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第6話 念願のアイテムボックスと、初めての収納実験

 目の前にあった衣装ケースが、音もなく消えた。


 透明なプラスチック製の箱には、冬物の衣類が詰まっている。重さはおよそ八キロ。さっきまで両手で抱えていたものが、指先を離した瞬間、跡形もなく消失したのだ。


 俺は何もなくなった床を見下ろし、それから自分の右手へ視線を移した。


「……これは、思っていた以上に便利だな」


『圭吾、あの箱どこに行ったの?』


 足元からサクが見上げてくる。


「俺のアイテムボックスの中だ。ほら、見てろ」


 収納した衣装ケースを思い浮かべ、取り出すよう意識する。


 次の瞬間、床の上に先ほどの箱が戻ってきた。位置も向きも指定したとおりで、蓋が開いたり、中身が散らばったりすることもない。


『面白いね。もう一回やって』


「お前も気に入ったか。俺もだよ」


 何度試しても、同じ結果だった。


 わずかな魔力と意思だけで、大きな荷物を収納し、好きなときに取り出せる。


 これまでに手に入れた異世界の道具も十分に便利だったが、日常生活での使い道という点では、間違いなく上位に入る能力だろう。


 もっとも、つい一時間ほど前まで、俺はこんなことができるとは思っていなかった。


     ◇


 火曜日の夜、俺は帰宅してから、買ってきた弁当を電子レンジへ入れた。


 仕事は少し長引いた。


 調達部では月末の発注調整が進んでおり、仕入れ先から提出された見積書にもいくつか確認事項があった。数字を一つ間違えるだけで、何百個という部品の仕入れ価格に影響が出る。


 異世界の能力を手に入れたからといって、会社の仕事が勝手に片づくわけではない。


 むしろ、今の俺には安定した収入が欠かせなかった。


 ノーマルガチャは一回一万円、レアガチャは十万円。無料ガチャだけでも十分楽しめるとはいえ、欲しいものを狙って引こうと思えば、それなりの資金が必要になる。


 先日、UR《ガチャ進化の核》を引き当てたことで、ガチャそのものを強化できるようになった。


 現在のデイリーガチャは一凸。Nの排出率が下がり、R以上が出やすくなっている。


 次の強化には《ガチャ強化結晶》が必要だが、今のところ入手できていない。


「まあ、そう簡単に完凸されたら、運営も困るんだろうな」


 そもそも運営と呼べる存在がいるのかさえ分からない。


 俺が独り言を漏らすと、ソファで寝そべっていたサクが顔を上げた。


『圭吾、今日はガチャを回さないの?』


「もう少しで日付が変わるからな。そのときに無料分を引くよ」


『昨日みたいに、何かいいものが出るといいね』


「ああ。できればアイテムボックスが欲しいところだ」


 サクは銀白色の尻尾をゆっくり振った。


『前にも言ってたよね。それ、今持ってる鞄とは違うの?』


「収納するという意味では似てるけど、鞄を持ち歩かなくて済むのが大きいな。武器や防具が増えたら、持ち運ぶだけでも大変になるだろ?」


『そっか。圭吾、まだ武器を持ってないもんね』


「そこは言わなくても分かってるよ」


 今の俺の職業はN《剣士》。


 職業スキルとして《剣術基礎》を習得しているが、本物の武器は一本も持っていない。


 ホームセンターで購入した柔らかい練習用の剣を使い、姿勢と足運びを確かめる程度だ。


 それでも、身体強化と組み合わせることで少しずつ動きは改善している。


 急に達人になれるわけではないが、何もしないよりはいい。


「そういえば、お前は魔力の扱いに慣れてるんだよな」


『風走を使うときは、自然に身体の中を流れるよ』


「俺はまだ、身体強化と生活魔法を使うときくらいしか感覚が分からないんだよ」


 月曜日の深夜から火曜日に変わったとき、デイリーガチャでR《生活魔法の書》を引いた。


 習得できたのは《灯火》《清水》《微風》の三種類。


 攻撃魔法ではないものの、何もないところから光や水を生み出せるというのは、実際に使ってみるとなかなか面白い。


 俺は食事を終えたあと、台所から空のコップを持ってきた。


「サク、少しだけ付き合ってくれるか?」


『いいよ。何をするの?』


「魔力の流れを確かめたい。まだ感覚で使ってるだけだからな」


 コップをテーブルへ置き、右手をかざす。


 《清水》を発動すると、指先の少し先に透明な水が生まれ、細い流れとなってコップへ落ちた。


 同時に、胸の奥から何かが抜けていく感覚がある。


 昨夜も感じた、魔力の消費だ。


 数秒ほどで魔法を止めると、コップの底に薄く水が溜まっていた。


「これで魔力を一つ消費したのか」


 ステータスには、残り魔力が九と表示されている。


 休息によって昨夜消費した魔力が回復していたことも確認できた。


『圭吾、魔力を出すとき、ちょっと力みすぎじゃない?』


「分かるのか?」


『うん。僕が風走を使うときは、もっと自然に流す感じだよ』


「流す、か」


 俺は手を握って開き、もう一度魔力を意識した。


 無理に押し出すのではなく、身体の中を流れる温かなものを指先へ導く。


 今度は《灯火》を発動する。


 指先に小さな光が生まれた。


 先ほどより安定しているように見えたが、魔力の消費量まで変わったかどうかは分からない。


 そこで、同じ条件で何度か試してみた。


 すると、少なくとも一度だけ、以前より長い時間、光を維持することができた。


「なるほど。魔法って、ただ発動できればいいわけじゃないんだな」


『そうだと思う。僕も風走を使うとき、速く走ろうとしすぎると疲れるから』


「お前もまだ練習中ってことか」


『もちろん。僕だって、最初から何でもできるわけじゃないよ』


 そう言って、サクは前足を揃えて座り直した。


 俺は笑いながら頭を撫でてやる。


 相棒がいるというのはありがたい。


 こちらが知らないことをサクが知っている場合もあるし、逆にサクが苦手なことを俺が補うこともできる。


 強い召喚獣を手に入れたからといって、すべてを任せるつもりはなかったが、一緒に工夫できる相手がいるのは心強かった。


 ステータスを確認すると、《生活魔法》の熟練度がわずかに上昇している。


 今日はそれで十分だろう。


 魔力を使い切ってから何が起こるのか、今の段階で無理に確かめる必要はない。


     ◇


 午後十一時五十八分。


 俺はソファへ腰掛け、ガチャの画面を開いた。


《デイリーガチャ+1》


利用料金:無料


本日の残り回数:0回


次回更新:午前0時


強化効果:N排出率低下、R以上排出率上昇


 この表示を見るだけでも、UR《ガチャ進化の核》を引けた価値が分かる。


 ガチャを強化する前なら、今夜もNが出る可能性がそれなりに高かったはずだ。


 もちろん、一凸したからといって高レアリティが保証されるわけではない。


 それでも、毎日引き続けるものなら、少しの確率上昇が後々大きな差になる。


『圭吾、あと少しだね』


「お前もすっかりガチャ好きになったな」


『何が出るか分からないの、面白いから』


「そこは俺と同じだよ」


 時計が午前0時を示した。


《日付が更新されました》


《デイリーガチャの利用回数が回復しました》


《本日の残り回数:1回》


「じゃあ、今日も一回」


 実行を選択すると、空中に白い光の球が現れた。


 青へ変わり、さらに紫へ。


 そのまま数秒間回転を続け、光の粒を散らしながら収束する。


《SR確定》


《スキル書を獲得しました》


《SR アイテムボックスの書》


「……おいおい」


 思わず身を乗り出した。


 欲しいと考えていたものが、本当に出てきた。


『圭吾、さっき欲しいって言ってたやつ?』


「ああ。まさにそれだ。しかもSRだから、結構いいものかもしれない」


 テーブルの上に現れたのは、濃紺の表紙を持つ一冊の本だった。


 表面には銀色の幾何学模様が描かれ、中央には扉のような紋章がある。


 俺はすぐに鑑定した。


《アイテムボックスの書》


レアリティ:SR


分類:スキル習得アイテム


効果:空間収納スキル《アイテムボックス》を習得する。


初期収納容量:10立方メートル


最大収納重量:500kg


収納対象:無生物


制限:生物収納不可。収納空間内の時間は停止しない。


付加機能:収納物一覧表示、指定取り出し


備考:スキルレベルの上昇によって容量と機能が拡張される。


「十立方メートルに五百キロか。最初から結構な容量だな」


 Rの収納鞄は一立方メートルで、重量制限が三十キロだった。


 それに比べれば大幅な性能向上である。


 しかも、鞄のような実物を持ち歩く必要がない。


 俺は迷わず本を使用した。


 濃紺の表紙が銀色に輝き、細かな光の粒となって崩れていく。光は右手から腕へ流れ込み、胸の奥を通り抜けると、身体のどこか奥深くへ沈んでいった。


 鑑定や身体強化を習得したときとも、少し違う感覚だった。


 頭の中に、目には見えない空間がひとつ増えたような、不思議な広がりを感じる。


《スキル《アイテムボックス Lv.1》を習得しました》


《収納空間を生成しました》


《初期容量:10立方メートル》


 俺はしばらく右手を見つめていた。


『圭吾、もう使えるの?』


「たぶんな。ちょっと試してみよう」


 テーブルの上に置いてあった空のペットボトルへ手を伸ばす。


 アイテムボックスへの収納を意識すると、視界に小さな表示が浮かんだ。


《収納対象を確認しました》


《収納しますか?》


 承認した瞬間、ペットボトルが消えた。


 何の音もしなかった。


 テーブルに触れていた底の部分まで、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。


「……できたな」


『本当に消えちゃった』


 サクがテーブルへ前足を掛け、先ほどまでペットボトルがあった場所を鼻先で確かめた。


『匂いまでなくなってるよ』


「別の空間へ移動したからだろうな」


 俺はアイテムボックスを開いた。


《収納物一覧》


空のペットボトル ×1


使用容量:微量


使用重量:0.03kg


 一覧には、確かに収納したものが登録されている。


 そこで取り出しを選択すると、右手の中にペットボトルが現れた。


「なるほど。取り出す場所も指定できるわけか」


 もう一度収納して、今度はテーブルの上を指定して取り出す。


 ペットボトルは指定した位置へ静かに現れた。


 試しに床の下や、手の届かない隣の部屋へ出そうとしてみたが、こちらは失敗した。


《取り出し位置を指定できません》


 どうやら、何でも自由に転送できるわけではないらしい。


 それでも、手元へ道具を取り出せるだけで十分だ。


「これは武器を持つようになったら、相当便利だぞ」


『剣とかも入るの?』


「容量と重量の範囲なら入るだろうな。今度は大きいものを試してみよう」


 俺は押し入れから、冬物の衣類を詰めた衣装ケースを持ち出した。


     ◇


 衣装ケースは問題なく収納できた。


 続けて折り畳み椅子、寝袋、工具箱などを試してみる。


 大きな荷物でも、容量と重量の制限を超えなければ収納可能だった。


 ただし、収納する際には対象を認識する必要がある。


 中身が分からない箱を収納することはできても、その箱の中から特定の品物だけを取り出すことはできなかった。


 箱ごと取り出して開けるか、最初から品物を個別に収納しておく必要があるらしい。


「なるほど。便利だけど、整理整頓まで勝手にしてくれるわけじゃないのか」


『圭吾、そこまでしてもらいたいの?』


「できるなら助かるだろ。探し物をする時間がなくなるんだから」


『自分でどこに入れたか覚えておけばいいのに』


「まったく正論だな」


 俺は苦笑しながら、収納した道具を一度取り出した。


 それから種類ごとに分け、改めて収納し直す。


 工具、衣類、キャンプ用品、日用品。


 収納物一覧にも、その分類が反映された。


《収納物一覧》


工具類:6点


衣類:12点


キャンプ用品:4点


日用品:8点


使用容量:0.82/10.00立方メートル


使用重量:46.8/500.0kg


「まだ十分余裕があるな」


 これだけの品物を収納しても、容量の一割にも届いていない。


 もちろん、今後は大きな武器や防具が増えるかもしれないし、召喚獣用の道具も必要になるだろう。


 それでも現時点では、ほとんど困らない容量だった。


 俺は試しに、サクへ視線を向けた。


『……圭吾、何?』


「いや、説明に生き物は収納できないって書いてあったからな。お前を入れようとしたら、どうなるのか少し気になって」


『僕は契約領域に戻れるでしょ。わざわざ箱に入れなくていいよ』


「それもそうだ」


『それに、圭吾の荷物と一緒に並べられるのは嫌かな』


 サクはそう言って、俺の膝へ前足を掛けた。


 俺は頭を撫でながら、アイテムボックスの画面を閉じる。


 召喚獣は契約領域へ、装備や道具はアイテムボックスへ。


 役割を分ければ、それぞれの機能を無理なく活用できる。


 将来的に何体もの召喚獣を手に入れたとしても、全員を家の中で生活させる必要はない。


 必要なときに召喚し、訓練や休息のための環境を整えればいい。


 その点では、先日申し込んだ庭付きの平屋がますます魅力的に思えてきた。


 まだ正式な契約は済んでいないが、広い庭と物置が使えるなら、今よりずっと多くのことを試せるだろう。


「しかし、収納鞄の出番がなくなったな」


 俺は最初のノーマルガチャで手に入れた、R《見習い冒険者の収納鞄》を持ち上げた。


 こちらは実物の鞄で、一立方メートル、三十キロまで収納できる。


 アイテムボックスを手に入れた今となっては、性能面で見劣りするのは仕方がない。


 だが、使い道がなくなったわけではなかった。


 アイテムボックスは俺自身のスキルだが、収納鞄は魔道具である。


 俺以外の人間でも使える可能性があるし、万が一スキルが使えなくなったときの予備にもなる。


 何より、ガチャから出てきた貴重な品物だ。


「これは取っておこう。売るにしても分解するにしても、今すぐ決める必要はないからな」


『圭吾、物を捨てるの苦手そうだね』


「使えるものを簡単に捨てるほど、金持ちじゃないんだよ」


『でも、部屋がいっぱいになったら困るんじゃない?』


「そこはアイテムボックスの出番だろ」


 俺が笑うと、サクも楽しそうに尻尾を振った。


     ◇


 ひととおり収納実験を終えたところで、俺は改めてステータスを確認した。


《ステータス》


名前:稲見圭吾


種族:人間


レベル:1


メイン職業:剣士 Lv.1


サブ職業:未解放


筋力:10(+2)


耐久:10


敏捷:10(+1)


魔力:10


器用:10


精神:10


《習得スキル》


鑑定 Lv.1


身体強化 Lv.1


生活魔法 Lv.1


アイテムボックス Lv.1


《職業スキル》


剣術基礎 Lv.1


《固有スキル》


デイリーガチャ+1


ノーマルガチャ+0


レアガチャ+0


 こうして並べてみると、ずいぶん充実してきた。


 最初に欲しかった《鑑定》《身体強化》《アイテムボックス》が、すべて揃っている。


 しかも生活魔法と剣士の職業まで手に入れた。


 戦闘経験はほとんどなく、レベルもまだ一のままだが、基礎となる能力は整いつつある。


「次は武器だな」


『剣士なんだから、やっぱり剣が欲しい?』


「ああ。ただ、剣だけじゃなくて防具も必要だろうな。身体強化があっても、刃物で切られたら怪我をするはずだ」


『僕も守ってあげるよ』


「頼りにしてる。でも、お前に全部任せる気はないからな」


『知ってる。圭吾、毎日練習してるもんね』


 サクは当然というように答えた。


 その言葉が、少し嬉しかった。


 召喚獣を使役するだけなら、主人自身が強くなる必要はないのかもしれない。


 だが、俺はサクと一緒に強くなりたい。


 魔物が存在するかどうかも分からない今の世界で、何と戦うつもりなのかと聞かれたら返事に困るが、異世界の能力を手に入れた以上、使いこなしてみたいという気持ちは確かにあった。


 せっかく職業やスキルにレベルが設定されているのだ。


 育成を楽しまずに終わるのは、もったいない。


 俺はアイテムボックスの詳細を開いた。


《アイテムボックス Lv.1》


熟練度:12/100


収納容量:10立方メートル


収納重量:500kg


付加機能:収納物一覧表示、指定取り出し


 何度も収納と取り出しを繰り返したためか、熟練度が上がっている。


 つまり、この能力も使い続ければ成長するということだ。


 将来的には容量が増えたり、新しい機能が解放されたりするのだろう。


「使えば使うほど便利になるなら、普段から活用した方がよさそうだな」


『じゃあ、僕のボールも入れておいて』


「ボール?」


『昨日買ってくれたやつ。あれ、すぐ取り出せる方がいいでしょ』


「ああ、確かにな」


 俺は棚からサクの布製ボールを取り出し、アイテムボックスへ収納した。


 試しに名前を指定して取り出すと、右手へぽんと収まる。


 サクが目を輝かせた。


『それ、いいね。もう一回出して』


「遊ぶのは明日だ。もう夜中だからな」


『少しだけでも?』


「少しだけのつもりで始めても、お前はなかなか終わらせないだろ」


『……それは否定できないかな』


 自覚はあるらしい。


 俺は笑いながらボールを収納し、サクの頭を撫でた。


     ◇


 水曜日の朝、出勤前に改めてアイテムボックスを試した。


 財布、社員証、スマートフォン。


 普段持ち歩いているものを収納するだけなら、何の問題もない。


 ただし、財布や社員証まで消してしまうと、必要な場面で突然取り出すことになりかねない。


 会社では普段どおり持ち歩き、あくまでも個人的な道具の管理に使う方がよさそうだ。


 代わりに、折り畳み傘や予備の上着、小型の工具類を収納しておいた。


 通勤鞄が軽くなり、肩に掛けたときの感触が明らかに違う。


「これだけでも、毎日使う価値があるな」


 玄関の姿見で服装を確認していると、サクが足元へやってきた。


『圭吾、今日は帰ってきたら何するの?』


「まずは仕事だな。夜は身体強化と剣術の練習を少しやりたい」


『僕も一緒にやる』


「分かった。ただし、狭い部屋で無茶はしないこと」


『うん。広い家に行くまでは、我慢するよ』


 サクは素直に頷いた。


 精神会話ができるようになってから、こちらの説明に納得してもらいやすくなった。


 何ができて、何ができないのか。


 それを本人と相談できるのは大きい。


 俺はサクを契約領域へ送還し、会社へ向かった。


 朝の駅はいつもどおり混雑していた。


 改札を通り、ホームで電車を待つ人々の姿も変わらない。誰もがスマートフォンを眺めたり、眠そうな顔で立っていたりする。


 その中で俺だけが、異世界の収納魔法を使える。


 そう考えると、少し不思議な気分になった。


 もっとも、今の俺には世界を変えるような大それた考えはない。


 まずは手に入れた能力を育て、できることを増やしていく。


 それだけでも十分に面白かった。


     ◇


 水曜日の夜、俺は帰宅するとすぐにサクを召喚した。


『おかえり。今日は早かったね』


「定時で帰れたからな。たまにはこういう日もある」


『じゃあ、練習する?』


「その前に飯だ。腹が減ってると集中できないからな」


 俺は冷蔵庫から食材を取り出し、簡単な夕食を作った。


 サクにも食事を用意する。


 食べ終えて少し休んでから、リビングの滑り止めマットを広げた。


 今日は練習用の剣を使い、職業スキル《剣術基礎》の熟練度を上げるつもりだった。


 剣を構えると、身体の使い方について、かすかな補助感覚が生まれる。


 肩の力を抜き、足の位置を整える。


 ゆっくり剣を振ると、以前よりも動きが滑らかになっていた。


 サクは少し離れた場所から、その様子を見ている。


『圭吾、今日は前より安定してるね』


「そうか? 自分でも少しは慣れてきたと思うけどな」


『うん。振ったあと、ちゃんと止まれてる』


 以前は勢いに任せて身体が前へ流れていた。


 だが、足運びを意識するようになってから、動作の終わりに余裕が生まれている。


 身体強化を発動すると、その差がさらに大きくなった。


 筋力が上がるだけでなく、身体の動きに余裕ができるため、姿勢の修正もしやすい。


 ただし、力任せに振れば逆効果だ。


 強化された身体能力を、どう使うかが重要なのだろう。


 俺は十数分ほど練習を続け、魔力と体力に余裕を残したところで切り上げた。


 ステータスを確認する。


《身体強化 Lv.1》


熟練度:23/100


《剣士 Lv.1》


熟練度:15/100


《剣術基礎 Lv.1》


熟練度:12/100


 数字は着実に増えている。


 次のレベルまでまだ時間は掛かりそうだが、何をすれば成長するのかは分かってきた。


「やっぱり、ちゃんと使った分だけ伸びるんだな」


『圭吾、剣がなくても練習できるんだね』


「今は基礎だからな。でも、いずれは本物の武器も欲しい」


『ガチャから出るといいね』


「ああ。できれば剣士の職業に合うやつがいいな」


 俺は練習用の剣をアイテムボックスへ収納した。


 片づけるために棚まで歩く必要がない。


 それだけのことなのに、妙に快適だった。


 さらに、収納物一覧から剣を指定すると、右手へすぐに取り出せる。


 試しに何度か繰り返したが、収納と取り出しの動作は思っていたより速かった。


 熟練度も少しずつ上昇している。


 これなら、戦闘中に武器を持ち替えるような使い方も、いずれできるかもしれない。


「サク、これを使えば、武器を持ち歩かなくても済むんだよな」


『そうだね。でも、いざ使うときに間違えたら困らない?』


「そこは練習だろうな。剣が欲しいのに傘を取り出したら洒落にならない」


『それはちょっと見てみたいかも』


「できれば見せたくないな」


 俺たちは笑いながら、訓練を終えた。


     ◇


 午後十一時半。


 俺はソファに座り、ガチャの画面を眺めていた。


 水曜日の無料ガチャで手に入れた《アイテムボックス》は、期待以上の能力だった。


 鑑定、身体強化、生活魔法、アイテムボックス。


 職業は剣士。


 そして、SSRの月影狼サク。


 まだ一週間ほどしか経っていないのに、これだけの能力と仲間が揃った。


 しかも、ガチャそのものは一凸しており、今後さらに強化できる可能性もある。


 俺はガチャ育成画面を開き、次の強化条件を確認した。


《デイリーガチャ+1》


次の強化段階:+2


解放予定機能:排出分野指定


必要素材:ガチャ強化結晶×1


 排出分野指定。


 これが使えるようになれば、武器や防具、職業、スキル、召喚獣など、欲しい種類をある程度狙えるようになるらしい。


 今の俺にとっては、かなり魅力的な機能だった。


 アイテムボックスまで手に入った以上、次に欲しいのは本格的な戦闘装備だ。


 そして、できれば別の職業も欲しい。


 剣士と魔法使いを組み合わせれば、魔剣士のような複合職を作れるかもしれない。


 職業の合成や統合については、まだ条件を満たしていないので試せていないが、いずれ解放できるだろう。


 サクが俺の膝へ顎を乗せてきた。


『圭吾、また考え事?』


「ああ。欲しいものが増えすぎて、どこから手をつけるか考えてた」


『全部一度には無理なんでしょ?』


「そういうことだ。だから、優先順位をつける」


『じゃあ、今一番欲しいのは?』


「剣かな。そろそろ本物の武器を使ってみたい」


『僕は広い場所が欲しい。早く風走を思いきり使ってみたいから』


「そっちはもう少しだ。家の申し込みは進んでるからな」


 サクは満足そうに尻尾を振った。


 俺も頭を撫でながら、次のガチャへ期待を膨らませる。


 今夜の日付更新まで、あと三十分ほど。


 デイリーガチャは一日一回。


 当たりが出る日もあれば、そうでもない日もあるだろう。


 だが、どんな品物にも使い道があるかもしれないし、不要なものでも分解や強化の素材になる可能性がある。


 そう考えると、Nが出ても完全なハズレとは言い切れない。


 何より、毎日少しずつ自分が強くなっていくのを実感できるのが楽しかった。


「さて、明日は何が出るかな」


『剣が出るといいね』


「ああ。できればレアリティの高いやつがな」


『僕より強い剣だったら、ちょっと悔しいかも』


「剣と狼を比べるなよ。そもそも役割が違うだろ」


『それもそうだね』


 サクはあっさり納得し、再び目を閉じた。


 俺は笑いながら、その柔らかな毛並みを撫で続けた。


 そして、午前0時。


《日付が更新されました》


《デイリーガチャの利用回数が回復しました》


《本日の残り回数:1回》


 俺は迷わずガチャを実行した。


 白い光が回転し、青色へ変わる。


 そのまま静かに収束した。


《R確定》


《武器を獲得しました》


《R 魔鉄の片手剣》


「……おっ」


 テーブルの上に、黒みを帯びた鞘付きの剣が現れた。


 柄には革が巻かれ、鍔には銀色の装飾が施されている。


 俺は慎重に剣を持ち上げた。


 ずしりとした重さが腕へ伝わってくる。


 今まで使っていた練習用の剣とは、まるで違う。


 鞘から少しだけ刃を抜くと、青黒い金属が室内の照明を反射した。


 俺はすぐに鑑定する。


《魔鉄の片手剣》


レアリティ:R


分類:片手剣


攻撃力:32


特殊効果:魔力伝導・小


装備条件:筋力10以上


限界突破:+0/5


備考:魔力を通すことで切れ味と耐久性が向上する。


「魔力を通せる剣か。これは面白そうだな」


 しかも装備条件は満たしている。


 職業《剣士》との相性も悪くないだろう。


 俺は剣を鞘へ戻し、アイテムボックスへ収納した。


 これで、念願の本物の武器まで手に入った。


 もちろん、室内で振り回すつもりはない。


 まずは安全な場所を確保し、扱い方を覚える必要がある。


 だが、初めて自分の手で持った異世界の剣には、何とも言えない高揚感があった。


『圭吾、よかったね』


「ああ。ようやく剣士らしくなってきたな」


『でも、その剣って強いの?』


「Rだから、まだ上はたくさんあるよ。それに、限界突破すればもっと強くできるらしい」


『じゃあ、同じ剣がまた出るといいね』


「そうだな。五回限界突破できれば、ひとつ上のSR装備より強くなる可能性もある」


 サクは嬉しそうに尻尾を振った。


 俺はアイテムボックスの中に登録された《魔鉄の片手剣》を確認し、満足して画面を閉じた。


 武器も、スキルも、職業も、まだまだ育てる余地がある。


 そして毎日、無料でガチャを引ける。


 昨日までできなかったことが、今日にはできるようになっている。


 その積み重ねが、これからどこまで俺を強くしてくれるのか。


 少なくとも今は、その過程を楽しんでいたかった。


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YouTubeでショート動画作ってみました

https://youtube.com/shorts/PCIU2r6HJ10?si=hcY4h-BqBD1biiTv


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