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離縁された公爵夫人ですが、王宮監査官に任命されましたので、皆様の帳簿を拝見させていただきますわね? 〜数字は嘘を吐きませんの。追徴課税のお時間ですわ〜  作者: 桐谷ルナ
第三部 最終決算

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第73話:利息は、複利で頂戴いたしますわ

 私、クッキーを、焼きましたの。……なぜ、焼こうと思いましたのかしら。


 フィーが、厨で、悲鳴を上げておりましたわ。


「ロザリンド様! それ、粉です! 砂糖じゃなくて、粉です!」


「同じ白ですのに」


「違います!」


 三度目で、なんとか、形になりましたわ。……形にはなりましたのよ。


 色は、少し、濃いめですけれど。


 監査庁の、私の執務室ですの。


 夕方でしたわ。殿下が、書類を、届けにいらしたところを、捕まえましたのよ。


「殿下。お座りくださいませ」


「……なんだ」


「精算ですわ」


 私、机の上に、紙を、一枚、置きましたの。罫を引いて、月と、額と、額の下に、線を引いた紙ですわ。


 ……ええ。監査調書の様式ですのよ。


 六十八話で、あの方の名前を、規程から抜きましたわ。ですけれど、様式そのものは、正しゅうございますもの。正しいものは、使いますわ。


「元本」


 私、指で、示しましたの。


「二十二話。殿下は、私に、こう仰いましたわね。『利息は払う』と」


「言った」


「何に対する利息ですのかしら。……あのとき、伺いそびれましたのよ」


 殿下は、しばらく、答えられませんでしたわ。それから。


「十年、探した分だ」


 私、指が、止まりましたの。


「上申書を、書いた人間をな。……見つけたときには、他の男の家で、八年、帳簿を付けていた」


「殿下」


「間に合わなかった。それは、俺の落ち度だ」


 私、扇を、置きましたわ。……こういうときに、扇の後ろに、隠れますのは、卑怯ですもの。


「殿下。それは、落ち度では、ございませんわ」


「そうか」


「ええ。……あの八年が、なければ」


 私、言葉を、選びましたの。選んで、それから、選ぶのを、やめましたわ。


「あの八年が、なければ、私、あの帳簿の読み方を、覚えませんでしたもの」


 誰にも、必要とされない八年でしたわ。


 ですけれど、あの家の帳簿を、八年、私が、一人で、付けておりましたのよ。


 だから、四話で、香水をつけすぎた淑女が、分かりましたの。三十話で、パンの数が、腹に足りないことが、分かりましたわ。


「間に合っていらしたら、私、いまの私では、ございませんわ」


「では、利息の計算を、いたしますわね」


 私、羽根ペンを、取りましたの。


「元本は、十年ぶんの、お待たせした時間ですわ」


「額は」


「額は、付けられませんの」


 私、線を、一本、引きましたわ。


「時間には、値が、ございませんもの。……ですから、こういたしますわ」


 私、その紙に、書きましたの。


  『元本 ―― 利息 ――  精算方法 同居』


 ……書いてから、自分で、少し、驚きましたわ。殿下も、驚いていらっしゃいましたの。


 この方が、目を、見開かれるのを、私、初めて、見ましたわ。


「ロザリンド」


「あの、その」


 私、扇を、探しましたわ。……置いてしまいましたのよ、さっき。


「かっ、監査官の書式ですと、こう、なりますのよ。名詞で、書きますから。ええ。ですから、その、他意は」


「他意は」


「……ございますわ」


 殿下は、立ち上がられましたの。机を、回って、私の前に、いらっしゃいましたわ。


 背が、高い方ですのよ。座っておりますと、見上げませんと、お顔が見えませんの。


 私、見上げましたわ。


「ロザリンド・ファルケンラート」


「はい」


「俺と、結婚してくれ」


 ……ええ。この方は、いつも、それだけですのよ。


 二話でも、「帳簿は読めん。だから君が要る」でしたわ。


「殿下」


「なんだ」


「……承りましたわ」


 私、そう申し上げましたの。一話で、離縁状を受け取りましたときと、同じ言葉ですわ。


 同じ言葉が、こんなに、違う音になりますのね。


 しばらくして、私、思い出しましたの。


「あ。殿下、こちらを」


 私、皿を、出しましたわ。……クッキーですの。


 色の濃い、少し、いびつなものが、七枚。殿下は、それを、御覧になって、一つ、お取りになりましたわ。


「……硬いな」


「焼きすぎましたの」


「甘くもない」


「砂糖と、粉を」


「そうか」


 殿下は、そう仰って。……七枚とも、召し上がりましたのよ。


 一枚も、残さずに。


「殿下。無理をなさらなくても」


「無理ではない」


「ですけれど」


「ロザリンド」


 殿下は、最後の一枚を、飲み込まれてから、こう仰いましたわ。


「俺は、帳簿は読めん」


「……存じておりますわ」


「だが、君が、三度焼き直したことは、分かる」


 私、その晩。監査庁の廊下で、少しだけ、泣きましたのよ。


 ……誰にも、見られておりませんわ。ええ。


 ハルトマン様に、一度だけ、見られましたけれど。あの方は、几帳面ですから、閲覧簿には、お書きになりませんわ。

二十二話の「利息は払う」から、五十一話ぶん。ようやく、取り立てましたわ。

元本は、十年ぶんの、お待たせした時間ですの。時間には値が付きませんから、額の欄は、空けたままにいたしましたわ。……監査調書の欄は、三つございますのよ。元本と、利息と、それから、もう一つ。

誰にも必要とされなかった八年に、ロザリンドが自分で値を付けた回でもございますわ。あの八年を「無駄でした」と言わせずに済んで、書き手としては、ほっといたしましたの。

クッキーは、三度目で、ようやく形になりましたのよ。……お砂糖と粉を取り違えた分は、どなたかが引き受けてくださいましたわ。

次回、机の話ですわ。二十四番までの。

求婚の回に、監査調書の様式を持ち込むヒロインで、本当によろしかったのかしら。……よろしいのですわ。ブックマークと評価、どうぞよろしく。

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