第21話 魔剣で開いた、俺たちの訓練場
剣そのものが強くなったわけではない。
攻撃力は38のまま、特殊効果も《魔力伝導・小》で変わらなかった。ただ、その下に表示される説明が、以前より詳しくなっている。
【刀身へ魔力を伝えやすくする。魔力の分布は使用者の制御に依存する】
俺は柄から手を離し、剣の側面を眺めた。
「通しやすいだけで、必要なところへ勝手に集めてくれるわけじゃないのか」
《魔刃》を使うときは、剣へ魔力を流し、刃に沿って形を保つよう意識してきた。だが、刀身のどこに、どれだけ流れているかまでは気にしていなかった。
強く斬りたいと思うほど、流す量を増やしていた気がする。
『圭吾が力を込めたとき、刃より広いところまで光っていたことがあります』
ミトが剣の側面へ脚を向けた。
『それが必要なのかは分かりませんが、当てる部分へ集められるなら、使い方は変わりそうです』
「試す価値はあるな。動いている相手にも保てるか、木偶で確かめよう」
微小魔晶片にも、魔力を通す性質がある。
ただ、その情報だけでは、拾った欠片へどう流せばよいかも、流れた先に何があるかも分からない。まずは使い慣れた剣で、魔力が通る感覚を確かめたかった。
透明ケースを工具箱へ戻し、蓋を閉める。
その晩は剣を振らず、柄から刀身へ流した魔力を、少しずつ動かしてみた。刃先へ寄せようとすると途中で散り、手元へ戻そうとすれば、今度は流れが途切れる。
説明を読めるようになっても、手まで器用になるわけではなかった。
◇
それから2週間、帰宅後の短い時間で、魔力の扱いを練習した。
会社では正しい材質の金具が届き、受け入れの確認を経て、試作への組付けが再開された。宮原が追っている再発防止の確認は残っているが、森岡主任たちは耐久評価へ進めるようになっている。
家では剣の制御を練習し、休日には《稽古用魔導木偶の核》も使った。
中級に勝つことはできる。
だが、木剣を避けながら魔刃を保とうとすると、静止しているときとは違った。反撃を急げば光が広がり、魔力の流れに気を取られれば足が止まる。
庭で横へ動くたび、物置や家の窓までの距離も気になった。
『圭吾、今も家の方を見たよ』
木偶を停止させた後、サクが言った。
『当てたくないのは分かるけど、動けるところが狭くなっているね』
「そうだな。ここでは、避ける方向まで自分で減らしている」
剣を振るだけなら十分だった作業スペースも、魔法を交えて動き回るには窮屈になっていた。
サクやミトにも、いずれは一緒に動いてもらいたい。そのためには、もう少し広く、人目を気にせず使える場所が必要だった。
きっかけは、数日後の散歩だった。
道で会った香坂さんに、休日に身体を動かせる場所を探していると話した。剣術の練習や木材を使った作業もしたいので、道具を持ち込めるところがよい、と付け加える。
香坂さんはサクを見てから、少し考え込んだ。
「市の外れに、昔、家族が資材を置いていた土地があるんです。今はほとんど使っていなくて。木が倒れたりして、歩けるところも狭くなっていますけれど」
山の中腹にある、小さな資材置き場だった。
古い小屋と、金網で囲った平らな土地が残っている。住宅からは離れているが、車で近くまで行けるらしい。
「一度、見せていただけますか。使えそうなら、お借りする相談をしたいです」
「片づけて使ってもらえるなら、こちらも助かります。まずは見てから決めてください」
翌週の土曜日、俺は香坂さんに案内してもらい、現地へ向かった。
◇
門を開けると、枯れ葉が靴の下で鳴った。
平らな部分は、おおよそ20メートル四方。奥には古い小屋があり、その手前へ、敷地内の木から落ちた大きな枝が横たわっている。
周囲の木々のおかげで、道から中はほとんど見えなかった。金網には傷んだ箇所もあるが、境界は確認できる。
「奥の斜面までがうちの土地ですが、今はそちらへ入らない方がいいですね。足元が悪いので」
「使うのは、この平らな部分だけにします。片づけるのも、倒れている木の範囲で進めたいです」
小屋は床の一部が傷んでいたため、当面は使わないことにした。外だけでも、今の作業スペースよりずっと広い。
使用料はいらないと言ってもらえたが、継続して使う以上、そのまま甘えるつもりはなかった。
相談の末、月5000円で、まずは半年借りることになった。片づける範囲と、処分してよい物も確認した。
報奨金を何に使うか、考えていたところだった。
ガチャへ回すのも楽しみだが、ここなら、すでに手に入れた道具や能力を今より十分に使える。
「道具を使う間は門を閉めます。こちらの物を壊したり、気になることがあったりしたら、すぐに連絡します」
「ええ。稲見さんも、怪我には気をつけてくださいね」
香坂さんを見送ってから門を閉じ、俺はサクと周囲を歩いた。
人がいないことを確かめ、ミトとネリも呼び出す。2人が新しい場所を見回している間に、俺はアイテムボックスから作業道具を取り出した。
◇
太い枝は、そのままでは訓練の邪魔になる。
細い部分を先に払い、幹に近いところは腰掛けに使える長さへ切り分けることにした。転がらないようベルトと木片で固定すると、ネリが地面へ両手を当てた。
『こっちの下が浮いている。少し土を詰めれば、木片は落ち着くぞ』
「頼む。重さを支えるのは道具に任せるから、終わったら離れていてくれ」
木片の下の隙間へ、土が少しずつ寄せられていく。
ミトは切り落とす細枝に糸をかけ、作業場所へ戻ってこないよう脇へ引いてくれた。サクは門の近くで周囲の音を聞いている。
俺は固定を確かめてから、魔鉄の片手剣を抜いた。
魔刃をまとわせ、木へ当てる部分へ意識を寄せる。振り下ろした剣は深く食い込んだが、途中で止まった。
『当たってから、光が広がりました』
「押し切ろうとして、魔力を足したな。もう一度、流し方を戻す」
剣を抜き、固定を確認し直す。
次は肩だけで押さず、腰を送り、刃が進む場所へ魔力を保った。手応えが続いた後、剣が抜け、切り分けた木が受け木へ落ちる。
静止した相手なら、何とかできる。
何本か切り分け、中央に十分な空間ができたところで、俺は剣を鞘へ戻した。道具と木材を脇へ寄せ、足元の小枝も取り除く。
そこで、木製の球を取り出した。
R《稽古用魔導木偶の核》。
表面の溝を流れる青白い光を見て、サクが近づいてきた。
『それを出したなら、次は動く相手だね』
「ああ。木を斬れただけで満足していたら、また足が止まる。ここで試してみよう」
◇
核へ魔力を供給し、中級を選択した。
地面へ光が広がり、木製の身体が組み上がっていく。右手には長い木剣、左腕には小型の盾。すでに何度も相手にした姿だ。
初めて勝ったときは、剣と魔弾を続けて使えることが嬉しかった。
今日は、魔刃を必要な瞬間に使えるか確かめたい。
「今回は魔弾を使わずに戦う。剣の動きと魔刃の制御を合わせてみるよ」
『私は外から見ています。戦っている最中に話すと、かえって集中を乱しそうなので』
ミトが木材を置いた側へ移動する。ネリもその隣に座り、サクは俺から数メートル離れた場所で立ち止まった。
『終わったら、足の動きも話すよ。剣ばかり気にしていたら、そこは教えてあげる』
「頼む。自分では気づかないこともあるからな」
俺は革胴衣と腕当ての位置を確かめ、剣を構えた。
開始を選択すると、木偶が踏み込んでくる。
右上からの木剣を、半歩ずれて受け流した。盾の外へ回ろうとしたが、木偶は足を運び直し、すぐに正面を合わせてくる。
俺は無理に斬らず、さらに横へ動いた。
物置も窓もない。足元を片づけた範囲なら、自分で進む方向を選べる。
追ってきた木剣をかわし、伸びた腕の内側へ剣を入れた。だが、反応した盾に受けられ、硬い音が響く。
押し合わずに剣を引くと、木偶の木剣が空いた場所を横切った。
受け止めていたら、反撃をもらっていただろう。
距離を取った俺を、木偶が追う。
今度は剣を低く構えたまま待ち、相手が振り上げたところで踏み込んだ。木剣を外へ流しながら、空いた胴へ刃を当てる。
【有効打】
光が浮かんだのを見てからも、俺は足を止めなかった。
木偶はすぐに盾を戻している。続けて打ち込まず、その外側へ回り、構えを直した。
まだ、魔刃は使っていない。
斬り合っていない時間まで光を保つ必要はないはずだ。それでも、相手が動けば、間に合わない気がして魔力を流したくなる。
木偶が木剣を突き出してきた。
俺は身体強化で踏み込みをずらし、相手の右側へ出る。剣を振り始めると同時に、柄から刃へ魔力を通した。
青白い光が走り、肩口の装甲へ刃が届く。
【有効打】
打ち込んだ後も、光が残っていた。
引き抜く動作に気を取られ、魔刃を切るのが遅れたのだ。俺は一度離れ、魔力の流れを止めてから構え直した。
木偶の盾には、最初に剣を受けられたときの浅い傷がある。その向こうから、長い木剣が持ち上がった。
こちらも、さっきと同じ動きをする必要はない。
横へ回ると見せて足を止め、木偶が向きを変えたところへ半歩だけ入る。木剣を受け流すと、相手の盾と剣の間に、短い隙ができた。
そこへ、刃を通す。
届く直前に魔刃を使い、胴へ当てた後は、剣を戻す動きに合わせて流す魔力を絞った。
【有効打】
【模擬戦闘終了】
木偶が停止し、俺は構えていた剣を下ろした。
呼吸は乱れている。右腕にも疲れが残っていたが、魔剣士になって初めて中級へ勝ったときのように、身体の奥まで魔力を使い切った感覚はなかった。
『最後は、剣を戻すときに光も小さくなりました』
ミトが言った。
『2度目は、離れてからも明るかったです。圭吾が直そうとしていたのは、その違いですね』
「ああ。まだ余分に流しているが、少し合わせられた」
サクも近づき、停止した木偶の横へ立つ。
『今日は後ろに下がるだけじゃなかったね。広いところへ逃げていたけど、最後は自分から近づいていたよ』
「動ける場所があるだけで、ずいぶん違った。庭と同じ距離で戦う必要もなかったな」
俺は木偶を停止状態から戻し、核を回収した。
訓練で付いた傷が修復されていくのを見届けたところで、新しい表示が現れる。
【職業《魔剣士》のレベルが2に上がりました】
職業画面を開くと、魔剣士の数字が変わっていた。
俺自身のレベルは1のままだ。だが、剣と魔法を合わせて使う職業は、ようやく次の段階へ進んだ。
「魔剣士のレベルも上がった。練習してきた分が、ここで出たらしい」
『それなら、今日の動きを忘れる前に休んだ方がよさそうですね』
ミトの言葉に笑い、俺は剣を鞘へ戻した。
ネリは、片づいた中央と、まだ穴の残る端を見比べている。
『次に使うときは、向こうも少しずつ直そう。おれがやるなら、1度に全部は無理だけどな』
「十分だよ。今日は真ん中を使えたし、残りは急がなくていい」
俺は日陰に置いた木へ腰を下ろした。
視線の先には、核へ戻った木偶と、作業用に揃えた木材がある。小屋はまだ使えないし、敷地の隅にも片づける物が残っていた。
それでも、ここへ来れば、次も同じ相手と条件を変えて戦える。
俺が水を飲んでいると、サクが目の前へ座った。
『木偶には勝ったけど、僕と走る分は残っているんだよね』
「少し休ませてくれ。魔力が残っていても、脚まで疲れていないわけじゃない」
『分かった。じゃあ、僕も先に休んでおく』
サクは隣へ伏せ、前脚を伸ばした。
ミトとネリも日陰へ移ってくる。俺は4人分の場所を空け、次に核を置く位置を眺めながら、水筒の蓋を閉めた。
──────────────────
YouTubeでショート動画作ってみました
https://youtube.com/shorts/PCIU2r6HJ10?si=hcY4h-BqBD1biiTv




