第72話:祖父は、最初に数えた人ですの
王都の外の、居住制限のかかった小さな町から、書留が、一通、届きましたわ。
差出人の名は、ございませんでしたの。中身は綴りが、一冊。
表紙にこうございましたわ。
『徴税請負人 オーギュスト・ファルケンラート 上申控(未提出)』
祖父の字ですの。十二年ぶりに、見ましたわ。
「四」の払いは、跳ねませんのよ。祖父の字は、まっすぐ、下に、止まりますわ。
中身は、上申書の控えでしたの。十二年前の、九の月。……あの月ですわ。
宛先は、当時の国王陛下。内容はこうございましたの。
『王国の徴税に、記録に現れぬ資金の経路が存在する。三十一年前より継続。北部三郡を起点とし、現在は全国四十一の家および商会に及ぶ』
『経路の性質は、当初、救済であったと思われる。現在は、貸付である』
『本件を告発するにあたり、一つだけ、申し上げたきことがある』
私、そこで、頁を、繰る手を、止めましたわ。
『この経路を作った者は、悪人ではない。制度に足りぬところがあり、それを埋めた者である。埋め方を、間違えただけである』
『したがって、罰よりも先に、制度を直されたい。制度が直らねば、次の者が、同じ帳面を作る』
……お祖父様。あなた、あの方を、庇っていらっしゃいますのね。
殺される、三日前に。
綴りの、いちばん後ろに、走り書きが、ございましたわ。
『十四日 王都着 書記局にて副署控を閲覧のこと これで数が揃う』
……四十四話で、ヴィンター書記官長が、仰いましたわね。
十二年前に、一度、副署控えを求めに来た方がいらした、と。その後、二度と、いらっしゃらなかった、と。
いらっしゃれませんでしたのよ。
祖父は、その日の夜明け前に、梟亭を発ちましたの。王都へその控えを、見に。
……関の手前で、止められましたのね。私、四十四話で、同じ棚から、同じ控えを、出しましたわ。
十二年、遅れて。
綴りの、最後の頁に、一行、付けてございましたわ。
祖父の字ではございませんの。ゆったりとして、「四」の払いが、上に、跳ねる字ですわ。
『提出されなかった。私が、預かった。三十一年、返さなかった』
……それだけですの。謝罪はございませんわ。
最後まで、記録の書き方ですのね。
私、この綴りを、王室評議会に、提出いたしましたわ。
十二年前の、九の月十四日。
ミュール街道の坂で、事故で亡くなったことになっておりました徴税請負人オーギュスト・ファルケンラートの死は、殺人として、記録し直されましたの。
実行の手配は、ラウレンツ・ケラー。止めなかった者として、ヴァルター・グリム。
……そして、この上申書は、十二年遅れて、受理されましたわ。受理番号が、付きましたのよ。
私、その番号を、しばらく、見ておりましたの。
この国では、紙に番号が付きますと、その紙は、なかったことに、できませんわ。
……祖父の仕事が、番号を、もらいましたのね。
お墓は、王都の南の、小さな聖堂の裏にございますわ。
私、十二年、参りませんでしたのよ。
十五で亡くしまして、十九で嫁ぎましたわ。あの家では、実家の墓参りは、体裁が悪いのだそうですの。
……ええ。八年、そう申しつけられておりましたわ。石は、思っていたより、小さゅうございましたの。
名前と、年と、それだけですわ。
「お祖父様」
私、そこに、しゃがみましたの。
「十二年、かかりましたわ」
風がございましたの。枯れ葉が、石の上を、渡ってまいりましたわ。
「あなた、庇っていらっしゃいましたのね。……あんな方を」
……いいえ。庇ったのでは、ございませんわね。
祖父は、罰よりも先に、制度を直せと、書いておられましたのよ。私、七十一話で、直しましたわ。
……順番、間違えませんでしたかしら。
私、袖から、インク壺を、出しましたの。
一話から、ずっと、持っておりましたわ。
底の、鉛の板は、もう、入っておりませんの。監査庁の証拠室に、番号を付けて、預けてございますわ。
空の壺ですのよ。……ただの、古い硝子ですわ。
私、それを、石の前に、置きましたの。置いて、少しの間、見ておりましたわ。
……それから、拾い上げましたのよ。だって。
まだ、書きますもの。
「お祖父様。これ、もう少し、お借りいたしますわ」
石は、何も、仰いませんでしたの。当たり前ですわね。
私、袖に、しまいましたわ。冷たい、硝子ですの。
聖堂の、門のところに、殿下が、立っておられましたわ。ついていらしていたのですわね。
ずいぶん、離れたところに。
「終わったか」
「ええ」
「……墓に、何か、置いていたな」
「置きませんでしたわ」
「置いていた」
「拾いましたもの」
殿下は、少しだけ、口の端を、上げられましたわ。
「そうか」
「ええ」
「それでいい」
帰り道、私、伺いましたの。
「殿下。二十二話の、利息の件ですけれど」
殿下の足が、止まりましたわ。
「……なんだ」
「五十話で、期日を、延ばしていただきましたわね。五十一話でも、繰越しにいたしましたし」
「した」
「その、そろそろ」
私、扇を、開きましたわ。
「……計算を、してまいりますわね」
それだけ、申し上げて、先に、歩きましたの。後ろで、殿下が、何か、仰いましたけれど。
聞こえない振りを、いたしましたわ。
二話から追ってまいりました、雨の夜の馬車。十二年遅れて、お祖父様の上申書に、受理番号が付きましたの。……この国では、紙に番号が付きますと、その紙は、なかったことにできませんのよ。
最後の頁は、告発ではございませんでしたわ。名指しも、恨み言も、ございませんの。書いてあったのは、順番のことだけ。……七十一話でロザリンドがやった順番と、同じでしたのよ。
遺言というものは、たいてい恨みで書かれますわね。庇う遺言を、一度、書いてみたかったのですわ。恨みより、よほど重うございますでしょう。
お墓に何かを置いて帰る場面にするつもりでしたのよ。……そうは、なりませんでしたわ。あの方、まだ、途中ですもの。
次回、精算ですわ。二十二話から、繰り越してまいりましたものを。
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