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第16話 ガチャの外で見つけた、正体不明の欠片

 ミトが編んだ銀色の布を手に取ったとき、俺は最初、少し丈夫な絹織物くらいに考えていた。


 ところが、指先で引っ張っても簡単には破れず、軽く折り曲げても元の形へ戻る。しかも見た目に反して、ほとんど重さを感じない。


「……これ、普通の布とは随分違うな」


『だから、装備に使えるかもしれないって言ったんだよ』


 物置の壁に張りついていたミトが、八本の脚を器用に動かした。


 土曜日の午後。


 俺は作業台の上に、ミトが初めて編んだ銀色の布と、R《衝撃散らしの革胴衣》を並べていた。


 布の大きさは十センチ四方ほど。まだ衣服を作れる量ではないが、素材の性質を調べるには十分だろう。


 隣ではサクが、革胴衣の匂いを確かめている。


『圭吾、それを鎧にくっつけるつもり?』


「ああ。ただし、すぐに縫い付けるつもりはないよ。まずは何に強くて、何に弱いのか確かめたい」


『ミトの糸なら、かなり丈夫だと思うけど』


『引っ張るだけならね。でも、細いところへ強い力が掛かったら切れると思う』


 ミトは自分の作った布を見下ろし、落ち着いた声で続けた。


『それに、糸を交差させる向きで強さが変わるんだ。今の作り方だと、横から引っ張る力には強いけど、斜めに引くと形が崩れやすい』


「なるほど。織り方そのものを変える余地があるわけか」


『うん。もっと試してみたい』


 俺は小さく頷いた。


 影織蜘蛛の能力は、戦闘中に相手を拘束するだけではなかった。


 糸を編み、布のような形に加工することもできる。しかもミト自身が、その使い道を考え始めている。


 ただし、ここで安易に防具へ縫い付けるのは早い。


 高価な装備を改造した結果、性能が落ちてしまったら目も当てられないからだ。


「まずは単独で性能を試そう。問題がなければ、革胴衣の内側へ補助材として入れる方法を考えればいい」


『それがいいと思う。私も、まだ完成品のつもりじゃないから』


 ミトは前脚を畳み、作業台の端へ移動した。


 俺は布を木製の枠へ固定し、試験の準備を始めた。


     ◇


 最初に確かめたのは、引っ張る力への耐性だった。


 布の両端を固定し、中央へ少しずつ荷重を掛けていく。


 重さを増やすと銀色の糸が伸び、網目が細かく変形した。


 普通の布なら簡単に形が崩れそうな状態でも、ミトの糸は元へ戻ろうとしている。


 しかし、限界がないわけではなかった。


 ある程度まで荷重を増やしたところで、端の糸が一本切れた。


 続いて隣の糸が緩み、布全体が斜めに歪む。


「ここまでか。引っ張りには強いが、一か所が切れると周囲にも負担が掛かるんだな」


『うん。今の編み方だと、切れたところの力を逃がせない。そこを変えれば、もう少し耐えられると思う』


 ミトは破れた部分へ近づき、糸の状態を確認した。


 俺は結果をノートへ記録した。


 続いて、木の角へ布を押し当ててみる。


 今度は引っ張りとは違い、局所的な力が加わる。


 銀色の布はしばらく耐えたものの、角が強く当たった部分から繊維が開いてしまった。


「斬撃や刺突を防ぐには、まだ厳しそうだな」


『それなら、硬いものの下へ入れる方がよさそう。直接刃を受けるんじゃなくて、衝撃を和らげる使い方ならできるかもしれない』


 ミトの説明を聞きながら、俺は革胴衣へ目を向けた。


 衝撃散らしの革胴衣には《打撃緩和・小》という特殊効果がある。


 外側の革が打撃を受け止め、内側に柔らかな補助材を入れる。


 もしミトの布が衝撃を受けた際に伸び縮みするなら、装備の着心地や負担を改善できる可能性がある。


 もちろん、そんなに簡単な話ではないだろう。


 布を増やせば蒸れやすくなるかもしれないし、動くたびに位置がずれれば邪魔になる。


 実際に使うには、まだまだ確認が必要だった。


「少なくとも、使い道はありそうだな。ミト、次は織り方を変えたものも作ってみよう」


『うん。糸を斜めにも通せば、もう少し形が安定すると思う』


 ミトは早速、作業台の上へ新しい糸を伸ばし始めた。


 その様子を眺めていたサクが、ふと口を開いた。


『ミト、その糸って張っておけば、遠くで何か触ったときも分かるんだよね』


『私がつながりを保っている糸なら分かるよ。切り離した布は、触っただけでは分からないけど』


『じゃあ、何本も張っておけば、どこが動いたか調べられるんじゃない?』


 俺は二体へ視線を向けた。


「……それ、面白い考えだな」


 サクが首を傾げる。


『何かに使える?』


「ああ。ちょうど確かめたい場所があるんだ」


 俺が思い浮かべたのは、あの農業用水路だった。


     ◇


 翌日の日曜日。


 朝食を済ませた俺は、サクとミトを連れて、以前調査した用水路へ向かった。


 空はよく晴れ、風もほとんどない。


 畑の間を通る道には、収穫を終えた作物の茎が積まれていた。遠くでは農作業用の小型トラックが走っている。


 サクにはいつものハーネスとリードをつけている。


 ミトは上着の内側だ。


 今日の目的は、例の異常をもう一度調べることだった。


 ただし、以前と同じ方法を繰り返すつもりはない。


 ミトの影糸が不自然に曲がる場所について、どの程度の広さがあるのか、時間によって反応が変わるのかを確かめたい。


 そのために、昨夜は少し準備をしてきた。


 俺はアイテムボックスから小さな記録板を取り出し、以前撮影した写真を確認した。


 鉄柵の位置も、壁の形も変わっていない。


 管理用の扉には新しい金具が取りつけられ、立ち入りを控えるよう注意書きが設置されている。


 俺は柵の外側へ立ち、内部へ入らずに届く範囲を確かめた。


「ミト、ここからなら前に調べた位置へ届くな」


『うん。ただ、今日は一度に何本も伸ばしてみたい。私が近くにいれば、それぞれの糸の違いを確かめられると思う』


「分かった。魔力の消費が大きくなったら、すぐに中止しよう」


『そのつもり。無理に引っ張られて、糸を全部失うのは嫌だからね』


 ミトは上着から出ると、柵の内側へ前脚を伸ばした。


 周囲に人影がないことを確認してから、黒銀色の細い糸を一本だけ放つ。


 糸はコンクリート壁へ向かい、以前と同じ位置で不自然に曲がった。


『やっぱり、ここには反応がある』


「よし。次は少し上だ」


 ミトは二本目の糸を伸ばした。


 こちらは普通に壁へ届く。


 三本目は最初の糸より少し右側。


 すると、途中でわずかに方向が変わった。


 俺はスマートフォンに位置を記録し、ミトへ続けてもらった。


 糸を一本増やすたびに、反応する場所が少しずつ明らかになっていく。


 やがて、ある特徴が見えてきた。


「……縦に長いんだな」


 俺は記録板へ線を引いた。


 影糸が曲がる場所は、壁の一部分に集中している。


 横幅はそれほど広くない。


 しかし上下方向には、少なくとも数十センチほど反応する範囲が続いているようだった。


 しかも、その中心へ近づくほど糸の曲がり方が大きくなる。


『圭吾、もう少し左から伸ばしたら、形が分かると思う』


 ミトが言った。


「ああ。ただ、今の位置で無理に動かすと、また糸が引っ張られる可能性がある。いったん回収してからにしよう」


『分かった。私もその方がいい』


 ミトが前脚を動かし、糸を順番に回収した。


 ところが、最後の一本だけが戻ってこない。


『……圭吾、これだけ引っ掛かってる』


 俺はすぐに動きを止めた。


「無理に引くな。前と同じように切り離せるなら、そうしてくれ」


『うん。でも、少し変なんだ。前は引っ張られる感じだったけど、今日は糸の先に何か触れてる』


「何か実体のあるものが引っ掛かっているのか?」


『それに近いかな。糸の先に、すごく小さなものがある感じ』


 俺は壁の方へ目を凝らした。


 何も見えない。


 黒銀色の影糸は、途中から周囲の影へ溶け込んでいる。


 目だけでは状況を判断できなかった。


『圭吾、僕も少し変な匂いがする』


 足元のサクが鼻を動かした。


「前にも言ってた、風の流れとは違う感覚か?」


『それもあるけど、今はもっと近くに何かある感じがする。金属の匂いとも、土の匂いとも違うんだ』


 サクは水路の壁を見つめた。


『ミトの糸が向かってるところから来てるよ』


 俺は少し考えた。


 見えない何かに糸が引っ掛かっている。


 しかも、サクにはそれが普通の物質とは違うものとして感じられるらしい。


 無理に調べれば、ミトに危険が及ぶかもしれない。


 しかし、ここで何もせずに引き返すのも惜しかった。


「ミト、糸を切り離す前に、少しだけ張力を緩められるか。引っ掛かっているものが自然に外れるなら、それ以上無理をしなくて済む」


『できるよ。少しずつ緩めてみる』


 ミトは慎重に前脚を動かした。


 張り詰めていた糸が、わずかにたるむ。


 その瞬間だった。


 糸の先に、小さな光が浮かんだ。


     ◇


 それは、朝陽が水滴へ反射したような、ごく小さな輝きだった。


 俺は最初、糸についた水滴かと思った。


 しかし、よく見ると違う。


 光は水面より高い位置にあり、細い糸の先端で不規則に揺れている。


 色は淡い青。


 透明な何かが、光を受けているようにも見えた。


「ミト、そのまま動かさないでくれ。今、糸の先に何か見えてる」


『私にも分かる。小さいけど、何かがくっついてるみたい』


 俺は《魔力感知》を発動した。


 胸の奥から魔力が広がり、周囲の気配を探る。


 サクの魔力。


 ミトの魔力。


 そして、その先。


 以前は魔力の流れが不自然に途切れていた場所に、今はごく弱い反応があった。


 強い魔力ではない。


 だが、糸の先にある小さなものが、周囲とは違う性質を持っていることだけは感じ取れた。


「……ミト、引っ掛かっているものを、ゆっくりこちらへ運べそうか?」


『できると思う。ただ、途中で糸が切れるかもしれない』


「危ないと思ったらすぐ放してくれ。取れなくても構わないからな」


『分かった。じゃあ、少しずつ動かすね』


 ミトの前脚がゆっくり動いた。


 糸の先端が、わずかにこちらへ近づく。


 青い光は消えない。


 むしろ、糸が移動するにつれて形がはっきりしてきた。


 小さな欠片だった。


 米粒よりも小さい、透明な結晶片。


 青白い光が内部を流れ、角度によって黒く見える部分もある。


 ミトは糸を慎重に引き戻し、柵の柱まで運んできた。


『圭吾、ここまでなら大丈夫。これ以上は糸が切れそうだから、受け取ってくれる?』


「ああ。よくやってくれた」


 俺はアイテムボックスから小さなプラスチックケースを取り出した。


 工具用の細かな部品を入れていたもので、透明な蓋がついている。


 その蓋を開け、ミトへ差し出す。


 糸の先端から、小さな結晶が落ちた。


 かすかな音を立て、ケースの底へ転がる。


 ミトはすぐに糸を回収した。


『……取れたね』


「ああ。しかも、ちゃんと実物がある」


 俺はケースを持ち上げ、結晶を観察した。


 透明な破片は、光の当たり具合によって淡い青色に変わる。


 ただし、その輝き方は普通のガラスや宝石とは少し違っていた。


 内部で細かな光が動いているように見えるのだ。


「……これ、何なんだろうな」


 俺は鑑定を発動した。


 そして、表示された結果に眉を寄せた。


《鑑定結果》


名称:不明


分類:未確認物質


品質:判定不可


状態:安定


魔力反応:微弱


《鑑定 Lv.1では、これ以上の情報を取得できません》


 俺は画面を読み直した。


 名称不明。


 未確認物質。


 しかも、魔力反応がある。


 これまでガチャから手に入れた装備や魔道具には、必ず名称とレアリティが表示されていた。


 しかし、目の前の欠片にはそれがない。


 普通の石や金属なら、鑑定によっておおまかな性質を調べられる。


 ところが、これは分類すら判定できないらしい。


「……なるほど。どうやら、普通の鉱物じゃなさそうだな」


『圭吾、それって魔力を持ってるの?』


 サクがケースへ鼻先を近づけた。


「ああ。少なくとも、鑑定ではそう表示されてる」


『やっぱり。何か変な感じがすると思った』


 ミトもケースを覗き込んだ。


『私の影糸が引っ張られたのは、それが原因なのかな』


「まだ分からない。糸が曲がる場所は結晶より広かったし、これ一つで全部説明できるとも思えないからな」


 俺はコンクリート壁へ視線を戻した。


 何も変わっていない。


 水路にはいつもどおり水が流れ、壁には苔と細かな亀裂があるだけだ。


 ただ、今までとひとつだけ違うことがある。


 目に見えない異常の場所から、実際に物質を持ち帰ることができたのだ。


 しかも、それはガチャから出たものではない。


 この現代日本の用水路に、魔力を持つ正体不明の物質が存在していた。


 俺は透明なケースの蓋を閉めた。


「今日はここまでだな。これ以上、無理に調べる必要はない」


『私もそう思う。さっきの糸、かなり魔力を使ったから』


 ミトの声には、少し疲れが混じっていた。


 俺はすぐに召喚獣の状態を確認した。


《影織蜘蛛:ミト》


状態:軽度疲労


魔力残量:低下


 危険な状態ではないようだが、これ以上能力を使わせる理由もなかった。


「ありがとう、ミト。お前のおかげで大きな収穫があったよ」


『役に立ったならよかった。でも、あの場所にはまだ何かあると思う』


「ああ。俺もそう感じてる」


 ミトを契約領域へ送還し、俺はケースを上着の内ポケットへ入れた。


 サクが足元へ並ぶ。


『圭吾、その欠片、家へ持って帰るの?』


「ああ。ただし、正体が分かるまでは慎重に扱うよ。何が起こるか分からないからな」


『僕も近づかない方がいい?』


「今のところ危険な反応はないけど、念のため触らないようにしてくれ」


『分かった。匂いを覚えておくくらいにするよ』


 俺は小さく笑い、用水路をあとにした。


     ◇


 帰宅後、俺は物置の作業台へ透明なケースを置いた。


 結晶片は相変わらず淡い青色を帯びている。


 ただし、普通の照明の下ではほとんど無色に見えるため、知らない人間なら小さなガラス片だと思うかもしれない。


 俺はスマートフォンの拡大撮影機能を使い、いくつかの角度から写真を撮った。


 画像には、小さな透明の欠片が写っている。


 少なくとも、目の前に存在することは間違いない。


 続いて、魔力感知を使ってみた。


 微弱だが、確かに反応がある。


 しかも、ガチャで手に入れた魔道具とは感覚が違っていた。


 魔道具は内部に魔力が収まっているように感じる。


 それに対して、この欠片は、どこかへ細い糸が伸びているような感覚があった。


 ただし、その先を探ろうとしても、何も感じ取れない。


「……今の魔力感知じゃ、ここまでか」


 俺はスキルを解除した。


 魔法使いを育てていたときに覚えた能力だが、まだ熟練度は高くない。


 それに、この欠片が何なのか分からない以上、魔力を流し込むような実験は避けた方がいいだろう。


 俺はノートを開き、今日確認した内容を記録した。


 場所は以前と同じ用水路。


 異常の反応範囲は縦に長い。


 影糸が引かれる方向には偏りがある。


 そして、魔力を持つ結晶片を採取した。


 そこまで書いて、手を止めた。


 これまで、ガチャから手に入れたものにはすべて説明がついていた。


 武器なら攻撃力。


 防具なら防御力。


 スキルなら効果と使用条件。


 召喚獣なら種族と能力。


 ところが、この欠片については、ほとんど何も分からない。


 それでも、間違いなく魔力を持っている。


 俺は透明なケースを見つめた。


「……ガチャ以外にも、こういうものが存在するんだな」


 思わず独り言が漏れた。


 サクが物置の入口から顔を出した。


『圭吾、まだ調べてたんだね』


「ああ。せっかく持ち帰れたから、分かることだけでも記録しておこうと思ってな」


『何か分かった?』


「魔力があることは確かだ。ただ、それが何に使えるのか、どうして用水路にあったのかは分からない」


 サクは作業台へ近づき、ケースを眺めた。


『僕、あの場所が少し気になるんだ』


「風の流れが変だって言ってたところか」


『うん。前に行ったときより、今日は少しだけ感じやすかった気がする』


 俺はサクへ視線を向けた。


「反応が強くなっていたのかもしれないな。ただ、同じ条件で比較できていないから、まだ何とも言えない」


『圭吾、難しいことを考えるね』


「仕事柄、思い込みで決めるのは避けたいんだよ」


『でも、気になるものを見つけたら調べたくなるのは、僕も同じだよ』


 サクはそう言って、尻尾をゆっくり動かした。


 俺は少し笑った。


 確かに、その点では俺たちは似ているのかもしれない。


     ◇


 夕方、ミトが休息を終えて戻ってきた。


 状態を確認すると、魔力も回復している。


 俺は今日採取した結晶片を見せ、改めて意見を聞くことにした。


『圭吾、それ、まだ同じ感じがするね』


 ミトはケースへ前脚を近づけた。


「糸を伸ばして確かめる必要はないぞ。見て分かることだけで十分だ」


『うん。今日はもう影糸を使うつもりはないよ』


 ミトはしばらく結晶を観察していた。


 それから、少し意外なことを言った。


『私の糸に近いところもあるけど、全然違うところもあるね』


「どういう意味だ?」


『私の影糸は、魔力を流して形を保ってる。でもこれは、魔力があるのに、何かを作ってる感じがしないんだ』


 ミトは言葉を選びながら続けた。


『それに、魔力が中だけにあるわけじゃないみたい。外へつながってる感じがする』


 俺は思わず身を乗り出した。


 さっき自分が魔力感知で覚えた違和感と、似た説明だったからだ。


「俺も同じように感じた。欠片の外へ、何かが伸びているような感覚があったんだ」


『じゃあ、圭吾にも分かるんだね』


「ああ。ただ、その先に何があるのかは分からない」


 ミトは静かに前脚を動かした。


『今の私たちじゃ、これ以上は難しいと思う。もっと魔力の扱いが上手くなれば、違うことが分かるかもしれないけど』


「そうだな。無理に調べるより、まずは能力を育てる方がよさそうだ」


 俺はケースを閉じ、金属製の工具箱へ入れた。


 ほかの魔道具とは分けて保管する。


 念のため、工具箱も物置の棚へ置いておいた。


 正体不明のものを、寝室やリビングに持ち込む必要はない。


 ただ、何の価値もないものとして捨てる気にもなれなかった。


 ガチャ以外で初めて見つけた、魔力を持つ物質。


 それだけで、俺にとっては十分に興味深いものだった。


     ◇


 夕食後、俺はリビングで翌週の予定を確認していた。


 会社では、新製品の評価会議が控えている。


 森岡主任が進めている新しい操作ユニットについて、品質保証と製造技術を交えた検討が始まる予定だ。


 俺と宮原は、調達コストと供給体制の資料をまとめることになっている。


 こちらも、なかなか面白くなってきた。


 当初は一台あたり百五十円の原価低減を目指していたが、修理時の費用を考慮した結果、別の構造案が生まれた。


 試作段階では百円程度の削減が見込まれている。


 正式採用までには、まだいくつもの試験が必要になるだろう。


 しかし、開発段階から調達部として関われることには、大きな意味がある。


 単に安い部品を探すのではなく、製品全体をどう作るかというところから意見を出せる。


 それは、今までより一段広い仕事だった。


 俺はパソコンを閉じ、ソファへ身体を預けた。


 ガチャから手に入れた能力を育てること。


 会社で新しい仕事へ挑戦すること。


 そして、サクやミトと一緒に未知の現象を調べること。


 やることは増える一方だ。


 だが、不思議と嫌な気分ではなかった。


 むしろ、今までより一日が短く感じる。


『圭吾、明日は会社なんでしょ』


 サクがソファの隣へ飛び乗ってきた。


「ああ。朝から打ち合わせがあるからな」


『じゃあ、今日は早く寝た方がいいよ。用水路へ行ってから、ずっと何かしてたし』


「そうだな。今日はもう休もう」


 俺はサクの頭を撫で、ガチャ画面を開いた。


《デイリーガチャ+2》


指定分野:防具


本日の残り回数:0回


次回更新:午前0時


 今日の無料ガチャは朝のうちに引いている。


 出てきたのはNの素材だったが、装備の強化に使える可能性もあるため、アイテムボックスへ収納しておいた。


 最近は大きな当たりが出ていない。


 それでも、今のところ不満はなかった。


 むしろ、今日見つけた結晶片の方が気になっている。


 ガチャから出たものではないのに、魔力を持っている。


 それが何を意味するのか。


 答えはまだ分からない。


 ただ、ひとつだけ考えが変わったことがある。


 今まで俺は、魔法や召喚獣、異世界の装備といったものは、すべてガチャから手に入ると考えていた。


 しかし、そうとは限らないらしい。


 少なくとも、この世界のどこかには、俺が知らない魔力を持つものが存在している。


 それも、普通の農業用水路に。


 俺は窓の外へ目を向けた。


 夜の庭には、月明かりが差し込んでいる。


 遠くでは車の走る音が聞こえ、近くの畑は静まり返っていた。


 どこにでもある、現代日本の風景だ。


 その中に、ガチャや魔法と関係するかもしれないものが隠れている。


 そう考えると、何とも妙な気分になった。


 俺はガチャ画面を閉じ、サクを抱き上げた。


「さて、今日はもう寝るか」


『うん。ミトも先に休んでるし、僕も戻るよ』


「ああ。ゆっくり休んでくれ」


 サクを契約領域へ送還し、俺は照明を落とした。


 物置の棚には、小さな透明のケースが一つ置いてある。


 その中に収まっているのは、米粒よりも小さな結晶片だ。


 何の役に立つかも分からない。


 価値があるのかさえ判断できない。


 それでも、今日の調査によって、ひとつだけ確かな成果が残った。


 魔力を持つものは、ガチャの中だけに存在するわけではない。


 俺はその事実を、初めて自分の手で確かめたのだった。




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YouTubeでショート動画作ってみました

https://youtube.com/shorts/PCIU2r6HJ10?si=hcY4h-BqBD1biiTv

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