第66話:合鍵の出どころも、帳簿に載せておきませんとね
今月の月末を、押さえるつもりでしたわ。
六人の帳面から、上納を出している家が、四十一。そのうち十一家は、王都にございますの。集金の日に、人を張れば、一割の行き先が、分かりますわ。
……三日前に、変わっておりましたの。
十一家とも、月末ではなく、月末の二日前に、出しておりましたわ。しかも、包みではなく、両替商を経由して。
「監査官殿。……漏れています」
セドリック様が、そう仰いましたわ。ええ。
六十話も、六十二話も、そうでしたわね。私が手を決めますと、その手が、先に塞がれておりますの。
……六十一話で、あの方は、こう仰いましたわ。
「あなたの次の一手は、この本に書いてある」
教本に書いてあることでしたら、読めば分かりますわ。
ですけれど、今月の張り込みの日取りは、教本に、載っておりませんのよ。
「セドリック様。監査庁を、監査いたしますわ」
「……は」
「五十一話で、申し上げましたでしょう。廊下に綴りを積むと、監査庁が監査されますと」
「あれは、冗談では」
「ええ。冗談で申し上げましたの。……いまは、違いますわ」
まず、開けましたのは、書庫の閲覧簿ですわ。誰が、いつ、どの綴りを、借り出したか。
規程で、必ず、書くことになっておりますの。書かせておりますのは、私どもですもの。
三年分、ございましたわ。……ずいぶん、几帳面に、書かれておりましたのよ。
それと、もう一つ。私、三十七話の配置名簿を、もう一度、出しましたの。
灰色が、囁き屋を、どの家に、どんな目的で、いつまで配置するかを書いた、あの人事の台帳ですわ。
あのとき、私、目的の欄ばかり、見ておりましたの。私の行だけ、暗号で伏せてございましたから。
……名簿には、もう一つ、暗号の欄がございましたのよ。いちばん右の、狭い欄ですわ。
あのときは、誰にも、読めませんでしたの。いまは、読めますわ。
五十七話の、鉛の板がございますもの。
「フィー。ミレーヌの行の、右端を」
「はい。……えっと、数が、五つ。……これ、番号ですね。綴りの、登録番号みたいな」
私、その番号を、書き写しましたわ。そして、書庫へ、参りましたの。
その番号の綴りは、三階の、いちばん奥の棚に、ございましたわ。
『グランツベルク公爵家 財産目録』
……ああ。私、頁を、繰りましたの。
絵画、燭台、絨毯、馬車、それから——金庫、及び、書斎の錠。図が、付いておりましたわ。
歯の形まで。二十二話で、私、こう申しましたのよ。
『二重の錠の部屋に、夜中、お一人で。……合鍵の出どころも、帳簿に載せておきませんとね』
載っておりましたわ。私どもの、書庫に。
貴族家の財産目録は、相続と課税のために、監査庁が預かりますの。
錠まで書きますのは、金庫の中身を確かめるためですわ。……その図を、書き写せば、鍵は、作れますのよ。
ミレーヌは、公爵家の内側から、鍵を、手に入れたのでは、ございませんでしたわ。
王国の、いちばん正しい役所から、手に入れましたの。私、閲覧簿を、開きましたわ。
九年前。ロザリンド・ファルケンラートの輿入れの、前の年。
『グランツベルク公爵家 財産目録 閲覧』
署名は。
『王宮監査庁 書記 ハルトマン』
主席書記官のハルトマン様は、四十五でいらっしゃいますわ。
私が着任いたしました三話のとき、机の場所を教えてくださった方ですの。書式の間違いを、いつも、黙って直してくださいましたわ。
閲覧簿には、この三月の、私の起票書の綴りも、ございましたの。張り込みの日取りが、書いてある綴りですわ。
……全部、几帳面に、書かれておりましたのよ。
「ハルトマン様」
その方は、書類を揃える手を、止めて、私を、御覧になりましたわ。
驚いていらっしゃいませんでしたの。
「……閲覧簿を、御覧になりましたね」
「ええ」
「消しませんでした」
「なぜですの」
「規程だからです」
私、扇を、握りましたわ。この方も、几帳面ですのね。
この件に出てまいります方は、なぜだか、皆様、几帳面ですのよ。
「なぜ、お流しになりましたの」
「……私は、孤児院の出です」
ハルトマン様は、机の縁に、手を置かれましたわ。
「十二の年に、算が得意だからと、拾っていただきました。学費も、住むところも、この職も、あの方が」
「グリム様が」
「はい」
「では、脅されて、ではございませんのね」
「一度も。……一度も、頼まれてもおりません」
ハルトマン様は、そこで、少し、顔を、伏せられましたの。
「あの方は、月に一度、書庫にいらして、こう仰るだけです。『変わりはないかね』と。……私が、お答えするのです。誰が、何を借りたか。今月は、何を調べているか」
それだけですわ。二十年あまり、それだけで、この方は、道具でいらしたのですのね。
……こういう手が、いちばん、切れませんのよ。脅した手なら、脅した証拠が残りますもの。
「ハルトマン様。あなた様のなさったことを、帳簿に、載せますわ」
「はい」
「言い訳の欄は、ございませんの。恩義も、事情も、載りませんわ。載りますのは、いつ、何を、誰に、それだけですのよ」
「……はい」
「ですけれど」
私、扇を、開きましたわ。
「載せますのは、あなた様の分だけですの。孤児院の話は、載せませんわ。それは、あなた様のもので、帳簿のものでは、ございませんもの」
ハルトマン様は、しばらく、動かれませんでしたわ。それから、書類を、揃え直されましたの。
まっすぐに。
「監査官殿。……一つ、申し上げてよろしいですか」
「どうぞ」
「あの方は、月に一度と申しましたが。……この一年は、毎日、いらしておりました」
私、顔を、上げましたわ。
「毎日?」
「はい。書庫に。……お座りになるだけです。規程の原本の、前の椅子に」
二十二話の宿題、回収ですわ。ミレーヌの合鍵は、公爵家の内側から出たのではございませんでした。
貴族家の財産目録は、相続と課税のために監査庁が預かりますの。錠の図まで、付いておりますのよ。
……王国でいちばん正しい役所が、いちばん正しい理由で、鍵の形を保管しておりましたわ。
そして内側の手、主席書記官ハルトマン。脅されてはおりません。頼まれてもおりません。月に一度「変わりはないかね」と伺われて、お答えになるだけ。二十年あまり、それだけですの。……こういう手が、いちばん切れませんわ。
「載せますのは、あなた様の分だけですの。孤児院の話は、載せませんわ」
そして最後の一言。あの方は、この一年、毎日、書庫にいらして、規程の原本の前の椅子に、お座りになっていた——。
次回、書庫へ参りますわ。
いちばん正しい役所が、いちばん危ない鍵を持っていることが、ございますのよ。ご感想、お待ちしておりますわ。




