、恐らくテイムしている魔獣の数だけ残機があるのだと。
「な~んでわかったかねぇ。」
あっさりと認めるスファード。
ドルドの考察はドンピシャで当たっていた。
スファードの『固有スキル』<<魔物収納>>は、ある一定まで弱体化させた魔物や魔獣を角砂糖ほどの大きさのキューブに変えるというものだ。
その状態になると、キューブ化はスファードの許可があるまで解けない。
言ってしまえば魔物捕獲に特化した能力なのである。
しかしテイマーであるスファードは、捕獲に留まらず捕獲した魔物を調教し、自身の戦力へと変えた。
そして、<<魔物収納>>のもう一つの能力こそが、ドルドが予想した残機である。
スファードがキューブ化した魔物はそのままスファードの残機となり、スファードが致命傷を受けるたび、キューブを一つ犠牲にすることで復活できるのだ。
「あまり悠長に構えないことをお勧めする。頼みの綱である魔獣はもうじき全滅するぞ。いやもうすでにされてるはずだ。」
それはルクスに対する全面的な信頼からでた言葉であった。
実際、この時にはとっくに魔獣の対処は終わっている。
だからスファードの残機は尽きたかと思われた。
しかし──
「キッヒッヒ。残機があれだけなんて勝手に思い込んじゃって~。ざーんねん、まだこれだけあります!!」
そう言ってコートの内側を見せるスファード。
そこには複数の武器とともに、無数のキューブが収納されていた。
サイズは角砂糖ほどで、数えるのも面倒なぐらいある。
つまり、あと何百、何千と殺さない限り、スファードは殺せないのだ。
「面倒な....。」
これにはドルドも嫌気がさした。
それでも時間をかければ間違いなく倒せる相手なので、堅実に戦いを進めようと思たのだ。
しかし、それはスファードも理解していた。
キッヒッヒ。
このまま押し切られるくらいなら、切札をつかうか?
いや、使うしかないね!
スファードは決心した。
これはテイムするのに最も苦労した魔獣。
ゆえに、使うタイミングは慎重に選んできた。
だが相手が『勇者』なら惜しまず使うべきだろう。
「さあ出てこい『アイスドラゴン』ちゃんたちよぉ!!!」
なんと村の倉庫を突き破って出現したのは三体のドラゴンだった。
それも属性を持たない通常種ではなく、氷属性を宿した『アイスドラゴン』だ。
ランクはBに分類されており、魔物討伐規定では周到に準備した複数のパーティーが合同で討伐に当たるべしと書いてある。
しかもそれは『アイスドラゴン』一体だけの場合だ。
今回は三体もおり、この村はおろか、小国なら滅亡もあり得る程の脅威なのである。
「ドラゴンだと...?!」
ドルドが驚いたのも無理はない。
一人の人間がこれほどの戦力を所持していたという事実、それだけで驚愕に値するのだが、この男スファードはあろうことかその三体を飼いならしていたのだ。
「『西方奴隷商』の幹部は伊達じゃない...か。」
スファードへの認識を少しばかり改めるドルド。
「さて『勇者』さんよ。村を守りながら三体同時に相手できるかな?」
一方、切札を使った以上、攻勢に出るスファード。
さらに、運の良いことに風はスファードに向いた。
なんとドルドが抱えていた『神武』『クラウ・ソラス』がスファードに反応を示したのである。
そして次の瞬間、『クラウ・ソラス』はスファードめがけて飛んで行った。
「まさか....?!」
ドルドは目の前の現実を疑った。
なんと、『神武』がスファードという男を選んだのである。
しかし、そうやすやすと『神武』を渡すドルドでもなかった。
『クラウ・ソラス』がスファードに向かう軌道を<<可逆>>で巻き戻したのだ。
しかし──
「....っ!!」
少しは反応を見せたものの『クラウ・ソラス』はドルドの元には戻らなかった。
むしろ、スファードの手の中にきれいに収まったのである。
「キッヒッヒ!!!今のミーは最高につてるよお!!!」
スファードのボルテージが上がる。
ときに高揚はその人の調子すら上げてしまうのだ。
「ああ、あんたが正義とやらに縛られてる『勇者』で本当に良かった!あんたが『勇者』なら......これは見過ごせないもんね??」
そう言って自分が騎乗していない二匹の『アイスドラゴン』に指示を下す。
狙いは民家だ。
「ゲスが....。」
「キッヒッヒ!そんじゃミーはここらへんで。」
大きく手を振って別れを告げるスファード。
これは至極当然のことだった。
目的の『神武』を手にした今、わざわざここに残る理由はない。
あとは撤退するだけなのだ。
だから『アイスドラゴン』に村を攻撃させ、『勇者』がその対応に追われている合間に逃げようとしたのだ。
しかし、その予想は外れた。
「逃がさん。」
ふと聞こえた声に反応し振り向くスファード。
なんとそこにいたのはたったの一蹴りで数十メートル上空まで跳んできたドルドだった。
「はあぁ???なんでじいさんがここにいんだよ....って──」
グシャア!
再び真っ二つに斬られるスファード。
しかし、彼の頭の中は痛みよりも混乱が支配していた。
まさか今の一瞬で『アイスドラゴン』を倒したのか?
いや、いくら『勇者』でもそんなはず...
確認のため下を見るスファード。
案の定村は『アイスドラゴン』の被害を受けていた。
民家がいくつか破壊され、『アイスブレス』により、死傷者も出ているようだ。
「なんなんだあんたは?正義の味方じゃないのかよ???村人を見捨てたのか?」
「今は村人を助けることよりも、貴様を逃がさないことの方が先決だと考えた。」
「はあ?」
合理主義すぎるだろ?
倫理観はどこに捨ててきたんだ!
自身の思い浮かべていた勇者像とドルドがあまりにもかけ離れていたため、さらに混乱するスファード。
「それに完全に見捨てたわけではない。」
「なに?!」
「これだけの騒ぎだ。あいつも気づくに決まっている。」
「あいつ?」
次の瞬間、地上に閃光が走った。
それと同時に二体の『アイスドラゴン』の首がはねられる。
「.....っ?!」
スファードはなにが起こっているのか分かっていないが、ドルドは違った。
「状況は?ドルド!」
地上から聞き馴れた声が届く。
それはルクスの声であった。
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