↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/31

第28話 持ち上げるだけでは、軽トラは戻せなかった

 朝食を済ませると、サクは玄関で俺を待っていた。


 昨日直した物入れをハーネスへ取り付け、中へ薄いタオルを入れる。左右の重さを揃えてから蓋を閉じると、サクは身体をひねり、脇の膨らみを確かめた。


『これなら、曲がるときにも脚へ当たらないね。今日は途中で落とさずに帰れそうだ』


「戻ったら縫い目も見せてくれ。留め具だけ丈夫でも、取り付けた布が負けたら困るからな」


『そこは私も確認します。昨日の縫い方なら、力が1か所へ集まりにくくなっています』


 ミトが俺の肩で脚を畳み、ネリは上着の内側へ収まった。顔を出せるように口を開けた小さな布袋を、俺が胸元で支える形だ。


 リッタは庭へ出ると、低く旋回して塀の内側へ戻ってきた。


『先へ行っても、話すときには戻ればいいのよね。今日は道の向こう側も見てくるわ』


「車には近づかないでくれ。俺から見えない場所へ行くなら、長く戻らないのも心配になる」


『分かったわ。曲がり角ごとに顔を見せる。それなら、圭吾がどちらへ歩いたかも分かるでしょう』


 頭の上を、青灰色の翼が横切った。


 いつもの散歩道なのに、出発を待つ相手が1羽増えただけで、こちらまで少し落ち着かなくなる。


 鍵をかけた俺の横で、サクが尻尾を揺らした。


     ◇


 畑沿いの道を抜け、小さな公園の先まで歩いたところで、リッタが引き返してきた。


 俺の近くまで下りると、翼を動かしながら声を届けてくる。


『この先で、荷物を積んだ車が傾いているわ。男の人が、後ろを持ち上げようとしていたけれど』


 サクが足を止めた。


 鳥が1羽近づいてきただけなら、周囲の人には、犬がそれを気にしたように見えるだろう。


「道から落ちているなら、怪我をしているかもしれない。近くまで見に行こう」


 公園脇の角を曲がると、白い軽トラが見えた。


 右の後輪が、道路脇の浅い排水溝へ落ちている。荷台には野菜を入れた箱が積まれ、その横で、作業着の男性が腰を伸ばしていた。


「大丈夫ですか。お怪我がなければ、まず車の近くで待っていてください」


 声をかけると、男性はこちらを振り返った。


「身体は何ともないんです。切り返すときに寄せすぎてしまって。前にも似たことがあったので、戻せるかと思ったんですが」


 俺はサクを車から離れた場所で待たせ、後輪を見た。


 溝は深くないものの、タイヤの下側が道路より落ちている。荷台も傾いており、男性が1人で押したところで、簡単に戻る状態ではなさそうだった。


「積んだままだと重いですね。どちらかへ連絡はされていますか」


「まだです。自分で無理をして怪我をするより、頼んだ方がよさそうだとは思っていたところで」


 男性は苦笑し、作業着のポケットから携帯を取り出した。


 俺も車体の下をのぞき込まず、立ったまま見える範囲を確かめた。


 身体強化を使えば、少しは持ち上がるかもしれない。


 そう考えて、すぐに荷台から視線を戻した。


 持ち上げた後、どうやって車輪を道路へ戻すのか。その間、どこを誰が支えるのか。そこが決まらないまま力を使うのは、重い物の下へ自分の身体を入れるのと変わらなかった。


「先に荷物を下ろすのは手伝えます。車を戻す方は、道具と足場を見てからにしましょう」


「それだけでも助かります。腰を痛めてから、重い箱を続けて運ぶのがきつくてね」


 荷台から下ろす場所を決めると、男性は近くの畑に置いてある厚板を取りに行った。


 その背を見送り、俺は小さく息を吐いた。


『持ち上げないんだね。圭吾なら、少し動かせそうに見えたけど』


 サクの声が届いた。


「動いたところで、落ちた車輪が戻るとは限らないからな。途中で手が離せなくなった方が困る」


『私たちも、車の下には入らない方がよさそうですね』


 ミトが上着の襟へ身を寄せる。


 その言葉に頷いてから、俺は荷台の箱へ手を伸ばした。


     ◇


 箱には、大根と白菜が詰まっていた。


 ひと抱えするだけでも、ずしりと重さが腕へ伝わってくる。普段なら何度も往復した後で肩に張りが出そうだが、今日は身体強化の力を少し借りた。


 急いで運ぶ必要はない。


 足を置く場所を確かめ、荷台の端から受け取っては、安全な場所へ置いていく。


 男性が厚板と道具を持って戻ったときには、箱の大半を下ろし終えていた。


「ずいぶん早いですね。若い人に無理をさせてしまったな」


「調子に乗って腰を痛めると、月曜日に困りますから。残りも同じように運びます」


 最後の箱を下ろすと、男性は車載のジャッキを出した。


 車の扱いには慣れているらしく、置く位置を考えながら、道路脇へ持っていく。だが、厚板を当てた地面を靴で踏んでみて、動きを止めた。


「こっちが少し崩れていますね。板を置いても斜めになる。これでは、重さをかけたときに困るな」


 俺も隣へしゃがんだ。


 道路脇の土が流れ、板の端に隙間ができていた。板そのものは十分な長さがあり、少し位置を変えれば、両端を落ち着かせられそうだった。


 ただ、盛り上がった土と小石が邪魔をしている。


『その板の下なら、おれも手伝える』


 胸元から、ネリの声がした。


『石をどけてくれれば、土が出っ張っているところは直せる。全部を固くするのはできないけど、板を置く邪魔は減らせるぞ』


 俺は、板が当たる範囲をもう一度見た。


 訓練場でも、木片の下を整えてもらったことがある。ネリに大きな土台を作らせなくても、俺が掘った後の小さな凹凸なら直せるはずだった。


「地面を少しならしてから、板の位置を変えてみませんか。それでも落ち着かなければ、作業はやめましょう」


 男性は板を持ち上げ、俺が手を入れられるようにしてくれた。


 工具箱から借りた小さなスコップで、出っ張った土を削る。大きな石を拾い出している間に、男性は荷台の反対側へ回り、積み直すときに使うロープを片づけ始めた。


 俺は車から十分離れた場所で、ネリを地面へ下ろした。


「大きく動かさなくていい。今、俺が削ったところだけ頼む」


 ネリはしゃがんで両手を当てた。


 掌の下で、土の端がゆっくり低くなる。脇へ寄った分を俺がスコップで取り除くと、もう1か所へ移り、板の角に当たりそうな盛り上がりを崩してくれた。


 小さな身体が、途中で一度だけ肩を上下させた。


『これくらいなら、板が揺れにくいと思う。後は、置いて確かめてくれ』


「助かった。戻って休んでいてくれ」


 ネリを胸元へ収め、俺は板を置き直した。


 男性を呼んで一緒に確かめると、さっきまで浮いていた角が、地面へ落ち着いた。


「これなら、道具をちゃんと使えますね。力任せに押していたのが恥ずかしいな」


「俺も最初は、持ち上げることしか考えていませんでした」


 男性が道具を据え、慎重に車体を上げていく間、俺は頼まれた物を渡した。


 必要な場所へ板を入れ、タイヤの位置を確かめる。途中で誰かが車の下へ入ることはせず、動かす前には、足元の道具も片づけた。


 準備を終えて男性が運転席へ戻ると、俺は車の後ろへ回った。


 サクも、リッタも、道から離れている。


 合図に合わせて押し始めた瞬間、靴底がわずかに滑った。


 俺は踏み直し、身体強化へ回す魔力を増やした。腕だけで押そうとせず、脚から背中へ力をつなぐ。


 軽トラがゆっくり動き、板の上をタイヤが転がった。


 車体の傾きが戻ったところで、男性が車を止める。俺も手を離して脇へ退き、ようやく大きく息を吐いた。


 サクが、離れた場所で尻尾を振っていた。


     ◇


 車を安全な場所へ移した後、男性は降りてきて、何度も頭を下げた。


「助かりました。これから届ける分だったので、箱を下ろしてもらえただけでもありがたかったのに」


「車の方は、走る前によく見てもらってください。俺には、傷んでいるかまでは分かりませんから」


「近くの整備工場に寄ります。無理をして、また誰かの手を借りるわけにもいかないですしね」


 男性は三田と名乗った。


 この辺りで野菜を作り、近所の直売所にも出しているという。積み直すのを手伝いながら俺も名前を伝えると、三田さんはサクへ顔を向けた。


「散歩の途中だったんですね。犬にも待たせてしまったな」


 サクは吠えず、俺の横へ来て座った。


 胸を張った姿が妙に得意げで、俺は口元を緩めた。


「待っていてくれたおかげで、こちらも作業ができました」


『車の方へ行かないでって、圭吾が真剣な顔をしていたからね。僕まで手を増やしたら、かえって邪魔になると思ったんだ』


 俺の肩では、ミトが上着の陰へ収まっていた。


 手を出さない判断までしてくれる仲間がいるのは、ありがたい。


 積み直しを終えると、三田さんは箱から大根を2本選び、白菜も袋へ入れて差し出した。


「お金を受け取ってもらうより、こっちの方が気楽でしょう。よかったら食べてください」


「では、ありがたく。今日は鍋にします」


 袋を受け取ると、思っていた以上の重さが手にかかった。


 サクの物入れへ収めるには、どう見ても大きすぎる。


『それは圭吾が持って帰ってよ。僕の方へ入れようとしないでね』


「さすがに、その大根をお前の脇へ下げるつもりはないよ」


 声を抑えて返すと、サクは満足したように歩き始めた。


     ◇


 帰り道、リッタは飛ぶ距離を短くしていた。


 先ほどのように角の先まで抜けず、俺たちの進む道が見える木へ止まっては、また戻ってくる。


『上からだと、車が傾いているのはすぐ分かったのよ。でも、人が怪我をしているかまでは、近くへ行かないと見えなかったわ』


「見つけて知らせてくれた時点で、十分助かった。あの道は、今日は通るつもりじゃなかったからな」


『だったら、少しくらい寄り道してもらった甲斐があったわね』


 リッタが俺のすぐ横を飛び抜けた。


 胸元のネリも、布袋から顔を出している。


「疲れているなら、家まで送還しておこうか。土を触った後、少し息が上がっていただろう」


『もう落ち着いた。せっかく外へ来たんだから、このまま見ていたい』


 ネリはそう言って、畑の向こうへ目を向けた。


『あの人の土、野菜を作るところは柔らかいのに、道は踏み固めてあった。板を置くなら、そっちへ寄せればよかったんだな』


「俺も、板の形ばかり見ていたよ。置く場所まで気が回っていなかった」


『次に見るときは、おれにも先に見せてくれ。持ち上げてからじゃ、下を触れないから』


「ああ。力を使う前に相談する」


 ネリは頷くと、また袋の中へ腰を落ち着けた。


 俺の腕には、車を押したときの疲れが残っていた。魔力を使えば動かせる重さは増えるが、終わった後まで何もなかったことにはならない。


 野菜の袋を持つ手を替えると、サクが歩く速さを少し緩めた。


     ◇


 昼前に帰宅して、サクの物入れを外した。


 タオルは、左右ともきちんと中に残っている。ミトと縫い目を見たが、留め具の周りにも、布を引っ張ったような跡はなかった。


『今日は、蓋のことを忘れて歩けたよ。途中で気にしなくていいのは、助かるね』


「しばらくは、この形で使ってみよう。荷物を増やすときには、また合わせ直す」


 俺がタオルを取り出す横で、リッタは窓辺の止まり木へ下りた。


『今度は、何も落ちていなかったわ。車は落ちていたけれど』


 思わず笑うと、サクも耳を揺らした。


 台所へ運んだ白菜は、葉がしっかり巻いていた。外側を剥き、夕食に使う分を分けていると、胸元から下ろしたネリが、大根の葉をじっと眺めている。


『土の中に、こんな長い物が育つんだな。畑を見ただけじゃ、下がどうなっているか分からなかった』


「今度、買いに行くときに聞いてみるよ。三田さんなら、育て方も教えてくれるかもしれない」


 ネリは、大根の先まで目で追ってから顔を上げた。


『それなら、おれも連れていってくれ』


 俺は頷き、泥の残った大根を流しへ置いた。


 鍋にするには、白菜も大根も十分すぎるほどある。冷蔵庫から肉のパックを出すと、サクが台所の入口まで来て、少しだけ鼻を上げた。


「夕飯までには、まだ早いぞ。先に昼を食べよう」


『分かってるよ。今日は歩いた後に待つ時間も長かったから、昼の方を多めにしてくれると嬉しいんだけど』


 物入れを確かめ終えたミトも、作業机からこちらを見ていた。


 俺は米の残りを確認し、いつもより大きな鍋を棚から出した。




──────────────────

YouTubeでショート動画作ってみました

https://youtube.com/shorts/PCIU2r6HJ10?si=hcY4h-BqBD1biiTv

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。