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第19話 N《裁縫師》と、初めての自作防具

 左腕に巻いた試作品は、肘を曲げた途端にずり落ちた。


 慌てて右手で押さえると、作業机にいたミトが、留め具の位置を確かめるように近づいてくる。


『布が足りないのではなく、巻いた形を保てていないようです。同じ幅のままだと、細い方へ抜けてしまいます』


「筒にすれば着けられると思っていたんだが、腕はまっすぐな棒じゃなかったな。型を取り直そう」


 俺は試作品を外し、机へ広げた。


 銀色の布の外側に薄い革を重ね、紐で留める腕当て。形だけなら、それらしく見える。


 ただし、動くたびにずれるものを、防具として使う気にはなれなかった。


 ネリが仲間になってから、3週間あまりが過ぎていた。


 物置の前に敷いた平板は、その後の雨でも大きく傾くことなく、出入りのたびに役立っている。ネリは家での過ごし方にも慣れ、最近ではミトが木枠を使うとき、端を支える役を自分から引き受けるようになった。


 その間に給与日も来た。


 明細には、普段の給与とは別に、提案報奨金3万円の記載がある。森岡主任にも宮原にも同じものが入ったと聞き、休憩中に3人で少しだけその話をした。


 手元に残るお金が増えたのは嬉しい。だが、俺が帰宅後に始めたのは、有料ガチャの連続投入ではなかった。


 針仕事だった。


     ◇


 きっかけは、ネリが来てから10日ほど経った夜のデイリーガチャだ。


 防具の指定は変えていなかったが、出てきたのは小さな本だった。


【N《裁縫師の職業の書》を獲得しました】


 最初は、ミトに読ませるものかと思った。


 だが、職業を登録するための書であり、俺が使うものだと説明にある。


「剣を振る職業の次は、服を縫う職業か」


『布を作っているだけでは、使える形になりませんから。圭吾が加工できるなら、私も助かります』


 ミトはそう言いながら、木枠に残った布を示した。


 編み方を変えた銀色の布は、斜めに引いたときにも、以前ほど簡単には形が崩れなくなっていた。とはいえ、針先が通らなくなったわけではないし、端の処理が悪ければ、そこからほつれる。


 革胴衣へそのまま縫いつけるには、まだ心許なかった。


「いきなり胴衣をいじるより、小さなものを作ってみるか。失敗しても、直しやすいものから始めたい」


 書を使用すると、職業一覧へ新しい項目が増えた。


【N《裁縫師 Lv.1》を登録しました】


【職業固有スキル:《裁縫基礎》】


 登録しただけでは、何も変わらない。


 装備している魔剣士から裁縫師へ変更して、初めて固有スキルが使える状態になった。魔剣士の技能は、その間は使えなくなる。


 サブ職業の枠は、相変わらず閉じたままだ。


 幸い、鑑定やアイテムボックスのような汎用スキルは維持される。作業に必要なものを取り出すために、いちいち職業を戻す必要はなかった。


 翌日の帰り、俺は手縫い用の道具と、練習用の布、それに薄手の革を買った。


 裁縫師を装備すれば、針を持つだけで服ができるのかと、少し期待もしていた。実際には、そんな便利な話ではない。


 布をどう押さえるか、糸をどちらへ引けば絡みにくいか。手を動かすと、迷ったところで指先の運びが分かりやすくなる。


 それでも、型紙を取るのも、革を切るのも俺だ。


 最初の数日は端布を縫い、糸を引きすぎて縮めては、ほどいてやり直した。


 剣を振る時間とは別に、夜の作業がひとつ増えた。


     ◇


 そして日曜日の朝、俺たちは腕当てを作り直していた。


 手首に近い側を少し細くし、肘を曲げたときに当たらない長さへ変える。紙を腕へ巻いて形を取り、その紙を使って、先に普通の布を切った。


 それを仮に留めて動かしてみると、さっきよりはずれにくい。


「この形で進めよう。革を切る前に試しておけば、無駄にしなくて済んだな」


『さっきの革も、紐を通す部分には使えます。捨てずに残してください』


 ミトが小さな切れ端を脇へ寄せる。


 俺は新しい型を革へ重ね、余裕を持たせて線を引いた。腕全体を覆うほど長くはしない。前腕の外側を覆い、手首と肘の動きを邪魔しない形だ。


 ネリには作業机の上へ来てもらい、布を張った木枠の端を支えてもらった。


 25センチほどの身体では、俺が手を動かすだけでも机の上が大きく揺れるらしい。ネリは木片を足元へ寄せ、身体を預けられる場所を作ってから両手を添えた。


『糸を引く前に言ってくれ。引く向きが分かれば、こっちも支えやすい』


「分かった。今から、俺の右側へ引くぞ」


 声をかけて糸を引くと、布は枠ごと動かず、縫い目だけが落ち着いた。


 大きく引っ張れば、ネリまで動いてしまう。俺の方も、必要な分だけ糸を送るように加減した。


 ミトは縫う場所から少し離れたところで、生地の端を押さえてくれる。


 1人で作業していたときは、糸を引くたびに、押さえ直していた。その手間が減るだけで、針を進めることへ集中できた。


 サクは、庭へ続く窓のそばで伏せている。


 しばらく俺たちを見ていたが、途中で顔を上げた。


『圭吾、それができたら、少し遠くを歩きたい。公園まで行って戻る道は、もう覚えたし』


「俺も外へ出るつもりでいたよ。午前中に仕上がれば、午後は車で出かけよう」


『それなら、僕も待つ。できてから道具を片づける時間まで、忘れないでね』


 言われて、机の周囲を見た。


 切れ端、針、糸、革へ穴を開ける道具。出かける前に片づけるものは、確かに多い。


「帰ってから慌てないよう、使い終えたものからしまっておくよ」


 俺は余分な道具を箱へ戻し、残りの縫い目へ取りかかった。


 布は、ミトが編む向きを変えたものを重ねている。その外側へ革を置き、端には別の布をかぶせて、ほつれを抑えた。


 材料を厚くすればいいというものでもなかった。


 重ねすぎると曲がりにくくなり、腕へ沿わない。縫い目も硬くなるので、肌へ直接当たらないよう、位置をずらす必要があった。


 俺が手を止めると、ミトも脚を止めて待つ。


 ネリは枠を支えたまま、俺の腕と、机の上の生地を交互に見ていた。


『その腕につけるなら、内側に出ている結び目は邪魔にならないか。曲げると、そこへ当たりそうだ』


「そうだな。最後に外側へまとめるつもりだったが、先に位置を確かめておこう」


 仮留めして、腕を曲げる。


 ネリの示したところは、確かに少し気になった。結ぶ場所を横へずらし、もう1度試してから縫い進めた。


 最後の糸を始末し終えたときには、昼が近くなっていた。


 俺は針を針山へ戻し、完成した腕当てを持ち上げた。


 外側は茶色い革。裏返すと、銀色の布が見える。


 縫い目は、じっくり見れば揃っていないところもある。それでも、端が浮いたり、糸が長く飛び出したりはしていなかった。


【防具の製作に成功しました】


 目の前へ現れた表示に、俺は思わず手を止めた。


 ミトがこちらを見上げる。


『何か表示されたのですか。圭吾が、縫い終えたところから動かないので』


「ああ。防具の製作に成功したと出た。……鑑定でも見てみるよ」


 腕当てへ意識を向けると、情報が浮かんだ。


【N《影織布の腕当て+0》】


 防御力:2

 品質:並

 特殊効果:なし


 俺は表示を読み直し、手元の腕当てを裏返した。


 ガチャから出したものではない。


 ミトの布と、市販の革を使い、俺が縫ったものだ。それでも、手に入れた装備と同じように、名前とレアリティがついていた。


「Nの防具になってる。防御力は2だ」


『私の布が、使えるものになったのですね』


 ミトが縫い目へ脚を近づけ、触れる前に止めた。


 俺は腕当てを机へ置き、見やすいように広げた。


「ミトが布を作ってくれなければ、これを縫おうとは思わなかったよ。ネリも、長く支えてくれてありがとう」


『おれは木を持ってただけだ。だが、持っていたものが形になると、見ていて面白いな』


 ネリは枠から手を離し、両腕をゆっくり下ろした。


 続いて、職業レベルが上がったという表示が出た。


【《裁縫師》の職業レベルが2になりました】


 そちらも2人へ伝えると、窓のそばからサクが立ち上がった。


『着けたら落ちないか、早く動いてみてよ。作っただけで出かけるのは、僕もちょっと気になるから』


「そうだな。最初の失敗には戻りたくない」


 俺は左腕へ巻き、紐を留めた。


 肘を曲げ、手を開いたり握ったりする。肩を回しても、最初のように手首側へ落ちてこない。


 締めすぎない位置を探して結び直し、そのまま机の道具を片づけた。


 箱を持ち上げ、棚へ戻す。しゃがんで床の切れ端を拾っても、大きくずれることはなかった。


 ひとまず、着けて動けるものにはなったらしい。


     ◇


 午後、俺はサクを連れて車を走らせた。


 向かったのは、市が案内している丘の遊歩道だ。犬を連れて歩けることを確かめ、無理のない短い道を選んだ。


 ミトとネリには、人のいない場所で呼ぶと伝え、それまで契約領域で待ってもらっている。


 出発前には、職業を魔剣士へ戻した。


 裁縫師の固有スキルは使えなくなったが、腕当てが消えることはない。結び直す手順も、俺自身が覚えた分まで忘れるわけではなかった。


 薄手の上着の袖を下ろすと、外からはほとんど分からない。


 剣はアイテムボックスの中へ収めたままだ。今日はサクと歩くために来たのであって、何かと戦う相手を探すつもりはない。


 駐車場から遊歩道へ入ると、サクは何度も鼻先を上げた。


『いつもの林とは、少し匂いが違う。圭吾、今日は急がずに歩いてくれると嬉しい』


「そのつもりで来たよ。俺も周りを見ながら歩きたい」


 リードを持つ手を落ち着け、坂道を進む。


 疾風の革靴は、こういう道でも歩きやすかった。足が勝手に進むほどではないが、坂を上がる動きを、少し支えてもらっている感じがある。


 会社から帰って庭で試すだけでは、気づかなかった使い心地だ。


 途中、道の脇へ伸びた細い枝が、腕へ触れた。


 サクを避けるために少し身体を寄せた拍子で、革の表面を擦る感触が伝わる。通り過ぎてから袖を少し上げてみたが、腕当ての下に痛みはなかった。


 それだけで頑丈さを判断できるわけではない。それでも、作ったものを着けて歩き、邪魔にならずに役立ったことが嬉しかった。


『圭吾、そこに立ち止まると、後ろから来る人が通りにくいよ』


 サクに言われ、俺は道の端へ寄った。


 登ってきた人と挨拶を交わし、再び歩き出す。


 自作の防具を気にしていたせいで、周りを見るのが遅れた。サクは先へ進む前に俺を見て、今度は鼻先を道へ向けた。


 丘の上には、小さな休憩場所があった。


 人がいなくなったのを確かめ、道から外れない場所でミトとネリを呼ぶ。ネリは地面へ足をつけると、まず周囲を見回し、それから坂の下を覗いた。


『ずいぶん遠くまで見えるな。圭吾の家は、この中のどこかにあるのか』


「方角はあっちだと思うが、ここからだと家までは分からないな。今日は、いつもの散歩より遠くへ来ている」


 ミトはベンチの脚へ移り、風を受ける葉の動きを眺めている。


 サクは俺の隣へ座り、リードが張らない位置で、前脚を伸ばした。


 俺もベンチへ腰を下ろす。


 裁縫で前かがみになっていた背中を伸ばすと、思っていた以上に気持ちがよかった。


『圭吾、腕を少し上げてくれ』


 ネリの声に、左腕を持ち上げる。


 小さな土精霊は革の外側を眺め、首を動かして縫い目まで見た。


『歩いても、ちゃんとついていたんだな。机の上で見ていたときより、何を作ったか分かる』


「そう言われると、ここまで着けてきてよかったよ。帰ったら紐を外して、緩んだところがないか見ておこう」


 サクがこちらへ顔を向けた。


『それは家へ帰ってからにして。圭吾、まだ飲み物も出していないから』


「確かに、座っただけだったな。先に休憩にしよう」


 俺は鞄から水のボトルと携帯用の器を出した。


 サクが水を飲み始めた横で、自分のボトルも開ける。ネリはベンチの下の日陰へ入り、ミトは風で揺れない場所を選んで落ち着いた。


 飲み終えたサクが、鼻先を道の先へ向ける。


『帰りは、あっちの道を歩きたい。来た道と違う方も、少し見てみたいんだ』


 俺はスマートフォンで案内図を開いた。指で道を辿ると、短く回って駐車場へ戻れるようになっている。


「それなら、もう少し休んでから行こう。ミトとネリも、呼んだばかりだからな」


 サクは頷く代わりに前脚へ顎を載せ、俺の足元で待つ姿勢になった。




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YouTubeでショート動画作ってみました

https://youtube.com/shorts/PCIU2r6HJ10?si=hcY4h-BqBD1biiTv

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