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第11話 神殺しの剣士

 伯爵であるファーリの領地ペーガソス領。その西端に位置する小さな街エニフは、街の大きさは周囲10キロほどで、幅4メートルほどの水堀と土の壁で覆われるなど、主要な街に比べると全般に防衛設備は簡素だ。しかし、街の人の出入りはそれなりに多く、周辺では盗賊の出没など治安が悪いことから、この街の斡旋所で見かける傭兵の数は意外と多い。

 傭兵といえば大半が男で、女は少ない。傭兵の仕事は荒事が多いこともあるが、筋力など肉体労働の得手不得手もある。傭兵の中でも職種により男女構成は異なり、魔法や回復を担う職は女が多い。しかし、剣など前衛で真っ先に戦う職は、大半が男だ。その中で女剣士は、良くも悪くも目立つ存在だ。

 街の酒場は数件あるが、そのどれもが、その日暮らしの者たちの利用する店である。そのうちの1つの店に入ってきた女の剣士は、レザーアーマーを装着したまま、腰には刃渡り1メートルほどのレイピアを差しており、頬や服のあちこちが土や泥、赤黒いもので汚れ、何かしらの仕事を終えたばかりのようだ。褐色の長い髪の右側頭部についている、蝶の形をした髪留めが彼女の唯一のお洒落のようだ。

 酒場に着いた彼女は、真っ先にカウンターに向かった。彼女はこの店の常連のようで、店のマスターは彼女の顔を見て、すぐに壁の棚から酒のボトルを取り、木製のコップに注いでカウンターの上に用意した。彼女はそのコップを取り、口に運んだ。酒を飲み干した彼女は、いささか乱暴にコップを置いた。

「ロッテさん。今日は何か嫌なことでも?」

 マスターは軽く声を掛けた。ロッテと呼ばれた女剣士は、眉間にしわを寄せていた。ちなみに、ロッテは愛称で、斡旋所の登録名はシャーロットとなっている。

「昔のことを思い出して、ちょっと冷静でいられなくなっているところ」

「昔のことですか?」

 マスターは空いたコップに酒を追加した。

「知り合いに似た男を見かけたのよ。斡旋所で。ただ、昔と同じ姿だったから、多分、他人のそら似」

「聞いて確かめたのですか?」

「いいえ。私の知っている男は、今も生きていれば25歳くらいの筈だけど、今日会ったのは15歳くらいの子供。でも、本当にそっくりだった」

「その男と、何かあったのですか?」

「その男は……父の仇だ」

「そうでしたか。悪いことを聞きました」

「構わない。それとは別のことで、少し腹も立てている」

「一体何に、ですか?」

「成功報酬よ。オークの盗賊団相手にしては、少ない額だった。あいつらはどれも力が強いから、人間相手と同じ額の報酬じゃ見合わない」

ロッテは答えた。

「最近は仕事の手数料が高くて、実入りが少なくなったと聞いていますよ。近年は王国や教会の圧力で剣闘士大会も開けないとかで、収入が減っているとか。しかし、だからって傭兵から上前をはねるようでは、この領地もいよいよ危ないとの噂ですよ」

 マスターは、途中から小声でロッテに話した。

「全くね」

「そうでなくても、領主様のところではこのところ、不幸な出来事ばかり起きている。嫡男が病気で死に、次男は他国へ行ったきり行方不明。三男は、他家の領地で悪さをして処刑されたとの噂ですよ。まあ、貴族の息子が不祥事を起こしたなんて知られたら、お家は取り潰しですからね、事実は伏せられているようですが」

「安定した稼ぎは難しくなるけれど、混乱が起きれば、逆においしい仕事が来るかも」

「そうですか? 傭兵の思考は難しくて、私には理解できません」

「傭兵は、難しいことは考えない。考えることは、戦うことと、目先の酒のことばかり」

 再びコップを空にしたロッテ。マスターはそこに酒を注ごうとした。だが、店の入り口が騒がしくなって、マスターは手を止めた。酒場の入り口には、この店に不釣り合いな高級な服を着た男が、騎士を1人連れて立っていた。今までがやがやとしていた店内が急に静かになる。入ってきた男が領主のファーリだと気づいたのだ。ファーリは息を切らしながら、入り口から一番近いところにいる傭兵に目をつけた。カウンターの前にいるロッテだ。

「お前はすぐに仕事にかかれそうだな」

ファーリはロッテの前に立った。ロッテはファーリの前で右膝をついた。呼吸を整えたファーリはそれを見て、偉ぶった態度で、

「傭兵にしては、礼儀を知っているな。名前を何という?」

「シャーロットです」

「お前は、わしの仕事を引き受けるつもりはないか?」

「緊急の仕事と言うことであれば。ですが、内容と報酬にもよります」

「簡単な仕事だ。エクレウス領のキタルファでわしらは賊の襲撃を受け、同行していた騎士がそれを迎撃している。わしはここまで避難したが、騎士たちがその後どうなったのかが分からない。そこで、様子を見て来て欲しいのだ」

「失礼ですが、その仕事、斡旋所を通さなくてよろしいのですか? それに、私の他には誰が?」

「斡旋所を運営しているのはわしだから構わぬ。それに、今の時間は閉まっている。様子を見てくるだけだから、1人でよい」

「報酬は如何ほどですか?」

「1リーブラを前金で払おう。報告してくれたら、もう1リーブラだ。どうだ?」

「様子を見るだけですね? 報告はどちらに?」

「そうだな。明日昼までに、使いの者を斡旋所に向かわせる。それから、事の詳細は、わしの従者が説明する」

「ところで、賊の正体は分かりますか?」

「賊は3人だ。男2人と、小娘1人。賊の内の1人は、ルロイという名前だ」

 ファーリは答えた。ロッテはわずかに上体が揺れた。


 同じ頃、エニフの西にあるエクレウス領のキタルファという街。城壁で囲まれた街の中心部には領主館があり、街の近くに巨大なストーンサークルの遺跡があることで有名だが、それ以外にはこれといった特徴もない。あまりにも何もないため、街と目と鼻の先で戦いが起きれば、すぐに街の衛兵が現れるのは当然のことだった。

 2人の剣士と1人の娘は、駆けつけた衛兵の取り調べを受けることとなった。とはいえ、牢屋に入れられたり、詰問されたりすることはなかった。それは、剣士の1人が持っていたハンカチに、王家の紋章が入っていたからだ。だが、この場から解放されないのは、紋章の真偽を確かめるために時間が掛かっているのだろう。あるいは、領主である男爵の到着待ちだ。

 3人は、衛兵により武器を取り上げられていた。カットラスという刃の反った剣を持っていた剣士ロイ。両刃のグラディウスと短剣のダガーの二刀流で、さらに魔法も使えるマリオン。魔法使いを自称するが、持ち物は肩掛け鞄だけで杖などを持たず、農村の娘にしか見えないウォリディ。彼らが通された部屋は、兵士の休憩所のような簡素な部屋だ。

 男爵が部屋に入ってきた。老齢の男だ。椅子に座っていた3人は立ち上がり、軽くお辞儀した。

「楽にして貰っていい。私はエクレウス領を預かるニコル・フェロンだ。君たちの話は部下から聞いているが、念のためにもう一度聞かせて欲しい」

 男爵のニコルが聞いた。部下の話と照合して、真偽を判断するつもりのようだ。ロイとマリオンは、宮廷魔道士のジル・クリスティとウォリディが誘拐され、遺跡の戦いでウォリディだけ救出したこと。犯人は伯爵のファーリであること。3人はジルを救出するつもりであることを話した。自分たちの生い立ちは話さなかった。

 話を聞き終わったニコルは、

「話は変わるが、君たちが持っている、王家の紋章入りのハンカチはどこで手に入れた?」

「外国からの使節団を国王陛下のところへ案内した。その際に使節団を賊から守ったことから、陛下より褒美として頂いたものだ」

 ロイが答えると、ニコルは静かに頷いた。

「おおよそ聞いていた話と、矛盾はしていないな。実は、君は気付いていなかったと思うが、あのパーティーには私も参加していたのだ。王家の紋章入りのハンカチが使節団に下賜されたことも知っている」

「全てご存じだったとは。恐れ入ります」

 ロイは頭を下げた。

「それで、今回の遺跡での事件だが、君たちの話が本当であれば、伯爵の罪は重い」

「本当の話です。現に、私と先生は誘拐されて。私は助けて貰いましたけど、まだ先生が…」

 ウォリディが、前のめりになりながら言う。

「それは君たちの言葉でしかない。確たる証拠がなければ、貴族を相手に何を言っても無駄だ。それに、伯爵の言い分も聞かねばならぬ。そのための書状を先ほど送った」

「俺たちが遺跡で戦った相手はファーリの所の戦士と錬金術師、それと奴の護衛兵らしい者たちです。まあ、死人から話を聞くことは出来ませんが」

 マリオンが、何か証拠がないか頭で思い描きながら答える。

「それは証拠でも何でもない。君たちの凶行の結果だ。しかし、死んだ者たちの身元は分かっている。確かに君たちの言うとおり、ファーリ卿の手の者だ。だからといって、宮廷魔道士が誘拐されたことや、その犯人を証明するものではない。普通なら、騒ぎを起こした君たちを牢屋に入れて、もっと深く取り調べなければいけない。だが、事態を難しくしているのは、君たちが持っている王家の紋章入りハンカチだ。それがあるからこそ、我々は君たちを拘束できずにいる」

「これを拘束と言わずして、何というのですか?」

「牢屋に入れられるよりは良いと思うが。それに、私はむしろ、君たちの命を助けているのだ。君たちは平民だ。そんな君たちが貴族と問題を起こせば、どうなるかは目に見えているだろう」

「千人もの兵士が待ち構えているとでも?」

 マリオンは聞いたが、ニコルは首を横に振った。

「いや、それはない。彼の常設軍は、私の所と同じ程度で、せいぜい百人ほど。召し抱えている戦闘奴隷がどれほどいるかは知らないが、仮にいたとしても倍にはならないだろう。だが、傭兵を雇ったら、どうなる? 君たち3人ではどうにもならない人数なのは間違いない。それに、平民が貴族を殺すのは重罪だ」

 ニコルの言う常設軍は、職業軍人のことである。少し前までの軍隊は、国王の他に、地方の領有権を認められた貴族も所有していた。その当時は、国王は兵士の動員を貴族に依頼するほどだったし、兵士のほとんどは閑散期の農民で、言わば戦闘の素人だった。それに対して絶対王政が確立した今は、国王のもとには大規模で年中動員可能な常設軍ができ、周辺の貴族との間に圧倒的な軍事力の差ができあがった。貴族が領地に所有する軍隊は、主に領地の防衛や治安維持のために存在するようなものだ。それでも、武器を持った100人や傭兵たちが相手では、ロイたち3人では難しい。

「では、俺たちはどうすればいいと?」

「貴族を襲撃するのは止めることだ。貴族には貴族のルールがある。平民が貴族を襲撃すれば、どんな事情があるにせよ、賊として討伐されることになる。もちろん、仲間の救出を止めているわけではない。伯爵と交渉をして、安全に仲間の身柄を確保する方法を考えるのが良いだろう」

「そういう話をすると言うことは、俺たちの話を信用してくれるということか?」

「信用したわけではないが、こちらが持っている情報と矛盾がないから、言っている」

「手は貸して貰えないのか?」

 マリオンが聞くと、ニコルは軽く笑いながら、

「どうして私が、君たちと伯爵の問題に首を突っ込まなければいけないのかね?」

「おっしゃるのはそのとおりですが、それなら俺たちを解放してくれても良いのでは?」

「一応、取り調べをしなければならないからな。しかし、伯爵もとんでもないことをしたものだが、あまりにも不幸が続いたせいかもしれぬ。長男のカミーユが病死、次男のエドモンドが行方不明、三男のチャールズはあろうことか、他の領地で悪さを働いて、昨年に処刑されたという」

「領主の息子が、処刑? 一体どういったわけで?」

 ロイは聞いた。

「表向きは、どこかの盗賊団が街の周辺で強盗を働いたということになっている。それが貴族の息子と知られたらいろいろ問題があるので、名前は出ていない。だが、残党がまだ残っていて、最近も近くの街で被害が出た。それで、国王の命により、明日には我が領からその討伐隊を送り出すことになっている。そこにいるファーガソンが隊長を務める」

 ニコルは、後ろに立っている護衛の兵士を指さした。鎖の鎧を着て、腰に刃渡り1メートルちょっとはあるロングソードを差した男だ。ファーガソンは背筋を正した。

「処刑された街はもしかして、このキタルファですか?」

「いや、アルタイルだ。だが、私の領地でも被害に遭っている。それ以外の貴族の領地でも。それゆえ、普通なら貴族の子息なら幽閉で済むところ、厳しい沙汰となったのだ」

「伯爵は、盗賊には関与していたのですか?」

「いや。本人は否定したし、証拠もない。だが、監督責任は問われていた」

「ファーリには相当堪えたでしょうね。実の息子が3人も居なくなったのなら」

「だが最近、養子を取ったと聞く。おそらく彼が跡継ぎになるのだろう。名前は確か、チャーリーといった」

「誰が跡継ぎだろうと、俺たちには関係ない。俺たちは、仲間を救いたいだけだ」

 ロイは言った。ニコルは一度黙った後、

「仲間を救出すること自体は、止めない。だが、宮廷魔道士の救出は私に任せて、君たちはファーガソンの指揮の下で討伐隊に参加する、というのはどうかね?」

「それは、どういうことですか?」

「君たちは貴族を相手にはできないが、私はできる。宮廷魔道士を救出できたのなら、私の功績となるし、君たちは身の安全を図れると共に、討伐の報酬を得られる」

「それは……検討の余地はあるかも知れませんが」

「よく考えることだ。君たちの身柄は解放する。この後は自由だが、私の話を考えておいてくれたまえ」

「考えておきましょう。それが最善ならば」

 ロイは答えた。


 ロイたち3人は領主から解放された後、男爵の屋敷の離れで仮眠を取った。キタルファの街を出たのは夜明け前だった。本来なら固く閉ざされている城門は、領主の計らいで特別に開けられた。空には有明の月が低い位置にいた。月明かりにはあまり期待できなかった。ウォリディが魔法で光球を出し、3人はその明かりを頼りに街道を東へ向かった。マリオンが先頭を行き、ウォリディが続き、ロイが最後尾となった。

「だいぶ遅れたな。これじゃ、あいつらは屋敷に戻ってしまう。そうなったら、簡単には救出できないぞ」

 マリオンは早足で進んだ。ウォリディはついていくのがやっとで、しゃべる余裕はなかったが、

「でも、途中で追いつけたとしても、伯爵様を襲っちゃいけないのでしょう?」

と聞いた。

「そうだな。だが、ファーリは諦めるにしても、ジルは助ける。できれば、向こうからの連絡を待ちたちところだが、難しいのかな」

「どういうこと?」

 ウォリディは、マリオンが呟くように言った言葉に首を傾げた。

「ペンダントだよ。ジルは誘拐されたときに、これを使って、ファーリたちの会話を俺たちに聞かせてくれていたんだ」

「そう。だから、あの遺跡で待ち伏せできたのさ」

 ロイとマリオンは答えた。

「それなら、そのペンダントで、こちらからも、聞いてみたら?」

 ウォリディの息が上がり始めていた。早歩きで、身体が欲する酸素が足りなくなっている。

「それはできない。もし、ジルのそばに誰かいたり、ペンダントが取り上げられたりしていたら、俺たちのことが向こうに筒抜けになる」

「マリオン。もう少しゆっくり歩けないか? ウォリディが疲れてしまう」

「そうしたいが、予定よりだいぶ遅れている。途中で休憩を入れるから、少し我慢をしてくれ。それか、お嬢さんはキタルファに残ってもいい」

「私も、一緒に行くわ。仲間でしょう?」

 ウォリディは答えた。

「もっといい手がある。ピクシーになれば良い」

「それもそうだわ。これで問題は解決」

 ロイの提案に、ウォリディの声は明るくなった。だが、彼女は急に歩く速度を落としたマリオンの背中にぶつかった。

「マリオンさん。どうしたの?」

 ウォリディはマリオンに聞いた。マリオンは歩く速度を落としたまま、小声で、

「右の方に誰かいる。多分、別の道があるのだろうが、そこを同じ方向に歩いている」

「魔物か? それともファーリの手下か?」

 ロイも小声で聞き返す。魔物とは、人知を超えた能力を持った存在である。ただ、大半は普通の獣が魔法の力の根源とされる魔素を異常に取り込んで生まれた、自然発生的な生物であることが多い。希に、人為的にいろいろな動物を掛け合わせたような合成獣がいるが、こちらは何者かが人為的に作り、それが逃げたものか、野に放ったのだろう。

「分からないが、人だろう。金属音が微かにする。武器を持っているな。多分1人だ」

「さすがだな」

「これでも昔は暗殺者だったからな。隠れて行動する奴の考えは大体分かる」

「どうする? このまま様子を見るか。それとも捕まえるか」

「仲間がいるかも知れない。もう少し様子を見よう」

 3人はその後も黙々と歩き続けた。その間も、追跡者の気配が消えることはなかった。やがて、街道は森の中に入った。追跡者が歩いていた道は、森の中までは続いていなかったのだろう。彼らの後ろを、100メートルほどの距離を置いてついてきている。

森の中では、昆虫型の魔獣を2体退治した。その間も、追跡者は決して近づくことはなく、戦いが終わるのを待っていたようだ。

 ロイとマリオンは、自分たちの武器に付いた血を布切れで拭った。

「ウォリディ。大丈夫か?」

 ロイは彼女に声を掛けた。

「大丈夫よ。私は何もしていないし」

 人の姿のままの彼女は答えた。実際には、彼女はロイやマリオンの武器に強化魔法を掛け、2人にはシールド魔法を掛けていた。

「ちょうど良い。少し休憩しよう」

 マリオンは、近くの木に背中を預けて座った。ロイとウォリディも、同じように適当な木の根元に腰掛けた。ウォリディだけは、服が汚れるのを気にしてハンカチを敷いていたが。

「さて、尾行してきている奴をどうしたものか。敵というわけではなさそうだが」

「攻撃してくる様子はないな。この魔物の飼い主かも知れないが、それを倒した今も動きを見せないところを見ると、ただ監視をしているだけか」

 マリオンとロイは互いの感想を言う。

「私たちが魔物と戦っていたのに、手助けしようともしなかったのだから、味方とも言い切れないわ。ファーリ伯爵のところの人じゃないかしら。遺跡での戦いの後どうなったのか、確かめに戻ったのじゃない?」

 ロイとマリオンは互いの顔を見合わせた。マリオンは小声で笑って、

「お嬢さんは頭が良いな。早速、確かめるとしよう」

「もう少し休憩しよう。向こうも急いではいないようだ」

「そうだな。あと、どうやって話を聞くかも考えよう」


 3人は、10分ほど休憩していた。道の端で小休憩を取っていた追跡者からは、100メートルほど先の彼らの頭上にある光球で照らされる範囲が、かろうじて見える程度だ。光球の照らす範囲は狭く、5メートルも離れれば物の区別が付きにくくなるくらいだが、彼らの動きを知るにはそれで十分だった。

 3人が立ち上がった。先ほどのように、一列になって歩き出す。1番後ろは帽子を被った剣士だ。追跡者も立ち上がり、光球を追って歩き出す。光球の明かりは追跡者のところまで届かなかったが、森の中といえども道は整備されていて、歩くのにそれほど苦労はしなかった。それどころか、身を隠す必要もなく、堂々と道の真ん中を歩くことができた。光球の移動は思ったよりゆっくりで、音を立てずに歩くのに都合が良かった。ただ、このままではいつまでたっても3人の正体が掴めない。

 不意に右手が背中で固定された。そして首元にはダガーが添えられていた。一瞬の出来事だった。

「下手に動かない方が良い。こちらも聞きたいことがあるから、それまではおとなしくしていて欲しい。聞いた後なら、抵抗して貰って構わないが」

 背後から男の声がした。マリオンだ。彼はすぐに前方に向かって、

「捕まえたぞ!」

というと、光球に照らされたロイとウォリディが戻ってきた。光球はマリオンと追跡者も照らし出した。

「女だったのか」

 ロイがわずかに驚いた顔を見せた。光球に照らし出されたのは女剣士と、それを捕まえたマリオンだ。ロイは女に近づき、その腰に携えている剣を鞘ごと奪い取った。レイピアという細長い刺突用の剣で、篭手の部分は薔薇を模した装飾が施されている。ロイはその剣を左手に持つと、それをじっと見つめた。

「他に武器は持っていないようだな。ご同業のようだが、名前は?」

「シャーロットよ。エニフの街で傭兵をしていて、仲間からはロッテと呼ばれている。武器はもう持っていないから、この刃物を下ろして貰っても良いかしら? 抵抗はしないわ」

 マリオンの問いに、ロッテは答えた。ロッテは、剣を持つロイを睨み付けた。

「良いだろう」

 マリオンはダガーを下ろしたが、鞘には収めず、いつでも使えるように左手に握ったままだ。

「ファーリの手の者か?」

 今度はロイが聞いた。エニフの街は、ペーガソス領の入り口の街だったからだ。

「雇われたのよ。領主様を襲った者たちがどうなったかを見てくるように、とね。伯爵の護衛兵士と魔道士が倒していれば、彼らと合流して街まで案内する。そうでなければ、そのことをすぐに知らせるように言われている」

「ずいぶんと口が軽いな。傭兵が依頼人のことを簡単に話して良いのか?」

「前金とは言え、たった1リーブラで命はかけられない」

「相変わらずケチ臭いな。伯爵のくせに」

「貴様。伯爵は確かに斡旋料を不当に掠め取っているようだが、それでも一応は雇い主なのだ。口を慎め」

 ロッテが怒りを見せる。マリオンはそれを不思議そうに見て、

「まるで伯爵に忠誠を誓った騎士のようだが、シャーロットは傭兵だろう? あいつに何か恩義でもあるのか?」

「いや……そんなものはないが、依頼主に対しては誠実であれ。これが私の生き方だ」

「アンタにもいろいろ事情はあるのだろうが、俺たちにも事情がある。こっちは、あいつに恨みがある。おまけに今は、さらわれた仲間を救出しに行くところだ。奴を庇うのなら、俺たちと敵対することなる」

「あなたたちの言い分は分かった。対立するつもりはない。ひどい領主なのは確かだから」

「良いだろう。しかし、どうしたものかな。このまま帰したら、俺たちのことが知られてしまう。モーリスたちが戻ってこなければ、同じ事なのだろうが」

 マリオンは腕を組んだ。ロイはロッテを見て、

「シャーロットは、俺たちのことを確認した後、どうする予定だった?」

「エニフに戻って報告することになっていた」

「ファーリに、か?」

「報告は使いの者にすることになっている。伯爵様がどうしたかは分からない。マルカブのお屋敷に戻ったのかも」

「参ったな。もう追いつけない」

 マリオンは頭を抱えた。

「ファーリたちは女の魔道士を連れていなかったか?」

「私は見ていない。馬車に乗ってきたと言っていたから、その中にいたのかも」

「仕方が無い。エニフへ行って、使いの者に会うとしよう。シャーロット。君には一緒に来て貰う」

 ロイは言った。マリオンは頷き、

「そうだな。お使いの人間に会ってみるか」

と言う。ウォリディは不安そうに、

「でも、ファーリの屋敷に直接向かった方が良くない? 先生がどういう扱いを受けているか分からないもの。早く助け出さないと」

「もちろん、そのつもりだよ。だが、敵地に乗り込む前に情報が欲しい」

「さあ、出発しよう。お嬢さんが先頭、シャーロッテは俺の前だ」

 マリオンが言った。今度はウォリディが先頭に立ち、すぐ後ろにロイ、ロッテ、マリオンと続いた。ウォリディを前に出したのは、ロッテを信用しきていない証しだった。


 4人がエニフの街に着いたのは、朝日が昇って2時間ほどたった頃だ。簡素な作りの門が街の東西にある。その西の門に近づいた四人だが、門の周辺はざわついていた。人の出入り、特に出る方で人々が止められ、荷物を全て調べるなど厳しい取り締まりが行われていた。もちろん入る側も、人相書きと顔を確かめるなど取り締まりが行われている。

「この街は、いつもあんなに厳しく取り締まるのか?」

 マリオンは後ろのロッテに聞いた。ロッテは首を横に振り、

「いえ。そんなことはない。私なんて、顔を見ただけで通れるくらいよ」

「まさか、ファーリの奴が俺たちを追ってくると思って、取り締まりを強化したのか?」

「あり得るが、それなら街に入ってくる奴だけを調べれば良い。あれはむしろ、出て行く方を重点的に調べている」

 ロイが、自分の感じた疑問を述べた。

「街から出てきた人がいるから、話を聞いてみましょう」

 ウォリディは言うが早いか、すれ違おうとしている商人風の男に近づいた。男は、自分の肩幅以上の荷物を背負った大柄のオークだ。オークは人と同じような姿をしているが、鼻がつぶれたように低く、下顎から牙が口の外に出ている。力は人より強く、重そうな荷物を背負っていても平然としている。

「すみません。あの街の門がすごく渋滞しいているようですけど、何かあったのですか?」

 ウォリディが声を掛けると、オークは足を止めた。

「あれか? 何でも昨夜、商家が盗賊に襲われて死人が何人も出たとか言う話だ。その盗賊がまだ街にいるかも知れないから、逃げ出さないように取り締まっているそうだ」

「盗賊ですか? 怖いですね」

「全くだ。俺はこの見た目だからすぐに通して貰ったが、盗賊の似顔絵があるらしい。賊は複数で、どうやら昔にリーダーが捕まった盗賊団の残党らしい。何と言ったかな? リーダーは去年、王都で処刑された奴だ。確か、チャールズとかいう」

「似顔絵って、どんな顔でした?」

「俺は見ていない。門番が持っているだけで、見せてはくれなかった。君は傭兵か?」

 オークは、いかにもその辺りにいそうな娘と、その後ろに控える剣士たちとの関係が不思議なものに思えたのだろう。

「いいえ。ああ、あの人たちは知り合いです」

「物騒な知り合いだな。盗賊が出たのなら、むしろ頼もしい存在かも知れないが」

「頼りになる人たちです。お話、ありがとう。気をつけて」

「お嬢さんも」

 ウォリディと商人の話を聞いていたマリオンは、どうやら取り締まり対象が自分たちではないと分かった。

「このまま行ってみるか?」

「ああ。どのみち、ファーリを追うなら、街で情報を得なければならないのだから」

 マリオンとロイは腹を決め、門に向かった。とはいえ目立たないように、決して多くはない行き交う人々に紛れて門に近づく。

 普段は大勢の出入りに対応したことない門番だが、今日はきちんと仕事をしているようだ。ロイたちの番になったとき、帽子を目深に被ったロイの顔を見て門番たちが慌てだした。何度も手に持った紙を見下ろし、ロイの顔と交互に見る。何か不味いことが起きたことが分かったが、ここで逃げるのもいい手とはいえない。

「お前、手配書の男か?」

 門番の1人がようやく声を上げた。その周りの4人の門番たちは、声に反応して振り返り、事態に気付いて武器の槍やショートソードを構えた。ロイが逃げないようにするためだ。

「悪いが、何の話か分からない。俺はこの街に今着いたばかりだ」

 想定外の事態となったが、ロイは努めて冷静に答えた。手配書を持った門番の男が、その紙をロイに見せた。黒い絵の具で描かれた顔は、簡単な線ながらロイの特徴を捉えていた。ただ、特徴さえ合えば違う男にも見える。画の他には容疑の内容と、身体的特徴などが描かれていた。

「昨晩、この街で盗賊が現れ、死者が出た。その容疑者の似顔絵とお前がそっくりだ」

 マリオンとロッテは、ロイとは離れて門番の話を聞いていた。ロイも、2人の方を見ずに答えていた。ウォリディはロイのそばで、彼を不安そうに見ていた。

「その似顔絵は確かに俺に似ているが、そこの門番の顔にも似ている。それに、その画にも描いてあるが、犯人はずいぶんと若いようだ。俺は子供に見えるか?」

 ロイは、左の方にいた槍を構えた男を指さし、次いで似顔絵や自分の顔を指さした。ロイに話しかけた男は、改めて似顔絵を見て、そして仲間たちの顔を見た。

「確かに、手配書には、かなり若い男と書いてある。背の高さは、確かにお前より低いようだ」

「あの……昨晩の事ですよね? 私たちはその時間、エクレウス領のキタルファの街で、男爵のニコル・フェロン様と一緒にいました」

 ウォリディが恐る恐る声を上げた。門番は、ロイの背後に隠れるようにしていて、剣士の同行者にはとても見えない娘の言葉に首を傾げたが、男爵の名前が出たことでさらに困惑の色を深めていた。

「ここが他家の領地だからと、出任せを言っているのではないだろうな?」

「そんなことはないわ! あなたたちだって、自分が面倒だからって、そう言っているのじゃないの?」

「なに?」

「ウォリディ。それ以上は…」

 売り言葉に買い言葉。突然前に出て門番に掴みかかろうとせんばかりの彼女を、ロイはその両肩を後ろから押さえて止めた。彼女は小刻みに震えていた。声を上げて門団に立ち向かっているが、本当は怯えているのだ。相手は剣を構えているのだから、当然だ。ロイは彼女の前に立った。

「俺のために無理をしなくても大丈夫だ。自分のことは、自分でやる」

 ロイは、ウォリディを安心させようとして言った。そして門番には、

「男爵は、俺たちがこの街に向かったことを知っている。確認を怠って、後でこのことが知れたら、さらに厄介なことになるぞ。それに、この街を襲った盗賊が、すぐに何食わぬ顔で戻ってくると思うのか?」

「盗賊の都合など、こちらが知るものか。抵抗するなら、この場で斬る」

 門番は剣を構え直した。

「仕方ない」

 後ろから声がした。離れたところで待っていたロッテが、ため息をつきながら前に出てきた。マリオンは、彼女が武器を持っていないため、動きを止めるようなことはしなかった。

「ロッテか? ちょうど良いところにきた。今からこの男を捕縛するから手を貸してくれ」

「傭兵は体の良い使用人じゃないのよ。勝手に巻き込まないで貰いたいわ」

 ロッテが答えると、門番の顔が険しくなる。傭兵に頼ろうとしたこの門番は、このような事態に慣れていないのだろう。

「それに、今回は領主様の命令でこの人たちと一緒に動いている。彼の言っていたことは本当だ。彼らは夜明け前までキタルファにいたから、盗賊とは別人なのは間違いない」

「それは……この者たちは盗賊ではない、と」

「そう言わないと理解できないなら、その通りだ。彼は盗賊ではない。それに…」

 ロッテは断言し、さらには似顔絵を持っている門番の一人に近づいて、

「この似顔絵の男、先日領主様に養子入りしたチャーリー様にそっくりだけど。そちらは確かめたのよね?」

「…確かに、チャーリー様にも似ているが」

「馬鹿なことを言うな! 伯爵様のご子息になられた方だぞ」

「チャーリー様に報告だ。確か、昨日はこの街に居られたはずだ」

「もしも外に出られたとしたら、東門だ。誰か確認に行ってこい」

 ロッテの一言で、門番の間に動揺が広がった。手配の男が領主の息子の可能性があると言われれば、無理もない。そこへ混乱に追い打ちを掛けるように、10人ほどの騎士の一団がキタルファの方角から到着した。先頭の馬に乗っていたのは、盗賊の討伐隊の隊長を務めるというファーガソンだ。

「我々は国王の命令により盗賊を追っている、エクレウス男爵が家臣のファーガソンだ。今朝、この街で盗賊の被害があったとの連絡を受けて、調査に来た。街へ入ることを許可願いたい」

 ファーガソンは言い、国王の命令書を門番に見せた。門番たちは、その中の隊長格の門番を見て指示を仰いだ。国王の命令書であれば、他領の兵士といえど、街へ入るのを止めることはできない。隊長格の門番は頷いた。

 街へ入ったファーガソンは、門番たちに武器を向けられているロイを目にした。

「ロイ殿ではないか。何か問題があったのか?」

「実は、盗賊の一味と疑われている。盗賊の手配書の似顔が俺にそっくりだということで」

 ファーガソンに聞かれ、ロイは答えた。ファーガソンは笑い、

「いや、笑ってしまって失礼した。門番! そこのロイ殿は盗賊ではない。彼は今朝までキタルファの街にいた。エクレウス男爵に代わり、私が証言する」

 それを聞いた門番たちは混乱しながらも、ようやくそれぞれの武器を収めた。

「…分かった。行っていい」

 ロイは黙って頭を下げた。そして、馬上のファーガソンには深々と頭を下げた。

「無実を証明して貰った。ありがとう」

 ファーガソンは馬を下りた。他の騎士もそれに習って馬を下りた。

「いや。ついでだから良い。我らは、この街で起きた事件の被害を調査にきただけだ。ところで、心変わりかはないか? 我らの討伐隊に加わるという」

「俺たちのような平民では、足手まといになるだろう。どうかこのままで」

「分かった。邪魔をした」

 ファーガソンたちはロイたちと別れ、街の護衛を担当する人間を呼ぶよう、門番に話しかけた。

 ロイたちは、ロッテやファーガソンの証言で疑いから解放され、街に入ることができた。

「それにしても、お前にそっくりな盗賊か。こんな時に面倒な奴が現れたものだ。おまけに、領主の息子にも似ている、だと」

 マリオンは少々苛立っていた。ファーリを倒す目的が、想定外の事態のために徐々に遠ざかっていた。

「全くだ。一体、何が起きている?」

「そんなこと知るか。まさかとは思うが、お前の親戚の誰か、か?」

「俺たちに親戚などいないこと、分かっているだろう」

「そうだよな。だが、お前とそっくりで子供みたいに若いやつなんて言ったら、まるで10年前のお前みたいじゃないか」

 マリオンとロイは言葉を交わし、そして顔を見合わせた。

「ファーリも、お家断絶を防ぐために手段は選べなかった、ということか」

2人は、ある結論に達したようだ。2人の会話を聞いていたウォリディは、小さく右手を上げながら、

「ねえ、ロイ。あなた達はどうして親戚がいないの?」

「それは、ここでは言いにくいな。それは、俺たちの正体を明かすことになる」

「そうだ。特にシャーロットの前では言いにくい」

 ロイとマリオンは答える。ウォリディは意に介さず、というより気を回さず、

「それで疑問に思ったのだけれど、ロイの目は、シャーロットさんに何となく似ている気がするのよね。顔の輪郭とかも」

「俺に似ているとしたら、それは彼女に失礼だ」

 ロイは、ウォリディの疑問を受け流した。彼は次にシャーロットに近づき、

「ありがとう。君の口添えがなければ、面倒なことになっていた」

 ロイは、歩きながらロッテに礼を述べた。

「何であなたを助けたのか、私にも分からない」

「あの……ありがとうございました」

 今度はウォリディが、ぎこちなく礼を述べながら頭を下げた。ロッテはきょとんとした表情を見せた。

「どうしてあなたが頭を下げるの?」

「ロイを助けてくれたから」

「違う。彼のためじゃない。あなたが不憫で見ていられなかったからよ。そもそも、あなたみたいな普通の娘が何故、傭兵たちと一緒にいるの? 堅気の人間がいる世界じゃない」

「それは…」

 ウォリディは何と答えたら良いのか迷った。自分がピクシーであることは秘密にしているわけではないが、見ず知らずの人間に明かして良いものでもないと思っていた。何より、どう思われるか不安でしかない。しかし、正体を明かさずに、出会った時の状況を説明するのはむずかしい。

「彼女のことは、あるご老人から頼まれた。外の世界に一緒に連れて行ってくれ、と。だから、彼女が落ち着けるところがあれば、そこでお別れの予定だ」

「だから、私はあなたにずっとついていくと決めているの」

「預かっただけじゃない。俺は傭兵だ。この世界に居続けたら、前世のようにまた姫を危険な目に遭わせてしまう。それだけは避けたい」

「今度は大丈夫。自分の身は自分で守れるよう、魔法を学んだのよ」

「正直に言おう。姫はまだ経験不足です」

「それなら、必要以上に大事にしないで。経験から遠ざけているのは、あなたじゃない」

 ロイとウォリディは、これまで何度か繰り返したやりとりをする。ロッテは呆れかえり、

「あなた達は本当に、何なの?」

とため息をついた。

「まあ、そこは2人の世界だ。そっとしておいてやってくれ」

 マリオンは、お手上げの姿勢を見せた。

街に入ると、石造りの小さな町並みが広がっていた。街の中心部には広場があり、大きな通りが広場を通って、街を東西に貫くように伸びている。街の中心部には教会や街の行政機関が陣取り、東西の街道沿いに商業地域があり、宿屋や酒場もその近くにある。仕事斡旋所は街の広場の近くにあるのは、行政機関の位置づけだからだ。ファーリがいるとすれば、行政機関の多い広場の周辺となるが、すでに街を立った後だろう。ロッテの報告先に、代理人として使いの者を指定したからだ。


 斡旋所を訪れたロイは、内部の荒んだ光景に閉口した。仕事を求める傭兵や荷物運び、カウンターで仕事内容の説明や報酬支払いに当たる事務員の誰もが苛つき、交わされる言葉も怒鳴り声、がなり声が多く、ピリピリとした空気が漂っていた。

「ここは酷いな。どこの賭博場だ?」

 マリオンが思わず言葉を漏らした。

「ここはいつもそう。他はどうなの?」

「もっと静かだ。これじゃ、仕事についてまともな話ができないだろう」

 ロッテが怪訝そうに言ったが、ロイは首を横に振って答えた。

「そうね。確かに、いつも仕事の話は簡単に済ませていたかも知れない。それでトラブルになる事が多かった気がする」

「そうだろう。詳細な話を聞ける環境じゃない」

「それはそうと、ファーリの使いはどこにいるのかな?」

 マリオンは室内を見渡した。

「誰とは聞いていないけど、受付で分かるように手配すると言っていた。聞いてくる」

 ロッテが答えつつ、聞いた。だが、彼女は敵味方がはっきりしない状態だ。

「おいおい。君は俺たちの仲間じゃない。勝手に動かないでくれ」

「自分の立場は心得ているつもりだ。あなた達の悪いようにはしない。何と言っても、剣を返して貰わないといけないし。私以外の人間が行ったら、却って怪しまれる。それより、何て報告してこれば良い?」

 ロッテの思わぬ言葉に、マリオンとロイは互いに顔を見合わせた。彼女は今のところ抵抗せず大人しいが、辛抱強く反撃の機会を待っている可能性もある。どうするか決めかねていると、ウォリディが、

「私は、信頼しても良いと思う。だって、逃げるつもりなら、門のところで周りに助けを求めていたはずだもの」

という。マリオンはロイに目で意見を求めた。ロイは小さく頷いた。

「分かった。任せよう。ただ、事実を話すは不味い。男爵領では詳しい話が聞けなかった、といえば良い。取り急ぎと報告いうことで戻ったと」

「任せて」

 ロッテは仕事の斡旋をするカウンターにいった。カウンターには若い受付嬢がいた。

「ロッテだ。領主様より直接指示を貰って、報告のために戻ってきた。領主様には、ここで代理の人間に報告をするよう仰せつかっている」

「ロッテさん。お話は伺っておりますが、領主様の使いの方はまだ見えておりません」

「まだ見えていない? その使いの人はどういう人か、聞いている?」

「はい。ベネディクトという、若い騎士の方です」

「ベネディクト?」

 ロッテは思わず声を漏らした。受付嬢は頷いた。

「そのベネディクトという男は金髪で、背は一八〇センチくらい。武器はロングソードだった?」

「外見の特徴はそのように聞いておりますが、武器とか、その他は分かりません」

「また時間をおいてから、また来る」

 ロッテは、ため息をつきながらカウンターを離れた。

「どうやら無駄足だったようだな」

 苦虫を噛み潰したような顔をして戻ってくるロッテに声を掛けたマリオン。離れたところにいても、先ほどの会話は聞こえていたようだ。

「別に。いつものことだ。何せこの街では、一切合切が自分の勝手気ままに動く。他人の都合は考えず、約束事は簡単に反故にされる」

「ここの雰囲気を見ていれば、何となく分かるよ。ところで、ベネディクトという奴は知り合いなのか?」

「知っているかも知れない、程度よ。久しく会っていないのだから、本人だか分からない」

「そうか。しかし、報告する相手がいないのじゃ、どうしようもないな。どうする?」

 マリオンはロイに聞いたが、ロイも答えを持っていない。すると、ウォリディが我慢できず、

「私はおなかがすいたわ。昨晩から何も食べていないのよ。みんなは平気かも知れないけれど、私はもう我慢できない。まずはご飯を食べましょう」

と、自分のおなかをさすりながら言った。実際、彼ら3人はキタルファで捕らえられた時に出されたパンを食べて以降、何も口にしていなかった。ロイやマリオンは、傭兵という仕事柄、空腹で過ごすことに慣れているが、ウォリディは違う。

「承知しました、お姫様。そうだな、シャーロット。どこかお勧めの店はあるか? できれば、俺たちみたいなのが入りやすい場所だ」

 ロイはウォリディに恭しくお辞儀をした後、ロッテに聞いた。ロッテは迷わず、

「分かった。私の行きつけの店を教える」

と答えた。


 ロッテの行きつけの店は、傭兵が多く利用する店だ。街の西側にあり、宿と兼業の店だ。昼前で、店にいる客の数は少ない。この国に限らず、当時の一般的な食事の種類は豊富ではなく、時にはパンのみで野菜も干し肉もないことも、決して珍しいことではなかった。今回はパンにチーズ、スープが出てきた。4人は、1つのテーブルを囲んで食事を始めた。

「シャーロット。ロッテと呼んで良いかな? 君はこの街の出身なのか?」

 マリオンは聞いた。ロッテは首を横に振り、

「呼んでも良いわ。出身はペーガソス領ではあるけれど、この街じゃない。ここから東に行った村。マリオンと……ロイも、この近くの出身と思ったけど、どう?」

「そうだな。今の俺たちはこのペーガソス領の出、ということになる。それ以上は話せないが、それはお互い様だろう」

 マリオンは含みを持たせた。ロッテもマリオンも、街か村の名前を答えなかった。同じ領内であれば、名前を出せばどこの場所かすぐ分かるだろう。それを言わなかったところを見ると、何かを隠したい事情があるに違いなかった。

「そうね。あなた達もいろいろあったのだろうけど、私もいろいろあったのよ。分かっているでしょう?」

 ロッテは、ロイの顔を見て言った。

「ああ」

 ロイは何の感情も込めずに答えた。4人は食事を終えた。

「さて、腹は膨れた。次はどうするか」

 自分の腹を叩きながらマリオンが言う。ロイは店の中を見回した。店員や、徐々に増えていく客を観察し、ある人物に目を留めた。

ベネディクトだ。斡旋所の受付嬢によれば、彼がファーリの使いの者だろう。

「あそこにベネディクトがいる」

 ロイは、店の奥の丸テーブルに一人でいるベネディクトを顎と視線で差した。ロッテも知っているベネディクトのようで、軽く頷いた。マリオンはベネディクトを確認し、

「前にどこかで見た奴だな。ベガの街だったかな」

「前とは別人だ。誰か別の奴の魂が入っているのだろう。それでも、ファーリの命令で動いているはずだ」

「それなら、話次第では俺たちの仲間になるかも知れないな」

 マリオンは言ったが、ロイは首を横に振って、

「どうかな。まともに話したことはないが、今入っている奴は、俺たちと敵対すると思う」

「根拠は?」

「無い。だが、あの男は、俺の前世と同じ言葉を話していた。その話し方は、俺が知っている、信用できない奴らと同じだった」

「そうか。まあ、お前がそう言うのなら、やめておこう」

 マリオンは答えた。2人の言葉に不穏なものが隠れていたのを感じたロッテは、

「さっき、別人の魂がどうとか言っていたけど、どういう意味?」

と聞いた。

「それは、一言では説明できないな。もし、昔の彼を知っているなら、話してみれば分かる」

 ロイは答えた。

ベネディクトが席を立った。店の外に出るようだ。試しにロッテは、近づいてくるベネディクトの前でゆっくり立ち上がった。彼はロッテを一瞥したが、特に反応も見せずに通り過ぎた。彼が金を払って店を出たのを見計らい、ロイとマリオンは席を立った。

「何故? 知っている筈なのに」

 ロッテは、去って行くベネディクトの背中を見た。マリオンはその彼女の右肩を軽く叩きながら、ベネディクトを追った。ロッテもその後に続く。ウォリディは最後に席を立った。ロイの財布を預かったウォリディは店員のところへ行って、4人分の支払いを終えた。その間に残りの3人はベネディクトを追った。もちろん、ウォリディを置いていったわけではなく、ロイはマリオンたちが見える場所で彼女を待っていた。そして、ロイたちはすぐにマリオンに追いついた。

 ベネディクトは街の西へ進み、北へ進む路地へ入った。マリオンが自慢の素早さを使って、同じ方角に向かう手前の路地に入った。残った3人は、そのままベネディクトを追った。その際、ロイは一切姿を隠さなかった。むしろ、気付いて貰おうとしているようにも見えた。それを見たウォリディも、彼に習って道の真ん中を堂々と歩いた。そのような尾行だったので、ベネディクトも違和感があったのだろう、路地の途中で足を止め、振り返った。ロイも足を止めた。その距離5メートル。ロイは帽子のひさしの下からベネディクトを見た。

「さっきからわしの後をつけているようだが、何者だ?」

 ベネディクトが睨みをきかせながら聞いてきた。左手が腰のロングソードの鞘を握っていた。言葉は異国のものだが、首元にある青い石のペンダントがこの国の言葉に翻訳して発していた。

「俺はロイだ。お前こそ、何者だ。本物のベネディクトなら、俺のことを知っているはずだ」

「ああ、伯爵が言っていたルロイという奴はお前か。そういえば、お前のせいでわしは捕らえられ、牢屋にぶち込まれた。おまけに、隷属魔法で、お前を捕らえるように動きを縛られている。ちょうど良い。探す手間が省けた。お前を捕らえれば、わしは解放されるそうだ」

 ベネディクトがすり足で1歩ロイに近づいた。ロイも腰を落とし、左手を剣の鞘に添えた。

「そういえば、あの娘もいるな。あの時は聞けなかったが、あのかんざしを手に入れたときのことを教えて貰おう。お前を倒した後で」

 ベネディクトの言葉に、ウォリディは思わず後ずさりする。それを見たロッテが、彼女を庇うように立った。

「ベネディクト、私の顔は覚えている?」

「知らんな」

 ロッテの問いに、ベネディクトは間髪入れずに答えた。

「戦おうというのなら、それなりの作法があるだろう。名前くらい名乗れ」

 ロイが言うと、ベネディクトはしばしの沈黙の後、

「トリイだ」

と名乗った。

「トーリ? それは失礼した。私の知り合いにそっくりだったので」

 ロッテはベネディクトに言葉で謝罪した。一方、ロイは表情を変えず、

「トリイ? 牢屋ではキーマと名乗っていたそうだが」

「そこまで知って……待て。何故お前は、その名を正確に言える?」

「残念だが、時間切れだ」

 ロイは不敵な笑みを浮かべた。ベネディクトがその意味を知ったのは、後頭部に衝撃を受けた瞬間だった。ベネディクトの背後には、別の路地から回ったマリオンが、鞘ごと抜いたグラディウスを持って立っていた。そして、倒れたベネディクトの剣を鞘ごと奪い、その剣帯を外し、それを彼の手を後ろ手に縛るロープの代わりとした。

「お前が間に合って助かったよ。まだ右手が本調子じゃない」

 ロイは右手を握ったり開いたりしながら言った。昨日の戦いでロイは、魔法防御力を上回るほどの強力な雷魔法を受け、どうやら腕の深部まで負傷したようだ。ウォリディの回復魔法も、彼の魔法防御力が強く、完全回復には時間が掛かる。

「そうか。俺の足が速くて良かったな」

「人が来る前に、聞くことだけ聞いておこう」

 ロイの言葉に同意したマリオンは、ベネディクトを立たせ、壁に押しつけた。

「さて、お前がファーリの使いの者らしいな。そこのロッテ嬢がお前に報告することがあるそうだ。その前に聞くが、報酬はちゃんと持ってきたか?」

 マリオンはベネディクトに対し、穏やかに語りかけた。ただ、襟首に掛かる手の力は強めだ。

「報酬? そんな話は聞いていない。わしはただ、女の報告を聞いてくるよう言われただけだ。それだって、もうどうでもいいようだったが」

「どういうことだ?」

「剣士と魔道士のことは、もう殺されたものと判断したのだろう。そうでなければ、合流しているはずだと言っていた」

「それは正しい判断だ。俺たちにとってはやりづらいが。それで、ジルは無事なのか?」

 マリオンは、ベネディクトを押さえている腕に力を入れた。

「女の事か? 生きている。少なくとも、この街を出たときは」

「街を出て、どこへ向かった?」

「屋敷だろう。マルカブといったか、そこへ向かったのだろう」

 ベネディクトは、顔を背けながら言う。何かを隠すと言うよりは、興味のなさそうな態度だ。

「ファーリからは、斡旋所で待つよう指示があったはずだ。どうしていなかった?」

「わしはあいつに忠誠を誓ったことはないし、無理矢理連れてこられただけだ。あいつの命令にいちいち従う義理も無い」

 マリオンは、

「たいした情報は得られなかったな。ウォリディ。魔法でこいつを眠らせてくれ」

と言った。

「何をする。わしは、そこの男を連れて行く必要がある。そいつと戦わせろ」

「殺されないだけ、ありがたいと思え」

 マリオンがそう言っている間に、ベネディクトはふと力が抜け、その場に崩れ落ちた。ウォリディのスリープ魔法の効果だ。

「剣は返してやるよ」

 マリオンは、ベネディクトの傍らに剣を置いた。

「私の剣は、何時返して貰えるのかしら?」

 ダメ元でロッテは聞いた。普通の娘に見えるウォリディはともかく、剣を持たず皮鎧を装着した彼女は、4人の中で違和感のある存在となった。だが、彼女の剣は没収され、いつの間にか、異空間に繋がっているというウォリディの鞄の中に収められていた。異空間の広さは彼女によれば、畳一畳分の広さだという。ただし、この国には畳がないため、大きさは伝わらない。

「悪いな。俺たちが目的を果たすか、君が俺たちに害を及ぼさないと分かってからだ」

 マリオンが答えると、ロッテはさらに、

「私はあなたたちに害を及ぼさないことは、そろそろ分かって貰えたと思うけど。そうでしょう? ロイ」

と、ロイに目配せしながら言った。

「何だ? お前、このお嬢さんと知り合いなのか?」

「シャーロットという名の知り合いはいない」

 マリオンの問いに、ロイは首を横に振って答えた。ロッテは不満顔を見せた。

「ロイ。そろそろ返してあげても良いのじゃない? ロッテさんは私たちを助けてくれたし」

 ウォリディはロッテの顔を何度か見ながら言った。ロイは帽子を深く被り直しながら、

「分かったよ。彼女に剣を返してあげてくれ」

と答えた。ウォリディは肩掛け鞄を空けて左手を突っ込み、引き上げた。深さにしてわずか20センチほどの鞄から、グリップも含めて1メートル以上の長さのレイピアが出てきた。現代なら奇術師で通用するだろう。ウォリディは剣をロッテに渡した。

「ありがとう」

 ロッテは剣を腰に差した。これで、彼女は剣士らしくなった。

「これからどうする?」

 ロイはマリオンに聞いた。答えはもう分かっていた。

「決まっている。マルカブに向かおう」

 マリオンは言い、全員が同意した。動き出して、ロイは疑問を口にする。

「ロッテ。どうしてついてくる?」

「あなた達が、私を解放してくれるまで」

 ロッテは答えた。

「もう君は自由だ。好きにしてくれて良い」

 マリオンは答えた。

「それなら、このままついていくわ。領主に後金を貰わないと」

 ロッテは再び答えた。ロイは、彼女の目を見つめた。

「君が懸念していることは分かっている。俺は、全てを終わらせたら、君の所へ戻る事を約束する。だから、この街に留まってくれないか」

 ロイの言葉を聞いたマリオンやウォリディは目を丸くした。

「お前、彼女は知り合いじゃないといったばかりじゃないか」

「ああ。シャーロットという知り合いはいない。彼女の本当の名はリディア・フォークナー。リチャード・フォークナーの娘だ」

 ロイは答えた。マリオンとウォリディは瞬きした。

「リチャードというのは、神の血を引いているという剣聖の事か?」

「そうだ。彼女が、彼の血を1番濃く継いでいる。まさか、ペーガソス領内にいたとは」

 すると、ロッテは急にロイを睨み付けた。ただ、憎悪一辺倒ではない複雑な目をしていた。

「そのとおり。私がリディアよ。あなたを最後に見たのは8年も前。お互い大人になって、顔も身体も変わった。いつから気付いていたの?」

「会ってしばらくしてからだ。決定的だったのは、お互い、同じベネディクトを知っていた事だ」

「それなら話は早い。あなたを逃すわけにはいかないから、このままついていく」

「ファーリに見つかれば、君は奴に拘束され、実験材料にされる。事が終わるまで、今のまま過ごしてくれれば良い」

「今ここで、大声を上げても良いのよ。それで困るのはどちらかしら?」

 ロッテ改めリディアが低い声で言う。ロイは顔をしかめ、

「好きにするが良い。マリオン。済まないが、もう少しこのままだ」

「俺は構わないが……ああ、もう好きにしろよ」

 マリオンははじめ頭を悩ませたが、憎悪と信頼の入り交じった2人にさじを投げた。


 4人は昼頃にエニフを出て、ペーガソス領を北東に進んだ。普通なら、途中にビハムという比較的大きな村を通る街道を利用するのだが、彼らは距離と時間が稼げる代わりに標高200メートルほどの山を越える道を選んだ。山を越えた先には、ホマムという村がある。それが、フォークナー家のあった村だ。そして、そこから徒歩で3時間のところにマルカブの街がある。

 ホマムに着いた頃には日が沈み、辺りは暗くなっていた。

ホマムの村は、宿も期待できないような小さな村だ。また、村の大きさを示すのは、丸太を等間隔に立てて、さらに横向きにも渡して作られた柵だ。動物の侵入を防ぐためのようだ。本来ならビハムの村で宿を取るべきだったのだろうが、今回はロッテがいる。部屋を取った場合、彼女のことをウォリディに任せるのはさすがに危険と判断したが、かといって4人が入れる部屋は、田舎の宿では難しい。となれば、野宿ということになる。どうせ野宿するのなら、目的地に近づいた方が良い、との判断だった。

 4人はホマムの村に入った。遅い時間だったからか、誰も彼らの事を見咎めることはなかった。4人は村の奥に進み、街道から外れた小さな家に近づいた。

 それはリディアの生まれ育った家だ。そして、主を失った家でもある。8年の間住む者のいなかった家は、壁や屋根に朽ちた部分が見られたが、一晩を過ごすには問題ない。ただ、窓には木の扉が付いていたが、外に明かりが漏れないよう隙間を隠すなどの対策が必要となった。また、寝るのは家の奥の部屋とした。

 見張りは、ロイとマリオンが交代でする事になった。見張り以外の3人は、同じ部屋にいた。最初にマリオンが見張りに立った。ウォリディとリディアは、他の部屋から持ってきた布を敷いて、布団代わりにした。ロイは壁を背に座り、外した剣を右肩にかけて目を閉じた。

「ねえ、ロイ。リディアさんと昔、何かあったの?」

 ウォリディは横になったが、すぐには眠れなかったようだ。寝ながら、ロイに聞いた。ロイは薄目を開けて、

「俺たちがファーリの所を脱走した後だが、一緒に動くとすぐ見つかるだろうからと、バラバラで逃げることにした。俺は、行き先も分からず逃げて、数日後にこの村にたどり着いた。最初はすぐに別の地へ移動するつもりで、服やら食料を手に入れるためにこの家に隠れた。だが、リチャードに見つかった。見つかって、殴られて、でも食料を与えられ、住まわせて貰って、この世界の剣術も教わった」

 ロイは考えた後、重い口を開いた。

「…いい人だったのね」

「そうだな。今ならそう思う。リディアは、リチャードの一人娘だ。そして、ベネディクトはリチャードの弟子だった。当時の俺は16歳相当。リディアは18歳で、姉のような存在だった。ベネディクトも同じくらいの歳だったと思う」

「ロイ。回りくどい話はやめなさい。彼女が知りたがっているのは、私とあなたの関係。あなたが言えないのなら、私から言いましょうか?」

 床で上半身を起こしたリディアが言う。ロイは首を横に振った。彼は再び重い口を開いた。

「俺はリチャードに助けられたが、俺はそれを仇で返した。つまり……彼を斬った。リディアにとって俺は、親の仇ということになる」

 ロイの告白に、ウォリディは思わず飛び起きた。

「そんな……どうして? あなたはそんなことをする人じゃ」

「俺たちがホムンクルスだと話しただろう? ホムンクルスを造るには、人間の素が必要だ。リチャードはその素を提供していた。俺を助けてくれた人が、実は俺たちを生み出す実験に手を貸していた。それを知った俺は怒りのあまり、冷静さを失っていた。気付いたら、あの人を斬っていた」

「そう。領主の命令とは言え、神への冒涜とも言える実験に手を貸していたことは、父に代わって謝罪する。けれど、父はその事を悔やんでいたし、あなたに申し訳ないと思っていたのは事実」

 リディアは、ロイに対する怒りを抑え、真逆の感情を伝えることに身体が震えていた。

「リチャードさんはどうして、実験に手を貸すことになったのかしら?」

 ウォリディは聞いた。

「それは、分からない。ただ、父が選ばれた理由は、彼が剣聖と呼ばれるほどの騎士であり、神の子孫と噂されていたから、だと思う。神の子孫というのは、どこまで本当のことかわからない。でも、そう思わせるほど強かったのは確か。だから、戦闘奴隷の素として選ばれたのは当然の成り行きかも知れない。言い訳ではないけど、領主の命令とあらば、騎士という立場では逆らうことはできなかったでしょう」

 リディアは答え、一呼吸入れて続ける。

「それでも、父を殺したあなたを許すことはできない。永遠の眠りを妨げられたあなたに同情はするけど、この怒りだけが、私を今まで生かしてくれた」

「分かっている。リチャードはいい人だった。ホムンクルスの製造に協力した事を悔やみ、最後は謝罪してくれた。もっと早ければ、俺は彼を斬らずに済んだのに」

「でも、あなたは父を殺した。その墓前で復讐を果たせるのなら、これほどの事はない」

「少し前まで、俺は、君に殺されるためにここまで生きてきた。だが今は、昔の仲間と再会し、ファーリに一矢報いるところまできた。それまでは、この命を君に渡すわけにはいかない」

「そうね。あなたの仲間たちがいる前で、あなたを殺すことはできそうにないから、好きにするが良いわ。その代わり、逃げたら、今度はどこまでも追っていく」

「ちょっと待って! そんな怖いこと言わないで。恨みを晴らすのは簡単ではないと分かってはいるけど、話し合って解決できないの?」

 ウォリディが慌てて会話に割り込んできた。物騒な話になったからだろう。

「ウォリディさん。言いたいことは分かる。しかし、これは当事者同士の話。あなたが口を出していいことではない」

「申し訳ないが、これは俺が招いたこと。俺のわがままを許して欲しい」

 リディアとロイは答えた。ウォリディは2人の対立を止めようと必死で、

「駄目よ。これじゃ、何時までも終わらない。もしもリディアさんがロイを殺したら、今度は私がリディアさんを仇として追わないといけない。でも、それじゃ何時までも解決しないわ」

「それなら、ロイがファーリに復讐する事は、どうだというの?」

「それは…」

「愚かな生き物なのよ。私たちは」

 その時、廊下から足音がした。次いで、マリオンが素早く部屋に入ってきた。

「起きていたか。ちょうど良い。武器を持った奴らに外を囲まれた。相手はおおよそ10人だ」

「ファーリの所の兵士か?」

 ロイは立ち上がった。剣を腰に差し、戦いの準備を始めた。

「ファーリの奴らだろうが、正規兵じゃないだろう。装備は、俺たち傭兵と変わらない」

 マリオンは答えた。

「リディアとウォリディは、ここで待っていろ。俺たちで行ってくる」

 ロイは、部屋に残る2人に言ったが、リディアはすでに立ち上がり、腰に剣を携えていた。

「私も手伝うわ」

「私も、補助魔法でなら、手伝えるわ」

 ウォリディも答えた。ロイは黙って頷き、家の外に向かって歩き出した。

 木の板を並べて造られたドアには隙間がある。その隙間から外の様子を伺ったマリオンは、

「正面にリーダー格の男。お前にそっくりだから、手配の盗賊か、チャーリーだな。その近くに3人いる。おそらく四方にも3人ずつ配置したのだろう。松明を持っているが、外は暗い。飛び道具を持っているかも知れないから、全員で出るのは良くないな」

「俺が出る。奴らがファーリの手先なら、狙いは俺の身体だろう。フェルディナンドが死んだら、もう生き返らせる術はないのに」

「分かった。俺たちは、裏側の様子を見てくる。そっちの戦闘が始まったら、出る」

「任せた」

 ロイはドアを開けて外に出ると、すぐにドアを閉めた。マリオンの言っていたとおり、10メートルほど先に一団のリーダー格の男と、松明を掲げた男3人がいた。松明の明かりに照らされたリーダー格の男は小柄だが、その顔は若いことを除けばロイに瓜二つだった。

「初めは信じられなかったが、本当に俺にそのものだな。お前が盗賊のリーダーだな? チャーリーとかいう名前らしいが」

 ロイは辺りを見回して、敵の人数を確かめながら聞いた。正面の4人のほか、左右の建物の影から男が2人ずつ出てきた。屋根の上にはいない。離れた暗闇に弓を持った人間がいるかも知れないので、ロイは左右に歩いて狙われにくくした。リーダー格の男は笑いながら、

「確かに俺はチャーリーだ。親父に命令されてお前を探していたところだが、こんなに早く見つかるとは思ってもみなかった。リチャード・フォークナーに関係する場所を探して正解だったわけだ」

と答えた。声は、昔のロイに似ていた。

「それにしても、本当に俺にそっくりだな。どういう経緯で、ファーリの養子になった?」

 ロイは聞いた。チャーリーは初め首を傾げたが、すぐに納得がいったのか、

「そういえば、お前は親父の作った戦闘奴隷だったな。生憎この顔は、俺のものになった。同じ顔の奴は、何人も要らないだろう。だから、お前はここで死ね」

 その時、村の中心部で騒ぎ声が上がった。悲鳴と怒声だ。ロイはその声を耳にすると、まさかという顔でチャーリーを見た。

「お前、部下に何を命令した?」

「別に。お前を捕まえるのに必要な人数以外は、適当に過ごすように命令しただけだ」

 その答えで、何が起こったか理解するのに十分だった。チャーリーの手下は盗賊だ。必要人数以外となった彼らのすることは一つしかない。彼らを止めるには、チャーリーたちを捕まえなければならない。ロイはカットラスを抜いた。対するチャーリーもショートソードを構えた。

「そういうことは、俺を捕まえてからにするべきだったな」

 ロイはそう言い、チャーリーに斬りかかった。チャーリーの周りの男が松明を捨てて、自分たちの武器を抜いた。ショートソードか、あるいはどこの家にでもある薪割り用の斧だ。ショートソードはともかく、斧は木の棒の先に金属の刃を付けたもので、殺傷力はあるが、剣類にはとても叶わない。彼らの中には元兵士もいるだろうが、大半はろくに武器を持ったことのない平民だ。そんな彼らがロイと戦っても、逆に斬られるだけだった。

 彼らの戦う相手はロイだけはない、建物の裏手では、同じようにマリオンとリディアが彼らを次々と倒し、ロイに合流した。ウォリディは後方支援に徹し、魔法で光球を出したり、風魔法で敵対者の動きを邪魔したりした。そして、5分もたった頃には、目の前にいるのはチャーリーだけとなった。

「盗賊をやっている奴らを呼び戻した方が、良くないか?」

 ロイはチャーリーにカットラスを向けながら、抑揚無く言った。もちろん、助けを呼ぶ時間を用意する気はない。ただ、集まってくれれば、探す手間は省ける。

「俺1人でも、できる」

 チャーリーはまだ戦意を喪失してはいなかった。ショートソードを振りロイに斬りかかったが、ロイはカットラスを右に振ってチャーリーをいなした。チャーリーは腰が引けていた。

「お前1人では無理だ。ファーリの所に案内するのなら、命は取らないでおいてやる」

「黙れ。何が神の血を引く、最強の剣士の身体だ。普通の身体じゃないか。お前、最強の剣士なんだろう? それなら、この身体だって同じくらいに戦えないと、おかしいじゃないか」

 チャーリーは叫んだ。その言葉の意味は、彼も作られた存在だということだ。

「最強の剣士かどうかは知らないが、俺の身体が普通じゃないのは、魔法耐性くらいなものだ。剣の腕は、生まれつき付いてくるものじゃない」

「黙れ。黙れ、だまれ、だまれ!」

 チャーリーはショートソードを前に突き出し、突撃してきた。ロイは、カットラスの裏刃でショートソードを上から叩いた。チャーリーはショートソードを落とした。ロイは次いで、カットラスを右から左に振った。チャーリーは軽く斬られた右手の甲を左手で押さえ、尻餅をついた。

「ファーリに何を吹き込まれたか知らないが、俺たちは完全な存在じゃない」

 ロイはカットラスをチャーリーに向けたまま、話した。マリオンが家の中からロープを見つけ出し、それでチャーリーを後ろ手に縛り上げた。

「こいつがファーリの養子か。身体は、確かに昔のお前とそっくりだな。だが、もったいないことをしたな。領主の息子になったのなら、何もしなくてもそれなりに生きていけただろう。どうして盗賊になった?」

 マリオンの言葉にチャーリーは反応しない。

「誰か来るわ」

 ウォリディは、敷地の外の暗闇を見ながら言った。確かに、複数の足音が彼女の指す先から聞こえた。ロイはカットラスを抜き身のままにして、音の正体が姿を現すのを待った。最初に現れたのは、金属プレートの鎧で全身を纏った兵士2人。その後ろに、昨日会った男がいた。エクレウス男爵家の騎士ファーガソンだ。そして、その後ろにも騎士が数人いた。

「こちらはすでに終わっていたか。そいつが、盗賊のリーダーか?」

「そのようだ。向こうは大丈夫か?」

 ロイはカットラスを鞘に収め、ファーガソンに聞いた。

「一味のうち、抵抗してきたものは斬ったが、投降したものは捕縛した。こちらは1人だけか」

「そうだ。申し訳ない」

「構わぬ。盗賊のリーダーが捕らえられれば十分だ。この者の名前は?」

「チャーリーだ。子細は話せぬが、ファーリの養子らしい」

「名前は聞いたことがある。だが、貴族の息子という事であれば、事は慎重に運ばなければ。今一度、私から確認しよう」

 ファーガソンは、マリオンに取り押さえられたままのチャーリーの前に立ち、

「この盗賊のリーダーで間違いは無いか? 名前は?」

「…チャーリーだ。俺の父は、ペーガソス伯爵のファーリだ」

 チャーリーは弱々しい声で答えた。

「貴族の名前を出すということはどういうことか、分かっているな?」

「死ぬ前に経験済みだ」

 チャーリーは意味深長なことを言った。

「良い覚悟だ。ロイに、マリオン。後のことは我らにお任せ頂きたい。それと、くれぐれもファーリ卿をどうにかしようと思わないように」

 ファーガソンは念を押すように言った。ロイは不敵な笑みを浮かべ、

「いや。ここまで来たのだから、ファーリの所へ行く。チャーリーも、俺たちが連れて行きたいのだが」

「それは難しいな。我らと一緒に行くのなら、構わないが」

「それなら、ぜひそうさせて貰おう。良いか? マリオン」

「もちろんだ」

 ロイはマリオンに同意を求め、マリオンは首を縦に振った。話がまとまったところで、ロイはリディアの顔を見た。彼女は険しい顔をしていた。

「リディア。済まないが、もう少し時間を貰う。用事が済んだら、必ずここに戻る事を約束する」

「その保証は?」

「ウォリディを置いていく。それでどうだ?」

 ロイが答えると、リディアは深いため息をついた。

「本当にどうしようもない。彼女の気持ちを考えたことがある? 彼女は物じゃない。置いていくとか置いていかないとか、そういう事じゃない。置いていくと言われて、はいそうですか、とは答えられない。少なくとも、人質として残していくように言うのは、私の台詞だ。そもそも、私がここに残ると勝手に決めつけているのが、そもそもおかしい」

 リディアの剣幕に、ロイはもちろん、置いて行かれそうになっていたウォリディも口が開けなくなった。

「済まない。だが、ファーリは、リチャードに近い血を求めている。君が行けば、危険な目に遭うかも知れない」

 ロイは申し訳なさそうに言う。

「分かっている。もう、好きにすれば良い。人質も要らない。その代わり、今週中には戻ってきなさい。戻ってこなかったら、あなたを殺しに、どこまでも追っていくわ」

「…済まない」

「何時までも謝らないで。やりづらいわ。早く行きなさい」

 リディアはロイに、右手を下から振って追い出す仕草をした。話が付いたところで、ロイとマリオン、ウォリディはファーガソンの前に立った。

「話は付いた。支度をしてくる」

「分かった。我らはここで待っていよう」

 ファーガソンは答えた。

 明日には、ファーリの屋敷に着くだろう。旅の目的地は、すぐそこにあった。


                                第11話 神殺しの剣士 終わり

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