第65話:三十一年分の、上納の受取
九日、かかりましたわ。監査庁の広間に、机を、ぜんぶ、出しましたの。十八ございますから、十八並びますわ。
仕切りましたのは、フィーですのよ。
「灯台の日誌は、こっち! 年ごとに分けます! パン屋さんの仕入帳は、月末の頁だけ、付箋! ハンスさんの通い帳は、目方を、クローネに直してから!」
書記が七人、走り回っておりましたわ。
私、途中で、口を挟もうといたしましたの。……やめましたわ。
この子は、いま、自分の役所を、動かしておりますもの。
三日目に、ジョゼフ翁が、倒れそうになりましたわ。徹夜で、ご自分の日誌を、読み上げておられましたの。
「ジョゼフ様。休んでくださいませ」
「灯台守は、夜に寝ん」
「ここは、灯台では、ございませんわ」
パン屋の女将が、後ろから、頭を叩かれましたの。
「じいさん、倒れたら、あんたの字、誰が読むんだい」
……このお二人、三日で、ずいぶん仲良くおなりですのね。
六日目に、数が、出ましたわ。のべ、二千四百十七件。
三十一年分の、月末ですの。北の塩の町から、南の港、王都の商会、教会、貴族家、水車小屋の村まで。
六人の帳面が、それぞれ、別々の書き方で、同じ日付を、指しておりますのよ。
毎月、末日。三十一年、一度も、欠けずに。
……これが、上納ですわ。
どなたも、「上納」とはお書きになっておりませんの。女将は「月末の分」と書き、ハンスさんは「代官へ多め」と書き、院長様は「寄進なし」と書き、トマは「青鷺亭へ包み」と書いておりますわ。
三十一年、誰も、その正体を、御存じありませんでしたのよ。
……ただ、書いておられましたの。
「監査官殿。直近の三月分が、そのまま立ちます」
セドリック様が、条文を、閉じられましたわ。
「先月と、先々月と、その前。会計年度は、終わっておりません。時効の外です。……そして、この三月分は、六十話の申立ての射程からも、外れます」
「なぜですの」
「六人が、任意でお持ちになった帳面だからです。私どもが、権限で取ったものではありません」
私、扇を、開きましたわ。
「では、立ちますのね」
「立ちます。……三月分だけですが」
「セドリック様。三月分あれば、十分ですのよ」
三十一年、続いている一本の線を、証明するのに、三十一年分は、要りませんわ。
いま、動いていることを、証明できれば、よろしいのですもの。
八日目の夜でしたわ。フィーが、算盤を、置きましたの。
「……ロザリンド様。合いません」
「あら」
「六人の帳面から積んだ上納の額と、組合の十七冊の額が、合いません」
私、机の前に、参りましたわ。
「どちらが、多いんですの」
「六人のほうです」
……それは、妙ですわね。組合は、集める側ですのよ。集めた側の帳面の額が、払った側の額より、少ないというのは。
「どのくらい、ずれておりますの」
フィーは、珠を、一度、払いましたわ。
「毎年、だいたい、一割です」
「三十一年、ずっと、一割ですの?」
「はい。年によって、九分だったり、一割一分だったりしますけど、ならすと、一割です」
私、椅子に、腰を、下ろしましたわ。一割。
……手数料ではございませんわね。手数料でしたら、組合の帳面に、書きますもの。書いても、何も困りませんわ。
抜いた分でも、ございませんの。抜くなら、額を大きく書いて、差を懐に入れますわ。少なく書けば、集金の実績が減りますもの。
つまり、この一割は。組合を、通っておりませんのよ。
「フィー。この一割の分は、どの家から出ておりますの」
フィーが、付箋の束を、繰りましたわ。
「……どの家からも、少しずつです。まんべんなく」
まんべんなく。毎月、全部の家から、一割だけ、別の経路へ。
私、五十五話の、ケラー様のお言葉を、思い出しましたわ。
「隠しても、算が合いませんでしょう」
あの方は、算の合うことしか、なさいませんの。三十一年、几帳面に、集めて、数えて、書いて、渡しておられましたわ。
ですから、この一割を、ケラー様は。……御存じないのですわね。
翌朝、房へ、参りましたの。
「ケラー様。組合の集金は、上納の全額でしたかしら」
「全額でございます」
「一割、足りませんのよ」
ケラー様の、眼鏡を上げる指が、止まりましたわ。
この方の指が止まりますのは、二度目ですの。
「……足りぬ、と仰いますか」
「ええ。三十一年、毎月、一割」
ケラー様は、しばらく、何も仰いませんでしたわ。それから、初めて、ほんの少し、笑われましたの。
……笑うところが、ございましたのね、この方にも。
「手前も、勘定を、間違えるものでございますな」
「いいえ」
私、扇を、閉じましたわ。
「あなた様の勘定は、合っておりますのよ。……もう一冊、あるだけですわ」
組合の十七冊は、集金の帳面ですの。その外側に、毎月一割だけを受け取っている、別の帳面が、ございますわ。
三十一年、誰にも見せずに。
五十話で、マルバス様が、仰いましたわね。
「筆頭は、書くのです。……書いて、そして——一冊だけ、誰にも見せずに、持っている」
のべ二千四百十七件。三十一年、一度も欠けずに、毎月末。誰も「上納」とは書いておりませんの。「月末の分」「代官へ多め」「寄進なし」「青鷺亭へ包み」。……三十一年、誰も正体を御存じないまま、書き続けておられましたのよ。
直近三月分は、時効の外で、申立ての射程の外。三十一年を証明するのに、三十一年分は要りませんわ。いま動いていることを示せれば、よろしいのですもの。
そしてフィーの発見。六人の帳面と、組合の十七冊が、毎年きっちり一割、合いませんの。まんべんなく、全部の家から、一割だけ、別の経路へ。
ケラー様も、御存じありませんでしたわ。
……もう一冊、ございますのよ。五十話でマルバス様が仰った、あの一冊が。
次回、こちらの手が、また、読まれておりますの。
数が合わないところを見つける回は、書いていて、いちばん気持ちがようございますの。評価とブックマーク、お待ちしておりますわ。




