第20話 同じ金具なのに、鑑定の答えが違っていた
同じ袋から取り出した金具なのに、鑑定の結果が違っていた。
片方はステンレス鋼で、もう片方は炭素鋼。俺は2つを机へ戻し、図面の材質欄を確かめた。指定されているのは、ステンレスだ。
月曜日の午前、俺と宮原は、新製品の試作用金具を作っている仕入れ先へ来ていた。
操作ユニットは、組立と交換作業の確認を経て、耐久評価に使う試作の準備へ進んでいる。今日は納入前の品物と供給日程を確認し、結果を開発と品質保証へ持ち帰る予定だった。
「形状の変更箇所は、こちらで対応できています」
先方の担当者が、検査記録を俺たちへ向けた。
穴の位置も外形の寸法も、図面の指定内に収まっている。現物の表面はよく似た光沢を帯びていて、見ただけでは区別できなかった。鑑定を使わなければ、そのまま袋へ戻していただろう。
ただ、俺にしか見えない表示を根拠に、材質が違うと断言するわけにはいかない。
「寸法は問題なさそうですね。材質についても、現物と記録を合わせて確認させてもらえますか」
「材質証明は添付しています。そちらの写しもお渡ししますよ」
「ありがとうございます。この2つが少し気になるので、分けて確認をお願いしたいんです。同じような形で、別の材質を使う品物も製造されていますか」
担当者は金具を覗き込み、少し考えてから頷いた。
「似たものはあります。確認しますので、少々お待ちください」
彼が席を外すと、宮原が図面へ目を落とした。
「稲見さん、穴の周りを見ていたんですか。私には、外観では違いが分からなかったのですが」
「見た目で材質まで判断できたわけじゃないよ。気になった以上、検査で確かめてもらおう」
宮原は頷き、袋を動かしかけていた手を止めた。
俺は金具を1つずつ紙の上へ置き、どの袋から取り出したものかを書いた。確認する前に、ほかの品物と混ぜてしまっては意味がない。
鑑定では、どちらも良好な状態だった。
だが、その金具自体が傷んでいないことと、注文どおりの品物であることは別の話だ。
◇
先方の品質担当者が来てからは、話が早かった。
同じような外形で、炭素鋼に表面処理をした別製品も扱っているという。俺が分けた現物は、袋と箱を含めて預かって調べてもらうことになった。
その場での出荷は見合わせ、確認結果を待って日程を決め直す。
俺が先方と話している間に、宮原は会社へ連絡を入れていた。
「森岡主任には、金具の確認が済むまで、対象の組付け作業を待ってもらうよう伝えました。ほかの作業を先に進められるそうです」
「助かる。品質保証にも、現物を分けて確認していることまで知らせておこう」
「はい。袋と箱の表示も、先方に断って撮影しました。どこから取り出したかと合わせて、記録に入れています」
机の上で2つを離したことを、宮原は見ていたらしい。
まだ違う品物かどうかも判明していない段階で、その後に必要になる情報を揃えてくれていた。
帰り際、先方の担当者が頭を下げた。
「ご足労いただいたところで、申し訳ありません。確認でき次第、ご連絡します」
「こちらも、まだ試作へ使う前です。結果が分かれば、その範囲に合わせて日程を調整しますので、まずは確認をお願いします」
何がどこまで混ざっているのか。それが分からなければ、正しい品物を何個用意し直す必要があるのかも決められない。
工場を出て車へ戻ると、宮原が鞄を足元へ置いた。
「評価を始める前に確認できれば、影響は抑えられそうですね。組んだ後だったら、試験結果まで見直すことになります」
「そうだな。森岡さんたちが調べたい構造とは、別の理由で不具合が出るかもしれない。指定と違う部品では、比較する条件も変わってしまうから」
「ほかの部品も、何を確認したか整理しておきます。納入予定が決まっていると、それだけで安心してしまいそうなので」
「確認済みの項目と、まだ残っている項目を分けよう。それが分かれば、品質保証にも相談しやすい」
宮原は手帳を開き、すでに書いてあった項目の横へ印をつけた。
俺はシートベルトを締めながら、先ほどの表示を思い返す。
異世界の装備を調べていた能力が、会社の部品にも役立った。
もっとも、鑑定で分かったのは、手に取った2つの材質までだ。どの工程で混ざったのかは表示されなかったし、袋の中身をまとめて判定できたわけでもない。
それでも、確認すべき現物を見つけられた。
預けた金具が俺の思い違いで済むのか、それとも手配をやり直す必要があるのか。今は、先方の検査結果を待つしかなかった。
◇
翌日の午前、先方から連絡が入った。
分けて確認してもらった金具は、実際に材質が異なっていた。
別製品が、出荷の準備中に混ざったという。対象の品物は先方で取り分け、正しい材質を確認したものを改めて納入することになった。
結果を品質保証と開発へ回すと、午後の打ち合わせで森岡主任が資料から顔を上げた。
「先に止めてもらって助かりました。これを組んで評価していたら、構造のせいなのか、部品のせいなのか、切り分けから始めるところでしたよ」
「ほかの作業を先に進めてもらえたので、日程への影響も抑えられそうです。正しい品物が届いたところで、受け入れの確認をお願いします」
「分かりました。こちらも、どの部品を試作に組み込んだか、追えるようにしておきます」
宮原が用意した写真と先方の確認結果を見ながら、品質保証の担当者が必要な確認事項を書き加えていく。
鑑定で見つけただけでは、ここまで進められなかった。
現物を分けた宮原の記録があり、仕入れ先の検査があり、届く品物を受け入れる側の確認がある。その先でようやく、森岡主任たちが評価を再開できる。
打ち合わせを終えると、課長が俺と宮原を呼び止めた。
「この件は、仕入れ先との定例にも上げておこう。納期の調整だけで終わらせず、再発を防ぐところまで確認したい」
「承知しました。対策の回答が来たら、品質保証と内容を見ます」
「頼む。宮原も、現物と記録を押さえてくれたそうだな。あの資料なら、確認する側も追いやすい」
宮原が少し姿勢を正した。
「ありがとうございます。納入後の確認結果も、同じ資料へまとめておきます」
課長が離れると、宮原は手元の書類を揃え直した。
「先方との窓口は、私の方で続けます。日程だけでなく、確認事項が残っていないかまで追いますので」
「分かった。回答で判断に迷うところがあれば、俺にも回してくれ」
宮原は頷き、席へ戻る途中でもう仕入れ先からの連絡を開いていた。
俺も机へ戻り、止めていた見積書の確認を再開する。試作が完成したわけではないが、違う部品を組み込んで評価を進める事態は避けられた。
◇
帰宅して、契約領域からサクたち3人を呼び戻した。
夕食の支度を始めたところで会社から電話が入り、俺はいったん手を止めた。納入日程を確認して通話を終えると、サクが庭へ続く窓の前で、こちらを見ながら待っている。
ミトは作業机で糸を扱い、ネリはその隣で、小さな木枠を支えていた。電話の間も、2人で作業を進めていたらしい。
「悪かったな。もう電話は終わったから、支度が済んだら歩こう」
『圭吾、今日は難しい顔をしてないね。話がついたなら、僕も落ち着いて待てる』
「昨日、鑑定で部品の材質の違いを見つけたんだ。それが検査でも確かめられて、正しいものを送ってもらえることになった」
サクは耳を動かし、俺の顔を見た。
『会社の品物にも使えたんだね。圭吾がいつも見ているものなら、使う機会は多そうだ』
「ああ。ただ、混ざった経緯まで分かったわけじゃない。そこは作った会社で調べてもらったよ」
『糸の材質が分かっても、どこで切れたかは別に調べる必要があるのと、似ていますね』
ミトの言葉に頷き、俺はテーブルの端に置いていた袋を取り上げた。
その朝のデイリーガチャで出た、Nの研磨材だ。防具を指定していても、毎日そのとおりの物が出るわけではない。
使える素材を確認しようと鑑定をかけると、品物の説明より先に、見慣れない表示が現れた。
【《鑑定》のレベルが2に上がりました】
俺は袋を持ったまま、表示を読み直した。
裁縫師の職業レベルが上がったばかりだったので、最初はそちらかと思った。だが、今変わったのは汎用スキルの方だ。
「……鑑定のレベルが上がった」
ガチャで得た装備だけでなく、市販の素材、自分たちで作った腕当て、会社の部品も調べてきた。
使った回数が関係するのか、調べた物の種類も影響するのか。条件は分からないが、ずっと1だった数字が変わっている。
新しく表示された説明によると、識別できる物品や、読み取れる情報の範囲が広がるらしい。
『前は分からなかったものも、調べられるようになったかもしれませんね』
ミトが作業の脚を止めた。
「あの欠片だな。名前すら出なかったから、見直す価値はありそうだ」
気になって研磨材の情報へ戻ったが、袋を持ったままでは夕食の支度が進まない。俺はそれを置き、まず鍋の様子を確かめた。
「散歩と夕食を済ませてから、工具箱を開けてみよう」
『私も一緒に見ます。糸を近づける必要があれば、声をかけてください』
ネリは木枠を倒さないよう机へ下ろし、俺とミトを交互に見た。
『話に聞いていた、小さな石か。おれも見ていていいなら、そばへ行く』
「もちろん。ただ、触らずに見るところからにしよう。石なのかどうかも、まだ分かっていないんだ」
◇
散歩と夕食を終えてから、俺は物置の金属製工具箱を開けた。
透明ケースの中には、米粒よりも小さな欠片が残っている。
作業机へ運んで向きを変えると、淡い青色の光が一瞬浮かんだ。蓋越しに見た限り、形も大きさも、拾ったときから変わっていない。
サクは俺の足元に座り、ミトとネリは机の上でケースから距離を取っていた。
俺は蓋を閉めたまま、欠片へ鑑定を使う。
【微小魔晶片】
分類:素材
品質:低
状態:安定
魔力反応:微弱
性質:魔力伝導
【詳細な用途および由来は、現在の鑑定レベルでは判定できません】
俺は身を乗り出し、名前の部分を確かめた。
前は未確認物質としか表示されなかったものが、素材として識別されている。魔力伝導という性質まで出ていた。
「微小魔晶片。魔力を通す素材らしい。用途と、どこから来たものかは、まだ分からないと出ている」
聞いたミトが、ケースへ向き直った。
『魔力を通す性質なら、私の影糸が反応したことと関係があるかもしれません。外へ何かがつながるように感じたことも、気になります』
「ああ。俺の剣にも、魔力伝導の効果がある。あちらは、流した魔力を刃へ通しやすいものだった」
同じ言葉が使われていても、用途まで同じとは限らない。
剣は、手に持って魔力を流せるように作られた武器だ。一方、この欠片は用水路の壁際で見つけた素材で、元の形さえ分からない。
俺はケースの縁を持ち直し、中の欠片を見た。
これほど小さなものが、どうしてミトの影糸を引くような反応を示したのだろう。名前が分かったことで、かえって確かめたいことが増えてしまった。
ネリが机の端へ小さな両手を載せる。
『土に混ざった石も、見た目が似ていても、おれの力じゃ一緒に動かせない。そいつも、見た目だけじゃ分からない違いがあるんだな』
「そうだな。少なくとも、ただの透明な石として片づけられるものじゃなかった」
サクはケースを見上げ、鼻を動かした。
『名前は分かったけど、匂いは前と同じだよ。拾った場所のことまで、分かったわけじゃないんだね』
「あそこにあったのが、この欠片だけなのかも、確かめきれていないからな」
用水路で感じた違和感のすべてを、この小さな欠片だけで説明できるとは思えなかった。魔力を通すという情報にも、どこへ通すのか、どうすれば働くのかまでは書かれていない。
ただ、比べられるものなら手元にある。
俺はアイテムボックスから《魔鉄の片手剣+1》を取り出し、ケースから離れた場所へ、鞘に入れたまま置いた。
「先にこっちを見直してみる。使い方が分かっている剣なら、鑑定の説明が増えても、実際の感覚と比べられる」
『剣へ魔力を流したときのことなら、私も何度か見ています。違いがあれば、確かめる手伝いはできます』
ミトが木枠を脇へ寄せると、ネリも場所を空けた。
俺は使い慣れた柄へ手を置き、剣の情報を開いた。
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