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第7話:追徴課税のお時間ですわ

 ヴァイスハーフェンの広場に、臨時の査問廷が設けられました。

 王宮監査庁の青い旗。長机に、殿下と、書記官と、私ども監査チーム。

 広場を埋めたのは、領民の皆様ですわ。「不作だから」と十年間、税を上乗せされ続けた方々ですの。


「これより、ベルマン子爵領塩税にかかる公開査問を執り行う」


 殿下の声は、広場の端まで届きました。よく通る声ですこと。戦場仕込みですわね。


「監査官、所見を」


 私は、立ち上がりました。

 帳簿を三冊、机に重ねて。


「それでは——決算を、申し上げますわ」


 広場が、静まりました。


「ベルマン子爵領の塩の実生産量、年三万八千樽。これは薪の仕入れ台帳、製塩釜の稼働記録、及び車軸の交換記録より算定したものですわ。対して、申告された生産量は年四千二百樽。差し引き三万三千八百樽の塩が、十年間、夜の街道を通って南の港へ運ばれましたの」


「で、でたらめだ! 証拠が——」


「証拠は、こちらに百七十枚」


 セドリック様が、署名入りの謄本の束を、音を立てて積み上げました。


「夜間通行記録の写し、港湾の入船記録との突合、薪商人三名の証言録取書。全て監査規程に基づく証拠能力を備えています。反証があればどうぞ。条文単位で受けて立ちます」


 子爵の喉が、ひゅ、と鳴りましたわ。


「続けますわね。脱漏された塩税、十年分で十六万九千クローネ。これに監査規程第二十二条の重加算金、および利息を加えまして——」


 私は、いったん言葉を切って、広場を見渡しましたの。

 日に焼けた塩職人の方々。商人の方々。子どもを抱えたお母様方。


「皆様。この十年、『不作の年だから』と、人頭税を上乗せされたことが、七度おありのはずですわ。その合計、一世帯あたり平均四クローネと七十」


 ざわ、と広場が揺れました。


「その上乗せは、本来、不要でしたの。領の塩は、豊作でしたのよ。——毎年」


 ざわめきが、怒号に変わるまで、三つ数えるほどでしたわ。

 殿下が手を上げ、静粛を取り戻してから、私は最後の数字を読み上げましたの。


「追徴額、総計二十三万四千クローネ。納付期限は九十日。これがベルマン子爵家の総資産を上回ることは、ご本人が一番よくご存じのはずですわ」


「ま、待ってくれ、それでは家が、爵位が……」


「ですから、申し上げましたでしょう?」


 私は、にっこり微笑みました。


「追徴課税の、お時間ですわ」


 判決は、その場で下りました。

 爵位返上。領地は王領預かりとし、過徴収分は領民へ還付。子爵は王都の査問院へ送致。


 子爵が連行される間際、私のそばで足を止めて、囁きましたの。


「……灰色の通い帳は、儂が捕まっても、止まらんぞ。次の納付日は、もう決まっておる」


「あら。結構ですわ」


 私は、囁き返しました。


「帳簿が動き続けるなら——いつか必ず、私の机に届きますもの」


 __________


 帰りの馬車で、フィーは私の肩に寄りかかって、すうすう眠っておりました。三日三晩の夜なべですもの、当然ですわ。

 向かいの席で、セドリック様が、咳払いを一つ。


「……車軸と、薪でしたか」


「条文と、謄本でしたわ」


「は?」


「私一人では、査問は三日では終わりませんでしたの。証拠能力の整え方は、私、専門外ですもの。……ですから、申し上げますわ。お見事でした、主任監査官殿」


 セドリック様は、眼鏡を押し上げて、窓の外を向いてしまわれました。

 ややあって、ぼそりと。


「……監査官殿の手法は、法学院の教本には載っていない。だが」


「だが?」


「次の案件も、私を連れて行くように。……写しの照合は、二人のほうが速い」


 まあ。

 ふふ、承知いたしましたわ。


 監査庁に戻りますと、殿下が執務室の前に立っておいででした。


「ご苦労だった。……兄上が、たいそう喜んでおられた。発足二年で初の大金星だと」


「恐れ入りますわ」


「それでだ」


 殿下は、私の机を指さしました。

 真新しい封筒が、一通。封蝋は、王宮監査庁の印。


「次だ。休む間がなくて、すまんが」


 封を切ると、案件名が、一行。


 『ドラクロワ伯爵領・港湾関税にかかる監査要請』


 南の、港。

 ——子爵の塩が、夜の街道の先で吸い込まれていった、あの方角ですわ。


第1章「離縁と精算」、これにて決算完了ですわ。お付き合いくださり、ありがとう存じます。

次章の舞台は南の港町。塩の流れた先には、もっと大きな帳簿が待っておりますの。

ブックマークと評価をいただけますと、第2章の船出が軽くなりますわ。

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