表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

第9話:存在しない検査料、存在する恐怖

「分かりました。『検査料』の仕組み」


 宿に戻ったフィーは、市場のお団子を頬張りながら(調査費ですわ、ええ)、手帖を広げました。


「船が入港すると、まず正規の関税。これは帳簿どおりです。でも、そのあと『荷揚げ検査』っていうのがあって、検査を通らないと、荷を市場に出せないんです。で、検査小屋で灰色の札を買うんです。一枚、積荷の値段の二分」


「買わなければ?」


「検査が、終わらないんです。三日でも、十日でも。生鮮の荷は、その間に全部腐ります。……パン屋のおばさんの弟さんが、南方の果物を扱ってて、一度断ったら、船一隻分のオレンジが桟橋で山になって腐ったって」


 セドリック様が、組合規約の写しを机に叩きつけました。


「裏も取れました。『荷揚げ検査』は港湾組合の自主検査という建前です。組合の理事長は伯爵の従弟。検査人の任免権は伯爵。条例にも王国法にも根拠なし。つまり、これは税ではない。……ただの、組織的な恐喝です」


「徴収額の推計は?」


「入港三千隻、平均積荷価格から計算して——年間、約十一万クローネ。関税収入の、ほぼ半分の規模の『私製の税』が、帳簿の外で動いています」


 ベルマン子爵の塩は、十年で二十三万。

 こちらは、一年で十一万ですわ。桁が、一つ違いますのよ。


「証言を集めましょう。被害者は、港中に——」


「それが……」


 フィーが、お団子の最後の一つを置きました。珍しいこと。


「誰も、証言してくれないんです。みんな、検査料のことを話すと、急に黙っちゃって。パン屋のおばさんも、『あんたにこれ以上喋ると、うちにも検査が来る』って」


「パン屋に、港の検査が?」


「小麦が、港から来るんです。検査小屋で『おたくの小麦は検疫が必要だ』って言われたら、それでおしまいなんです」


 ……なるほど。

 流通の喉元を握れば、港から離れた商いまで、全部、人質に取れますのね。


「明後日、青空市の組合寄り合いがあります。商人が一番集まる日です。そこでなら、誰か——」


 その晩のことですわ。

 唯一、調査に協力的だった船主——マテオ船長という、気のいい髭のお爺様が、いらっしゃいました。「明日、検査小屋の裏帳簿の在処を教える」と約束してくださっていた方ですの。


 翌朝、マテオ船長の船は、桟橋から消えておりました。


「夜のうちに出港した、と。行き先は告げずに」


 セドリック様の報告に、私は埠頭へ走りましたわ。

 船長の定宿の女将さんが、青い顔で、私にそっと、折り畳んだ紙を握らせてくださいました。


 船長の、走り書きですわ。


 『すまない、監査官さん。昨夜、検査人が三人、訪ねてきた。

 言われたのは一言だけだ。「あんたの孫娘は、いい学校に通っているな」。

 わしは逃げる。あんたも、調べるなら覚悟しなさい。

 あの連中の上には、伯爵がいる。伯爵の上にも、まだ何かいる。

 検査小屋の連中が金を運ぶ先は、伯爵の館じゃない。月の終わりの夜、灰色の表紙の帳面を持った男が、王都から来る』


 ——灰色の、表紙。


 手が、冷たくなりましたわ。

 ベルマン子爵の言っていた、灰色の通い帳。北の塩の上前を撥ねていた「上」。

 それが、南の港の「私製の税」の集金にも、同じ顔で現れますの。


 __________

 【監査手帖】

 ・「検査料」年十一万クローネ。帳簿外。

 ・証言者への圧力は、即日、家族に及ぶ。

 ・月末、王都から「灰色の帳面の男」が集金に来る。

 ——北と南、別々の不正だと思っていたものが、同じ帳元の、別々の頁ですわ。

 __________


「セドリック様。月末まで、あと何日ですの」


「……六日です」


「証拠の写しを、急ぎますわよ。検査小屋の灰色の札、買った方の領収の控え、一枚でも多く。それから」


 私は、インク壺の蓋を、きゅ、と閉めました。


「フィーは明日から、宿を移しなさい。殿下の護衛と一緒に」


「え!? わ、わたしだけですか!?」


「あなた、市場で一番、顔を見られておりますもの」


 ……オレンジを腐らせ、船長を脅し、孫娘の名を出す方々ですわ。

 帳簿の外の税には、帳簿の外の取り立てがある。

 ええ——存在しない検査料は、存在する恐怖で、できておりますのよ。


北の塩と南の港、同じ「灰色」が顔を出しましたわ。

次話、大型イベントですの。彼らの次の一手は、私どもの想像を、燃える勢いで超えてまいりますわ。

ブックマークと評価、何卒お願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ