第69話:潰してよろしいのですか、と伺われましたの
六十八話の翌週から、監査庁に、人が、来るようになりましたわ。貴族の方々ですの。
最初は、使いの者でしたわ。次に、家令。それから、当主が、直接。
皆様、同じことを、仰いますのよ。
「うちは、脅されて、借りたのだ」
「利息を、返しただけだ」
「あれが灰色などと、知らなかった」
……八十九家ですわ。全部、上納しておられましたのよ。三十一年、毎月末。
私、条文を、引きましたわ。
貸付を受け、利息を払い、それを申告しなかった。これは、脱税ですの。四話の子爵と、同じですわ。
追徴を立てますと、どうなりますかしら。セドリック様が、九日かけて、計算してくださいましたの。
「八十九家のうち、七十二家が、爵位を維持できません」
私、その紙を、しばらく、見ておりましたわ。
「七十二」
「はい。うち、二十一家は、領地を持つ家です。……代官も、徴税請負区も、一度、空きます」
空きますと、どうなりますかしら。二十一の領地で、税を集める人が、いなくなりますわ。
集める人がいなければ、納める先も、決まりませんの。……そうなりますと、その領地の、道も、橋も、灯台も、止まりますわ。
十三話のジョゼフ翁の灯台は、南の三家の負担で、油を買っておりますのよ。
……三家とも、八十九のうちですわ。
王室評議会に、呼ばれましたの。
議長は、私を、見て、こう仰いましたわ。
「監査官。灰色の債権は、王国が、接収した。……これを、どう扱うか」
「はい」
「一つ、伺いたい。……この八十九家を、全部、潰してよろしいのか」
私、答えられませんでしたわ。一話から、一度も、詰まったことが、ございませんのよ。
離縁状を出されたときも、その場で、精算書を出しましたわ。子爵にも、伯爵にも、司教猊下にも、大蔵卿にも、即答いたしましたの。
……このときだけ、口が、開きませんでしたわ。
評議会の中から、声が、上がりましたの。
「灰色は、もう、頭を失った。……ならば、静かに、幕を引けばよい」
「そうだ。八十九家を明るみに出せば、王国が、傾く」
「監査官。あなたの手柄は、もう十分だ。……ここから先は、政治だ」
闇に、戻せと、仰いますのね。……ずいぶん、聞き覚えのある話ですわ。
六十一話で、グリム様が、仰いましたわね。
「断れば、この帳面の存在が、外へ出る。出れば、北の三郡が、飢える。……では、貸してやろう」
あの方も、そう仰って、始められましたのよ。一つ一つの計算は、合っておりましたわ。
私、その晩、監査庁の窓辺に、おりましたの。殿下が、いらっしゃいましたわ。
「潰すか」
「……分かりませんの」
珍しく、そう申し上げましたわ。
「潰せば、正しゅうございますわ。数字は、そう申しておりますもの。……ですけれど、潰しますと、ジョゼフ翁の灯台の油が、止まりますのよ」
「灯台か」
「ええ。三十年、あの方が、毎晩、点けていらした灯りですわ。私、その日誌で、十三話の伯爵を、崩しましたの」
私、窓の外を、見ておりましたわ。
「私を勝たせてくださった方の灯りを、私が、消しますのね」
殿下は、しばらく、黙っておられましたの。それから。
「ロザリンド。俺は、帳簿は読めん」
「……ええ」
「だが、部隊は、預かった」
私、顔を、上げましたわ。
「戦のあとにな、負けた側の村を、どうするかという話が、必ず出る。焼くか、残すか。……焼けば、二度と敵にならん。正しい」
「殿下は」
「残した」
殿下は、そう仰いましたの。
「そのぶん、後始末が、十年、続いた。……面倒だったぞ」
私、その夜、机に、紙を、広げましたわ。三十一年分の、灰色の清算表ですの。
一千百万クローネ。八十九家。
……この数字を、どう並べれば、正しくて、しかも、灯りが消えませんかしら。
私、一話のことを、思い出しましたわ。
あの晩、私、公爵家に、耳を揃えて、返していただきましたのよ。持参金三万。貸付一万八千。運用益。全部、その場で。
あれは、正しい精算でしたわ。……ですけれど、あの家は、そのあと、潰れましたのね。
二十四話で、決算を申し上げましたとき、クレメンス様は、こう仰いましたわ。
「私はただ、君の眼が、怖かったのだ」
夜明け前に、私、書き出しましたの。紙の、いちばん上に。
『取り立てない。畳ませる』
……ええ。それが、二十八になった私の、決算ですわ。
第9章「最終決算」、はじまりますわ。
八十九家。潰せば、七十二家が爵位を失い、二十一の領地で税を集める人がいなくなりますの。道も、橋も、灯台も、止まりますわ。……十三話のジョゼフ翁の灯台の油も、そのうちの三家が出しておりますのよ。
評議会は「静かに幕を引け」と仰います。ですけれど、それは六十一話で、グリム様が最初の一冊を書かれたときと、同じ理屈ですの。
一話から一度も詰まらなかったロザリンドが、初めて、即答できませんでしたわ。
そして夜明け前の一行。『取り立てない。畳ませる』
次回、清算表を、作りますわ。
皆様でしたら、八十九家を、潰されますかしら。……ロザリンドは、一晩、答えられませんでしたのよ。ブックマークと評価、どうぞよろしく。




