第25話 Nの仕事を続けたら、2つ目の職業枠が開いた
新しく作った腕当ての紐を結び終えたとき、目の前に文字が浮かんだ。
【《裁縫師》の職業レベルが上昇しました】
【Lv.2 → Lv.3】
針を置いて表示を読んだ俺は、その下に続けて現れた文字を見て、手を止めた。
【実績達成:異分野の修練】
【戦闘系職業と生産系職業を、それぞれ職業レベル3まで成長させました】
【サブ職業枠を1枠解放します】
作業机の向こうでは、ミトが切り揃えた糸をまとめていた。
俺が動かなくなったのを見て、脚を止める。
『腕当てに、何か問題がありましたか』
「いや。職業の枠が増えたらしい」
口に出してから、俺はもう一度表示を読んだ。
ずっと閉じたままだった場所へ、ようやく手が届いた。
◇
泊まりを中止した翌日、俺たちは訓練場を一周した。
サクが風の流れを確かめ、ミトが気になる箇所へ短い影糸を出す。俺も魔力感知を使ったが、キャンプ場で感じたような反応は見つからなかった。
その日に調べた範囲では、というだけだ。
それでも、木偶を動かす前に周囲を見る習慣は、それから続けることにした。
用水路と山の記録は残したが、休日をすべて異常探しへ使うことはしなかった。手掛かりもないまま歩き回っても、調べられる場所には限りがある。
会社へ行き、帰ればサクたちと過ごす。
新製品の初回分に使う部材も、順に入荷し始めていた。宮原は仕入れ先から届いた回答と社内の日程を照合し、変更が必要なところを自分で拾ってくる。
俺の方は、量産へ移る前に詰めておきたい条件を、開発や製造と相談していた。
そうして、キャンプから帰って3週間が過ぎた。
その間に増えたのは、仕事の資料だけではない。
家の作業机にも、型紙と糸の切れ端が積み重なっていた。
◇
腕当てを使い始めてから、直したい箇所はいくつも出ていた。
最初は、腕へ巻けるだけで嬉しかった。
ところが、剣を振って汗をかくと、結んだ紐が少し緩む。締め直せば済むものの、強く結びすぎると手首を曲げたときに端が当たった。
布そのものが破れなくても、使い続ければ縁の糸は擦れる。
訓練の後に手入れをしているうちに、何を直せばよいのか、少しずつ分かるようになってきた。
『縁を厚くすると、今度はそこが腕へ当たるのですね』
ミトが、外した腕当てを見ながら言った。
「守るところだけ考えて作ると、動かしにくくなるんだな。店で売っている物は、そういうところも含めて形が決まっているんだろう」
『布を丈夫にするだけでは、足りませんね』
ミト自身も、織り方を変えながら小さな布を作り続けていた。
俺が欲しがる大きさへ合わせるだけではない。曲げたときの寄り方や、端を縫ったときに糸が抜けやすい箇所を、自分から確かめている。
俺は裁縫師へ職業を変更し、使い込んだ腕当ての縁をほどいた。
先の丸い道具で糸を持ち上げ、革を傷つけないよう少しずつ切っていく。職業の補助があっても、急げば刃先が余計なところへ入る。
補修を済ませた後、残った型紙を使って、もう1つ作ることにした。
いきなり形を大きく変えるのではなく、まずは同じ物をもう一度作る。初めてのときに手間取った工程が、どれくらい変わるのか知りたかった。
革を切り、ミトの布を内側へ合わせる。
ネリには小さな木片を押さえてもらい、材料が動かないようにした。
『こっちの端が、少し浮いてるぞ』
「助かる。そこを押さえたまま、もう少し待ってくれ」
縫い進めると、途中で糸の引き方が強すぎたことに気づいた。
革と布の間に、小さなしわが寄っている。
裁縫基礎の補助があっても、手を動かす俺の癖までは消えない。数針戻って縫い直すと、ミトが脚の先で布を軽く伸ばした。
『前の物より、端が揃っています。最初から直す場所が分かっていると、作業も変わりますね』
完成まで、何日かかかった。
平日の夜に無理なく進め、最後の紐を通したのが土曜日の午前中だった。
そこで、裁縫師がレベル3へ上がったのだ。
◇
サクも窓の前から移ってきて、俺の顔を見上げた。
『枠が増えたって、魔剣士と裁縫師を一緒に使えるようになったんだ』
「表示を読む限り、そうらしい。まだ選んでいないから、確かめてみる」
職業画面を開くと、メインの下にあった閉鎖表示が消えていた。
【メイン職業:N《裁縫師 Lv.3》】
【サブ職業:未設定】
俺はサブの欄を選び、魔剣士を指定した。
【サブ職業:SR《魔剣士 Lv.3》】
続いて、解放された枠の説明を読む。
装備したメインとサブ、両方の職業に属する固有スキルを使用できる。職業の熟練度は、実際に行った行動に応じて得られる。
サブへ入れているだけで、その職業の練習を済ませたことにはならないようだ。
俺は内容を3人へ伝えた。
『糸を縫っている間にも、剣や魔法を使えるのですね』
ミトが言った。
「ああ。今までだと、裁縫師にしている間は魔剣士のスキルを使えなかった。これなら、ものを作っている途中でも魔力感知を使える」
手元にある2つの職業で、まず思いついたのはそれだった。
今後、別の職業を得たときにも違ってくる。
新しい仕事を試している間、覚えた剣術や魔法をすべて外さずに済む。職業を変更する前に、場所や状況を気にする理由が1つ減った。
『圭吾、裁縫師はNだったよね』
サクが画面へ鼻先を寄せた。
「そうだ。最初は、腕当てを作る助けになればと思って使ったんだがな」
『腕当ても作れて、職業の使い方まで増えたんだ。出たときだけ見ていたら、分からなかったね』
俺は机の上の型紙を見た。
裁縫師の書が出た日には、ここまで考えていなかった。
ただ、ミトの布を形にするために、自分にもできる作業を増やしたかった。針を持ち直し、ほどいて縫い直している間にも、職業は育っていたらしい。
「引いた後に何をするかで、変わることもあるんだな」
言いながら、俺は新しい腕当てを持ち上げた。
その隣には、補修を済ませた最初の腕当てが置いてある。
鑑定すると、どちらにも同じ名前が表示された。
【影織布の腕当て+0】
レアリティはN。防御力は2。
出来上がった物を見比べているうちに、俺は別のことを思いついた。
◇
限界突破の画面を開いた。
魔鉄の片手剣を強化したときと同じように、装備を選ぶ。すると、机に並べた2つの腕当てが、それぞれ候補へ表示された。
「自分で作った物も、対象になるのか」
思わず顔が緩んだ。
同じ名前だから必ず使える、とまでは考えていなかった。形が似ていても、別の装備として扱われる可能性はある。
だが、画面では確かに、片方を素材として選べる。
『1つは、なくなるのですね』
ミトが腕当てへ前脚を添えた。
「ああ。剣のときと同じなら、2つを合わせて1つを強化することになる。両方残して交代で使うか、1つを強くするかだな」
右腕の分を作ったわけではない。
2つとも、俺の左腕へ合わせた同じ形だ。新しい方を使えば、古い方は予備になる。
それも悪くない。
ただ、腕当てを作るのに必要な物と手間は、もう分かっていた。時間はかかるが、ガチャから同じ品が出るのを待つ以外にも、次の1つを用意する方法がある。
俺はミトへ顔を向けた。
「使ってもいいか。せっかく織ってくれた布だが、強化できるなら試したい」
『そのために作った物です。手元に置いて眺めるより、圭吾が使える形にしてほしいです』
ネリも、木片から手を離した。
『次を作るときも、押さえるくらいはできるぞ』
「ありがとう。それなら、やってみよう」
使い慣れた方を本体に、新しく作った方を素材に選んだ。
確認すると、2つの腕当てを淡い光が包む。
革の縁と銀色の布が見えなくなり、やがて机の上には、1つだけが残った。
【限界突破が完了しました】
【影織布の腕当て+1】
防御力:3
特殊効果は増えていない。
防御力も、2から3になっただけだ。
それでも、俺は表示を読んでから、すぐに腕へ巻いた。
紐を結び、手首を曲げる。肘を伸ばしても、いつもの位置へ収まった。強くなった実感まではないが、自分が手を入れてきた物が、装備として育ったのは確かだった。
『圭吾、剣を強くしたときより、長く見ているよ』
サクに言われ、俺は腕を下ろした。
「こっちは、針を刺したところから覚えているからな。少し嬉しいんだよ」
ミトが腕当ての縁へ近づいた。
俺が掌を開くと、そこへ脚をかけ、銀色の布が収まる内側を覗き込んだ。
◇
午後からは、訓練場へ出かけた。
いつものように周囲を確かめてから、職業画面を開く。
メインは裁縫師、サブは魔剣士。
表示を見直し、俺は魔力感知を使った。
そばにいるサクとミト、足元のネリの魔力が感じられる。職業を付け替えてから探り直す必要はなかった。
次に剣を抜き、構えたまま魔刃を使う。
刃へ流した魔力が、細くまとまった。
大きく振るわず、数秒で止める。それだけのことなのに、剣を鞘へ戻してからも、口元が緩んでいた。
「本当に使えるな。裁縫師のままで、魔剣士のスキルが残っている」
『これなら、仕事を変えるたびに、使えないことを覚え直さずに済みそうですね』
ミトの言葉に頷いた。
確かめ終えたところで、メインを魔剣士、サブを裁縫師へ入れ替える。
今日は、こちらで動いてみることにした。
木偶の核を取り出し、中級を選ぶ。
サクが反対側へ回り、ミトは俺たちの進路を空けて位置を取った。ネリは脇で、糸をかける足場がぐらついていないか見てくれている。
戦い方が、急に変わったわけではなかった。
新しい枠が開いても、木偶の剣は普通に速い。サクの動きを見ようとして足を止めれば、盾で押される。
最初の1回は、俺が退く方向を誤って止めた。
仕切り直した後は、サクに回り込む側を任せ、自分の前にいる相手へ集中する。ミトの糸が脚へかかったところで剣を入れ、最後の一撃は木偶が盾を戻す前に届いた。
動きを止めた木偶を見てから、俺は剣を下げた。
腕当ての防御力が1増えたおかげで勝った、とは言えない。
むしろ、当てられないよう動けたことがよかった。それでも、剣を持つ左手の内側に、皆で作った装備があるのは心強かった。
◇
休憩中、サクが俺の荷物のそばへ座った。
『圭吾、次に何か作るときは、僕の分も考えてほしい』
水筒の蓋を閉め、俺は顔を上げた。
『口で袋を運ぶと、途中で置かないと話しにくいんだ。軽い物を身体につけて運べたら、もう少し手伝えると思う』
「今のハーネスに合わせる、小さな物入れなら考えられるな。ただ、走ったときに揺れると邪魔になるから、まず空の袋で試してみよう」
『片方だけ重くなるのも、走りにくそうです。左右へ分ける形がよいかもしれません』
ミトが、自分からサクの横へ回った。
サクはじっと立ち、首を少し上げている。
いつもなら走り出している休憩明けに、2人で袋のつけ方を相談していた。
俺はノートを開き、ハーネスの形を大まかに描く。
防具にする必要はない。サクが自分で運びたい物を入れ、動きを邪魔しない形から考えればよかった。
『圭吾、糸を出すので、この位置を測ってもらえますか』
ミトに頷き、俺はサクの横へ膝をついた。
魔剣士を外さないまま、裁縫基礎の補助を意識する。採寸の糸を当てる位置へ、自然と目が向いた。
ノートへ数字を書き込む俺のそばで、サクは尻尾だけをゆっくり動かしていた。
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