第70話:潰さずに、返させますの
清算の仕組みは、三つですわ。
一つ。自主申告。
今日から一年のあいだに、灰色から借りた分と、上納した分を、自分で申し出た家は、追徴を、免じますの。返すのは、元本だけですわ。
二つ。分割返納。
元本は、最長十年で、分けて納めてよろしいことにいたしますわ。年に、その家の実収の一割まで。……一割ですと、屋敷は売らずに済みますのよ。
三つ。申告しなかった家は。
……倍額ですわ。
「セドリック様。条文に、落としてくださいませ」
「……監査官殿。一つ、伺っても」
「どうぞ」
「これは、恩赦ですか」
私、扇を、開きましたわ。
「いいえ」
「では」
「取り立て方の、変更ですわ」
私、清算表を、指で、押さえましたの。
「一度に取り立てますと、家が潰れますわ。潰れますと、その家の領地から、十年、税が入りませんの。……十年ぶんの税を捨てて、一年ぶんの追徴を取りますのは、監査官の仕事では、ございませんのよ」
セドリック様が、条文を、閉じられましたわ。
「不愉快ですが」
「ええ」
「……算が、合っています」
難しかったのは、三つ目ですわ。倍額。
これがございませんと、誰も、申告なさいませんもの。
ですけれど、倍額を科すには、「申告しなかった」ことを、証明しなければなりませんわ。
六人の帳面が、ございますのよ。六十五話の、のべ二千四百十七件ですわ。
どの家が、いつ、いくら出していたか。全部、書いてございますの。
「セドリック様。これは、公表いたしませんわ」
「なぜです」
「公表いたしましたら、申告する意味が、ございませんもの」
私、その束を、書庫の、鍵のかかる棚に、しまいましたわ。
「一年後に、開けますの。それまでは、誰も、中身を知りませんわ。……ご自分の家が載っているかどうか、皆様、御自分でお考えになりますのよ」
セドリック様が、眼鏡を、押し上げられましたわ。
「……監査官殿」
「なあに」
「あなたは、時々、大変に、性格が悪い」
「褒めていただいて、光栄ですわ」
勅令が、下りましたの。自主申告の期間は、一年。窓口は、王宮監査庁ですわ。
初日は、どなたも、いらっしゃいませんでしたの。三日目に、一家。
十日目に、四家。……そこから、ぱたりと、止まりましたわ。
貴族の方々は、様子を、御覧になりますのね。誰かが出れば、出る。誰も出なければ、出ない。
フィーが、心配しておりましたわ。
「ロザリンド様。……来ませんね」
「参りますわよ」
「いつですか」
「締切の、前の晩ですわ」
一年後の、その晩ですの。私、窓辺から、下を、見ておりましたわ。
夜の九時に、一台。
十時に、三台。
十一時に、十二台。
……十二時前には、監査庁の門から、通りの角まで、馬車が、並びましたわ。
紋章を、布で隠しておられる家も、ございましたの。窓口は、フィーですわ。
「はい、次の方どうぞ! あ、申告書はこちら、借入の年ごとに分けてください、あっ、目方じゃなくて額で!」
……ずいぶん、板についてまいりましたのね。
書記が、十四人、走り回っておりましたわ。ハルトマン様も、その中にいらっしゃいましたの。
この方は、記録の欄に、ご自分の名も、載せた方ですわ。……それでも、まだ、この役所で、書いておられますのよ。
締切は、夜明けでしたの。最後の一台が、門を出ましたのは、鐘が鳴る、四つ前でしたわ。
数えましたのよ。八十九家のうち、八十五家。
……四家、いらっしゃいませんでしたわ。夜が明けてから、私、書庫の棚の鍵を、開けましたの。
一年、誰も開けなかった、六人の帳面の束ですわ。四家とも、載っておりましたのよ。
三十一年分、まんべんなく。……倍額ですわね。
最後にいらしたのは、白髪の、小さなご老人でしたわ。北部の、名も知られていない男爵家の当主ですの。
「監査官殿。……うちは、三十一年、出しておりました」
「はい」
「父の代からです。何のための金か、聞かされておりませんでした。ただ、月末になると、包みを渡せと」
ご老人は、震える手で、申告書を、出されましたわ。
「……申し訳ない」
私、その紙を、両手で、受け取りましたの。
「男爵様。三十一年前、北部で、凶作がございましたわね」
「ありました。……村が、二つ、消えかけました」
「消えませんでしたのは、なぜですの」
ご老人は、少し、考えられましたわ。
「……どこからか、金が、回ってきたのです。誰が回したのかは、今も、知りません」
私、扇を、開きましたわ。六十一話の、最初の一冊の、いちばん最初の行ですのね。
北部三郡。四百クローネ。……あれは、この村に、届いておりましたのよ。
「男爵様。あなた様の家は、三十一年前、助けていただいて、三十一年、払い続けたのですわね」
「そういうことに、なりますな」
「では、元本は、そのぶん、差し引きますわ」
私、その場で、計算いたしましたの。……四百クローネ、お返しすることになりましたわ。
三つの仕組みですの。自主申告なら追徴を免じて元本のみ、最長十年の分割、申告しなかった家は倍額。
六人の帳面は、公表いたしませんの。一年後に開けますわ。それまで、皆様、ご自分の家が載っているかどうかを、御自分でお考えになりますのよ。……セドリック様に「大変に性格が悪い」と言われましたわ。褒め言葉ですのね。
そして締切の前の晩、監査庁の門から通りの角まで、馬車が並びましたの。八十九家のうち、八十五家。……いらっしゃらなかった四家は、夜が明けてから開けた束に、三十一年分、まんべんなく載っておりましたわ。
最後にいらした北部の男爵家は、三十一年前、消えかけた村を、どこからか回ってきた金で救われた家でしたわ。……六十一話の、いちばん最初の四百クローネですのよ。
次回、十年前の紙に、署名をいたしますわ。
締切前夜に列ができる、という絵が最初にございまして、そこへ向けて三話ぶん組み立てましたの。評価、お待ちしておりますわ。




