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第8話:港町の関税は、潮の香りがいたしませんの

 南部ドラクロワ伯爵領、港町セルヴァン。

 石畳の坂を下りると、視界いっぱいに、帆柱の林が広がりましたわ。王国の南の玄関。年に三千隻が出入りする、関税収入第二位の港ですの。


「ようこそ、セルヴァンへ。レナール・ドラクロワです」


 出迎えたドラクロワ伯爵は、ベルマン子爵とは、何もかも違っておりましたわ。

 四十半ば。細身。仕立ては王都の一流。笑顔は完璧で、完璧すぎて、温度がございませんの。


「北の塩の件は伺っていますよ。お見事でした。……ベルマンのような田舎者の雑な仕事は、見ていて恥ずかしくなる」


 あら。

 初対面の監査官に、同業者(?)を貶してみせる。これは牽制ですわね。「私は雑ではない」という。


「我が港の帳簿は、いつでも、どこからでもご覧いただける。なにせ」


 伯爵は、優雅に両手を広げました。


「セルヴァン関税局の記帳方式は、私が設計したのでね」


 関税局の帳簿は、なるほど、お見事でしたわ。

 入港記録、積荷目録、関税の算定、納付、月次の照合。ベルマン家の「清書された嘘」とは違って、訂正の跡も、端数の乱れも、生活の皺も、きちんとございますの。


「……健全、ですね」


 二日目の夜、セドリック様が、悔しそうにおっしゃいました。


「入港隻数と関税収入の比率も、近隣の港と整合します。抜き打ちで船倉も検めましたが、積荷目録との相違なし。これは……白では?」


「ええ。帳簿は白ですわ。真っ白」


「納得していない顔ですね」


「だって、おかしいんですもの」


 私は、窓の外の港を指しました。


「セドリック様。この町、潮の香りがいたしませんの」


「……は?」


「正確には、香りの出どころが違いますのよ。港町の税関といえば、本来、魚と、香辛料と、船乗りの汗の匂いで戦場のはずですわ。なのにこの関税局、まるで王都の銀行のように静かで、清潔で……並んでいる商人の顔が、一様に疲れておりますの」


 フィーが、おずおずと手を挙げました。


「あの、わたし、気になってたことが……。市場でパンを買ったとき、パン屋のおばさんが言ってたんです。『役人様の検査料が、また上がった』って。でも、検査料って、関税の帳簿のどこにも出てこなくて」


「……検査料?」


 セドリック様が、眉を寄せました。


「関税法に、そんな費目はありません。入港税、関税、停泊料。法定はこの三つです」


「ですわよね」


 帳簿が白い。なのに、商人は疲れていて、帳簿にない「検査料」の噂がある。


 __________

 【監査手帖】

 仮説:この港の不正は、帳簿の「中」にない。

 帳簿の「外」に、もう一つ、税が存在する。

 国の関税は正しく納め、私製の税を上乗せして取る。

 ——帳簿が白いのは、当然。汚れは最初から、別の壺の中。

 __________


「明日から、関税局は閉めますわ」


「閉める? 監査を打ち切ると?」


「いいえ。監査の場所を変えますの。帳簿ではなく——人を、検めますわ」


 翌朝、私どもは三手に分かれました。フィーは市場へ。下町の言葉が分かるのは、あの子だけですもの。セドリック様は港湾組合の規約と許認可の照合へ。そして私は、埠頭をただ、歩きましたの。


 歩いて、数えましたわ。

 船から降ろされる荷と、検査小屋の前に並ぶ列と——列に並ぶ商人たちが、検査小屋に入る前に、懐から出して握りしめている、小さな灰色の紙片を。


 関税の納付書は、白い紙ですのよ。

 あの灰色の紙は、いったい、何の通い帳ですの?


帳簿が白いときは、帳簿の外をご覧なさい——祖父の教えですわ。

次話、フィーが市場で「存在しない検査料」の正体を拾ってまいります。

ブックマークと評価、今章もどうぞお願いいたしますわ。

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