第27話 3000個は断られたが、20個の仕事が決まった
「月3000個となると、今の設備と人員ではお約束できません」
槙浦製作所の社長は、図面を机へ戻してそう言った。
工場を訪ねてから、まだ30分ほどしか経っていない。
事務所の窓越しには、金属板を加工する機械と、作業台を囲む数人の姿が見えた。大きな工場ではないが、通路に材料がはみ出していることもなく、仕掛かりの品は台車ごとにまとめられている。
俺は図面の横へ置いた数量表を見直した。
「単発ではなく、毎月その数量が続くところが難しい、ということでしょうか」
「はい。数を作るだけなら、残業して対応できる月もあります。ただ、それを前提に仕事を受けると、今お付き合いしているお客さんの納期まで危なくなりますから」
50代半ばほどの社長は、言いにくそうにはしなかった。
受けた後で困るより、今のうちに伝えた方がよいと考えているのだろう。
俺は頷き、数量表をしまった。
「分かりました。継続してお願いする以上、無理のある日程ではこちらも困ります。別の仕事についても、相談させてください」
持参した資料には、量産部品とは別の図面も入っていた。
サービス部門から、供給先を探せないかと頼まれた補修用の金具だ。
俺がそれを広げると、社長は椅子を引き寄せた。
◇
新規調達先を探す仕事は、会社名を集めるだけでは進まなかった。
加工できる材質や大きさ、得意な数量、検査設備。資料で確認した後も、実際の空き具合や、どの仕事を引き受けたいかは、話してみるまで分からない。
宮原には新製品の窓口を任せ、俺は候補の会社へ連絡を入れていた。
槙浦製作所も、そのうちの1社だった。
量産の数量については事前にも伝え、現場を見ながら相談することになっていた。訪ねてみると、こちらが考えていた以上に、少量ずつ違う品を作る仕事が多い。
作業台には、似た大きさでも形の異なる金具が並んでいた。
同じ物を何千個も流す工場とは、仕事の組み方が違っていたのだ。
俺が出した補修用の図面を、社長はしばらく眺めた。
「これは、まだまとまった数が出る製品ですか」
「生産は終わっています。修理のために必要なのですが、在庫が足りなくなっていまして」
元の仕入れ先では、その金具を作る古い型が使えなくなっていた。
作り直すなら費用がかかり、最低数量も大きくなる。今すぐ必要な分に対して、かなり先まで残りそうな在庫を持つことになるため、サービス部門でも判断に困っていた。
材料や寸法、表面の処理は、会社で決めている仕様がある。
現物に似せて、適当な金具を作ってもらえば済む話ではなかった。
「まず必要なのは、20個です。その後は修理の発生状況によるので、毎月決まった数量を約束することはできません」
俺が説明すると、社長は図面の一角を指した。
「この形なら、新しく専用の型を作らずに対応できる可能性があります。切り出して曲げる方法で、必要な寸法が出せるか確認したいですね」
社長が現場の担当者を呼びそ、図面を渡す。
俺は2人のやり取りを聞きながら、手帳へ要点を書いた。
加工の順番や、曲げた後に測る位置について話している。俺にも理解できる部分はあるが、細かい工具の選び方までは分からない。
途中で説明を求めると、担当者は作業台の金具を使って見せてくれた。
「この面を基準にして押さえます。こっちは最後に合わせるので、先に曲げると測りにくくなるんですよ」
「形ができるかだけでなく、途中でどこを押さえられるかも関係するんですね」
「そうです。小さい物ほど、持ち方に困ることがありますから」
俺は自分で作った腕当てを思い出した。
縫い終われば同じ形でも、先に端を閉じてしまうと針を通せない箇所があった。加工の難しさを同じだとは言えないが、完成図だけを見ていた頃より、担当者の説明が頭へ入りやすかった。
◇
その場で、正式な注文を決めることはしなかった。
加工方法が変わっても要求を満たせるか、社内で確認する必要がある。俺は社長へ見積もりを依頼し、会社へ戻ってサービス部門と品質保証へ相談した。
図面と仕様を渡し、まず確認用の品を作ってもらう。
必要な確認を終えてから、残りを進めることになった。
話を聞いた宮原が、数量表を見ながら言った。
「20個の仕事でも、引き受けてもらえるんですね。型を作り直す話だけで考えていたので、最低数量が大きいのは仕方ないと思っていました」
「俺も、最初は量産品をお願いできないかと考えていたよ。ただ、現場で見た仕事が、こちらの補修品に近かったんだ」
「同じ金属加工でも、頼みやすい内容が違うんですね」
「ああ。何を作れるかだけじゃなく、どういう仕事なら無理なく続けてもらえるかも聞いておきたい」
宮原は手帳へ書き込み、それから自分の机へ戻った。
しばらくすると、サービス部門で似た状況になっている品がないか、一覧をもらえないかと連絡を始めている。
俺が頼む前に動いてくれたのは、ありがたかった。
もっとも、全部を同じ会社へ持ち込めるとは限らない。届いた一覧は、まず材質と加工内容で分け、槙浦製作所へ相談できそうな物だけを拾うことにした。
◇
最初に届いた確認用の金具は、見た目には古い在庫品とほとんど変わらなかった。
だが、俺の鑑定だけで採用を決めるわけにはいかない。
品質保証が測定結果を確認し、サービス側では実際に取り付ける相手と合わせた。問題のないことを確かめてから、残りの製作へ進んでもらった。
2週間後、注文した20個が揃った。
受け入れの確認が終わると、サービス部門から連絡が来た。
「金具待ちになっていた7件、これで手配を進められます。助かりました」
俺は受話器を持ったまま、机の上の納入書類を見た。
数千個の量産品と比べれば、小さな数字だった。
それでも、その7件では、必要な部品がないために修理を待ってもらっていた。手元に20個届いたことで、ようやく日程を決められるようになったのだ。
電話を終え、槙浦製作所へ受け入れ結果を伝えた。
「必要な確認が終わりました。残りも含め、予定どおり納めていただいてありがとうございます」
『こちらこそ。数が少ない物でも、図面と必要な条件が分かれば相談できますから。また声をかけてください』
「次にお願いできそうな品を、社内でも確認しています。無理な数量をまとめて出さないようにしますので」
電話の向こうで、社長が少し笑った。
『納期まで一緒に相談してもらえれば、こちらも段取りがしやすいです』
通話を終えると、宮原が隣から顔を向けた。
「最初の量産品を断られたところから、別の仕事が決まることもあるんですね」
「その仕事を受けられないことと、頼める仕事がないことは、別だったんだな」
俺は仕入れ先の資料へ、実際にお願いした内容を書き加えた。
量産対応という欄に丸をつけるより、今回の20個について残しておいた方が、次に相談するときに役立つはずだった。
◇
課長へ結果を報告すると、納入した金具の写真より先に、サービス部門から届いた連絡へ目が向いた。
「修理を待っている案件に間に合ったか。それはよかった」
「今後も同じ作り方を続けられるかは、その都度の数量と納期で相談します。大量に買って在庫を持つ以外の選択肢は、1つ増やせました」
「量産の候補探しも続けてくれ。そちらも必要だが、こういう少量品の相談先が分かったのは大きい」
課長は資料を閉じ、俺を見た。
「宮原が、補修品の一覧を整理していたな。あれは稲見から頼んだのか」
「いえ。金具の話をしたら、自分でサービス部門へ連絡してくれました。ほかの案件も拾えるかもしれないと考えたようです」
「そうか。後で宮原からも、内容を聞かせてもらおう」
俺は席へ戻り、その話を伝えた。
宮原は一瞬だけ手を止め、それから一覧の数字を見直し始める。俺が説明を代わると言わなくても、もう大丈夫そうだった。
窓の外は、帰る頃にはすっかり暗くなっていた。
パソコンを閉じる前に届いた最後のメールには、7件の修理日程が調整に入ったと書かれていた。
◇
帰宅してサクたちを呼び戻すと、リッタは窓辺の止まり木へ飛んだ。
家の中にも落ち着ける場所を用意してからは、そこから俺やサクの動きを眺めていることが多い。
『今日は、帰ってきたときから機嫌がいいわね』
上着を脱いでいると、声が届いた。
「新しく付き合いが始まった会社から、頼んでいた物が届いたんだ。修理を待っているところへ、ようやく送れることになった」
『圭吾が、図面を持って見に行ったところですね』
ミトが作業机の端へ出てきた。
「ああ。最初に持っていった仕事は引き受けてもらえなかったんだが、別の品なら作れるという話になった」
俺が食事の支度をしながら説明すると、ネリは小さく頷いた。
『おれに、庭全部を一度に平らにしろって言われても困るけど、石の下なら直せる。そんな話か』
「それに近いな。相手が得意なやり方で作れる物を、こちらから持っていけた」
『だったら、最初に断ってくれてよかったんだね』
サクが、台所の入口で座った。
『引き受けた後でできないって分かったら、待っている人も困るだろうから』
俺は鍋の火を弱め、頷いた。
工場を見せてもらったときには、台車に載った品の数ばかり目で追っていた。だが、仕事を受ける範囲をはっきり伝えてくれたことも、次を相談しやすい理由になっていた。
◇
夕食の後、俺はサクの物入れを机へ置いた。
リッタが見つけてくれた布の件から、蓋の留め方を変えようと考えていた。紐を結ぶだけでは、動いたときに緩むことがある。
留め具を追加するための材料は、帰りに買ってきている。
サブへ裁縫師を入れたまま、縫い目をほどいた。
『蓋を閉じやすくしてもらえるなら、助かるよ。僕も、歩くたびに中が出ないか気にしていたから』
「先にその話を聞いておけばよかったな。作った本人が結べるから、それで十分だと思っていた」
『使ってみて分かったことです。布が落ちた場所も覚えているので、次に歩けば比べられますね』
ミトが端を押さえ、俺が針を通す。
作り直す範囲は小さいが、直す理由ははっきりしていた。
留め具をつけ終え、サクへ合わせる。蓋を開けるときには余計な力がかからず、閉じると中の布が出ない形になった。
サクは居間をゆっくり歩き、途中で身体を曲げた。
俺たちは邪魔になっていないか見ていたが、本人は窓まで行くと、こちらを振り返った。
『明日は、これをつけて歩いてみたい。家の中だけだと、すぐ戻ってきてしまうからね』
「天気がよければ、少し長く歩こう。リッタも道を覚えたいと言っていたしな」
止まり木の上で、青い翼が少し開いた。
『家の場所は覚えたわ。明日は、圭吾たちがいつもどちらへ歩いているのか見ておきたい』
俺は物入れを外し、玄関に置く荷物へ加えた。
その横でサクが鼻を寄せ、蓋を一度だけ確かめる。
仕事の予定を書いた手帳を鞄へ戻してから、俺は明日の天気を開いた。
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