第7話 新しい拠点と、剣士としての初戦闘
木曜日の午前零時に引き当てたR《魔鉄の片手剣》を、俺はもう一度アイテムボックスから取り出した。
攻撃力三十二。特殊効果は《魔力伝導・小》。
ステータス上の装備条件も満たしており、剣士の職業と組み合わせれば、かなりの戦力になるはずだった。
もっとも、剣を手に入れたからといって、すぐに強くなれるわけではない。
鞘から抜いて構えてみると、想像していたより重かった。
刃渡りは七十センチほど。柄と鍔を含めれば、それなりの長さになる。刃は青黒い金属で作られており、指で軽く触れただけでも、尋常ではない鋭さが伝わってきた。
こんなものをマンションの室内で振り回す気にはなれなかった。
俺は刃を布で覆い、構えと握り方だけを確認したところで、アイテムボックスへ収納した。
『圭吾、試さないの?』
足元に座っていたサクが、不思議そうに見上げてくる。
「試したいのは山々なんだけどな。ここで壁に穴を開けたら、修理代が馬鹿にならん」
『剣って、壁を切るためのものじゃないでしょ』
「もちろん違う。でも、慣れないうちは何が起こるか分からないからな」
サクは少し考えてから、納得したように頷いた。
『じゃあ、広い家に行ってからだね』
「そういうことだ」
ちょうど、その日の午後に不動産会社から連絡が入った。
以前申し込んでいた庭付きの平屋について、入居審査が通ったという知らせだった。
大家さんとの条件調整も終わり、物置の傷んでいた扉は入居前に修理してもらえるらしい。
家賃は月九万八千円。
今のマンションより負担は増えるが、広い庭と作業場を使えるなら十分に価値がある。
俺は契約を進め、翌週末に引っ越すことにした。
そして、金曜日の午前零時。
いつものデイリーガチャで、妙なものを引き当てた。
《R確定》
《魔道具を獲得しました》
《R 稽古用魔導木偶の核》
現れたのは、握り拳ほどの木製の球だった。
表面には細かな溝が彫られ、その間を青白い光がゆっくりと流れている。
鑑定すると、思わず笑ってしまうような説明が出てきた。
《稽古用魔導木偶の核》
レアリティ:R
分類:訓練用魔道具
効果:人型の魔導木偶を生成し、模擬戦闘を行う。
戦闘難度:初級・中級
使用者の魔力を供給することで稼働。
訓練中の損傷は停止後に自動修復される。
備考:模擬戦闘による職業・戦闘系スキルの熟練度獲得が可能。
注意:使用者の負傷を完全に防止するものではない。
「……なるほど。剣を引いた翌日に、練習相手まで出してくれるのか」
『それ、動くの?』
サクが興味深そうに核を覗き込む。
「説明によれば、俺と戦ってくれるらしい」
『じゃあ、僕も相手にしてもらえるかな』
「まずは俺が試してからだな。どんな動きをするのか分からないし」
『分かった。ちゃんと見てるよ』
サクは素直に引き下がった。
ただ、その尻尾は随分と楽しそうに揺れていた。
俺も同じ気持ちだった。
今までの訓練は、ほとんどが素振りと足運びの練習だった。身体強化によって動きが良くなっていることは実感できたが、実際の相手がいるわけではない。
攻撃を避けることも、剣を受け止めることも、相手の隙を狙うことも試せなかった。
それが、この魔道具ならできる。
ただし、今のマンションには十分な空間がない。
俺は魔導木偶の核をアイテムボックスへ収納し、新居で最初に試す道具として登録した。
◇
それからの一週間は、仕事と引っ越しの準備で慌ただしく過ぎていった。
もちろん、デイリーガチャは欠かさず引いている。
低レアリティの素材や消耗品が中心で、URのような大当たりはなかったが、収納容量に余裕があるおかげで、出てきた品物の置き場所に困ることはなかった。
ガチャで手に入れたものは、使う予定のある品物と、強化素材として残しておく品物に分けて保管する。
装備の限界突破には同一装備や指定素材が必要になるため、低レアリティだからといって簡単に処分するつもりはない。
その間も、身体強化と剣士の訓練は続けた。
新しいスキルを覚えることはできなかったが、以前より身体の動きは安定している。
サクも《月影》の使用時間が少し延び、短い時間なら輪郭をほとんど見失うほど気配を薄くできるようになった。
ただし、《風走》はまだ本格的に試していない。
あれは広い場所が必要になる。
そして迎えた、翌週の土曜日。
俺は朝から引っ越し業者の到着を待っていた。
大型の家具や家電は業者へ任せ、衣類や小物は段ボールへ詰めて運んでもらう。普通の引っ越しと違うのは、貴重な魔道具や武器をすべてアイテムボックスへ収納していることくらいだ。
契約獣の交感指輪も、目立たないように右手にはめている。
サクは作業中、契約領域で休んでもらった。
引っ越し業者の目の前で銀白色の狼が突然現れたら、説明が面倒になるからだ。
午後三時過ぎ、荷物の搬入が終わった。
業者が帰ったあと、俺は新居の玄関に立ち、改めて家の中を見回した。
築年数は古いが、手入れは行き届いている。
リビングには大きな窓があり、そこから庭の緑が見えた。隣の畑との境には低い生垣が続き、奥には目隠しのある作業スペースが広がっている。
物置も修理され、扉が滑らかに動くようになっていた。
「よし。ようやく拠点らしくなったな」
俺はリビングの中央へ移動し、サクを召喚した。
銀色の魔法陣が広がり、小さな狼が姿を現す。
『ここが新しい家?』
「ああ。今日からここで暮らすぞ」
サクは部屋の中を見回したあと、窓際へ駆け寄った。
『あっち、外に出られるんだね』
「庭につながってる。まずは見に行くか」
窓を開けると、草と土の匂いを含んだ風が流れ込んできた。
サクは一瞬だけ足を止め、それから勢いよく庭へ飛び出した。
芝生の上を走り、庭の端で方向を変える。小さな身体が銀白色の弧を描き、あっという間に反対側へ移動した。
『広い! 圭吾、ここなら走れるよ!』
「そうだな。ただ、いきなり全力で走るなよ。まだ庭の状態を全部確認してないんだから」
『分かってる。まずは一周するだけ』
そう言いながら、サクは庭をぐるりと回った。
今までのマンションでは見られなかった動きだ。
尻尾を高く上げ、芝生を蹴りながら軽やかに走っている。
俺はその様子を眺め、引っ越しを決めてよかったと思った。
もちろん、費用は掛かった。
しかし、ここならサクも自由に動けるし、俺も身体強化や剣術の訓練を続けられる。
今後召喚獣が増えたとしても、契約領域と庭を使い分ければ対応できるだろう。
今は、それで十分だった。
◇
荷ほどきをひと区切りつけたあと、俺は物置の横にある作業スペースへ向かった。
広さは乗用車二台分ほど。地面は平らに整えられており、周囲には目隠しがある。
剣を振るには十分な空間だった。
俺はアイテムボックスから《魔鉄の片手剣》を取り出した。
鞘から刃を抜くと、青黒い金属が夕方の光を受けて鈍く輝いた。
装備画面を開く。
《魔鉄の片手剣+0》
レアリティ:R
攻撃力:32
特殊効果:《魔力伝導・小》
装備条件:筋力10以上
限界突破:0/5
握り直すと、剣士の職業スキルが反応した。
《剣術基礎 Lv.1》
手首と肩の位置を意識しながら、ゆっくり剣を振る。
練習用の剣とは違う重さがあるため、最初は少し動きがぎこちなかった。
だが、何度か繰り返すうちに、力の掛け方が分かってきた。
『圭吾、その剣、思ってたより重そうだね』
サクが少し離れたところへ座り、こちらを見ている。
「ああ。でも、振り回すだけなら何とかなりそうだ」
『さっきから、止めるときに肩が上がってるよ』
「そこはまだ慣れないな。軽い練習用とは違う」
俺は一度剣を下ろし、呼吸を整えた。
次に試したいのは、特殊効果の《魔力伝導》だ。
身体強化や生活魔法を使うときの感覚を思い出しながら、右手から剣へ魔力を流してみる。
最初は何も起こらなかった。
しかし、何度か試すうちに、柄を通じて何かが刃へ流れていく感覚を掴んだ。
青黒い金属の表面に、淡い光が浮かび上がる。
《魔力伝導を確認しました》
《魔鉄の片手剣の性能が一時的に上昇します》
「なるほど。こういう仕組みか」
魔力を流している間、剣の内部に細かな振動のような感覚があった。
鑑定によれば、切れ味と耐久性が向上しているらしい。
ただし、魔力の消費も発生している。
長時間維持するより、必要な瞬間だけ使った方が効率はよさそうだ。
「これは面白いな。身体強化だけじゃなく、武器にも魔力を使えるわけか」
『僕の風走と似てるね。使いたいときだけ流せばいいんだよ』
「そうだな。今度は相手がいる状態で試してみよう」
俺は剣を鞘へ戻し、アイテムボックスから木製の球を取り出した。
R《稽古用魔導木偶の核》。
いよいよ、これの出番だった。
説明を確認すると、使用するには半径三メートル以上の空間が必要とある。
目の前の作業スペースなら、条件は満たしている。
「サク、少し離れてくれ。何が出てくるか分からないからな」
『うん。ちゃんと見てるよ』
サクが庭の端へ移動する。
俺は木製の球を地面へ置き、起動を選択した。
《稽古用魔導木偶を起動します》
《戦闘難度を選択してください》
《初級/中級》
まずは初級だろう。
俺が選択すると、木製の球が青白い光を放った。
地面に円形の模様が広がり、その中央から木の枝のようなものが次々と伸びていく。
枝は互いに組み合わさり、腕となり、脚となり、最後に胴体を形成した。
数秒後、目の前には身長百六十センチほどの木偶人形が立っていた。全身が木で作られており、顔に当たる部分には目も鼻もない。
右手に練習用の剣に似た木剣を握り、関節部分には青い光が走っている。
《稽古用魔導木偶》
戦闘難度:初級
装備:木剣
攻撃方式:近接戦闘
訓練目的:剣術・回避・防御・間合いの習得
《模擬戦闘を開始しますか?》
「初級か。どの程度の強さなんだろうな」
『圭吾、気をつけてね。あれ、ちゃんと動けるみたい』
「分かってる。まずは様子を見るよ」
俺は魔鉄の片手剣を構えた。
開始を選択した瞬間、木偶人形が動き出した。
◇
最初の一撃を避けたところまでは、よかった。
相手が剣を振り上げたのを見て、俺は右へ身体を移動させた。木製の刃が肩の横を通り過ぎ、風を切る音が耳に届く。
しかし、そこで安心したのが間違いだった。
追ってきた木製の剣が、俺の左肩をかすめた。
木偶人形は踏み込みながら剣の軌道を変えてきたらしい。鈍い衝撃が肩口を打ち、身体が横へ流れる。
慌てて距離を取ろうとしたところへ、今度は下から突き上げるような一撃が来た。
「くそっ、思っていたより厄介だな!」
俺は《身体強化》を発動し、後方へ跳んだ。
靴底が地面を擦り、砂利が飛び散る。どうにか間合いを外したものの、相手は逃がすつもりがないらしく、すぐにこちらへ向き直った。
『圭吾、右から来るよ!』
少し離れた場所で見ていたサクの声が、頭の中に響いた。
言われるより早く、木偶人形が動いている。
俺は魔鉄の片手剣を両手で握り直し、相手の攻撃を受け止めた。
硬い音が響き、腕に衝撃が走る。
剣を押し返したところで、木偶人形の左脚が踏み込んできた。
次の攻撃を避けるには、もう身体が間に合わない。
《危険判定》
《模擬戦闘を中断します》
木偶人形の動きが、ぴたりと止まった。
突き出された木剣は、俺の腹から十センチほどのところで静止している。
「……参った。完全に負けたな」
俺は深く息を吐き、剣を下ろした。
初めての本格的な模擬戦闘は、開始からわずか四十二秒で終わった。
左肩を押さえると少し痛んだが、鑑定でも軽い打撲と表示されていた。
「いやあ、初級でこれか。ずいぶん本格的な訓練道具だな」
『圭吾、相手の剣ばっかり見てたよ』
サクが近づいてきた。
「剣を追うだけで精一杯だったよ」
『うん。剣が動いてから避けようとしてた。相手の身体が先に動いてるのに』
言われてみれば、そのとおりだった。
木偶人形が踏み込んでから、剣が動く。
それなのに俺は、剣の軌道ばかり追い掛けていた。
相手がどちらへ移動するのか、次に何を狙っているのかまで考える余裕がなかった。
「なるほど。サクにはそう見えたのか」
『僕は四本足だから、人間の動きと同じじゃないけどね。でも、どこへ動くかは足を見ると結構分かるよ』
「確かに、人間でも踏み込みには癖があるからな」
俺は木偶人形へ視線を戻した。
初級といっても、ただ剣を振るだけの人形ではない。
こちらの動きに合わせて間合いを変え、隙があれば追撃してくる。
ならば、こちらも考えて戦う必要がある。
「サク、もう一度やってみる。今度は相手の足運びも見るよ」
『分かった。僕も気づいたことがあれば教えるね』
俺は肩を軽く回してから、再び剣を構えた。
今度は最初から身体強化を使わない。
相手の動きを観察し、自分がどこへ動けば安全なのか考えることに集中する。
《模擬戦闘を開始します》
木偶人形が剣を構え、右足を前へ出す。続いて左肩が動いた。
俺は剣が振られる前に半歩だけ後ろへ下がった。
木製の刃が目の前を通り過ぎる。今度は慌てずに避けられた。
俺は相手の足元へ視線を向ける。
木偶人形は追撃しようと前へ出たが、こちらがさらに半歩下がったことで間合いが崩れた。
そこで俺は身体強化を発動した。
胸の奥から温かな感覚が広がり、脚へ力が通る。俺は踏み込むと同時に魔鉄の片手剣を振り上げ、相手の胴体へ斜めに打ち込んだ。
木製の表面に刃が触れた瞬間、青い光が走る。
《有効打》
木偶人形が一歩後退した。
「よし!」
しかし、喜んだのも束の間だった。
木偶人形はすぐに姿勢を立て直し、今度は下段から剣を振り上げてきた。
俺は何とか受け止めたものの、衝撃で腕が痺れた。
『圭吾、左へ!』
サクの声に従い、横へ動く。
木製の剣が空を切った。
そのまま追撃したかったが、身体強化による魔力消費が気になった。
長引かせると不利になる。
俺は一度距離を取り、相手の動きを観察した。
木偶人形が剣を構え直す。
その右足が踏み込まれる直前、わずかに重心が沈んだ。
次は右上からの攻撃だ。
俺は剣を受け止めず、身体を半歩ずらしてかわした。
相手の腕が伸び切ったところへ、左側から剣を打ち込む。
《有効打》
二度目の攻撃が決まった。
木偶人形の胴体に、淡い青色の線が浮かび上がる。
どうやら一定回数の有効打を与えれば、訓練は終了する仕組みらしい。
だが、相手も簡単には止まらない。
木剣が再び持ち上がる。
今度は正面から来た。
俺は身体強化で踏み込み、魔鉄の片手剣へ魔力を流した。
青黒い刃に淡い光が宿る。
相手の剣を横へ払い、そのまま胴体へ一撃を入れた。
《有効打》
《模擬戦闘終了》
《初級訓練に勝利しました》
木偶人形の動きが止まり、構えていた木剣を下ろした。
俺は数歩下がってから、ゆっくりと剣を鞘へ戻した。
呼吸が荒い。
肩と腕に疲労が残っている。
それでも、胸の奥には確かな達成感があった。
「……勝ったな」
『うん。今度はちゃんと相手の動きを見てたよ』
サクが嬉しそうに駆け寄ってきた。
俺はしゃがんで頭を撫でた。
「助かった。お前が見てくれてたおかげだよ」
『僕は見てただけだよ。最後に剣を当てたのは圭吾でしょ』
「それでも、相手の動きを教えてもらえたのは大きかった」
サクは少し考えてから、嬉しそうに尻尾を振った。
『じゃあ、次は僕も一緒にやりたい』
「いいぞ。ただし、最初は訓練の仕組みを確かめてからな。お前が怪我をしたら困る」
『分かってる。僕だって、無茶するつもりはないよ』
サクはそう言って、停止した木偶人形を眺めた。
どうやら次の相手として、すっかり興味を持ってしまったらしい。
◇
訓練を終えたあと、俺は魔導木偶の核を停止させた。
木偶人形の身体が細かな光となって崩れ、最後に木製の球だけが地面へ残る。
鑑定すると、内部の魔力が減少しているものの、道具そのものは正常だった。
一定時間休ませれば再び使用できるらしい。
使い捨てでないのはありがたい。
「これなら、何度でも練習相手になってもらえるな」
俺は核をアイテムボックスへ収納し、ステータスを開いた。
《ステータス》
名前:稲見圭吾
種族:人間
レベル:1
メイン職業:剣士 Lv.1
サブ職業:未解放
筋力:10(+2)
耐久:10
敏捷:10(+1)
魔力:10
器用:10
精神:10
《習得スキル》
鑑定 Lv.1
身体強化 Lv.1
生活魔法 Lv.1
アイテムボックス Lv.1
レベルはまだ一のままだ。
どうやら模擬戦闘だけでは、人物そのもののレベルは上がらないらしい。
だが、職業とスキルの欄には変化があった。
《剣士 Lv.1》
熟練度:86/100
《剣術基礎 Lv.1》
熟練度:61/100
《身体強化 Lv.1》
熟練度:48/100
引っ越しまでの訓練で増えていた熟練度が、木偶人形との戦闘によってさらに大きく上昇している。
「これは……思っていた以上に効率がいいな」
単なる素振りとは違い、相手の動きに対応しながら剣を振るため、実戦に近い経験が積めるのだろう。
しかも木偶人形は何度でも使用可能。
訓練難度も初級と中級の二段階ある。
今は初級に勝つのが精一杯だが、いずれ中級にも挑戦できるはずだ。
「レベル一でも、ここまでやれるようになるんだな」
『圭吾、まだ強くなれるよ。さっきだって、最初と最後じゃ動きが全然違ったから』
「ああ。俺もそう思う」
初めての模擬戦闘は、思っていた以上に難しかった。
身体強化があっても、相手の攻撃を見切れるわけではない。
剣士の職業を装備していても、経験のない攻撃へ即座に対応できるわけではない。
しかし、練習を重ねれば動きは変わる。
それを実際に確かめられたことが、何より嬉しかった。
俺は庭の端に置いた椅子へ腰掛け、冷たい水を飲んだ。
夕方の風が汗ばんだ首筋を通り抜けていく。
サクは足元で身体を伸ばし、芝生の匂いを確かめていた。
「なあ、サク。お前の訓練も、これから本格的に始めよう」
『うん。僕も早く強くなりたい』
「まずは風走だな。せっかく広い庭があるんだから、使い方を覚えていこう」
『それなら任せて。走るのは得意だから』
サクは嬉しそうに立ち上がり、俺の前で軽く身体を低くした。
今までのマンションでは試せなかった能力。
その効果を確かめるには、ちょうどいい場所が手に入った。
しかも、今後ガチャから別の召喚獣が出てきても、同じように訓練できる。
剣士の職業を育て、身体強化を伸ばし、魔法の扱いを覚える。
召喚獣と連携しながら、模擬戦闘で経験を積む。
これなら、日々のガチャで手に入れた能力を、ただ持っているだけで終わらせずに済む。
俺は魔鉄の片手剣をアイテムボックスから取り出し、もう一度だけ装備情報を確認した。
《魔鉄の片手剣+0》
レアリティ:R
攻撃力:32
特殊効果:《魔力伝導・小》
限界突破:0/5
まだ一度も限界突破していない。
同じ剣をあと五本集めれば、五凸まで強化できる可能性がある。
完凸すれば、一段階上のSR武器より基礎性能が高くなるという。
今の段階では、同じ武器が都合よく何本も出る保証はない。
それでも、ガチャの育成機能をさらに強化できれば、排出分野や特定アイテムを狙うこともできるようになる。
必要な装備を集め、職業を育て、召喚獣と一緒に強くなる。
ようやく、そのための環境が整った。
「さて、サク。今日はもう少し庭を走ってみるか」
『いいの?』
「ああ。引っ越しも終わったし、少しくらいは遊んでもいいだろ」
『じゃあ、圭吾も一緒に走ろうよ』
「俺もか?」
『もちろん。身体強化の練習になるでしょ』
なるほど。確かにそのとおりだ。
俺は笑いながら立ち上がり、剣を収納した。
「分かった。ただし、いきなり全力はなしだぞ」
『うん。でも、圭吾が遅かったら待ってあげるね』
「ずいぶん余裕だな」
『だって、僕は狼だから』
サクは楽しそうに尻尾を振り、庭の向こうへ走り出した。
その背中を追い掛けながら、俺は身体強化を発動する。
今までとは違う、広い空間。
土を踏みしめる感触も、風を切る音も、何もかもが新鮮だった。
そして、サクはまだ《風走》を使っていない。
つまり、あれでも本気ではないのだ。
「……これは、俺も相当鍛えないと追いつけそうにないな」
『圭吾、ちゃんと来てる?』
「ああ。今行くよ」
俺は笑いながら速度を上げた。
まだダンジョンも魔物も存在しない現代日本で、俺だけが異世界の武器と魔法を使い、召喚獣と一緒に訓練している。
その奇妙な日常が、今ではすっかり楽しくなっていた。
これから先、何が起こるのかは分からない。
だが、少なくともひとつだけ確かなことがある。
昨日までの俺と、今日の俺は違う。
その違いを、これからも少しずつ積み重ねていこうと思った。
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