第6話:塩の重さ、嘘の重さ
薪の台帳は、車大工の台帳と同じ顔をしておりました。
油染みて、訂正だらけで、正直な顔ですわ。
「出ました……!」
三日三晩の照合を終えて、フィーが顔を上げました。目の下に、うっすら隈をこしらえて。
「薪の年間仕入れは、帳簿上の塩四千二百樽を煮るのに必要な量の、約十倍。風雨で焚けない日を引いても……実際の生産量は、推定で年三万八千樽です。あ、それと、車軸の延べ往復には薪の搬入分も混ざってました。そこを差し引くと、塩の輸送の回数とも、ぴったり噛み合います」
「帳簿の、ほぼ九倍ですわね」
セドリック様が、通行記録の写しを机に並べました。
「夜間の通行記録と突き合わせました。『漁具』『木材』名義の夜間出荷が、五年間で延べ一万一千件。行き先は南の三つの港。……塩の闇出荷です。隣国は今、塩の値が三倍ですから」
「税額の計算を。フィー、最終確認をお願い」
「はいっ。本来納めるべき塩税、年あたり金貨一万九千クローネ。納付済みは二千百クローネ。差額一万六千九百クローネの十年分で——十六万九千クローネ。加算金と利息を規程どおり乗せて」
フィーは、一度ぺこりと頭を下げてから、申しました。
「二十三万四千クローネ、です」
平民の年収が、およそ三十クローネ。
領民に「不作の年だから」と人頭税を上乗せしながら、その八千倍を、十年、隠しておりましたのね。
「……これだけの量の塩を、十年。帳簿の化粧も、夜間輸送の手配も、売り先の確保も」
セドリック様が、書類を見つめたまま、呟きました。
「子爵一人の知恵じゃない。これは、仕組みを知っている者の設計だ」
ええ。私も、同じことを考えておりましたの。
その晩、領主館に呼ばれましたわ。
子爵は、お一人でした。もう、笑ってはおられませんでした。
「……いくらだ」
「は?」
「いくら積めば、その書類を、海に落としてくれる」
「あら。私の値段を査定してくださいますの? 嬉しい。八年間、誰も値段をつけてくださいませんでしたのよ」
「ふざけるな!」
子爵は、机を叩きました。それから、急に声を落として——こう、おっしゃいましたの。
「……あんた、自分が何を監査しているか、分かっていないんだ」
「塩税の横領ですわ。二十三万四千クローネの」
「違う」
子爵の顔に浮かんでいたのは、開き直りでも、怒りでもございませんでした。
あれは——恐怖、ですわ。
「儂は十年で……たった四分の一しか、懐に入れておらんのだ。残りは『上』に納めておる。納めねば、塩が売れんのだ。南の港も、関所も、買い手も、全部『あちら』の手の中でな」
「『上』とは、どなた?」
「知らん。知らんのだ、本当に。顔も名前も。ただ、年に二度、灰色の表紙の通い帳が届く。納める額と、納め先の口座だけが書いてある。……断った塩商人が、どうなったか。儂は見たことがある」
子爵は、すがるように私を見ました。
「なあ、監査官殿。儂を裁けば、あんたは『あちら』の帳簿に載る。やめておけ。爵位も家も差し出す。だから、この件は、儂の独り働きということにして——」
「お断りいたしますわ」
私は、立ち上がりました。
「子爵様。あなたの罪は、あなたの分だけ、きっちり計算して差し上げます。一クローネも多くは載せません。……ですが、一クローネも、引きもいたしませんの」
「儂は、忠告したぞ……!」
「ええ、確かに承りました。帳簿に載せておきますわ。——貸方に」
宿への帰り道、夜の浜辺を歩きながら、私は手帖に書き付けましたの。
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【監査手帖】
・子爵の取り分は四分の一。残りは「上」へ。
・灰色の表紙の通い帳。年二回。納付先の口座のみ記載。
・「あちら」は流通網ごと握っている。
——この案件、底が抜けておりますわ。
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潮風が、頁をめくろうとして、私は手帖を閉じました。
祖父の声が、ふいに、よみがえりましたの。
——ロザリンド。大きな嘘はな、決して一人では吐けんのだよ。
——大きな嘘には、必ず、帳元がおる。
お祖父様。
その帳元の通い帳は、どうやら、灰色の表紙をしているようですわ。
横領の上に、もう一段、何かがありますの。けれど、まずは目の前の決算からですわ。
次話、第1章のクライマックス。公開査問——「追徴課税のお時間ですわ」。
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