第11話 召喚獣指定で引いたら、八本脚の仲間が増えた
ガチャから現れた召喚獣を見て、俺は思わず足の数を数えてしまった。
一本、二本、三本……八本。
間違いない。蜘蛛だ。
しかも、ただの蜘蛛ではない。
濡れた黒曜石のような身体には銀色の模様が走り、八本の脚は細い金属細工を思わせる。胴体の大きさは俺の掌ほどだが、脚を広げれば直径三十センチ近くになるだろう。
背中には複雑な紋様があり、光の当たり具合によって青紫色に輝いていた。
『圭吾……これが新しい仲間?』
俺の足元でサクが首を傾げた。
「ああ。そうらしい」
『脚、多いね』
「そこは蜘蛛だからな」
サクが一歩近づくと、蜘蛛は前脚を持ち上げて動きを止めた。
黒い眼が、じっとこちらを見ている。
俺は手元に残った召喚契約書と、目の前の蜘蛛を交互に眺めた。
「……なるほど。召喚獣って、こういうのも出るわけか」
日曜日の午前零時。
デイリーガチャを二凸してから、最初の抽選だった。
◇
土曜日の夜、俺は少し早めに風呂を済ませ、リビングでくつろいでいた。
金曜日の夜に剣士と魔法使いがレベル3まで揃い、職業融合結晶を使ってSR《魔剣士》へ統合した。
そして土曜日の朝、新しい職業で中級の魔導木偶にも勝利。
特殊実績の報酬として《ガチャ強化結晶》を獲得し、デイリーガチャを二凸まで強化できた。
新たに解放されたのは《排出分野指定》という機能だった。
武器、防具、スキル、職業、召喚獣、魔道具、素材・消耗品。
いずれかを指定すると、その分野の排出率が上昇する。ただし、指定したものが必ず出るわけではない。
俺は迷った末、《召喚獣》を指定していた。
サク以外にも仲間が増えれば、できることが広がると考えたからだ。
「もっとも、いきなり召喚獣が出るとは限らないけどな」
ソファに座りながら、俺はガチャ画面を確認した。
《デイリーガチャ+2》
利用料金:無料
本日の残り回数:0回
次回更新:午前0時
排出分野指定:召喚獣
《指定分野の排出率が上昇しています》
隣ではサクが丸くなっている。
銀白色の毛並みをした小さな月影狼は、俺が画面を開いたことに気づくと、眠そうに目を細めた。
『もうすぐ?』
「ああ。あと三分ほどだ」
『どんなのが出るかな』
「分からん。狼やドラゴンかもしれないし、精霊みたいなものかもしれない」
『僕みたいに話せるといいね』
「指輪の効果が使えるなら、話せる可能性は高そうだな」
右手の中指には、R《契約獣の交感指輪》がある。
この魔道具のおかげで、俺はサクと精神会話ができるようになった。
有効距離は十メートル。契約領域へ送還している間は会話できないが、直接意思を伝え合えるというのは非常に便利だ。
新しい召喚獣にも使えるなら、初めての相手でも意思疎通に困ることは少ないだろう。
「ただ、何が出てきても驚くなよ。召喚獣っていうくらいだから、見たことのない姿をしてる可能性もある」
『別に気にしないよ。僕だって、こっちの世界にはいない狼なんでしょ?』
「そういうことだな」
サクはあっさり答えた。
確かに、そのとおりだった。
月影狼という種族だって、俺にとっては未知の存在だ。今ではすっかり見慣れてしまったが、影へ溶け込んだり、風をまとって走ったりする狼など、普通なら存在しない。
これから出てくる召喚獣が、どんな姿をしていても不思議ではないのだ。
午前零時。
視界に通知が現れた。
《日付が更新されました》
《デイリーガチャの利用回数が回復しました》
《本日の残り回数:1回》
「よし。じゃあ、引いてみよう」
実行を選択する。
いつものように白い光の球が現れ、ゆっくりと回転を始めた。
光は青へ変わり、さらに紫へ。
そのまま数秒間回転を続けたあと、細かな粒子を散らしながら収束した。
《SR確定》
《召喚契約書を獲得しました》
《SR 影織蜘蛛の召喚契約書》
「おお、召喚獣だ」
思わず身を乗り出した。
二凸の効果で召喚獣の排出率は上がっているが、それでも一回目から引き当てるとは思わなかった。
しかもSR。
サクのSSRより一段階低いものの、十分に高いレアリティだ。
テーブルの上へ現れたのは、黒い革で巻かれた細長い巻物だった。
表面には銀色の糸が幾重にも巻きつけられ、留め具には蜘蛛の姿が刻まれている。
俺はさっそく鑑定を使った。
《影織蜘蛛の召喚契約書》
レアリティ:SR
分類:召喚獣契約アイテム
召喚対象:影織蜘蛛(幼体)
属性:闇
特性:特殊な魔力糸を生成し、拘束・探知・防御補助を行う。
固有能力:《影糸》《糸感知》
契約条件:未契約の所有者が使用すること。
備考:成長によって生成可能な魔力糸の量と強度が上昇する。
「影織蜘蛛、か」
名前からして、蜘蛛型の魔物なのだろう。
しかし、単なる蜘蛛とは違う能力を持っているらしい。
拘束、探知、防御補助。
いずれも今の俺にはない能力だ。
俺自身は魔剣士になり、近接戦闘と魔法攻撃を扱えるようになった。
サクは索敵と機動力に優れている。
そこへ敵を拘束できる召喚獣が加われば、戦い方の幅はかなり広がるはずだ。
「これは悪くない。むしろ、今の俺たちに合ってるかもしれないな」
『どんな蜘蛛なの?』
「姿と大きさを確かめよう。ただ、今夜は顔合わせだけだ。ここで暮らせるかは、別に考えないとな」
幼体と分かっていても、サクと同じ大きさとは限らない。俺は家具を寄せた床へ敷物を広げ、周囲の壊れ物を片づけた。
大家さんから了承を得ているのはサクの飼育だ。別の召喚獣まで、そのまま住まわせてよいことにはならない。契約領域を使えるかも確かめ、家での生活に支障があるなら、条件を整えるまで召喚を控えるつもりだった。
サクに少し離れてもらってから、俺は巻物の銀糸をほどき、契約を開始した。
床へ黒と銀の魔法陣が広がる。
サクを召喚したときとは違い、魔法陣の周囲から細い糸のような光が何本も伸び、空中で複雑に絡み合った。
やがて糸が中心へ集まり、一つの小さな影を形作る。
《召喚契約を開始します》
《対象:影織蜘蛛(幼体)》
《契約者:稲見圭吾》
《契約を承認しますか?》
「承認する」
銀色の糸が一斉にほどけた。
そして床の上へ、八本脚の小さな魔物が現れたのだった。
◇
影織蜘蛛は、しばらく動かなかった。
黒い眼が俺とサクを順番に捉え、前脚がわずかに動く。
警戒しているというより、周囲を確認しているようだった。
俺はしゃがみ込み、目線を低くした。
「俺は稲見圭吾。こっちは月影狼のサクだ。お前と契約した人間だよ」
蜘蛛は前脚を一度持ち上げた。
次の瞬間、頭の中に静かな声が響いた。
『……分かってる。契約したときに伝わってきたから』
「お、やっぱり話せるのか」
『その指輪のおかげだと思う。私の声、ちゃんと届いてる?』
「ああ、問題ないよ」
落ち着いた、少し低めの声だった。
言葉を探すような間はあるが、受け答えははっきりしている。
サクが興味深そうに近づいた。
『僕はサク。よろしくね』
『よろしく。あなた、ずいぶん魔力が多いね』
『そうなの?』
『うん。それに、風の匂いがする』
サクが嬉しそうに尻尾を振った。
『風走っていう能力を持ってるんだ。速く走れるよ』
『なるほど。さっきから落ち着きなく動いてると思った』
『……そんなに動いてた?』
『尻尾がずっと揺れてる』
言われたサクは、自分の尻尾を振り返った。
それから、少しだけ動きを止める。
俺は思わず笑ってしまった。
どうやら新しい召喚獣は、周囲の変化をよく観察する性格らしい。
「そういえば、名前がないと不便だな。何か呼ばれたい名前はあるか?」
『名前?』
「ああ。サクにも名前をつけたんだ。お前にもあった方が呼びやすいだろ」
蜘蛛は少し考えてから答えた。
『短い方がいい。長いと呼ばれたときに面倒だから』
「なるほど。合理的だな」
俺は黒い身体に走る銀色の模様を眺めた。
糸を使う蜘蛛。
細く、複雑なものを編み上げる存在。
「ミト、なんてどうだ?」
『ミト……』
蜘蛛は前脚を軽く動かした。
『悪くない。覚えやすいね』
「じゃあ、今日からミトだ」
《召喚獣の名称を登録しますか?》
《影織蜘蛛:ミト》
俺が承認すると、召喚獣一覧に新しい名前が追加された。
《契約召喚獣》
サク
種族:月影狼
レアリティ:SSR
成長段階:幼体
ミト
種族:影織蜘蛛
レアリティ:SR
成長段階:幼体
《契約召喚獣数:2》
こうして見ると、随分変わった組み合わせだ。
一方は神秘的な銀白色の狼。
もう一方は、黒い甲殻と八本脚を持つ蜘蛛の魔物。
ただ、どちらも俺の契約召喚獣であり、意思を持った仲間であることに変わりはない。
俺はミトへ尋ねた。
「今すぐ何か必要なものはあるか? 契約領域には戻れると思うけど」
『契約領域は使える。休む場所にも困らないよ。それより、ここは何をする場所?』
「俺の家だ。魔法や剣術の訓練もしてる」
『訓練……』
ミトが身体を持ち上げた。
『なら、私も手伝えるかもしれない』
「それはありがたいな。ただ、今夜はもう遅い。能力を試すのは朝にしよう」
『分かった。周りを少し見てもいい?』
「その前に頼みがある。ここは借りている家だから、壁や柱に傷や糸の跡を残すのは困るんだ。今夜は、この敷物と板の周りだけにしてくれ」
俺は荷ほどきに使った空き箱をそばへ置き、手持ちの木板を立て掛けた。
「暮らし方は明日、大家さんにも相談する。敷地から勝手に出ないことと、通路に糸を張らないことも頼む。人が来たときは、説明がつくまでは契約領域で待っていてほしい」
『分かった。動く場所が決まっている方が、私も糸を張りやすい』
ミトは前脚で木板の表面を確かめ、そのままするすると上へ登り始めた。見た目に反して足音はほとんどせず、あっという間に板の上端へたどり着いた。
『圭吾、あれ、すごいね』
サクが感心したように呟く。
「ああ。あれだけ傾けた板でも、足場を確かめながら登れるんだな」
『僕には無理だな』
「その代わり、お前は地面を走るのが得意だろ。役割が違うんだよ」
ミトは板の上端で向きを変えると、隣の空き箱へ前脚を伸ばした。銀色の細い糸が板と箱を結び、その間に小さな三角形ができていく。
「……これが影糸か?」
『少し違う。今のは移動するための糸。影糸はもっと魔力を使うから、明日見せる』
ミトはそう答え、糸を伝ってこちらへ戻ってきた。
サクがその様子をじっと見ている。
『それ、僕にもできるかな』
『糸を出せるなら、できると思う』
『僕は出せないよ』
『じゃあ、難しいね』
あまりにもあっさりした結論に、俺は笑いを堪えきれなかった。
サクも別に怒った様子はなく、興味深そうに糸を見上げている。
新しい仲間が加わったことで、今までとは違う会話が増えそうだった。
顔合わせを終え、送還と再召喚が使えることを確かめてから、ミトには契約領域で休んでもらった。張られた糸を片づけ、板と空き箱に残った跡も確認する。これから家の中で動いてもらうなら、壁や家具を傷めない方法を一緒に探していく必要があった。
◇
翌朝、俺は不動産会社の野瀬さんへ連絡を入れた。蜘蛛を新たに迎えたいこと、脚を広げた大きさ、留守中は室内へ出さないことを伝え、大家さんへの確認を頼んだ。
折り返しの返事は、外へ逃がさず、建物に傷や糸の汚れを残さないなら構わない、というものだった。大きくなって条件を守れなくなる場合は、改めて相談することも約束した。
了承を得てから、俺は庭の作業スペースへ出た。
朝露が芝生に残り、畑の向こうから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
空はよく晴れていた。
引っ越してから何度も訓練している場所だが、今朝は普段と少し違う。
俺の足元にはサク。
そして、物置の壁にはミトが張りついている。
ミトは夜のうちに契約領域へ送還していたので、大家さんへの確認が済んでから改めて召喚した。
影織蜘蛛の召喚契約書には、食事や休息の必要について特別な指定はなかった。本人に聞いてみたところ、契約領域で魔力を取り込みながら休めるらしい。
サクとは、身体の仕組みも生活の仕方も違うようだ。
「さて、ミト。まずは能力を見せてもらえるか?」
『分かった。あそこにある木の板を使ってもいい?』
ミトが前脚で示したのは、魔弾の練習に使っていた木製の的だった。
「構わないよ。壊れても作り直せるからな」
『壊す必要はないと思う』
そう言って、ミトは壁から静かに降りた。
地面へ着地すると、八本の脚を広げて身体を低くする。
背中の銀色の模様が淡く輝き始めた。
《固有能力《影糸》を発動しました》
次の瞬間、ミトの前脚から細い黒銀色の糸が伸びた。
糸は地面を這うように進み、木製の的の下へ潜り込む。
影へ触れたところで、糸の色が変わった。
黒い部分が周囲の影と溶け合い、肉眼ではほとんど見分けがつかなくなる。
俺は近づいて確認した。
「……なるほど。糸そのものを隠せるのか」
『影がある場所なら、目立たなくできる。それに、影を使って固定することもできるよ』
ミトが前脚を動かす。
木製の的が、わずかに傾いた。
よく見ると、的の下部から伸びた糸が地面へ固定されている。
ミトが引っ張っているのではない。
糸そのものが、的の動きを制限しているようだった。
「これ、どのくらい強いんだ?」
『今は短い間だけ。強い相手なら、すぐ切られると思う』
「それでも、動きを止められるなら十分だな」
俺は的を軽く押してみた。
確かに抵抗がある。
強く押せば動かせそうだが、何もない状態とは明らかに違った。
ミトが能力を解除すると、糸は薄い霧のように消えていった。
《影織蜘蛛:ミト》
レアリティ:SR
レベル:1
成長段階:幼体
固有能力:
《影糸 Lv.1》
魔力で形成した糸を影へ固定する。対象の移動や動作を一時的に妨害する。
《糸感知 Lv.1》
展開した糸を通じ、接触や振動を感知する。
もうひとつの能力も面白そうだった。
「糸感知っていうのは?」
『糸に何か触れたら分かる。見ていなくても、どこが動いたか伝わってくるよ』
「なるほど。見張りにも使えるわけか」
『そう。ただし、今は遠くまで糸を伸ばせない。それに、糸が切れたら、その先は分からなくなる』
ミトは自分の前脚を見下ろした。
『もっと育てば、広い場所にも張れると思う』
攻撃するだけが召喚獣の役割ではない。
ミトの場合は、相手の動きを制限したり、周囲の気配を探ったりすることに向いているのだろう。
サクとはまったく違う能力だ。
『圭吾、これって僕の足も止められるの?』
サクが興味深そうに尋ねた。
「どうだろうな。試してみるか?」
『うん。僕も気になる』
ミトは少し考えたあと、庭の一角へ移動した。
『じゃあ、あそこの影に一本だけ張る。サクは普通に歩いてみて』
『分かった』
ミトの前脚から糸が伸び、木の影へ溶け込んだ。
サクは指定された場所へ歩いていく。
何もないように見える地面へ前脚を踏み出した瞬間、動きが止まった。
『あれ?』
サクがもう一度足を動かす。
だが、前脚がわずかに持ち上がったところで、何かに引っ張られるように止まった。
『……なるほど。ここに糸があるんだね』
『そう。強く引けば切れると思うけど』
『じゃあ、ちょっとだけ』
サクが身体へ力を込めた。
銀色の毛並みが揺れ、前脚が地面を強く蹴る。
次の瞬間、細い糸が弾けるように消えた。
『切れた』
『うん。今の私じゃ、それくらいが限界』
ミトは落ち着いていた。
ただ、サクの力を確かめられたことには満足しているらしい。
「相手がサクなら簡単に切れる。でも、一瞬でも足を止められるなら意味はあるな」
『圭吾、僕が走ってるときだったら、あの一瞬でも結構困るよ』
「ああ。速く動くほど、急に足を止められるのは危険だからな」
俺はミトへ視線を向けた。
影糸は、単純な力だけで評価できる能力ではなさそうだった。
◇
午前十時。
俺は《稽古用魔導木偶の核》を取り出した。
魔剣士になってから、中級の木偶人形には一度勝っている。
魔弾で盾を使わせ、その隙に側面へ回り込んで魔刃を当てる。剣と魔法を同時に扱えるようになったことで、以前より戦闘の選択肢は増えた。
ただし、今朝は自分一人で勝つことが目的ではない。
サクとミトを加えた、三者の連携を試してみたかった。
「二人とも、今から木偶人形を相手に訓練する。俺が前に出るから、サクは相手の動きを見てくれ。ミトは無理のない範囲で糸を使ってもらいたい」
『分かった。僕は足の動きを見ておくよ』
『私は、どこを止めればいい?』
「まずは相手の脚だな。踏み込む瞬間を狙えるか試してみたい」
『分かった。ただ、糸を張る場所は先に決めておきたい』
ミトは木偶人形が出現する場所を確認し、作業スペースの端へ移動した。
俺は少し感心した。
ただ能力を使うのではなく、使いやすい位置を考えている。
小さな蜘蛛の魔物だが、戦闘に関する判断力はかなり高いようだった。
ただし、無理はさせられない。
ミトもサクも、まだ幼体である。
相手は訓練用の木偶人形とはいえ、攻撃を受ければ怪我をする可能性がある。
「危険だと思ったらすぐに離れてくれ。木偶人形を倒すのは俺の役目だ」
『僕は分かってるよ』
『私も近づくつもりはない。糸が届けば、それで十分だから』
「よし。じゃあ、始めよう」
俺は中級を選択した。
地面へ青白い魔法陣が広がり、木の枝のようなものが次々と組み上がっていく。
やがて、人間ほどの大きさの木偶人形が姿を現した。
右手に長めの木剣。
左腕には小型の盾。
関節部分には青い魔力の光が走っている。
俺は魔鉄の片手剣を構えた。
《メイン職業:魔剣士 Lv.1》
《模擬戦闘を開始します》
木偶人形が動いた。
初級より速い踏み込み。
俺は身体強化を発動し、横から迫る木剣を受け流した。
硬い音が響き、刃と木剣が擦れ合う。
木偶人形が盾を前へ出した。
俺は正面から攻撃せず、半歩下がって距離を取る。
『圭吾、右足に体重が乗った』
サクの声が届いた。
木偶人形の右脚が踏み込まれる。
その瞬間、ミトが前脚を動かした。
『今なら届く』
地面の影から黒銀色の糸が伸びた。
木偶人形の右足首へ絡みつき、背後の影へ固定される。
踏み込もうとしていた脚が、わずかに止まった。
それだけだった。
木偶人形はすぐに糸を引きちぎり、動きを取り戻す。
だが、その一瞬があれば十分だった。
俺はすでに身体を動かしている。
魔鉄の片手剣へ魔力を流し、《魔刃》を発動。
木偶人形の盾が間に合わない角度から、胴体へ刃を当てた。
《有効打》
青い光が走り、木偶人形が後退する。
「よし!」
『圭吾、まだ来るよ』
サクの声に、俺はすぐに剣を構え直した。
木偶人形が盾を上げ、今度は慎重に距離を詰めてくる。
どうやら足元への妨害を受けたことで、動きが少し変化したらしい。
俺は正面から魔弾を放った。
青い光の球が盾へ命中し、硬い音を立てて弾ける。
《防御成功》
木偶人形は盾を構えたまま前進してくる。
以前なら、ここから側面へ回り込むところだった。
しかし、今回は別の方法を試したかった。
『ミト、今度は盾を狙えるか?』
『少し待って。腕の動きを見たい』
ミトが壁際から前脚を伸ばす。
細い糸が影へ溶け込み、木偶人形の左腕へ向かった。
俺は魔弾をもう一発形成した。
相手は当然のように盾を持ち上げる。
『今』
ミトの糸が張った。
盾を構えた左腕が、動きを止める。
木偶人形が力を込め、糸を引きちぎろうとした。
その間に俺は身体強化で踏み込み、盾の下側へ剣を滑り込ませる。
魔刃をまとった刃が胴体を捉えた。
《有効打》
木偶人形が大きく後退した。
俺は追撃せず、間合いを取り直した。
ミトの影糸はすでに消えている。
サクも庭の端で動きを観察したままだ。
これまでとは、明らかに戦い方が違っていた。
一人で相手の動きを見極め、攻撃する隙を作っていたときよりも、判断に余裕がある。
ただし、連携そのものに慣れているわけではない。
俺がサクの声を聞いてから動くまでにも時間が掛かるし、ミトの糸が届く位置を意識しなければ、せっかくの能力を生かせない。
木偶人形が再び踏み込んできた。
右上から木剣が振り下ろされる。
俺は剣を斜めに合わせ、受け流しで軌道を逸らした。
そのまま反撃しようとしたところで、相手の盾が前へ突き出される。
身体をひねってかわす。
しかし、間合いが近すぎた。
木偶人形の次の攻撃が、すでに始まっている。
『圭吾、後ろへ!』
サクの声に従い、俺は後方へ跳んだ。
木剣が鼻先を通り過ぎる。
そのとき、木偶人形の左脚へ一本の糸が絡みついた。
ミトの影糸だ。
踏み込んでいた脚がわずかに引かれ、木偶人形の姿勢が崩れる。
『今度は長く止められない』
ミトの声が届く。
「十分だ!」
俺は着地と同時に踏み込み、魔鉄の片手剣を振った。
青白い魔力をまとった刃が、木偶人形の胴体へ命中する。
《有効打》
《模擬戦闘終了》
《中級訓練に勝利しました》
木偶人形が停止した。
俺は剣を下ろし、大きく息を吐いた。
肩には疲労が残っているが、今回は一度も攻撃を受けていない。
しかも、以前より明らかに余裕を持って戦えた。
「……なるほど。連携すると、ここまで違うのか」
サクが駆け寄ってきた。
『圭吾、今のはよかったね』
「ああ。お前が動きを教えてくれたおかげだ。それに、ミトの糸がなければ最後は危なかった」
ミトも壁から降りてきた。
『あの木偶、思ったより力が強いね。今の私じゃ長くは止められない』
「いや、一瞬で十分だよ。相手の動きを少し遅らせてくれるだけで、こっちはずっと戦いやすくなる」
『そういう使い方なら、できると思う』
ミトは前脚を動かし、木偶人形を見上げた。
『もっと糸を強くしたい。さっきは三本使っただけで、かなり疲れたから』
「それなら、これから少しずつ鍛えていこう」
『うん。私も、その方がいい』
俺は召喚獣のステータスを開いた。
《影織蜘蛛:ミト》
レアリティ:SR
レベル:1
成長段階:幼体
状態:軽度疲労
《影糸 Lv.1》
熟練度:7/100
《糸感知 Lv.1》
熟練度:2/100
能力の熟練度が上がっている。
今朝召喚されたばかりなのに、すでに成長の兆しが見えていた。
もちろん、無理をさせるつもりはない。
俺はミトへ休息を勧め、契約領域へ戻す準備をした。
『圭吾、ひとつ確認していい?』
「何だ?」
『私は戦うだけじゃなくて、糸で物を固定したり、周りの動きを調べたりもできるよ。そういうことにも使っていい?』
「ああ、もちろん。戦闘以外の能力も大歓迎だ」
『それなら、やってみたいことがある。もう少し糸を上手く扱えるようになったら、見せるね』
「楽しみにしておくよ」
ミトは前脚を軽く持ち上げた。
俺が送還を選ぶと、その身体が銀色の光となって消えていった。
◇
午後、俺は庭の椅子に腰掛け、冷たい麦茶を飲んでいた。
サクは隣の芝生に寝そべり、風に揺れる草を眺めている。
新しい仲間が増えたことで、俺たちの戦い方は大きく変わった。
魔剣士として剣と魔法を使う俺。
索敵と機動力に優れるサク。
そして拘束と探知を担当するミト。
今までは、俺とサクだけで訓練していた。
サクは相手の動きを観察し、俺が見落としたところを教えてくれる。必要なら風走によって素早く移動することもできる。
だが、ミトが加わったことで、相手の動きを直接妨害できるようになった。
しかも、まだ幼体でレベル一。
成長すれば、影糸の強度も長さも上昇するらしい。
「これ、思ってた以上に面白い組み合わせだな」
『そうだね。ミトが動きを止めてくれるなら、僕も近づきやすくなると思う』
「ただし、無理に突っ込むなよ。相手が強ければ、糸を引きちぎってくる可能性もあるからな」
『分かってる。でも、あの糸って結構見つけにくいよ。僕も最初は気づかなかったし』
確かに、影糸は周囲の影へ溶け込む。
魔力感知が使える相手なら発見できるかもしれないが、少なくとも目で見ただけでは判断しづらい。
しかもミトには《糸感知》がある。
糸を張った場所へ何かが触れれば、姿を見なくても位置を把握できるという。
今後、探索や戦闘で役立つ場面は多いだろう。
「しかし、召喚獣って本当に種類が多そうだな。狼の次が蜘蛛とは思わなかったよ」
『圭吾、次は何が欲しい?』
「そうだな。空を飛べる仲間がいたら便利だろうし、魔法が得意な奴も面白そうだ」
『ドラゴンとか?』
「ああ。ドラゴンもいいな。もっとも、いきなり巨大な奴が出てきたら驚くけど」
『それなら、庭に入らないかもしれないね』
「そういうときは契約領域から必要な場所へ召喚すればいいさ。今でも二体とも問題なく送還できるんだから」
俺は笑って答えた。
召喚獣は、普通の動物とは違う。
今後ガチャから出てくるものが、獣の姿をしているとは限らない。
妖怪や精霊、悪魔、あるいは形すらよく分からない存在だっているかもしれない。
それぞれの能力や性質に合わせて付き合っていけばいい。
今回のミトが、そのことを改めて教えてくれた気がした。
『圭吾、ミトも気に入った?』
サクが尋ねてきた。
「ああ。落ち着いてるし、よく考えて動く。いい仲間になってくれそうだ」
『僕もそう思う。でも、あんなに静かに歩けるのはちょっと羨ましいな』
「お前は風走があるだろ」
『速く走るのと、音を立てずに動くのは違うよ』
「なるほど。それもそうか」
サクは芝生の上へ立ち上がり、軽く身体を低くした。
『僕も、もう少し静かに走れるように練習してみる』
「いいんじゃないか。月影と組み合わせれば、もっと上手く気配を隠せるかもしれないぞ」
『それ、面白そうだね』
サクは嬉しそうに尻尾を振った。
新しい仲間が加わったことで、サク自身にも刺激が生まれたらしい。
それぞれが違う能力を持ち、互いに影響を受けながら成長していく。
こういう育成の楽しみもあるのだと、改めて感じた。
◇
夕方、俺は召喚獣一覧を開いていた。
《契約召喚獣一覧》
登録召喚獣:2体
《SSR 月影狼:サク》
《SR 影織蜘蛛:ミト》
一覧には、二体の名前が並んでいる。
サクは速度と索敵に優れる前衛寄りの召喚獣。
ミトは拘束と探知を得意とする支援型。
能力の方向性が違うからこそ、一緒に戦わせる意味がある。
俺はその二体を眺めながら、今後の育成方針を考えていた。
まずサクには、風走と月影をもっと使いこなせるようになってもらう。
ミトには、影糸の強度と使用可能な本数を増やしてもらいたい。
そして俺自身は、魔剣士の職業レベルを上げながら、剣と魔法の連携を磨いていく。
何より、いずれは中級の魔導木偶を一人でも余裕を持って倒せるくらいにはなりたい。
今はまだ、強力な職業と召喚獣に助けられている部分が大きい。
それ自体が悪いわけではないが、自分の判断と技術も磨いておかなければ、いざというときに困るだろう。
「さて、そろそろ新しい装備も欲しいところだな」
俺はアイテムボックスの一覧を開いた。
現在の主力武器はR《魔鉄の片手剣+0》。
魔力伝導の効果があり、魔剣士との相性もいい。
ただし、限界突破はまだ一度もしていない。
同じ武器を重ねれば強化できるし、五凸まで育てれば、一段上のレアリティの無凸装備を超える基礎性能になる。
そして防具も、そろそろ揃えたい。
今までは訓練用の木偶人形が相手だったため、普段着でも何とかなっていた。
しかし、本物の武器や魔法を使うことを考えれば、防具なしでは心許ない。
身体強化があっても、斬撃や魔法に対する防御能力が保証されるわけではないのだから。
「次は防具を優先するか。それとも魔鉄の片手剣を重ねるか……」
ガチャ育成画面を開く。
《デイリーガチャ+2》
現在の指定分野:召喚獣
変更可能
排出分野は、次の抽選までに変更できる。
召喚獣指定でミトを引き当てられた以上、しばらくは別の分野を狙うのも悪くない。
俺は少し考えた。
新しい仲間が増えたことで、戦闘の選択肢は広がった。
それなら次は、防御面を強化したい。
「よし。しばらく防具を指定してみよう」
《排出分野を変更しますか?》
《召喚獣 → 防具》
承認すると、画面の表示が切り替わった。
《デイリーガチャ+2》
指定分野:防具
《設定を保存しました》
これで、明日からは防具が出やすくなる。
もちろん、指定しても必ず防具が出るわけではないし、SSRやURのような高レアリティが簡単に手に入る保証もない。
それでも、無料で毎日引けるのだから、十分に試す価値はある。
俺が画面を閉じると、サクがこちらを見上げた。
『圭吾、もう次のガチャのこと考えてるの?』
「ああ。今度は防具を狙ってみようと思ってな」
『じゃあ、強い鎧とか出るかもしれないね』
「そうだな。できれば動きやすいものがいいけど」
『僕も何か着た方がいいのかな』
「お前の場合は、まず動きを邪魔しないことが大事だろ。防具が必要かどうかは、実際に出てきたものを見て考えよう」
『うん。それならいい』
サクはそう言って、俺の足元へ身体を寄せた。
俺はその頭を撫でながら、庭の向こうへ視線を向けた。
新しい仲間が増えた。
しかも、今までとはまったく違う能力を持っている。
これからガチャを引き続ければ、さらに多くの召喚獣が増える可能性がある。
空を飛ぶもの、水中を泳ぐもの、巨大な身体を持つもの、あるいは姿を自由に変えられるもの。
どんな存在が出てくるのかは、まだ分からない。
だが、それぞれの能力を組み合わせれば、今の俺では想像もつかないような戦い方ができるかもしれない。
魔剣士になり、二体の召喚獣を従え、ガチャそのものも二凸まで強化した。
水曜日の朝、突然ステータス画面が現れたときには、ここまでのことになるとは思ってもいなかった。
しかも、まだ一か月も経っていない。
俺は小さく笑い、空になった麦茶のグラスを持って立ち上がった。
「さて、サク。そろそろ晩飯にしようか」
『うん。今日は何?』
「鶏肉を買ってきてある。お前の分も用意するよ」
『ありがとう。ミトも一緒に出てくる?』
「聞いてみようか。食事が必要かどうかも、もう少し詳しく知っておきたいしな」
『じゃあ、僕が呼んでもいい?』
「今は契約領域にいるから、俺が召喚するよ」
サクは納得したように頷いた。
俺はリビングへ戻り、ミトを召喚した。
銀色の魔法陣から現れた小さな蜘蛛は、すぐに壁へ登り、部屋の中を見回した。
『圭吾、何か用?』
「晩飯の時間なんだ。お前も一緒にどうかと思ってな」
『食事? 私は魔力があれば大丈夫だけど』
「そうか。無理に食べる必要はないんだな」
『うん。でも、ここにいてもいい?』
「ああ。壁に糸をつける前に、場所を一緒に決めよう。あとで無理なく片づけられるようにしたいからな」
俺は壁際の棚へ、休み場所に使える木板を置いた。ミトはその端へ細い糸を一本だけ固定し、伝い上がって静かに身体を落ち着ける。
糸を掛ける場所が決まっていれば、片づけるときにも困らない。本人も棚の上から部屋を見渡し、気に入ったようだった。
サクはその様子を見上げていた。
『ミトって、いつも高いところにいるんだね』
『上からの方が、周りがよく見えるから』
『僕は下の方が好きだな。すぐ走れるし』
『それぞれ得意な場所があるんだと思う』
ミトはそう答え、前脚を畳んだ。
俺は二体のやり取りを聞きながら、思わず笑みを浮かべた。
銀白色の狼と、黒い蜘蛛。
まるで違う二体だが、今のところ相性は悪くなさそうだった。
何より、どちらも自分の考えを持ち、必要なことは遠慮なく伝えてくれる。
俺にとっては、それがありがたい。
これから何体の召喚獣が増えるのかは分からない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
ガチャを回すたびに、俺の生活は少しずつ変わっている。
そして、手に入れたものを育てれば、それだけ新しいことができるようになる。
今度は防具。
その次は、装備の限界突破か、ガチャのさらなる強化か。
まだ試していない機能も、手に入れていない職業も山ほどある。
俺は台所へ向かいながら、明日のデイリーガチャに何が出るのかを考えていた。
どうやら、この先も退屈する暇はなさそうだ。
第11話━改訂版了
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YouTubeでショート動画作ってみました
https://youtube.com/shorts/PCIU2r6HJ10?si=hcY4h-BqBD1biiTv




