第10話 創造主にさよならを
周囲50キロほどもある王都アルタイルを囲む、高さ10メートルはあろうかという城壁には、合計6つの城門があった。城門は全て、主要な街道の出発点である。また、街の中を流れる河にも、城壁に相当する石積みの護岸が整備され、河の港へ降りるには、護衛兵士が守る、小さいながらも頑丈な鉄製門扉のついた門を通る必要がある。
東洋からの客人は、使節団としての役目を無事に終え、10日の滞在の後に帰国の途につくことになった。その間、ロイとウォリディは通訳の必要がある場合に備えて王宮の近くに滞在していたが、特に呼び出されることもなく済んだ。
5人の客人は、帰りは船でツィーの港町を目指すことになった。船は川舟としては大きめで、風を受ける帆はマスト1本に張られた一張のみだが、風のない時に使うオールが何本も用意されている。王都から港町へは川を下るだけなので、水深に気を付ければ、旅は順調に進むだろう。
一行を率いているのは、里見重蔵という男だ。東洋の男たちは皆変わった服装をしていたが、長さ1メートル弱の太刀を腰に差していることから、彼らも国元では剣士を生業としているのだろう。4人はすでに船に乗り込んでいたが、里見は船に乗り込む前にもう一度振り返って、ロイとウォリディを見た。ウォリディは、身長約15センチのピクシーの姿をしていた。彼らの前では、これが彼女の姿なのだ。
『本当に世話になった。しかし、これで今生の別れになるのは非常に残念だ』
里見は異国の言葉でしゃべった。周りから見れば不思議なことだが、ロイも、
『ああ。あなたと俺の住む国は、あまりにも離れている』
と、彼と同じ異国の言葉で返した。
『だが、貴殿より受けた恩は一生忘れない。そういえばもう1人、感謝の言葉を伝えていなかった』
里見はそう言うと、懐から黒光りする棒を取り出し、宙に浮くウォリディに差し出した。黒い漆が塗られたかんざしだ。
『ウォリディ殿には大きすぎるだろうが、これしか持ち合わせがない』
「あら、ありがとう。いつか大きくなったら、髪に挿してみるわ」
ウォリディはかんざしを受け取ろうとするが、かんざしは彼女の身長と同じくらいの長さだ。彼女の代わりにロイがそれを受け取った。彼女は、アーカディアの言葉で感謝を述べるが、里見には直接は伝わらない。
『彼女も喜んでいる。大きくなったら使うそうだ』
『気に入って貰えて何よりだ』
里見は右手を胸に当て、王国流の挨拶で軽くお辞儀をする。
その時、船員が船の出航を知らせてきた。
『出港するそうだ』
『分かった。では、これにて失礼』
里見は船への渡り板を越えた。渡り板は岸に片付けられた。船は岸から離れた。ロイとウォリディは、船に向けて大きく右手を振った。里見達5人は横に並び、最初は戸惑っていたようだが、最初に若い侍が手を振り、その後全員がぎこちなく手を振り返してきた。
「行っちゃったわね」
点になるほど遠ざかった船を見送ったウォリディは、さみしげに言った。
「ああ」
ロイは抑揚なく答えた。
船が完全に見えなくなったところで、2人は街の中に戻った。ウォリディはいつの間にか人の姿になっていた。姿を変えるのに、実は宙返りは必要なかったようだ。彼女は長い後ろ髪を持ち上げ、後頭部で丸め始めた。
「ロイ。さっき貰ったかんざし、ちょうだい」
「ああ」
ロイは、里見から受け取ったかんざしをウォリディに渡した。彼女はかんざしを、団子状にまとめた髪に右から挿した。
「どうかしら?」
「多分、似合っている」
ロイは最低限の褒め言葉を述べた。ウォリディは、感想について彼にあまり期待していなかったようで、すぐに話題を変えた。
「ところで、仲間と合流するように、ジルさんに言われていたよね。その人はどこにいるの?」
「どこかな? 街の中にいるはずだが」
「あなたの持っているペンダントで、連絡できないの?」
「できるよ」
ロイはあっさり答えた。ウォリディは腰に手を当て、
「それを使えば、すぐに会えるじゃない。どうして使わないの?」
「それは……今は会いたくないんだ。会えば、すべてに決着をつけなければならなくなる。だが、俺にはまだその決心は付いていない」
ロイはウォリディから視線を外して答えた。消極的な理由を聞いたウォリディは、彼の前に移動した。
「あっきれた。それじゃ、タダの意気地なしだわ。何か解決しなければならないことがあるのに、それを先延ばしにしているなんて」
「別に、そういうつもりではない。ただ、君を巻き込みたくないだけだ」
ロイは、先延ばしにする理由を言おうとする。ウォリディは彼の鼻先に右手を押しつけ、
「私を理由にしないで。あなたはただ、目的を達成して燃え尽きて、次の目標が見いだせなかった時のことを恐れているのよ」
「そんなことは、ないと思うが…」
「と、に、か、く。お友達と連絡を取ること。良い?」
「…分かった」
適当にやり過ごすことを考えたロイだが、ウォリディはじっと見つめて行動を促してくる。ジルが監視のために雇ったのではないだろうか、というくらいに。ロイは懐からペンダントを取り出した。ペンダントは、ぱっと見た限りでは楕円形の丸みを帯びた赤い石を金属の枠にはめたもので、蓋を開くと魔法のホログラムで映像が浮かぶようになっているが、実際はジル特製の通信道具になっている。魔法の使えないロイでも使えるように、本来なら使用者が魔力を込めて使用するところを、これはあらかじめペンダントに封じた魔力を放出することで、同じように動作するようになっている。
「マリオン。聞こえるか?」
ロイはペンダントに声を掛けたが、返事はなかった。相手もすぐ返答できる状況とは限らない。
「どうやら、マリオンは忙しいようだな」
ロイはすぐに通信を終わらせようとする。
「もう少し待ってみましょう」
ウォリディが言うと、それに合わせたかのようにペンダントが声を発した。
「ロイか? 遅いぞ。今まで何をやっていた」
返ってきた声は、少し高めだが男のものだ。ロイとウォリディは顔を見合わせた。
「返事があったわね。ほら、返事しないと」
ウォリディに促され、ロイはペンダントに向き合った。
「悪い。いろいろ仕事を引き受けながら旅をしていた。今、王都にいる」
「それはお嬢から聞いている。どうしてすぐに呼ばなかった?」
「そのあたりは、ジルから聞いているのだろう?」
「まあな。近くにいるのなら、合流しよう。珍しいお嬢さんとも早く会いたいからな」
ロイとウォリディは、再び顔を見合わせた。
「ウォリディのことを聞いたのか?」
「全部お嬢から聞いているさ。お前には不釣り合いな子らしいな」
「悪かったな」
「とにかく、早く合流しよう。俺は今、街の南東側の仕事斡旋所にいる。斡旋所は酒場にもなっていて、人の出入りも多いからすぐに分かるだろう」
「分かった。今から行く」
マリオンとの通信を終え、ロイはペンダントを懐に仕舞い込んだ。ウォリディは首を傾げながら、
「ロイ。マリオンは女性の名前よね? さっきの声は女性の声には聞こえなかったけれど」
「地域によっては、男でもマリオンという名前はあるそうだ。詳しくは知らないが」
「そっか。でも、お店の名前を聞かなかったわよ。それで合流できるの?」
「酒場を併設した仕事斡旋所といっていたから、なんとかなるだろう」
「本当に適当ね。それで出会えなかったらどうするの?」
「向こうから来て貰うさ」
ロイの答えを聞いたウォリディは、両手を挙げて肩をすくめた。
仕事斡旋所は、普通は都市に1から2カ所あるのが普通だが、人口の多い王都アルタイルでは4カ所にあった。王都は拡張の度に都市を囲む城壁を増やしてきたが、都市の中には、拡張前の昔の城壁が残っているところもある。新しく都市を拡張した所は、元は城門前の街であり、王都に繰り込まれてからも、かつての別の街のように賑わいを保っていた。
王都の南東地区に入ったロイとウォリディ。仕事斡旋所は、地区の広場の近くにあった。この地区は王国の南東にある地方との玄関口であり、地区の警備から、王都に出入りする商人や貴族の護衛など、斡旋される仕事は多い。仕事斡旋所という組織は個人経営の所もあれば、領主や王国が設立したものもある。特に王立のものは、雇用対策の意味で重要視されている。また公的な斡旋所では、プライベートや名声を気にする王族や貴族が非公式に依頼を出すこともあり、その場合は高額な報酬も期待できるため、請け負う人間も多く集まる。当然、そこを定期的に訪れるために近くで宿を取る人間も多く、食事や酒の提供場所も多い。
ロイがこれから会おうとしているマリオンは、斡旋所にいると言っていた。斡旋所に酒場や宿が併設されているところは多い。それは街に来たばかりの者や、仕事を受ける初心者への救済措置が主な理由だが、斡旋所の営業という面もある。マリオンは、その斡旋所のどこかにいる。ロイとウォリディは、20分ほど歩いた。
王都の南東地区にある仕事斡旋所は、すぐに見つけることができた。斡旋所は周囲と同じく石造りの5階建て。1階に仕事斡旋所と酒場があり、2階に斡旋所の事務所、3階以上は宿屋となっている。中に入ったロイとウォリディは、まずは1階を見て回ることにした。とは言っても50平方メートルほどの広さなので、人捜しは難しくはない。そこにマリオンの姿はなかったので、ロイは部屋の隅に移動した。
「どうするの? マリオンって言う人、いないのでしょう?」
「ああ。ペンダントで聞いてみるしかないな」
ロイは部屋の片隅に移動し、周囲を気にしながらこっそりとペンダントを取り出した。
応答したマリオンによれば、彼は3階の部屋に逗留しているとのことだ。ロイとウォリディは、部屋の左手の階段を上がって、マリオンのいる部屋に向かった。日当たりの悪い北側の、中庭に面した部屋だった。扉をノックしたロイは、中からの返事を待った。
「誰だ?」
マリオンの声だ。
「俺に決まっているだろう。ロイだ」
「確認したんだ。鍵は開いている」
ロイは扉を開けた。ベッド1つと通路、窓際に小さなテーブルがある小さな部屋だった。マリオンはベッドに横になっていたが、ロイの顔を見て上半身を起こした。マリオンは細身の男で中性的な顔立ちをしており、背中まで伸びる長い金髪を以前はポニーテールにしていたが、今は三つ編みにしていた。防具や武器を完全に外した状態で、今までくつろいでいたことが見て取れる。
「狭い部屋で悪いな。長く逗留するつもりだったから、安いところにした結果だ」
「俺がすぐに来ないと分かっていたからか?」
「そういった事情もある」
「悪かったな」
「しかし、まさかお前に連れがいるとは思わなかった。しかもこんなかわいいお嬢さんときたものだ。ベガの街で会ったときは、そんなことは一言も言っていなかっただろう。どこで攫ってきた?」
マリオンは、ロイの後ろに隠れているウォリディを見て言った。
「人聞きの悪いことを言うなよ。彼女は、とある森の長老に預けられただけで、それ以上の関係はない」
「自己紹介がまだだったな。俺はマリオン。ロイとは腐れ縁だ」
「ウォリディです。ロイとは、出会ってまだ数ヶ月ですけど、一緒に旅をしています」
ロイは、2人が互いに見えるように、身体を左に寄せた。ウォリディはマリオンに向かって、左足を下げて身体を少し屈めて挨拶をした。
「お嬢から聞いているよ。あ、お嬢というのは、ジル・クリスティのことだ」
「ジル先生のお知り合いなのですか?」
「まあ、俺たちは仲間だからな。まあ、中に入ってくれ」
マリオンはベッドから降りて、2人を部屋の中に入れた。彼はウォリディを観察するように眺め、
「ところで、お嬢さんはロイの仲間ということで良いのか?」
「はい」
「いや、彼女は大切な預かり物だ」
「私は物じゃないわ」
ウォリディは、ロイの言葉に即座に反応して、抗議の声を上げた。
「…失言だった。大切な人だ。俺たちの都合に巻き込む訳にはいかない」
ロイは俯いた。
「2人は良いコンビになりそうだ。確かに、俺たちのこの先の旅は、お嬢さんには大変辛いものになるだろう。ところで、俺たちの事情を話したのか?」
「いや、話してはいない」
ロイが答えると、マリオンはロイにしかめ面をして、
「それは不味いだろう。命の危険に晒されるのだぞ。事情が分からないのに巻き込まれたんじゃ、可哀想だ」
「分かっている。だが、俺たちの正体を明かさなければならなくなる。俺の判断で勝手に話すわけにもいかないだろう」
「それもそうだ。だが、ジルもいたのだろう? お嬢は何て?」
「ジルは、まだ話すべきじゃないと言っていた。もう少し考えるように、と」
「そうね。でも、私はあなたについていく。だから、そろそろ教えてくれても良いのじゃないかしら?」
ウォリディはロイに言う。マリオンは笑いながら、
「だとさ。どうする? ロイ。少なくとも、彼女がこの先を選べるように、話せることは話しておくべきだと思うが」
「俺からは、とても言えない」
「どうして?」
「知らないままでいた方が、幸せなこともある」
「それは、あなたの思い込みだわ」
「そうだ。知らされないことの方が、却って心がモヤモヤして身体にも良くない」
ウォリディとマリオンが口々に言う。
「お前、誰の味方だよ」
「俺は、美人さんの味方だ」
「それを聞いたら、ジルはどう思うかな」
ロイはそう言いつつ、ため息をつき、
「そこまで言うのなら、彼女と合流してからにしよう。俺1人では話しづらい」
「じゃあ、お嬢にも声を掛ける」
「そんな簡単に呼び出せるものなのか?」
「市内なら大丈夫だろう。それに、お嬢は俺がここに居ることを知っている」
マリオンは続けて、
「お嬢は1度ここに来たのだが、その時に何をしたと思う?」
「何をした?」
「すぐに来られるように、ここに転移用の魔法陣を描いたんだぜ。しかも見えないインクで」
「じゃあ、彼女はいつでもここに来られるのか?」
「そういうことだ。今夜、飯でも食いながら、今後のことを相談するか。ついでに、宿も引き払ったらどうだ? ジルなら、あちこちに空き部屋を持っているだろう。その方が、話は早い」
「分かったよ。好きにしてくれ」
マリオンの提案に、ロイは投げやりな態度ながら同意した。
ジルとは、夜に合流した。マリオンの滞在する部屋は狭いので、ジルの所有する家に移動することになった。そこは、ロイとウォリディも滞在したことのある、ゴート王国のナシラという街にある家だ。そこに、近くで手に入れた料理や飲み物を持ち込んだ。店で会話しながら食事をするのは、いかに異国の地でも危険と判断したからだ。
ウォリディが客間で寛いでいる間、ロイたち3人は、彼女にどこまで伝えるかを話し合い、結局は徐々に話しながら決めていくことになった。だが、ジルはおそらくこの時点で、少なくともロイの過去を全て話すことになると予想し、彼にその覚悟を決めさせた。
4人は、パンや干し肉、生野菜、豆スープの料理を載せたテーブルを囲んで座った。ロイから時計回りにマリオン、ジル、ウォリディが座った。初めはたわいのない会話から食事は始まった。だが、ウォリディは、ロイや自分の憧れるジル、そして謎の男マリオンの関係が気になって仕方がない。彼女以外の3人は、それぞれが別行動していたときの話をしていた。ウォリディにも共通の話題がないわけではない。だが、それはロイと行動していたときの話であって、彼らの話に時折出てくる思い出話とは縁がない。ウォリディは思い切って、本題に踏み込むことにした。
「あの……不思議に思っていたことがあるのですが、皆さんはどういう経緯で知り合ったのですか? 何やら復讐したい相手がいるようですが、何があったのですか?」
ウォリディが聞くと、ジルはテーブルの上で手を組みながら彼女の目を見つめた。
「そうね。私たちもそろそろ決めなければいけない。まずはあなたに問います。私たちの話を聞いたら、その後は全てが終わるまで、私たちと一緒にいなければならない。場合によっては、命を落とすことになるかも。その覚悟があるなら、私たちはあなたに、秘密を打ち明けることにするわ」
「私は、覚悟はできているつもりです」
「つもりでは駄目。断言できなければ、話すことはできない」
「ウォリディ。話を聞く必要はない。今なら森に戻って、仲間達と幸せに暮らせるだろう」
ロイはウォリディに、おそらく最後となる説得をした。短い説得では、何の効果もないだろう。
「私は、あなたについていくと決めた時点で、もう森に居場所はなくなったわ。あなたの所以外に、行くところはなくなったのよ」
「殺し文句だな、ロイ。女にここまで言わせたのなら、もう引き下がれないぜ」
マリオンが茶化すように言う。
「また悪い癖が出たな。今、真面目な話をしているところだぞ」
「ジルはどうなんだ? このお嬢さんの決意は固いと思うぜ」
「そうね。話しても大丈夫。裏切るようなことはないと思う。ただ、荒事には向いていないわ。そして、ロイ。前にも行ったけれど、彼女は前世であなたとつながりがある。だから、彼女のことはあなたが一番よく知っているはず。あなたはもう、分かっているのでしょう?」
ジルの言葉にウォリディは驚き、ロイを見た。
「ロイは、前世の私を知っているの?」
「それも含めて、順番に説明していくわ。よく聞いて」
ジルは、ロイが口を開く前にウォリディに語りかけた。ウォリディは黙って頷いた。
「私たちは、人のように見えるけど、人じゃない。少なくとも、人としては扱われない存在、ホムンクルスよ」
「ホムンクルス? あの……人造人間と言うことですか?」
ウォリディは、自分の聞いた言葉と知識を確かめるように、恐る恐る聞き返した。
「そう。私たちは10年前、娯楽としての戦闘用に造られたのよ。私は魔道士、マリオンとロイは戦士として」
「でも、待って下さい。確かホムンクルスって、会話もままならないほどの知能なのでは?」
「よく知っているわね。ホムンクルスの知能は、錬金術師次第と言われているわ。それも、自我が目覚め、教えられたことを吸収するようになるまで、試験管の中で何年も掛けて育てなければならない。ある研究では、10年掛けても、普通の大人のようにはならなかったそうよ」
「では、どうして先生達は、普通に話せるのですか?」
ウォリディは、学校の生徒のように質問した。
「あなたが錬金術師なら、どう解決するかしら? たった1年で、まるで人のように考え、動き、戦える兵士を造るように命令されたなら」
ジルは逆に問題を出してきた。ウォリディはロイやマリオンの顔を見た。
「…どうやって解決したのですか?」
「死んだ人の魂を入れたのよ」
「死んだ人の魂…」
ウォリディは、その後の言葉を失った。
「そう。そうすれば、自我が芽生えるまで待たなくても良いし、造りたい戦闘奴隷に合わせた魂を選べば、一から育てなくてもいい。私の場合、前世でも魔法使いだった」
「じゃあ、ロイは、前世も剣士だったの?」
「そうだ」
ロイは答えた。
「教えて、ロイ。あなたが本当は誰なのかを。前世のあなたは、私と近しい人間だったのでしょう?」
ウォリディはロイの目の奥を覗くように見つめた。ロイは深呼吸をした。そして椅子から降りてその場に正座し、深々と頭を下げた。ウォリディはきょとんとする。
「申し訳ありません、姫様。姫の正体に気付いておりながら、黙っておりました」
ロイは急に畏まって言った。
「どうしたの? 急に」
「某の前世の名は室井輝政。かつては姫の忠臣であった某ですが、今は、一度死んだ者同士が縁あって出会い、安寧なる死を取り戻すべく戦う身。我らの戦いに、姫を巻き込みたくなかったのです」
「輝政……テルなの?」
「はい」
「いや……私には昔の記憶が残っていないから、よく分からない。でも、おぼろげながらその名前は覚えている。ということは、私の名前は御船織衣で間違いないと言うこと?」
「記憶が戻られておられないので断言はできませんが、某は織衣姫だと、そう思っております」
「ねぇ、ロイ」
ウォリディは何故か不満げな顔を見せた。
「はい」
「その口調、なんとかならない? 急に畏まって話されても、違和感しかないわ。今までのようにしゃべることはできないの?」
今度はロイが言葉を失う。自分としては重要な話であり、前世での主従関係からすれば、今までの言葉遣いは決して許されることではない。彼はかろうじて、
「しかし、某は姫様に仕えていた身」
「それは前世でのお話。今は違うわ。あなたはロイで、私はウォリディ。アルコルの森で出会って、長老様が私をあなたに預けた」
「そのとおりです。エフライム殿は、あなた様と俺に、何らかのつながりがあると見抜いておられた」
「長老様は私に、今世では自分の心に正直に生きても良いと言って下さったわ。私はそうしたい。それに私は、前世のことをほとんど覚えていないわ。敬語で話されても落ち着かないのよ。だって、私はウォリディなの。あなたの知っている織衣姫じゃないのよ」
ウォリディは捲し立てるようにしゃべった。その気迫に押され、ロイは頷くしかなかった。
「承知しました」
「やり直し」
「…分かった」
「じゃあ、椅子に座ってよ。まだ食事の途中よ」
ロイは言われるまま椅子に座り直す。彼がタジタジになっているのを、傍らで見ていたマリオンとジルが笑って見ていた。
「あなたも大変ね」
「堅物の剣士も、これじゃ形無しだな」
2人は口々に言った。ロイは顔を伏せながら、
「2人とも、今見たことはすぐに忘れろ」
「それは難しい相談ね」
「そうだな。俺たちと違って、お前は前世からの知り合いが一緒にいるなんて、羨ましい限りだ。嫉妬はするが、忘れはしないだろう」
「意地の悪い奴ばかりだな」
ロイは悪態をつきつつ苦笑する。仲間の前では、彼もこういう姿をさらけ出すのだ。ウォリディは嫉妬のような感情を覚えた。
「ところで、前世でのお前とその、織衣姫との関係だが、もう少し詳しく教えてもらえないか?」
マリオンは、ロイとウォリディの顔を交互に見ながら聞いた。
「さっきも言ったが、俺は前世では室井輝政という武士だった。武士というのは、この世界でいう兵士だ。俺は飛鳥という国の奥三州で、御船貞正様に仕えていた。織衣姫様は、貞正様の長女だった」
「これは話したくないだろうが、2人が死んだいきさつは覚えているか?」
マリオンは聞いた。ロイは顔を曇らせ、
「それは…」
「私は大丈夫。自分が死んだことはもう分かっているから」
気丈にも、ウォリディはロイに寄り添って言う。
「だが、自分の死んだ時の話を聞くのは、いい気がしないだろう」
「でも、私が死んだ後に何が起きたかも知っておきたいわ。どうしても言いたくないのなら、そこは飛ばしても良いから」
「それじゃあ、意味がないでしょう」
ジルはウォリディに言った。ロイは迷ったが、重い口を開けた。
「今から10年ほど前だ。俺は、織衣姫に怪我を負わせた罪で座敷牢に入れられていた」
「どうして怪我を負わせたの?」
ジルは聞いた。
「俺が怪我をさせたわけじゃない。姫が木に登り、枝が折れて落ちた。俺はその監督責任を問われたのだ」
「たったそれだけで牢屋に入れられたの?」
「嫁入り前の娘に傷をつけられたら、誰だって怒る。それに当主の命令は絶対だ」
「怒り方が尋常じゃないな。その時、お姫様の歳は幾つだったのだ?」
マリオンが聞いた。
「12だったと思う。俺は30くらいだったはずだ」
「私が怪我をしたせいで、処刑されたの?」
ウォリディは聞いた。ロイは首を横に振り、
「いや。牢屋に入れられて数日もしないうちに、謀反が起きた。正確には、奥三州を松坂様から預かっていた御船様を、配下で新参者の木村忠宗という男が寝返って襲ったのだ。奴らは貞正様を殺した後に、牢屋に入っていた俺の所へ来て、謀反へ協力するよう言ってきた。もちろん、俺は断った。すると木村は、俺を牢の外に連れ出した」
「処刑のために?」
「まあ、そのようなものだ。奴は俺を母屋に連れて行った。そして、姫を人質にして、改めて協力するように言ってきた。姫を助けられるのなら、と拙者は協力を約束した。ところがだ」
ロイはそこで一度言葉を飲み込み、呼吸を整えて続けた。
「奴は拙者の目の前で、姫を斬った。それだけでなく、苦しむ姫がいるのに、屋敷に火を放ったのだ」
「ひどい…」
ウォリディは口を押さえた。ジルやマリオンも、言葉を発することはなかった。
「奴は単に、拙者の苦しむ姿を見たかっただけなのだ。その後に拙者を解放したが、すぐに刀を持った手下をけしかけてきた。拙者は丸腰だった。まるで狩を楽しんでいるようだった。拙者は追っ手から刀を奪って、斬りながら逃げた。10人以上は斬っただろう。だが、所詮1人では逃げ切れなかった。多分最後は、恨み言を言いながら、誰かに斬られたと思う」
ロイはそこまでしゃべり、黙った。突然、ウォリディは席を立ち、彼を自分の胸元に抱き寄せた。
「よく頑張ったわ。ロイ」
彼を抱きしめ、その頭を撫でる彼女は、涙を流していた。
「姫。おやめ下さい。」
「今の私はウォリディよ。あなたは過去のことで苦しむことはないわ。それに、私は昔のことを覚えていないの」
ウォリディはロイを放さない。ロイは彼女の腕を外して解放された。
2人のやりとりを見ていたマリオンは、
「いいねぇ。前世で非業の死を遂げて別れた2人が、今世で劇的な再会するなんて。奇跡だよな」
「ジル先生もマリオンさんも、ロイと同じく前世があると言うことですよね?」
「おっ? 俺たちの話も聞いてくれるのかい?」
「彼の話だけを聞いて、はいおしまい、というわけにもいかないでしょう」
「気を遣ってくれるねぇ」
「でも、興味があるのは事実ですよ」
「そう言って貰えるのはありがたいね。これで、少なくともこの世で生きた痕跡は残せる」
マリオンはそう言い、姿勢を正した。
「俺の前世はジョセフという、貴族だが裏社会側の男だった。海の向こうの国の話だ。こちらも10年くらい前の話だが、俺たち一族は王家を影から守り、裏で揉め事を解決する役目を負っていた。だが、そこで家督争いが起き、本家だった俺たちは、だまし討ちに遭って全滅した」
「裏稼業って?」
「簡単に言えば、殺しや情報収集、強請とか、とにかく汚い仕事だ。もちろん、今は完全に足を洗っている」
「それはそうよ。私たちみんな、生まれ変わっているのだから」
ジルが呆れるように言う。
「マリオンさんも大変だったのですね。ジル先生は?」
「私は、神聖帝国の宮廷魔道士をしていた、ジュリエッタというのが前世の名前よ」
「前世も魔道士だったのですね。でも、先生も一度死んでいる…」
「あなたが気を病む必要はないわ。私の場合は、憤死といったところね。帝国の宮廷魔道士というのは典型的な男社会で、いくら私が努力をして実績を重ねても認めて貰えず、逆に貶められて追い出されたの。その怒りで魔力を暴走させた私は、周りを巻き込んで命を落とした。今の私があるのは、その時の悔しさを覚えているからなのかも知れない」
「皆さん、何らかの未練を持って死んでしまったのですね」
「逆に言えば、そういう魂だったから、この世に集められたのだろう」
ウォリディに対して、マリオンは答えた。
「誰なんですか? その……皆さんをこの世に引き戻した人は」
「ホムンクルスを造り、俺たちの魂を封じ込めたのは、魔道士であり錬金術師のフェルディナンドだ。そして、ホムンクルスの戦闘奴隷を造らせたのは、ペーガソス領の伯爵、ファーリだ」
「ロイたちが追われている理由は、ホムンクルスだからなの?」
「俺たちは元々、10人の仲間がいた。それぞれ死んだ事情の異なる者同士が突然生き返させられ、違う身体に押し込まれ、実験台や見世物として戦うだけの戦闘奴隷にされたんだ。試験管から出され、屋敷の大部屋に閉じ込められた俺たちは、脱走することに決めた。その頃の俺たちは15歳くらいの大きさだった」
「実験台って、何をされたの?」
「ホムンクルスを造る目的は、強い戦闘奴隷を造ることだ。ただの人間を造ったのでは意味がない。魔力を強化したり、反対に魔法防御力を高めたり、筋力を強化したり、とにかくいろいろな強化を施されて造られたんだ。その効果を確かめる実験台だよ」
ロイは答えた。その後を継ぐようにジルが言う。
「でもね、特定の能力を強化したら、特定の部分が弱くなったりするの。私の場合は、強力な魔力を持つ代わりに、体力が弱くなった。ロイの場合は、魔法防御力が強い代わりに、魔法が使えない上、回復魔法の効きが弱くなった」
「俺の場合は、俊敏さが上がったが、戦闘に必要な打撃力が弱くなった」
マリオンが付け加えた。
「それでロイは、私の回復魔法の効きが悪かったのね」
「その代わり、君と出会えた」
ロイは答えた。ウォリディが住んでいたアルコルの森は、魔法による結界が張られていたが、彼はその魔法防御力により結界内に入ることができ、そこで彼女に出会ったのだ。
「結局、脱走の前に2人が実験で死に、脱出の際に1人が死んだ。逃亡中に3人が死んで、残ったのは俺たちだけだ」
ロイの話を聞いていたウォリディは、指を折りながら数えていたが、残った指の本数を見て首を傾げた。
「あと1人はどうなったの?」
「賢いお嬢さんだな。問題は、その1人だ。そいつは俺たちを裏切ってファーリ側についた。脱走で1人死んだのも、そいつのせいだ。そして、俺の因縁の相手だ」
マリオンが答えた。
「誰なの?」
「そいつはモーリスという、前世では俺と同業の男だ。もっと言うなら、分家の1人で、俺たち本家を裏切って騒動を起こし、俺と差し違えた。そういう意味では、あいつが裏切ったのは、俺のせいかもしれない」
「あなたのせいじゃないわ。彼は元々、そういう星の下に生まれてきた者。天国か地獄に行かないと、きっと直らない」
マリオンを慰めるように、ジルは言った。
「マリオンさんも、前世での知り合いがいたっていうことですか?」
ウォリディが聞いた途端、マリオンは深いため息をついた。
「一応、知り合いだが、あいつのことは口に出したくもない」
マリオンは答えた。ロイはウォリディに向けて、首を横に振った。どうやらウォリディは、マリオンの触れてはいけない部分に触れてしまったようだが、言ってしまったことは仕方がない。ウォリディは気を取り直して、
「皆さんの目的は、モーリスという男を倒すことですか?」
「それだけじゃないわ。モーリスの他に伯爵のファーリ、錬金術師フェルディナンド。この3人を倒すことが、私たちの最終目的」
ウォリディの質問に答えるジル。ウォリディは、顔をしかめながら、
「でも、危険なんですよね。復讐をやめて、逃げることはできないのですか?」
「最初は、そうできれば良いと思っていたわ。私たちのことを見逃してくれたら、こんなことをしなくても済む。けれど、彼らは執拗に追っ手を差し向けてきた。それで私たちは、バラバラに逃げることにしたの。それでも安住の地を得ることは難しかったわ。特にロイが、大変だったようね」
「ああ。しかし、どうも途中から、奴らの目的が変わったような気がする。俺はペーガソス領から離れたところで過ごしたが、最初の数年は主要な都市で懸賞金のお触れが出されていたくらいだった。ところが最近は、ファーリ直属の追っ手が直接現れるようになった。しかも、俺の身体を狙っているようだった」
ロイがそう言うと、ウォリディがあからさまに嫌悪の表情を見せた。ロイは慌てて、
「いや、奴らの目的は知らないが、俺の身体をホムンクルスの実験に使いたいのだろう」
「そうだな。俺のところには最近、追っ手は現れていなかったからな。お前に執着する理由は分からんが」
「逃げられないのですか?」
「穏便に事を済ませられないからな。それに、この国ではホムンクルスはほぼ奴隷だ。世間を味方にすることもできない。もちろん、話し合いなど論外。残された手段は、戦うことだけだ」
「でも、相手はたくさんいるのでしょう? 勝ち目はないわ」
「普通では、ね。だから、少しでも確率を上げるために手を尽くすの」
ウォリディの疑問にジルは答える。
「何をするのですか?」
「その答えを知るには、まずあなたがこれからどうするかを決める必要がある。それから徐々に教えてあげるわ」
ウォリディはロイやジル、マリオンの顔を見回して、
「私は、皆さんについていきます。戦えないかも知れませんが、助けくらいにはなると思います。連れて行って下さい」
と力強く言い、頭を下げた。
「分かったわ。ロイも良いわね?」
「…みんなが同意するなら、俺は構わない」
ロイはため息をつきながらそう答える。
「あなたたちはここに泊まっていくのよね。ウォリディさんは明日、手が空いているかしら? 王都の家にあるものを準備したいの。手を貸して貰える?」
「はい」
「じゃあ、決まりだな。おのおのの準備ができ次第、出発しよう。できれば明日が良いが」
マリオンが手を叩いて言った。
次の朝。まだ明けの明星がはっきりと見える時間。王都といえども、辺りは静寂に包まれていた。ジルとウォリディは、片手で持てる大きさの旅行鞄を、それぞれ一つずつ持って歩いた。どちらもジルの荷物で、身の回りの物の他に回復薬などが入っている。ジルは、自分でも言っていたように体力が人より弱く、重い荷物を持てないし、歩くことさえ苦手なようだ。それでも、彼女は普段より速足で進んだ。
「ジル先生。このペースだとすぐに疲れてしまいますよ」
ウォリディは、ジルの様子を気遣いながら言った。ジルは自分の口に人差し指を当て、
「静かに。ここは貴族街なの。ファーリの屋敷もこの近くにあるから、普段は通らないのよ」
そこは地方の帰属が屋敷を構える地区だった。ファーリの屋敷もこの辺りにある。それ故、彼女たちは早くその地区を抜けなければならなかった。
「どこへ行くのですか?」
「宮殿よ。私も宮廷魔道士の一員だから、しばらく王都を離れることをお伝えしなければならないの」
王宮は川沿いにあったが、貴族街の端に位置する。むしろ、王宮のそばに貴族街ができたと言うべきだろう。
「遠回りすれば良かったのでは?」
「この先のこともあるから、ここで体力を消耗するわけにはいかない」
「宮殿へはテレポートできないのですか?」
「宮殿に勝手に魔方陣を描いたら、怒られてしまうわ」
「宿に勝手に描くのは良いのですか?」
ウォリディは聞いたが、ジルは答えない。その時、後ろから駈けてくる足音と声が聞こえた。
「おい、待て」
追っ手の声だ。
「衛兵でしょうか?」
ウォリディは振り返りながら言う。ジルは駈けだした。
「走るわ」
ジルはそう言ったが、屋敷1つ分走ったところで息が詰まり、立ち止まってしまった。
「これだから……この身体は……嫌いなのよ」
ジルは鞄を地面に置き、肩で息をする。ウォリディは、ジルの持っていた鞄を代わりに持った。
「やっぱりジルか。門番の代わりをさせられて腹が立っていたところだが、たまには良いことがあるものだ」
追いかけてきた足音がゆっくりとなった。迫ってきたのは長身の男だ。背中には、長さ1メートル以上もあるロングソードがあった。茶色のやや長めの髪、面長で、どことなくロイに似た雰囲気がある。そういえば、体格も似ている。だが、男の目は冷たく、ウォリディは直感で身の危険を感じていた。腰に差した
「相変わらず、面と向かって会うのが嫌になる男ね。モーリス」
「そう言うなよ。お前と俺とは同期なんだ。仲良くやっていこうじゃないか。そんなに急いで、あいつらのところに行こうとしていたのか? その娘は何だ?」
「そう一辺に聞くものじゃないわ。知っていても知らなくても、あなたに話す気はない」
「そうか? じゃあ」
モーリスは、ズカズカとウォリディに近づいた。右手が彼女の首に伸びた。ウォリディは身を翻したが、身動きのとれないジルを見てその場に留まった。
「やめなさい! 彼女は私の弟子よ。それに、私は宮廷魔道士。あなたが私たちに手を出せば、王家を相手にするのと同じことになるのよ」
ジルが珍しく怒気をはらんだ声を出したので、モーリスは舌打ちをしながら手を止めた。
「確かにそう聞いている。だが、見逃すわけにはいかない。一緒に来て貰おう。ファーリの親父がお待ちだ」
「あなた、自分の仕える主人をそう呼んで良いのかしら?」
「別に仕えているわけじゃない。今のところは、あいつに使われている方が有利だからな。俺なりの生存戦略だ」
「それで私たちを裏切ったのね」
「そうだ。その結果、お前達はずっとお尋ね者。俺は、まあ剣闘士として戦う羽目になっているが、生活は保障されている。おとなしくついてくれば、命は取らない。今のところはな。お前の弟子にも来て貰おう」
「先生…」
「大丈夫よ。彼らは、あなたには用はないはず。今はおとなしくついていきましょう」
ジルは、不安そうに見てくるウォリディにそう答えた。
ロイとマリオンは連れだって、王都アルタイルの東城門の前にいた。ロイは、刃渡り70センチ弱の曲剣カットラスを腰に差し、マントを羽織り、大きな帽子を被ったいつもの姿だ。対するマリオンは、刃渡り50センチほどで幅広肉厚の両刃の剣であるグラディウスを腰に差し、右の太ももにはダガーという刃渡り20センチで両刃、細めのナイフを着けている。上半身は革製の防具を装着しており、左前腕にはバックラーという円形をした小型の盾を装着していた。彼は黒いマントを羽織り、頭を守る防具はなかった。
「お前、本当に防具無しで大丈夫か?」
「ああ。ここ何年はずっとこの姿だ。防具を着けると身動きしづらい」
マリオンに聞かれ、ロイは自分のマントをめくりながら答えた。
「それはあるな。しかし、大勢と戦うのに、防具無しでは危険だ。中古でも良いから、買ったらどうだ?」
「お値打ち品があれば、そうする」
「ジル達が来るまで時間がある。そこの武具屋でも覗いてみるか?」
「王都では値が張る。途中の村で探す」
城門は、辺りが明るくなってから開くことになっている。それまでは街の外に出ることはできず、城門の前には開門を待つ人が十数人ほどいる。城門の前には、そういう人を相手にした酒場や道具屋、武具屋が店を開けていた。ただ、この時間に開いている店は大抵金が掛かるため、ロイたちは店に入らず、城門前の壁にもたれて時間を過ごしていた。
城門が開いた。その時、マリオンの持つペンダントが声を発した。少し枯れた低い声だ。2人は黙って聞き耳を立てた。
「久し振りだな、ジル」
「1ヶ月ぶり位よ。道案内には、もう少しいい人を選んで欲しいわ。私の弟子が怯えている」
フェルディナンドとジルの声だ。ロイとマリオンは顔を見合わせた。
「そう言うな。モーリスは、元はお前達の仲間じゃないか。それにそこの娘は、ルロイと一緒にいたな。奴はどこにいる?」
フェルディナンドは、ロイをかつての名前で呼んでいた。
「彼と会ったのは、だいぶ前ね。この子は分からないけれど。あなたはどうして、私の弟子のことを知っているのかしら?」
「この人は、この街に来てから初めて顔を合わせたと思いますが、あの人は知っています。2ヶ月くらい前に温泉宿で、私に変なバングルをくれた人です。でも、それを着けた後の記憶が曖昧で」
ウォリディの声がした。その直後、彼女の短い悲鳴が聞こえ、バタバタと何かが暴れているような音が聞こえた。ロイの身体が一瞬動いたが、マリオンが目で制止した。ペンダント越しに聞こえる音に対して、何も出来ないのだ。
「娘。このかんざしをどこで手に入れた」
ベネディクトの声だ。口調は、ロイの知る彼とは異なるが。
「それは貰い物よ。くれた人たちは、もう国へ帰ったわ」
「この木偶の坊め。髪留めぐらいで騒ぎ立てるな」
フェルディナンドの怒声が飛ぶ。かんざしがその後どうなったかは、音だけでは分からない。
「見ての通り、この男は、見た目は同じだが、中身はその時とは全くの別人だ。野蛮人で、教養の欠片もない」
フェルディナンドが言った。
「そこの若い人は確か、ベネディクトさんだったわね。外国からの使節団を襲って、捕まっていた筈では?」
「そうだ。この木偶の坊のせいで大変なことになったのだ。お陰であらぬ疑いを掛けられ、伯爵様が弁解のために呼びつけられた。返事の次第によっては、領地を没収されかねない」
「ちょうど良かったのでは。あなたは伯爵と、それほどウマが合っていたわけじゃない」
「この屋敷の中で、そういうことを言うな。伯爵様に伝わったら、どうなるか分かったものではない」
その直後、重そうなドアの開く音と、複数の足音が聞こえた。続いて、低い大きな声がした。
「ジルを捕まえたそうだな。ルロイの行先は喋ったか?」
この声こそ、全ての元凶であるファーリのものだ。2人は思わず身構えるが、全てはジルのペンダントを通じた声だ。ここでは何もできない。2人はすぐに聞き耳を立てた。
「いえ。これから聞こうとしていたところです」
「あなたもファーリには頭が上がらないようね。だけど、どうして私たちは拘束されているのかしら? 私は中立でいたつもりだし、彼女は私の弟子。ロイとはビジネスでつながっているだけ。そうでしょう?」
「は、はい。彼とは……薬の取引をしている関係です」
ウォリディのぎこちない返事だ。ファーリやフェルディナンドは納得するだろうか。
「その娘が、お前の弟子か。まあ、事情の知らないその娘のことは置いておくとして、こちらも事情が変わった。お前も知っているだろうが、最近はメシア教のせいで、全国でコロシアムが閉鎖され、試合ができなくなってきた。おまけに、ホムンクルス製造も禁止ときた。このままでは私の研究はもとより、それを利用した収入が途絶えてしまう。ホムンクルスの製造に、どれだけ金が掛かっていると思う? その分の金を回収できなければ、わしは干上がってしまう。それで、ルロイを捕らえるように指示を出したのだ」
「どうして、ロイを?」
「あいつの身体が必要になったのだ。剣聖であるリチャード・フォークナーが死んだ今、神の血を一番濃く持っているのはリチャードの娘と、ルロイだけだ。奴の身体がどうしても要る。奴はどこにいる?」
マリオンはロイの顔を見た。ロイは顔色を変えなかったが、怒りの感情が湧き上がっているようだ。
「まさか、王国が禁止令を出したのに、まだホムンクルスを造るつもりなの?」
「他に何がある? 国王に対抗するには、ホムンクルス兵を増やすしかない」
「国王陛下と戦うつもりなの?」
「このままでは領地を没収されるのだ。何もやらないよりは良い」
「その剣聖が、本当に神の子孫なのかしら。仮に、神の子孫だとして、何の意味があるの?」
「今までの実験で、フォークナー以上に良い素材はいなかった。彼が特別だったのは間違いない。だが、フォークナーの素は去年に使い切ってしまった。お前たちの世代が、一番完成度が高かったのに、裏切って脱走しおって」
「裏切り? 勝手に生き返らされて、勝手に殺し合いの見世物に使われる側の事を考えたことがあるのかしら?」
「無念の内に死んだところを、もう一度生きられるのだ。少しくらい感謝してくれても良いだろう。しかし、どうやら喋る気はないようだな。このベネディクトのせいで王家に目を付けられ、わしの時間は残り少なくなった。協力する気がないのなら、せめて奴らをおびき出す餌にしてくれる。お前はともかく、この娘の事なら追いかけてくるだろう。今すぐ領地へ戻るぞ。モーリス。ルロイがいつ現れても良いように備えておけ。連れてきたホムンクルスを使っても良い。馬車を用意しろ」
バタバタする音と、ウォリディの短い悲鳴を最後に、ペンダントは静かになった。
「なんてこった。ジルが捕まった」
「ウォリディも、だ。何と言うことだ。2人についていくべきだったのに。俺は一体何をしているのだ。これじゃ、前世と同じじゃないか!」
ロイは右足で地面を何度も踏みつけた。
「落ち着けよ。今は前世とは違う。ジルと一緒に居れば、多分大丈夫だ」
「領地に戻ると言っていたが、どうする? 領地に戻られたら、奴を倒すのは難しいぞ」
マリオンとロイは言い、考え込んだ。すぐにマリオンが、
「予定では、領地に戻るファーリ達の一行を、エクレウス領のキタルファという街の近くで迎え撃つつもりだった。道具も用意している。だが、相手はせいぜい護衛数人のつもりでいたが、作戦変更だな。相手は準備万端な上に、人質までいる」
「キタルファには何がある?」
ロイは顔だけマリオンに向けて、聞いた。キタルファはエクレウス領最大の街で、男爵の屋敷がある。だが、男爵領自体が狭く、キタルファでさえ、王都の3分の1位の大きさだ。
「街の近くにストーンサークルの遺跡がある。そこでなら、大人数でも相手に出来るだろう」
「それなら、予定通りに行こうじゃないか。しかし、どうしてエクレウス領を選んだ?」
「エクレウスの男爵は王党派で、他領のファーリが揉め事を起こせば、男爵とファーリの争いになるだろう? だが、その手は難しいかも知れない」
「協力は得られなくても構わない。俺たちの邪魔にならなければ良い」
「それなら、キタルファに行こう。これから向かっても、徒歩で1日はかかる。誰か、同じ方角に向かう荷馬車がいれば良いが」
マリオンとロイは、城門に向かって歩き出した。
ファーリの馬車は4輪の6人が乗れるコーチで、2頭立てで街道を東へゆっくり走っていた。馬車の車体は黒一色で、左右に1枚ずつあるドアには、馬をかたどった伯爵の紋章が付いている。内装はシンプルだが椅子や内張は布で、乗り心地は駅馬車より振動が少なくて良い。馬車は左右の壁に窓がある。前方に窓はないが、おそらく御者は1人だ。
これが人質としてでなければ、どんなに楽しいか。だが、今はこの車内に定員の6名が乗っていて、さすがに狭く感じる。進行方向と反対向きにジルと、その両側を押さえるように彼女の右手側にベネディクト、左手側にモーリス。進行方向向きにはウォリディを真ん中に右手側にフェルディナンド、左手側にファーリが座っていた。ベネディクトは金髪の若い男だ。だが、かつては表情豊かだったはずだが、今の彼は無表情だ。そして、ロイたちが復讐をしようとしている相手のファーリ。彼は小柄な男で、前頭部から頭頂部まで頭皮が見え、残った白髪交じりの茶髪は全て後ろへ流すようにまとめられている。恰幅がよく、普段から良いものを食べ、身体はあまり動かしていないのだろう。
ジルとウォリディは、身体の前で両手を縛られていた。麻のロープはざらざらしていて、手に食い込んでくる。
馬車の前後には、金属の鎧を着た四人の騎馬兵が分かれて配置され、その後ろには革製の鎧を着て、ショートソードとバックラーで武装した20人の兵士が2列の隊列を作り、小走りで続いた。
王都からペーガソス領の入り口までは丘陵地帯が続く。途中のキタルファを通過したのは、夕方にさしかかっていた。馬車は街の北を通り過ぎた。馬車はここまで休まず走り続けている。後ろの兵士達の様子は、ウォリディ達には分からないが、そろそろ体力の限界に達しているだろう。だが、ファーリは急いでいるのか、街で休憩する気はないようだ。
街の南東1キロ、進む街道の右手の丘の上に何本もの石柱が見えた。遺跡だ。
馬車は突如、馬車の行く手を阻むように街道脇で爆発が起きた。先頭をゆく騎馬の1頭が驚いて身体を跳ね上げ、騎士が落ちた。馬車は止まり、騎馬兵は馬車を守るように集まり、辺りを見回して襲撃者を捜した。馬車からはモーリスが身体を乗り出し、左右を見回した。
2回目の爆発が、馬車の後ろに続いていた兵士の真ん中で起きた。兵士の5人ほどがその場で倒れ、3人は動けなくなり、2人は怪我をしたのか地面で悶えていた。今の爆発は、火球だった。モーリスは、火球が飛んできた方向を目で辿った。
右手の丘の上に、何本もの巨大な石柱が環状に配置された遺跡がある。そこから左へ100メートルほど視線を移動した先に、マントに身を包み、大きな帽子を被った長身の男が立っていた。モーリスはその男を知っていた。男は杖のようなものを捨てた。火球は、その杖を使ったものに違いない。魔法が使えない人でも、マジックアイテムの力を借りれば可能だ。
「いたぞ、ルロイだ! お前達、ついてこい」
モーリスはロングソードを背負いながら馬車から降りると、動ける残りの兵士に対して大声で命令した。兵士達は無表情でそれに従い、彼と共に遺跡に向かって掛けだした。ルロイと呼ばれた男、ロイは剣を抜いて、遺跡に向かって走り出した。
「馬鹿者。ホムンクルスを全員連れて行くな!」
ファーリは馬車の右側の窓から顔を出し、怒鳴った。
「安心しろ。ここで決着を付けてやる」
モーリスは走りながら、背中でそう返した。彼の後に15人が続いた。
「違う。何か企んでいるに違いない」
フェルディナンドは、馬車の左側の窓から外を見た。彼の思ったとおり、茂みの中からグラディウスを抜いた男が迫ってきた。男は、フェルディナンドの顔を見て足を止めた。
「マリオンだ。ルロイは囮だ」
フェルディナンドが言った。マリオンは舌打ちしながら左手を彼に向け、氷の矢を放った。フェルディナンドは右手を差し出して空中に赤い1メートルほどの丸い光の盾を出し、氷の矢を防いだ。
マリオンは向きを変え、ロイの逃げた遺跡を目指した。途中、生き残っていたホムンクルス兵2人にグラディウスを振るった。
「フェルディナンド。お前も行け。わしは先に屋敷に戻る」
「奴を連れ帰れば、研究費を弾んで貰えるのでしょうな?」
「それくらいなら、考えてやる。その娘も連れて行け。奴の大事な女らしいからな」
ファーリは、ウォリディの左腕を掴んでフェルディナンドの方に押しやった。ウォリディは短い悲鳴を上げた。
「木偶の坊。ファーリ様を守れよ」
フェルディナンドは黙って座っているベネディクトにそう言い、ウォリディの右腕を掴んで馬車を降りた。ウォリディは、振り返ってジルの顔を見た。ジルは、心配ないと小さく頷くのが見えた。馬車は、無事だった騎馬兵3人と共に走り出した。地面に落ちた騎兵はその場に残された。
ロイは走った。まだ剣は抜かない。右後方からたくさんの足音が迫ってくる。いくつか悲鳴が聞こえ、
「畜生。ジョゼフもいたのか」
というモーリスの声が聞こえた。おそらく、マリオンが魔法攻撃で、背後からモーリスの集団を襲ったのだろう。モーリスはマリオンを、前世の名前で呼んだ。
マリオンが近くにいるのなら、一度合流した方がいいと判断したロイは右へ大きく回り、今度は追っ手の集団に向かっていった。集団はまだ10人以上いる。先頭にはモーリス。集団の後方にマリオン。そのさらに後ろに、足の遅いフェルディナンドが、ウォリディを引っ張りながら早歩きで向かってきている。そして、ファーリ達を乗せた馬車が猛スピードで離れていく。救出は失敗したことが分かった。
ロイは走りながら、カットラスを抜いた。先頭に立っていたモーリスのロングソードを弾いた。モーリスは剣の腕もあるが、持久力が高い。斬り合いで時間を掛けるのは不利になる。ロイは、彼をやり過ごし、後か来る兵士を先に倒すことにした。
剣を左右に振り、何人かに斬りつけた。斬りかかってくる兵と取っ組み合いになるのは避け、兵達の間を走り抜け、倒せる相手だけ倒していく。ホムンクルスの兵達は経験が浅いのか、それともロイたちと違って死者の魂を入れられていないのか、動きは新参者の傭兵にも劣る。だが、数が多く、ロイは時にはマントで相手の剣をいなしながら逃げ、剣を振るった。兵達の中には魔法攻撃を放つ者もいたが、魔法防御力の高いロイには通じず、むしろ周りの味方を攻撃する形となった。
モーリスが再びロイに迫る。そこに、マリオンが追いついた。敵味方が入り乱れての戦いになる。ロイとマリオンは、互いに背中合わせとなった。
「どうして遺跡に逃げ込まなかった」
グラディウスとダガーでホムンクルス兵と応戦しながら、マリオンは聞いた。
「嫌なことを思い出していた。前世で死んだ直前が、丁度こんな感じだった。お前こそ、救出に失敗しただろう」
ロイも戦いながら、背中で答える。
「フェルディナンドに感付かれたんだ。あのクソ親父、良い勘していやがる」
「あいつも歳を取って足は遅いが、じきに来る。ウォリディが人質になっている」
「どうする? お嬢さんを見捨てれば、この場を切り抜けられるが」
「馬鹿なことを言うな。俺は彼女を見捨てない」
背中のマリオンの提案に、ロイは抗議の声を上げる。
「奇遇だな。俺も同じ意見だ」
「このままじゃ、勝ち目はない。せめて一対一に持ち込まないと。遺跡に逃げ込むぞ」
「ああ。そうしよう。突破口を開くぞ」
マリオンは言い、剣を振り回しながら前へ進んだ、と見せかけて振り返った。そしてロイに向かって特大の火炎魔法を放った。ロイを含めた何人かがその炎に巻き込まれた。巻き込まれた兵は黒焦げになって倒れたが、ロイは炎の影響を受けず、遺跡に向かって走り出した。マリオンは彼と違う方向へ走りながら、遺跡を目指した。マリオンの足はロイより速く、途中でロイを追い越した。
ロイとマリオンを追って、8人の兵士が追う。モーリスは追わず、フェルディナンドの到着を待った。初老のフェルディナンドには、300メートルちょっとの駆け足で体力を奪われた。彼は肩で息をしながら、モーリスに聞いた。
「お前は何故、後を追わない?」
「あんたを待っていたのさ。その娘は?」
「人質だ。いざというときに使えるだろう」
「そうか。先に行っている。早く来いよ」
モーリスは、重いロングソードを引きずるように走り出した。
「全く。少しは老体を労れ。娘、ついて来い」
フェルディナンドはウォリディの腕を掴み、早足で後に続いた。
ロイとマリオンが逃げ込んだ遺跡は、丘の頂上に数メートル四方の平たく四角い石が置かれていた。祭壇だ。祭壇の周りは直径100メートルほどの広場になっていて、その周囲を高さ10メートル、胴囲もそれくらいありそうな石柱が3列の環状に並んでいる。石柱の間隔も10メートルほどと一定で、石の列の間は武器を振るにはギリギリ。一説では巨大な魔方陣か、何かを召喚する儀式の場だろうと言われている。
ロイとマリオンは遺跡に入り、3列の石柱のそれぞれの間に分かれて入り、円を描くように反時計回りに走った。追ってくる兵士も二手に分かれ、石柱の間を1列になって走る。円の中心寄りを走ったロイは、左の石柱の裏側に回り、反対側から姿を現した。
追手の兵士2人はそのまま走り去り、3人目の前に現れたかたちだ。その男を上段から斬り、続く4人目は剣を振り上げて倒す。気づいて戻ってきた2人目、1人目も順番に倒した。
マリオンも左側の石柱に身を隠した。彼の場合は剣を後ろに突き出して止まった。追ってきた1人目が、自ら彼の剣に突き刺さった。その剣を抜き、2人目の剣を右手のグラディウスで受け、左手のダガーで胸を突いた。
マリオンは遺跡中央の広場に移動し、3人目の剣をダガーで受け、グラディウスで斬りつけた。だが、力が弱く切り傷を負わせたものの、その男はまだ向かってきた。マリオンは男に突進しながら、グラディウスを突き立てた。体重を掛けた突きは、男を戦闘不能にした。4人目は、追いついたロイがその背中を切って倒した。
モーリスは一足先に遺跡に入った。耳を澄まし、音を頼りにロイたちを追う。
ロイとマリオンは、広場の石の前で立っていた。どうやら最後の兵を倒したところらしい。少なくともロイの息は上がっていた。マリオンはまだ余裕があるらしい。モーリスは石柱に身を隠しながら静かに2人に接近し、ロイに斬りかかった。ロイは振り返って、モーリスの上段からの斬り込みを、剣を横に構えて弾いた。
マリオンが、ロイとモーリスの間に割って入った。モーリスは飛び退いた。
「2対1か?」
「いや。お前の相手は俺で十分だ」
モーリスに、マリオンは答えた。マリオンはモーリスを睨みながら、
「ロイ。お嬢さんを助けてやれ」
「分かった。ここは任せる」
「ああ」
マリオンがそう答えたのを確認したロイは、身を翻して走り去った。マリオンは右手のグラディウスを体の前に突き出し、左手のダガーは顎の前で構えた。
「良いのか? ジョゼフ。お前では、俺には勝てないのに」
モーリスは再び、マリオンを前世の名で呼んだ。ロングソードを頭上で横に構えた。
「良かっただろう? ハンディキャップがもらえて。俺がジョゼフだった頃は、お前は一度も俺に勝てなかった。今世と前世の分の借り、仲間の分も含めてきっちり返してやる」
「昔のことは忘れたな」
マリオンの言葉に、モーリスはとぼけて返した。
「前世では、一族全員が死んだ。今世では、強制的に戦闘奴隷にされた仲間が6人死んだ。どっちも、お前の裏切りのせいだ」
マリオンとモーリスは、同時に動いた。
「それがどうした。前の人生でも、今も、俺はいつも誰かの後塵を拝してきた。今度こそ、俺が主役の人生を生きる」
「何を言っていやがる。お前は分家でも筆頭株で、それなりの地位だったのに、それに飽き足らずに本家を襲った。今世でも、自分の身可愛さのために仲間を売った。そのせいで何人死んだと思っている」
「お前こそ、本家でいい思いをしていただろう。それが気に入らなかったんだ」
「冗談じゃない。いつもお前達の尻拭いで、大忙しだったよ」
2人は言い合いながら剣を交える。マリオンは俊敏さを得た代わりに、打撃力が弱い。モーリスは持久力が高いが、彼も打撃力が弱い。マリオンは、モーリスに浅い傷をたくさん負わせた。モーリスは、弱い打撃力を、剣の重さで補った。一撃でも当たればマリオンはひとたまりもないだろう。今のところ、マリオンはギリギリ回避している。
「どうだ。そろそろ息が切れてきた頃だろう」
持久力に長けるモーリスが、笑みを浮かべながら言う。対するマリオンは息が上がっていた。
「まだまだ。ようやく身体が温まってきたところだ」
マリオンは答えるが、負け惜しみにしか聞こえない。
「これでもまだ、そう言っていられるか?」
モーリスの大振りの剣が左上から右下に振り下ろされた。マリオンは素早くモーリスの左側に回り込み、すれ違いざまに体を左に捻ると同時にダガーと、そしてグラディウスを振った。どちらかがモーリスの首を捉えた。それで十分だった。
「ぐぁっ」
モーリスは剣を落とし、首の左側を両手で押さえた。手の間から赤い液体が激しく流れた。そして彼は、急にその場に崩れ落ちた。
「油断したな。打撃は弱くても、致命傷は与えられるんだぜ」
マリオンの声は、おそらくモーリスには届いていなかった。
フェルディナンドが遺跡に着いたのは、マリオンとモーリスの決着がついた頃だ。ウォリディは彼から逃げようと抵抗するので、どうしても歩みが遅くなった。
「早く来い!」
「痛い。放して! どこへ行くのよ」
「お前は、奴をおびき出す餌だ。さあ、大声でルロイを呼べ」
「嫌よ。そんなこと、出来ない」
「出来ないというのなら、言うことを聞く奴と中身を入れ替えてやろう」
フェルディナンドはウォリディを石柱の前に突き飛ばし、彼女は短い悲鳴を上げた。彼は、背中に隠し持っていた鞄から本を取り出た。ハードカバーで、かろうじて片手で持てるが、厚く重い本だ。彼は、その本のページをめくった。
「これだ。新しい魂を連れてくる時間はないからな。この近くにいる動物の魂でも利用させて貰おう」
フェルディナンドは、近くに落ちていた石を拾い、土の軟らかそうなところを見つけて、本に描かれている魔方陣を地面に描き始めた。ウォリディは両手首を動かしてロープを外そうとしたが、きつくて上手くいかない。だが、足は縛られていなかった。
「ロイ。来ちゃ駄目! この人、また私を操ろうとしている」
ウォリディは立ち上がり、近くにいるかも知れないロイに向かって大声で叫んだ。そしてそのまま逃げようとした。
「黙れ。逃げるな!」
フェルディナンドは右手をウォリディに向け、電撃を放った。雷のような光が、彼女のすぐそばにあった石柱に当たり、その部分が砕けて穴が開いた。破片がウォリディに降りかかった。悲鳴と共に、ウォリディは身体を縮めて地面に伏せ、縛られた両手を頭に乗せた。
「今度逃げようとしたら、次は頭に当ててやるからな」
ウォリディは逃げる気力を失ったのか、その場で震えている。フェルディナンドは、描きかけた魔方陣に向かった。その向こうから、剣を右脇に構えたロイが突っかかってきた。
フェルディナンドは反射的に身体を右に反らしてロイを避けた。その拍子に、持っていた本が地面に転がった。ロイはそのまま走り抜け、振り返り、ウォリディを守るように立ち止まった。書きかけだった魔法陣は、ロイの足で大きく形が崩れた。
「ウォリディ。逃げろ」
ロイは両手を広げてフェルディナンドと対峙しつつ、背中でウォリディに言った。ロイが来たことを知ったウォリディは、強ばった顔が急にほころんだ。しかし、足に力が入らず、立てなかった。
「ごめんなさい。腰が抜けて、動けない」
彼女は答えた。ロイは、目だけ動かした。早く彼女を起こしたかったが、フェルディナンドに背を向けることは出来ない。
「ルロイ。ようやく現れたか。今すぐ戻ってこい。創造主の命令だ」
「俺の名は室井輝政だ。姫を害する者は許さない」
「別に、お前の生死は問わない。身体の一部だけでもあれば十分だ。ギガント・サンダーボルト!」」
フェルディナンドが電撃魔法を放った。先ほどの電撃とは比べものにならない、まるで本物の雷のようだった。猛烈な破裂音がロイに当たった。
「がっ」
ロイは、おそらく今世で初めて、魔法を受けて跪いた。右腕が焼けただれ、剣が落ちた。
「お前の魔法防御力を越えた魔法だ。無事ではいられまい」
フェルディナンドは言ったが、自分自身もふらついた。先ほどのバッグから薬品の入った小瓶を取り出し、蓋を開けて一気飲みする。どうやら魔力回復薬のようだ。
「しかし、効率が悪いな。これでは、お前を倒す前に薬が切れる」
ウォリディは縛られた手と膝で這うように動いてロイの背中にたどり着き、彼の右腕に癒しの光を放った。
「ウォリディ。早く逃げろ。頼む」
「駄目よ。あなたの怪我を治さないと」
「それは後だ」
ロイはそう言って左手で剣を拾い、前に構えながら左へゆっくり動いた。攻撃を受ける自分がウォリディから離れるためであり、先ほどの魔法が当たれば、次は命がないと分かったからだ。
再び電撃魔法が来た。威力が弱いが、ロイはそれを避けた。威力が弱いのは、フェルディナンドが彼を確実に仕留めるために魔力を温存しているのだろう。何度か電撃が放たれ、ロイはそれを避けた。そのうちの一撃が石柱に当たり、破片がロイの身体に当たった。それはちょうど、怪我を負った右腕の部分だ。ロイは激痛に顔をゆがめた。
「なるほど。魔法によって生じた物理攻撃は通じるのか」
フェルディナンドは、さらに数多くの電撃を放った。ロイはマントを翻して破片をはね除けたが、大きな破片がいくつか当たり、その度に彼は動きを止めた。
「はっはっはっ。最初からこうしておけば良かったのだ。これなら魔力切れを起こさずに済む」
フェルディナンドの攻撃がさらに激しくなる。彼は電撃の他、火球や氷の矢を幾つも放った。その代わり、精度はかなり落ち、ロイがいないところへも当たっている。それでも、魔法の当たった石柱から落ちてくる破片がロイに幾つも当たり、ついにはフェルディナンドの前で跪いた。すぐに石柱を背にして、かろうじて立ち上がるが、痛みを堪えるので精一杯だ。フェルディナンドが近づいてきた。距離は5メートルほど。剣は届かない。
「ちょうど良い墓標が出来たな。安心しろ。次に目覚めたときは、違う自分になっている」
フェルディナンドは両腕を前に構えながら言った。どうやら、ロイを殺し、身体を修復した後で、誰かの魂を入れるつもりのようだ。ベネディクトに対しても、同じことをしたのだろう。
ロイは黙っていた。フェルディナンドは両腕を天に向けた。彼の頭上で直径2メートルほどの大きな氷塊ができあがった。最大魔力でロイにダメージを与えるつもりだ。仮にロイの魔法防御力が勝っても、氷塊が石柱に当たれば、石柱が彼を押し潰すだろう。
フェルディナンドは両腕を前に振り下ろした。氷塊がロイに迫った。ロイは転がるように右前に飛んだ。魔法を放った後のフェルディナンドは無防備だ。だが、怪我を負ったロイは、立ち上がるのに時間が掛かった。
氷塊が、先ほどまでロイが背にしていた石柱に当たった。石柱が折れ、前に倒れる。ロイはギリギリ石柱から逃れた。石柱の倒れる先に、フェルディナンドがいた。フェルディナンドは身を翻して逃げようとする。ロイは剣を振るって、フェルディナンドの右アキレス腱を斬った。フェルディナンドが倒れた。その上に、石柱が倒れた。
フェルディナンドは下半身を石柱に押しつぶされていた。石柱から逃れようと藻掻くが、石を動かすには何十人もの人手が必要だろう。
「おのれ……ルロイ。早く助けろ」
ロイは、口から血を吐くフェルディナンドに近づき、見下ろした。フェルディナンドは、彼の冷たい視線に気付いた。
「さぞや気分が良いことだろう。お前達の復讐は叶った。だが、わしが死ねば、お前達は2度と生き返ることは出来ないのだぞ。それでも良いのか?」
フェルディナンドは、ロイに再考させるように言った。だが、ロイを説得するには、そもそも考え方が初めから違っていた。
「誰が黄泉の国から戻らせてくれと頼んだ?」
「死んだ時、この世に未練があったのではないのか? 私が選んだのは、そういう魂だ」
「この世に未練があったなら、幽霊にでもなっただろう。だが、お前の手を借りるのはごめんだ」
「早く……助け……ろ」
「分かった。楽にしてやる。誰かに蘇らせて貰え」
ロイは、フェルディナンドの胸に剣を突き立てた。フェルディナンドは何もしゃべらなくなった。
ロイは彼の身体から剣を抜き、振り返った。その胸元に、ウォリディが飛び込んできた。
「ロイ。ありがとう」
彼女は泣いていた。ロイは、右手は動かないし、左手は剣を持っているので、身動きがとれない。ただ、そのままでいるのも恥ずかしいので、身体を少し引いた。
「遅くなった。ただ、まだ終わっていない。ジルを助けないと」
「そうだ。俺たちの仕事はまだ残っている」
広場のほうからマリオンが姿を現した。ウォリディにも恥ずかしい感情が芽生えたのか、さっとロイから離れた。
「かわいそうに。手を縛られて。痛かっただろう」
マリオンはウォリディの手を取り、ロープをほどいた。そして、重度のやけどをっ多様なロイの右手を見て、
「ロイ。右手は大丈夫か?」
「あまり大丈夫じゃないな。彼女にヒールを掛けて貰っているが、この通りだ」
「相変わらず時間が掛かるな」
「無茶を言わないでくれ。俺にはどうにもならない」
「私が剣をしまってあげる」
ウォリディはロイの抜き身のままの剣を見て、手を伸ばした。それをマリオンが制し、
「お嬢さんのきれいな手に傷がついたら大変だ。俺がやるよ」
といって、ロイから剣と鞘を取った。普段使わない武器で慣れないようだが、剣を鞘に戻して、ロイに渡した。
「ありがとう。さて、これからだが、どうする?」
ロイは2人を交互に見た。
「ジルは攫われたが、お嬢さんは救えた。ファーリは屋敷に帰り、守りを固めるだろう。奴を仕留めるのは無理だ」
「でも、ジル先生を助けないと」
マリオンとウォリディは答えた。
「だが、奴らが待ち構えている。話し合いで解決出来るとも思えない。このまま逃げるという手もある」
ロイは言った。ウォリディは驚き呆れ、
「先生を見捨てるの?」
「行けば、みんな死ぬ。それでも行くか?」
ロイは冷静に答えた。ウォリディはさらに言おうとするが、厳しい状況との葛藤で言葉が出ない。マリオンは不敵な笑みを浮かべた。
「悪いが、俺はお嬢を見捨てられるほど大人じゃない」
「じゃあ、お前は俺と同じ、大馬鹿者だ」
ロイは答えた。ウォリディの顔が明るくなった。
「じゃあ、助けに行くのね?」
「だが、このままじゃ無駄死になる。作戦は……とりあえず歩きながら考えるか」
マリオンはお手上げのポーズを取りながら言った。
「相変わらず、楽天家だな」
「だからこそ、ここまで生きてこられたのさ」
「何を言っている。10年前に死んだくせに」
「お前もな」
ロイはようやく笑顔を見せた。ウォリディはふと、傍らに落ちている本に気付いた。フェルディナンドの持っていた本だ。
「この本、どうする?」
「心の書だとさ。ろくでもない魔道書のようだが、ここに置いていったら誰かが悪用するかも知れないから、持って行こう。あとでジルに渡す」
「分かった。私が持って行くわ」
ウォリディは、自分の肩掛け鞄に本を押し込んだ。
「さあ、行きましょう。でも、どこへ向かうの?」
「ペーガソス領だ。ファーリの屋敷がある。そして、俺たちの今世の故郷だ」
ロイは答えた。
第10話 創造主にさよならを おわり




