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第24話 用水路の異変は、あそこだけではなかった

 タープの下へ椅子を出したところで、サクが林の方を向いた。


 俺は折り畳みテーブルの脚を伸ばしながら、その横顔を見た。鼻先は風上へ向いているが、耳は別の方向を探るように動いている。


『圭吾、ここにも変な風がある』


 脚を固定する手が止まった。


 サクは草の揺れる方を一度見てから、区画の奥へ鼻を向け直した。


『草が動く方とは違うところへ、引かれる感じがするんだ。用水路のそばで感じたのに、少し似ている』


 木々の間には、午後の日差しが残っていた。


 目の前には立てたばかりのテントがあり、車の荷室には夕食の食材も積んである。家から車で1時間ほど走り、ようやく始まった初めてのキャンプだった。


 俺はテーブルを置き、サクの隣へしゃがんだ。


「場所が分かりそうなら、一緒に見よう。ただし、林の奥までは入らない。ミトとネリも、俺のそばにいてくれ」


 ミトが椅子の脚から地面へ降りた。


 ネリはテントの下を整える作業をやめ、両手についた土を払っている。


 まだ、同じものだと決まったわけではない。


 それでも、聞き流して椅子へ座る気にはなれなかった。


     ◇


 泊まりの準備は、前の週から少しずつ進めていた。


 大きなテントは設営の手間を考えて諦め、庭で1人でも立てられる物を選んだ。寝袋とマットは夜の気温に合わせ、毛布も余分に持った。


 食事を温める道具や電池式の照明も買っている。


 生活魔法が使えても、暗くなってから魔力を使い切れば困る。蓄魔の腕輪があるからといって、最初からそれを当てにした準備にはしなかった。


 出発した土曜日の朝、腕輪の魔力は20まで貯まっていた。


 平日の夜に少しずつ充填し、休んで回復した分を翌日に足したものだ。袖を下ろせば目立たず、普段の仕事を邪魔することもなかった。


 選んだのは、林に囲まれた小さな貸切区画だった。


 車を横づけでき、犬を連れて泊まれる。管理人のいる建物からも離れすぎていないので、初めて使う道具に囲まれて一夜を過ごすには、都合がよさそうだった。


 受付を済ませて区画へ入り、周囲を確かめてから3人を呼び戻した。


 テントは庭で練習したとおりに立ち、ネリには寝床の下に残った小さな窪みを整えてもらった。ミトは広げた布が風で寄らないよう押さえ、サクは毛布の入った袋を運んでくれた。


 買った道具を並べるだけのつもりが、気づけば皆で作業をしていた。


 後は湯を沸かして、少し遅い昼食を作る。


 そう考えていたところで、サクがあの言葉を口にしたのだ。


     ◇


 サクが足を止めたのは、テントから6メートルほど離れた場所だった。


 区画を囲む木立の手前で、落ち葉が薄く積もっている。石も土も、見た限りでは周囲と変わらない。


『この辺りだよ。ずっと同じように感じるわけじゃないけど、今はこっちへ寄る』


 俺はその場で《魔力感知》を使った。


 普段なら、自分の内側を巡る魔力や、すぐそばにいる仲間の気配が先に分かる。そこへ意識を向けすぎないようにしながら、サクの示した地面を探った。


 足元の少し先に、妙な引っかかりがあった。


 用水路で感じたときのように、周囲と違う感触が混じっている。


「……俺にも分かる。サクが言っている場所と、ほぼ同じだ」


 ミトが俺の靴のそばまで来た。


『影糸を出して確かめます。引かれたら、すぐに切り離します』


「短い物だけで頼む。強く引き合う必要はないからな」


 ミトの前脚から、細い影糸が伸びた。


 落ち葉の上を進んだ糸は、途中でわずかに曲がった。ミトが動かしていないのに、先端だけが横へ寄っていく。


 俺は無意識に腰を引いた。


 用水路で見た動きと、よく似ていた。


 ミトはすぐに影糸を消し、少し間を置いてから普通の糸を垂らした。そちらは風に揺れるだけで、同じ場所へ寄る様子はない。


『魔力で作った方にだけ、働いています。用水路と共通していますね』


 ネリが地面へ手を置いた。


 指先で土をつまみ、少し崩してから首を傾ける。


『こっちは普通の土だぞ。何かに引っ張られてる感じもしない』


 俺も落ち葉を見た。


 風が通れば端が持ち上がり、収まれば元へ戻る。影糸の先端が向かった場所へ、葉や砂が吸い寄せられるわけではなかった。


 見えないところで魔力だけに働く何かがある。


 分かるのは、そこまでだった。


「ここは触らずにおこう。何か落ちていないか、見える範囲だけ確かめる」


 用水路では、小さな結晶片が見つかった。


 だが、ここにもあるとは限らない。俺はしゃがまず、立ったまま地面へ目を凝らした。透明な物や青い光を探したが、枯れ葉の間に見えるのは土と小石だけだ。


 それよりも、気になることがあった。


 少し横へ動いても、魔力感知の引っかかりが途切れない。


 俺は3人へ声をかけ、一緒に2歩ずつ移動した。全員がすぐ手の届く範囲にいることを確かめながら、意識を足元へ向け直す。


 反応は、まだ続いていた。


     ◇


 落ちていた枝を、地面へ並べた。


 反応を感じた場所の外側に置き、横へ進んでまた確かめる。精密な測定には程遠いが、どの辺りにあるのか、後から見失わない程度には残せる。


 ミトも少しずつ位置を変え、短い影糸で反応を拾った。


 やがて、枝の並びが細長い形になった。


 幅は広くない。俺が横へ1歩避けると薄れ、戻るとまた感じられる。一方で、長さは区画の端まで続いていた。


『1か所へ引かれているのではなさそうです』


 ミトが、枝の並びに沿って身体を向けた。


『こちら側でも、少し先でも反応します。少なくとも、点のように小さくはありません』


 俺は林の奥を見た。


 枝で示した細い範囲は、その向こうへ続いているように思えた。だが、区画を出て追いかける気にはならなかった。


 反応の先に何があるのかも、どこまで続くのかも分からない。


「ここで止めよう。借りた場所の中だけで、十分に分かったことがある」


『あの欠片を探さなくてもいいのか』


 ネリが俺を見上げた。


「あれが原因なのか、こういう場所から生まれた物なのかも、まだ分かっていないからな。見つかるまで地面を掘るのはやめておく」


 俺は区画の案内図を取り出し、テントと木の位置を書き込んだ。


 枝の並びを大まかに写し、写真も残す。画面には、ただの地面と枯れ枝しか映らない。それでも、自分の記憶だけに頼るよりはましだった。


 用水路で拾った欠片は、家の物置にある。


 俺たちはそれを持ってこなかったのに、別の山で似た反応を見つけた。


 欠片を回収したことと、あの場所だけを気にしていればよいことは、同じではなかったのだ。


     ◇


 昼食を済ませると、木立の影が区画へ長く伸び始めた。


 異常のある側から離してテーブルを置き直し、俺は椅子へ座った。サクも足元へ伏せたが、鼻先はときどき林へ向く。


 俺自身、落ち着かない。


 目に見える物なら、近づかないよう距離を取れる。だが、今見つけた範囲の外側まで、何も起きないと確かめたわけではなかった。


 魔力感知を続けた分だけ、自分の魔力も減っている。


 俺は左の手首へ意識を向け、腕輪から3だけ戻した。


【蓄積魔力:17/20】


 少しずつ受け取る間も、足元の土や葉に変化はなかった。腕輪の中に残した魔力にも、減少は見られない。


 だからといって、この道具なら影響を受けないと決めるのは早い。


 袖を下ろしてから、もう一度周囲を見た。


 食卓はまだ明るいが、林側の地面は影になっていた。ミトが回収してきた糸をしまう手元を照らそうと、俺は《灯火》を出した。


 小さな明かりが、掌の少し上へ浮かぶ。


 そのまま身体を向けたところで、光の端が歪んだ。


 丸く広がっていた明かりが、片側だけ細く伸びる。糸のように引き出された光は、林の方へ向いていた。


『圭吾、灯りを消して』


 サクの声と同時に、俺も魔法を止めた。


 掌の上が暗くなる。


 光は残らず消えたが、俺はしばらく手を下ろせなかった。


 今の場所は、枝で示した範囲から外れていたはずだ。


 俺が感じ取れたところと、魔法に影響するところが、同じとは限らない。


「ミトの影糸だけじゃないな。俺の生活魔法にも、何かが働いた」


『明かりの形が変わりました。触れる前から影響するなら、先ほど置いた枝を境目にはできません』


 ミトの言葉に頷き、俺は電池式のランタンをつけた。


 今度の光は、普通に食卓を照らした。


 ランタンを持つ手には何も感じず、木立の影も動かない。魔法の明かりと、電池でともした明かり。その違いが、目の前ではっきり出ていた。


 俺は夕食用の鍋へ目をやり、それからテントを見た。


「今日は泊まるのをやめる。暗くなる前に片づけよう」


 サクはすぐに立ち上がった。


『僕も、その方がいいと思う。夜になってから動きにくくなるより、今のうちに帰ろう』


『寝床なら、また作れるぞ』


 ネリは敷物の端を持ち、俺の方へ差し出した。


 朝には、あれほど楽しみにしていた。


 それでも、誰も居残ろうとは言わなかった。


     ◇


 撤収は、設営よりも手間取った。


 テントの布がうまく畳めず、収納袋へ押し込もうとして、いったん全部出し直した。サクは邪魔にならない場所で待ち、ミトは地面に残した糸を確かめている。


 魔法で急ぐことはしなかった。


 明るいうちに動ける時間はある。道具を1つずつ片づけ、枝の目印も回収した。


 管理人には予定を変えて帰ることを伝え、車へ乗った。


 山道を下り、窓の向こうに家の明かりが増えてくる頃になって、ようやく肩の力が抜けた。


 出発する前には、外で一夜を過ごすつもりだった。


 実際にやったのは、テントを立て、昼を食べ、見つけた異常を記録して帰ることだ。泊まるために買った寝袋は、まだ一度も使っていない。


 それでも、何もなかった休日には戻せなかった。


     ◇


 帰宅して3人を呼び戻すと、俺はまず物置へ向かった。


 金属製の工具箱を開け、透明ケースを取り出す。中に収めた小さな欠片は、以前と変わらない淡い光を帯びていた。


 鑑定の表示にも、新しく読み取れる情報はない。


【微小魔晶片】


 状態は安定。魔力反応は微弱。


 用途も、由来も分からないままだった。


 俺は蓋を開けず、そのまま工具箱へ戻した。


 居間へ戻って地図を開き、用水路とキャンプ場へ印をつける。


 画面を縮めると、2つの印の間に道路や住宅地が広がった。普段サクと歩いている範囲からは、はっきり離れた場所だった。


『あの欠片が、山まで何かを飛ばしていたのでしょうか』


 ミトが画面のそばへ来た。


「そこは分からない。最初から両方にあったのかもしれないし、他にもあるのかもしれない」


 俺は撮った写真を開き、案内図へ書き込んだ形と見比べた。


 用水路では、欠片を見つけた場所を中心に調べていた。今日の山では、細長い範囲で反応が続いた。


 似ている点はある。


 だが、同じものだと決めて、片方で分かったことをそのまま当てはめるわけにもいかなかった。


『少なくとも、私の糸だけの問題ではありませんでしたね』


「ああ。灯火まで変わったのは、見過ごせない」


 暗い場所で照明として使う程度の魔法が、あんな形になった。


 もし木偶を動かしている最中だったら、剣へ魔力を流しているときだったら、同じように影響するのだろうか。


 考えかけて、俺はノートへ視線を落とした。


 確かめていないことまで、分かったつもりになるのはやめよう。


 今日見たことと、まだ分からないことを分けて書く。サクが最初に気づいた違和感、影糸の動き、反応した範囲、灯火の変化。3人にも順に聞き、俺が見ていなかった部分を足していった。


 最後に、訓練場の位置も地図へ出した。


 あそこでは、何度も魔法を使っている。だから異常がないとは言い切れないが、次に木偶を動かす前に、周囲を確かめておく理由はできた。


『圭吾、泊まりは、また行こうね』


 地図を眺めていたサクが言った。


『今日の場所は気になったけど、皆で寝るところを作ったのは楽しかった。あれで終わりにするのは、もったいないよ』


「俺も、買った寝袋を一度くらいは使いたい。次は場所を変えて行こう」


 サクが頷く隣で、ネリは持ち帰った敷物を広げていた。ミトも作業机へ戻りかけたが、画面に並ぶ印へ、もう一度身体を向けた。


 俺は地図を保存してから、昼に使った鍋を台所へ運んだ。


 夕食は、キャンプ場で作る予定だったスープにする。


 湯が沸くのを待つ間にも、掌の上で細く伸びた光が、何度も頭へ浮かんできた。




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YouTubeでショート動画作ってみました

https://youtube.com/shorts/PCIU2r6HJ10?si=hcY4h-BqBD1biiTv

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